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Talking Watches 史上最高の元レーシングドライバー、マリオ・アンドレッティの時計コレクション

史上最高のレーシングドライバーが、自らの伝説的なキャリアを彩った時計コレクションを紹介する。

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※本記事は2018年4月に執筆された本国版の翻訳です。

マリオ・アンドレッティ(Mario Andretti)は主要なレースカテゴリーのほぼすべてで頂点に立つほどの才能を持った極めて稀有なレーシングドライバーである。キャリア通算111勝を挙げ、そのなかにはデイトナ500やインディ500など、モータースポーツ界で最も栄誉あるレースでの勝利も数多く含まれる。また、アンドレッティはF1でも成功を収めた数少ないアメリカ人ドライバーのひとりであり、1978年にはロータスを駆ってチャンピオンを獲得した。F1での12勝は、同シリーズ史上最多の勝利数を誇るアメリカ人ドライバーとしての前人未到の記録である。さらに、アンドレッティは3つの異なる年代(60年代・70年代・80年代)で全米年間最優秀ドライバーに選出された唯一の人物でもある。それだけでなく、AP通信とRACER誌は彼を“世紀のドライバー”に選出した。特定の分野においてより圧倒的な強さを見せたドライバーもいたかもしれないが、マリオ・アンドレッティはどのサーキットでも脅威となる存在であり、おそらく史上最高の万能タイプのレーシングドライバーであったと言えるだろう。

アンドレッティは数多くの腕時計を所有しているが、生涯にわたって形成してきた珠玉のコレクションのなかに自ら購入したものは比較的少ない。そのほとんどは、ドライバーとしてのキャリアのなかで獲得したものか、贈られたものだ。

 スパ、モナコ、デイトナ、インディアナポリスといったサーキットでのレースに参戦するために世界の隅々まで足を運んだこの輝かしいキャリアを通じて、アンドレッティは我々がこれまで出会ったなかでも最も興味深いスポーツウォッチのコレクションのひとつを静かに築き上げてきた―そして、その時計には確かにそれに見合う数々のエピソードが詰まっている。

このインディカーは、アンドレッティがプロのドライバーとして最後にハンドルを握ったマシンであり、現在は彼のプライベートガレージに保管されている。

1968年のUSACチャンピオンシップ・トレイル、インディアナポリス・レースウェイ・パーク200で、ホイヤー オータヴィアを着用したアンドレッティ。(Photo: Getty Images)


亡き父から受け継いだ懐中時計

かつてアンドレッティの父が所有していた、ブルースティール針の懐中時計。

 確かに、このコレクションには、F1ドライバーズチャンピオンシップ制覇の証となる時計に加え、実に素晴らしいヴィンテージのホイヤーやロレックスの時計も含まれているが、亡き父からマリオに遺されたこの懐中時計が、彼にとってそれらと同じくらい大切なものであることは誰が見ても明らかである。


フィッシャー―マリオが手首に巻いた初めての腕時計

若きアンドレッティがヨーロッパを離れアメリカへ向かう前に、叔父から贈られた時計だ。

「初めて手にした時計をいまでも持っていたら」と願う人はどれほどいるだろう?マリオ・アンドレッティは、まさにそれを身をもって示す数少ない幸運な人物のひとりだ。それだけでなく、78歳(編集部注:2018年記事公開当時)となった彼は、アメリカへ渡る前にイタリアの難民キャンプで一時滞在を余儀なくされた際でさえ、叔父からの贈り物であるこのフィッシャーの腕時計を何とか手元に残すことができたのだ。


ホイヤー オータヴィア Ref.3646、1966年インディ500で最速予選ラップタイムを記録した際の記念ウォッチ

“モーター・エイジ”ダイヤルのRef.3646のホイヤー オータヴィアは、1966年のインディ500で最速予選ラップを記録したマリオ・アンドレッティに授与されたものである。

 ダイヤルに“Motor Age”の文字が配されたオータヴィア Ref.3646は、歴戦の傷が刻まれている。アンドレッティは、1966年のインディ500予選で最速ラップを記録した功績により、この時計を授与された。彼は当時、この時計が非常に印象的なスポーツウォッチであり、大きな注目を集めていたことを回想している。


ホイヤー オータヴィア Ref.3646、1967年インディ500で最速予選ラップタイムを記録した際の記念ウォッチ

 待ってほしい。もう1本あるって? そう、アンドレッティは1967年のインディ500でも予選最速ラップを記録し、その結果としてもう1本同じ“モーター・エイジ”オータヴィアを受け取ったという。この時計もかなりの使用感が見られるが、ご覧の通り、ゲイ・フレアー製のブレスレットは往年の美しさを保っている。アンドレッティは、このマーク3ダイヤルを備えたオータヴィアを着用している自分の姿が頻繁に写真に収められていたことから、コレクターたちのあいだで“アンドレッティ”と呼ばれるようになったと知り、驚いていた。

1970年、ミシガン・インターナショナル・レースウェイでのアンドレッティ。(Photo: Getty Images)


ホイヤー カレラ リファレンス Ref.1158 ゴールド無垢仕様

 アンドレッティは、友人でありフェラーリのチームメイトでもあったクレイ・レガッツォーニ(Clay Regazzoni)がこの自動巻きでゴールド無垢のカレラを着用していることに気づき、自分も1本手に入れる手助けをしてくれないかと頼み込んだという。レガッツォーニの友人であるジャック・ホイヤー(Jack Heuer)は快く承諾し、自身の所有していた1本をアンドレッティに贈った。このモデルは、主に1970年代のフェラーリの著名ドライバーたちとの関連性から、長年にわたりホイヤー・コレクターのあいだで高い人気を集めている。このリファレンスのゴールド無垢仕様のカレラ2本は、2017年11月に開催されたフィリップス・ホイヤー・パレードで、それぞれ2万2500ドル(当時の為替レートで約254万2500円)と3万5000ドル(当時の為替レートで約395万5000円)で落札された。


ポルシェデザイン by オルフィナ

 このブラックアウト仕上げのポルシェデザイン by オルフィナ クロノグラフは、実はアンドレッティが所有した同型の2本目である。彼によると、1本目はリオデジャネイロのビーチでうたた寝をしているあいだに、手首からそのまま盗まれてしまったという。

1978年のイタリアGPでのアンドレッティ。(Photo: Getty Images)


1978年F1世界選手権優勝記念ウォッチ ティソ ロータス

 現在の時計コレクターには、ゴールド無垢のティソ製クォーツ式アナログ/デジタルウォッチは、時計製作の観点から見ると、本記事で紹介するほかの時計ほど魅力的には映らないかもしれない。しかし、当時としては間違いなく最先端の技術だった。また、この時計は、プロレース界における最高の栄誉のひとつである、1978年のF1ドライバーズチャンピオンシップ(当時ロータスチームに所属)を制したアンドレッティに贈られたものでもある。アンドレッティが所有するのは、100本限定のうちのシリアルNo.2のモデルだ。No.1はロータスの創設者コリン・チャップマン(Colin Chapman)に贈られた。


ロレックス デイトナ Ref.6239

 アンドレッティが所有する初期のロレックス デイトナ Ref.6239は、完璧な状態を保っている。このステンレススティール製の美しい時計をどのようにして手に入れたのか、彼自身正確には覚えていないが、自分で購入したわけではなく、誰かから贈られたものだと語っている。


タグ・ホイヤー インディ500 75周年記念モデル

 この1991年製のタグ・ホイヤーは極めて希少なモデルだ。新品で入手するには、第75回インディ500の予選を通過し、決勝に出走する必要があったようだが、アンドレッティは当然ながらその条件を満たしていた。


ペンシルベニア州ナザレスより寄贈されたハミルトン

 マリオ・アンドレッティについて私が特に感銘を受けたことのひとつに、彼の第二の故郷であるペンシルベニア州ナザレスが、彼の人生において果たしてきた役割がある。名声と富によってアンドレッティは世界中を駆け巡ったが、モータースポーツ界の最高の栄誉を勝ち取ったあと、謙虚な彼がいつも帰ってきた場所こそがナザレスだった。このハミルトン エレクトリックモデルは、華やかなラグと1960年代半ばらしい佇まいが特徴で、アンドレッティがインディカー選手権で4度王座に輝いたうちの最初の年である1965年に、ナザレスの市民から贈られたものだ。


タグ・ホイヤー オータヴィア “ジョー・シフェール”復刻モデル

 2000年代初頭に発売されたオータヴィアのシフェール復刻モデルは、アンドレッティが所有し、実際に着用している旧ホイヤー/タグ・ホイヤーの数ある時計のうちの1本である。この時計が、同時代のスイス人F1ドライバー、ジョー・シフェール(Jo Siffert)が着用していたモデルを復刻したヘリテージモデルであることを伝えると、アンドレッティは驚いた。彼はシフェールのことをよく覚えており、長年にわたりこの時計を愛用してきたようだが、そのふたつを結びつけたことはなかったようだ。


モータースポーツ・ホール・オブ・フェイム入りを記念して贈られたタグ・ホイヤー カレラ

 アンドレッティのコレクションのなかで数少ない現代の時計のひとつが、このタグ・ホイヤー カレラだ。これは、アンドレッティがモータースポーツ・ホール・オブ・フェイムに殿堂入りした際に贈られたものである。インディカーで4度のチャンピオン、セブリング12時間レースで3度の優勝、1967年のデイトナ500優勝、1969年のインディ500優勝、そして1978年のF1世界チャンピオンである彼は、2010年、同殿堂の創設メンバーに選ばれた。