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泥濘(トレンチ)から、摩天楼へ。1920年代の熱狂を内に秘めたハミルトン クッション メカ

“American Spirit, Swiss Precision”をブランドアイデンティティに掲げるハミルトンにとって、アメリカの文化や時代背景といった物語は、これまでも大きな武器であり、魅力となってきた。狂騒の20年代に生まれたこのクッションウォッチもまた、ハミルトンやアメリカの時計文化を語るものだ。 #PR

映画やゲームとのコラボレーションモデルや、ミリタリーウォッチのアーカイブに根差した限定モデルなど、話題作が多かった2026年のハミルトン。しかし時計愛好家にとって特に大きなニュースとなったのが、1920年代のエッセンスを濃密に取り入れた新作「クッション メカ」の登場だろう。

 第1次世界大戦が終結して自動車や飛行機などのテクノロジーが大きく発展した1920年代は、“狂騒の20年代”と呼ばれた。なかでも戦火に見舞われなかったアメリカは、科学技術や芸術文化の爛熟期にあった。その流れを受け、時計も時を知るための実用的なツールから人々のスタイルを表現するものへと変化し始めた。その過程において、デザインも装飾性を重視したさまざまな形に発展していく。ハミルトンが生み出したクッション型のケースデザインも、そのひとつだった。

ハミルトン クッションB。Image courtesy of HAMILTON

 このたび発表されたクッション メカは、当時のモデルを参照したものである。しかしなぜ、ハミルトンは1920年代のクッションケースウォッチを現代によみがえらせたのか。その背景には、同社ならではのストーリーがあった。アメリカ発祥の時計ブランドであるハミルトンは、ハリウッドの映画産業と深く結びつき、劇中時計の提供だけでなく特注時計の制作にも携わってきた。

 現在では多くの映画監督がハミルトンを作品づくりの重要なパートナーとして考えており、クリストファー・ノーラン氏もそのひとりである。彼がメガホンをとった映画『オッペンハイマー』の撮影時に、ハミルトンへ当時のオリジナル時計を提供するよう依頼があった。ハミルトンはアーカイブから時計を選別して提供したが、そのひとつが1930年代に制作された「クッションB」と呼ばれるモデルだった。この時計は劇中で使用され、映画を観た多くの愛好家から復刻を望む声が寄せられたのである。

 そこからクッションの復刻物語が始まることになる。

 現代によみがえった30mm、ないし34mmのエレガントなシェイプウォッチ。その真価を知るためには、時計が生まれた1920年代という時代、そして当時のハミルトンやクッションがどのような存在だったのかについて理解する必要がある。今回、ヴィンテージ・ハミルトン研究の第一人者であるルネ・ロンドー氏に話を聞くことができた。


ハミルトン史の第一人者が語る、“狂騒の20年代”

1920年代後半に販売された、28mm径のオリジナルクッション。

ルネ・ロンドー(René Rondeau)氏は、アンティーク・ハミルトン、特に電池式時計「エレクトリック」研究の世界的な第一人者である。長年にわたり時計の収集や修復を手がけ、詳細な歴史をまとめた名著『The Watch of the Future』を執筆した。またもう一冊の代表作として、1999年出版の『Hamilton Wristwatches: A Collector's Guide』もある。ハミルトンの機械式腕時計全般の歴史や各モデルの詳細を網羅しており、現在もヴィンテージ愛好家のあいだでは決定版のリファレンスとして高く評価されている。まずは狂騒の20年代において、腕時計はアメリカの紳士にとってどのような存在であったかを尋ねてみた。

 「第1次世界大戦前は、ほとんどの男性が腕時計は女性向けのものだと考えていました。しかしハミルトンは、1917年というかなり早い段階から、小規模ながら紳士用腕時計の市場に参入していました。当時の時計のケースデザインは、ラウンド型とクッション型が多かったようです。ハミルトンは1919年に、初めて男性用腕時計に特化したCal.981を制作しました。しかしこのムーブメントは、ちょっと大きかった。そのため、本格的に紳士用腕時計に参入できたのは、6/0(シックス・オー)サイズの小型ムーブメントCal.986が発表された1922年からでしょう。このムーブメントはクッションケースに搭載されましたが、ムーブメントの直径が25.4mmまで小さくなったことで、28〜30mmサイズの時計の制作が可能になったのです」

ハミルトンによる、1910年代の懐中時計の広告。当時の宝石商からも高い評価を得ていたこと、19石ないし23石のムーブメントを搭載していた旨が読み取れる。Image courtesy of HAMILTON

 当時のアメリカでは、すでにブローバやウォルサムのような多くの巨大な時計ブランドが競争していた。ハミルトンはそれらのブランドと比べると、やや後発組にあたる。その激しい競争下で、ハミルトンはどのような戦略をとったのか。

 「ハミルトンは他社と比べると小規模なメーカーでしたが、品質へのこだわりにおいて一線を画していました。ほぼ創業当初から17石以上のムーブメントしか作らないという方針を貫き、ケースには金張りを含む貴金属のみを使用しました。当時は時計をラグジュアリーアイテムではなく実用的な道具として捉える人が多かったのですが、人々は“品質の高さ”のためなら少し余分にお金を払うことを厭わなかったのです。ハミルトンはそこに焦点を当てて需要を喚起しました」

 しかしデザインに関しては、それほど力を入れていなかったのでは、ともルネ氏は推察する。

 「ハミルトンが初期の紳士用腕時計のケースデザインに、クッション型を採用したのは事実です。しかしなぜ彼らがその形を選んだのかはわかりません。というのも初期の腕時計は、ほとんどがラウンドかクッションだったからです。もちろん紳士用のCal.986のデビュー作にクッションケースを採用したことからも、ハミルトンがこのデザインを気に入っていたのは明らかです。ただし腕時計においてデザインが重要になったのは、1920年代の後期以降になります」

時計のデザインが重視され始めた、1929年のハミルトンによる雑誌広告。クッションをはじめとしたシェイプウォッチが並ぶ。腕時計であることを示す、“STRAP WATCH”の文字が確認できる。Image courtesy of HAMILTON

 当時はそれほど目立った存在ではなかったハミルトンのクッションケースモデルだが、映画の影響もあってか、現在のコレクターのあいだで人気を集めている。そのためクッション メカとして復刻させるにあたっては、サイズやデザイン、タイポグラフィに至るまでブランドは慎重に検討を重ねた。

 「新しいクッション メカの出来上がりは、素晴らしいのひと言です。実は1922年のオリジナルのクッションは、クッション型のケースにラウンド型のダイヤルと風防を組み合わせていました。そして1928年からクッション型のケースに合わせたダイヤルや風防を採用しました。ハミルトンではこれを“フォーム・オープニング・クッション”と呼んでいます。そしてこのスタイルに移行する時期に、オプションとしてケースにエングレービングを加えたモデルが制作されるようになります」

 ルネ氏の記録によれば、当時エングレービング仕様はあくまでオプションであり、実際にはプレーンケースの方が3〜4倍は多く売れていたという。そして現代のクッション メカに採用されたエングレービングは、ハミルトンが所有する当時のオリジナル時計を直接参照し、コピーして再現されたものである。時計にデザインという意識がより強く芽生えたころのスタイルを現代で採用するにあたり、このエングレービングこそが当時の空気感を最も的確に表現していると言えるかもしれない。インデックスや針のデザイン、34×34mmという絶妙なプロポーションも含め、ハミルトンが躍進した1920年代のムードを楽しめる時計だ。


小さなケースに閉じ込めたエレガンスと熱狂

復刻されたクッション メカでは、30mmと34mmの2サイズが用意された。オリジナルモデルを踏襲するのは30mmサイズだが、34mmのサイズ感も素晴らしいとルネ・ロンドー氏は熱を込める。「復刻モデルを制作するにあたって、当時存在しなかった大きさにするのは基本的には感心できません。しかし今回の34mmへのサイズアップはとても気に入っています。これは十分にヴィンテージウォッチのサイズ感に収まっていて、過去の時計と感覚的にも途切れず、結びついています」

 実際に復刻モデルを手掛けたハミルトンのデザイナーは、プロポーションを調整する必要はなかったという。それはこの小ぶりなサイズ感こそが、クッションの魅力のひとつであるからにほかならない。そのうえで現代のライフスタイルに合わせて防水性能を5気圧防水へと進化させ、さらにリューズの操作性を向上させるため、ミュージアムピースなどを参照にしながらフォルムを崩すことなく細部に調整を加えている。

 デザイン面では大きな変更はなかったが、ハミルトンが苦労したのはムーブメントだった。オリジナルモデルと同様のプロポーションを実現するためには、カーキ フィールド メカに搭載する手巻き式のCal.H-50だとサイズが大きすぎる。クッションケースの繊細なデザインに合わせるためには、新しい手巻き式ムーブメントを開発する必要があった。

 そこでハミルトンはグループ企業であるETAの協力を仰ぎ、傑作キャリバーであるプゾー7001の設計をベースに、新たにCal.H-42を開発した。ニヴァクロン製ヒゲゼンマイによる耐磁性の向上や約57時間のロングパワーリザーブといった現代的なニーズをくみ取りつつ、ムーブメントを薄く小さく保つことでクッション メカは現代のヴィンテージデザインウォッチとして進化を遂げることに成功する。

 かつて時計師と活躍してきたルネ・ロンドー氏も、キャリアのなかでプゾー7001を数多く扱ってきたという。「シンプルだが堅牢で精度が高い尊敬すべきムーブメントです。この名機をベースにするというのはいい選択でしょう。巻き上げる時の感覚も素晴らしいですよ」と太鼓判を押す。さらに同氏は1980年代以降の復刻時計の多くがクォーツであったことを引き合いに出し、今回適切なサイズの手巻きの機械式を採用したことこそが現代のファンにとって極めて重要な決断だったと語る。

 この巻き上げるという行為こそが、ハミルトンが本作に込めた重要なメッセージでもある。時計とのあいだに、特別なつながりを生み出してくれると彼らは考えているのだ。日々触れることで時計に自然と愛着が湧き、所有者にとってよりパーソナルな存在になっていくのだ。

ルネ・ロンドー氏所有の資料より、エングレーブが施された当時のモデル。彫刻のパターンだけでなく、インデックスの形状にも違いがあったことがわかる。

 また、オリジナルのクッションは1940年代ごろまで続く息の長いモデルであったこともあり、さまざまなバリエーションを持つ多様性の高い時計であった。そのため復刻モデルにおいてもケースサイズに加え、ソリッドなステンレススティール(SS)、エングレービング、イエローゴールドPVDという3種類のケース素材を用意。ダイヤルもまた、ブラック、ベージュ、そしてホワイトのエナメル風、サンドブラスト加工の4種を揃えた。バリエーションの幅広さは現代の時計愛好家に選ぶ楽しさを提案するものだが、すべてのモデルは活気と多様性に満ちていた1920年代からインスピレーションを得ていることは、言うまでもないだろう。

 そもそもハミルトンのコレクション構成は多種多彩で、フィールドからフォーマルまでをカバーできる。しかしアメリカンクラシックに代表されるヘリテージの分野では、芳醇な歴史がありながらどこか物足りなさを抱えていた愛好家もいるだろう。今回クッション メカは、その想いに応えてくれたのだ。

 ここ数年、愛好家を中心としたウォッチシーンではヴィンテージウォッチの人気が高まり、小径サイズやヴィンテージ風のデザインも増えている。しかしハミルトンはそのようなトレンドを追いかけるためにクッション メカを制作したのではない。そもそもハミルトンにとって、小径のクラシックウォッチはボルトンやアードモアなどに代表されるように、決して新しい領域ではないのだ。   

 本作は同社の歴史を語るものであり、自らのヘリテージに忠実でありたいという姿勢の表れと言える。オリジナルの精神を尊重し、そこに現代性を重ね合わせたクッション メカは、ハミルトンの歴史に再び光を当てる新たなマイルストーンとなる存在なのである。


クッション メカ コレクションギャラリー

Photos:Ryohei Oizumi Styled:​Eiji Ishikawa(TRS) Words:Tetsuo Shinoda