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Interview ル・マン クラシックに初めて参戦した日本人ドライバー、鈴木英昭氏の時計とクルマ

2002年に始まったクラシックカーレース、ル・マン クラシック。クラシックカー専門店「コーギーズ(CORGY'S)」を営む鈴木英昭氏は、日本人として初めて第1回大会に参戦し、第2回大会にも連続して出場した。レースでのエピソードや実際に走ったクルマ、そして熱心に収集しているヴィンテージロレックスについて話を聞いた。

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HODINKEE Japanでは2026年10月30日(金)から11月5日(木)まで、Car & Watch Week 2026としてクルマやそれに関する時計に焦点を当てた特集を公開している。このウィークのために用意した新規取材記事をサイト上で毎日配信していく予定だ。すでに公開されたコンテンツについてはこちらから確認して欲しい。


鈴木英昭氏とは?

主にイタリアとイギリスのクラシックカーを専門に取り扱う「コーギーズ(CORGY'S)」の代表を務める鈴木英昭氏。生来のクルマ好きが高じ、大学在学中に世界各国のモータースポーツを観戦。腹に響くエンジンの炸裂音、ピットで奮闘するクルー、そして最高のドライビングテクニックを目の当たりにして以来、レーシングカーの虜になったという。卒業後は、輸入車商社勤務を経て、1995年にテーエス商会に入社。営業・仕入購買業務をこなす傍ら、世界各国のクラシックカーディーラーやコレクターと交流を深め、2002年にコーギーズを設立した。

 長年培った独自の美意識でクラシックカー業界を洞察し、顧客との長期にわたる信頼関係を構築できるよう日々さまざまな問題に取り組む。起業のきっかけは、もともとクルマ好きだったことが原点だそうだが、家業が自動車部品の卸売業を営んでいたことも大きいという。

鈴木英昭(すずきひであき)

1969年、東京都生まれ。イタリア、イギリスを中心とした貴重なクラシック、ヒストリックカーの専門ショップ、コーギーズ(CORGY'S)オーナー。自身でも約20台のクラシックカーを所有する生粋のカーマニアで、ヴィンテージロレックスのコレクターとしても知られている。

 レースへの憧れを胸に抱き、日本人ドライバーとして初めてル・マン クラシックに参戦。2004年に開催された第2回ル・マン クラシック以降、しばらくサーキットから遠ざかっていたが、昨年久しぶりに鈴鹿サーキットをドライブしたことで、サーキット熱が再燃。現在、密かに新たなレーシングカーを物色中だと笑う。


2002年、第1回ル・マン クラシックに日本人で初めて参戦

 さかのぼること2001年。鈴木氏はル・マン クラシック開催の噂を聞きつけ、あらゆるコネクションを使って参加に漕ぎ着けた。2002年に第1回ル・マン クラシックが開催されたが、参加条件のひとつに挙がったのが、過去に本場のル・マン24時間レースを走った車両を使用することだった。そこで鈴木氏が探し当てたのが、オースティン・ヒーリーの1965年製ル・マン スプライト プロトタイプだ。世界に10台のみ(9台とする説もある)とされる希少なレーシングカーで、日本には3台あるそうだが、そのうちの1台を鈴木氏が所有する。

 「このクルマは、オースティン・ヒーリーのスプライトをベースに、ル・マン24時間レースで勝つために作られたプロトタイプです。市販車と異なるボディとシャシーで組み立てられています」と、鈴木氏は語る。

 ル・マン24時間レースでは排気量や車両カテゴリーの異なるクルマが一緒に走るため、全車を通じた総合順位と、区分ごとのクラス順位があるという。オースティン・ヒーリーのル・マン スプライト プロトタイプは1965年に開催されたレースで総合12位、1151~1300ccクラスで優勝を果たした名車だ。 

 鈴木氏いわく、ボディカラーにはユニークなエピソードがある。
 
 「1965年のル・マン24時間レースでは、出場するにあたり、もともとのボディカラーだった蛍光グリーンがまぶしすぎて危険だという指摘があり、塗り替えを求められたそうです。これはドライバーのジョン・ローズ(John Rhodes)本人から聞いたのですが、そのためにレース前夜に近くの馬小屋を借り、元の色の上から濃い緑を吹き付けて、徹夜で対応したそうです。実際、当時の走行中のクルマの写真を見ると、濃いグリーンのボディ一部の塗装が剥げてしまい、元のカラーが見えているのがわかります」(鈴木氏)

1965年のル・マン24時間レースに参戦したオースティン・ヒーリーのル・マン スプライト プロトタイプ。ドライバーはジョン・ローズ(John Rhodes)。ところどころボディの塗装が剥げて、明るい蛍光グリーンのボディカラーが露出している。Photo by National Motor Museum/Heritage Images via Getty Images

 第1回ル・マン クラシックには当時のドライバーも多く来場し、1965年のレースで実際にオースティン・ヒーリーのル・マン スプライト プロトタイプをドライブしたジョン・ローズも会場に駆けつけた。彼はミニのワークスドライバーとして実績を挙げ、ル・マンのオースティン・ヒーリーのドライバーに選ばれた人物だ。第1回ル・マン クラシックでは、鈴木氏のチームの監督を担当した。

若かりし鈴木英昭氏の姿(右端)。隣の白髪の人物がジョン・ローズ氏だ。

第1回ル・マン クラシックレースを前に、思いにふける鈴木氏とクルマ。

 こうして鈴木氏は第1回ル・マン クラシックの開催当日を迎えた。レースのルールは24時間連続して走るル・マン24時間レースとは異なり、年代によって走るクルマを分け、順番に走行する方式で、1回の走行は約40分。それを繰り返してレースが行われ、朝と夜のセッションを走行するため、身も心も休まらない感覚だったという。

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 普段は公道として使われる区間を含むコースであるため、大会の期間中は近隣の住民が運営を手伝う。そのため、ル・マンのコースで事前に十分な練習ができるわけではなく、ほとんどぶっつけ本番に近い状況だったらしい。

 記念すべき第1回の鈴木氏のレース結果は、残念ながらリタイアだった。

 「通常のレーシングスピードで走っているうちに、突然エンジンが吹けなくなり、調子が悪くなったんです。ピットに戻ってメカニックに見てもらうと、水漏れが起きていました。原因はエンジンに冷却水を循環させるウォーターポンプの不具合でした」(鈴木氏)

 なお、鈴木氏は今もル・マン スプライト プロトタイプを所有しており、レース終了後から約20年の時を経て、ようやく最近レストアが終わったと言う。そのボディカラーは、ル・マン クラシックを走った時の濃いグリーンではなく、まぶしいくらいの明るい蛍光グリーンである。

2026年4月に開催されたオートモビル カウンシル 2026で展示されたオースティン・ヒーリーのル・マン スプライト プロトタイプ。新車時の蛍光グリーンを再現したボディカラーが目を引く。Photo Courtesy by Hideaki Suzuki

 「今回のレストアでは、1965年の決勝時の濃いグリーンではなく、新車時の蛍光グリーンを再現したんです。レストアの工程では、まず塗装をすべて剥がす必要があります。塗装を剥がすと傷んだ箇所が現れ、その部分をひとつずつ作り直して修復します。塗り直すだけでなく、下地の状態を見ながら対応しなければならないんです。そのため、完了までにずいぶん時間がかかりました」(鈴木氏)

1963年に開発されたプロトタイプレーシングカー、ローラ・マーク6 GT。Photographs by David Merrett / Flickr

 鈴木氏は2004年の第2回ル・マン クラシックにも参加しているが、「2002年の第1回に出た日本人は自分だけでしたが、2004年もほかに日本人はいなかったと思います」と鈴木氏は語る。

 その時は1963年製のローラGTで出場した。この車両はミッドシップ、つまりエンジンを車体中央寄りに置く構成だ。当時はフロントエンジンのクルマが多く、フェラーリもプロトタイプに後方のエンジン配置を導入していた時期で、ローラはその点で先駆けていたという。

 レース結果は完走だった。2002年は抜かれる側だったが、2004年には抜く側のクルマに乗ることになった。ところが、大排気量車はパワーが大きく、扱いが難しかったという。

 レースである以上、本来は勝たなければならないと思う一方、鈴木氏は、ル・マン クラシックの場に自分がいること自体の喜びが大きかったそうだ。また時間を作って、いつか出てみたいという希望を語った。


クルマ好きが惚れたヴィンテージデイトナとサブマリーナー

 クラシックカーと同様、鈴木氏が熱心に収集しているのが、ヴィンテージロレックスである。時計の収集自体は大学生の頃から始まり、全部で約30本所有しているが、なかでも特にお気に入りなのがコスモグラフ デイトナとサブマリーナーのコレクションだ。

 いずれもコンディションは良好で、デザインを重視して選んでいるという。

ロレックス コスモグラフ デイトナ Ref.6263

鈴木氏が所有するRef.6263は、“手巻きデイトナ”の最終世代モデル。ダイヤルには、赤字で「DAYTONA」の文字が入る。ねじ込み式のクロノグラフプッシャーを持つRef.6263は、ノンオイスターの“手巻きデイトナ”よりもわずかにケースが大きい。

 まずコスモグラフ デイトナの3本はいずれも、ホワイトおよびシルバーのダイヤルで構成されたものだ。普段使いしているというRef.6263は、後年の溝ありプッシャーのモデル。ずいぶん前に某アパレル会社の社長から譲ってもらったそうだ。

ロレックス コスモグラフ デイトナ Ref.6239

コスモグラフ デイトナの最初期に1年のみ製造されていた、通称“ル・マン”。ダイヤルはもちろん、ベゼルや長い時針などに特徴がある。ホワイトのダイヤルは、うっすらとクリームがかった独特の色合いが特徴。

 「どうしても白文字盤が欲しかった」というのは、Ref.6239の通称“ル・マン”。このモデルはブラックダイヤルもあるが、ホワイトダイヤルのほうが圧倒的に数が少ない。その希少性から価格も大きく上昇しており、最近は着ける機会が減っているのだとか。

ロレックス コスモグラフ デイトナ Ref.6239

ヴィンテージロレックスファンの多くが憧れる“ポール・ニューマン
ダイヤル”に該当するリファレンスはいくつかある。Ref.6239は最初期の
“手巻きデイトナ”で、後年で“ポール・ニューマンダイヤル”のバリエーショ
ンが登場する。

 そして王道の“ポール・ニューマンダイヤル”は、Ref.6239の“赤巻き”と呼ばれるタイプ。「“赤巻き”以外の選択肢はなかった」と本人が語るほどのお気に入りの1本だ。こだわりのポイントとして、“ポールブレス”とも呼ばれる、フラッシュフィットが一体型のRef.71Nのブレスレットを装着していることが挙げられる。

 続いて、サブマリーナーのコレクション4本を紹介しよう。初期モデルのひとつであるRef.5510は、フロリダの世界的に有名な高級ヴィンテージ時計ディーラー、マシュー・ベイン(Matthew Bain)で購入したものだそうだ。

左から“ガードレス”のRef.5510、“スクエアガード”のRef.5512、“ミラーダイヤル”のRef.5513、そして“エクスプローラーダイヤル”のRef.5513。いずれもヴィンテージウォッチらしい味わいを醸し出しながら、状態も良好だ。

 “ガードレス”のサブマリーナーを最初に買ったのはRef.6538だったそうだが、オリジナリティやコンディションに難があったため、今は手放している。普段使い用にしているというRef.5513のミラーダイヤルは、ほんの少しトロピカル化している。

ロレックス サブマリーナー Ref.5510“ガードレス”

ロレックス サブマリーナー Ref.5512“スクエアガード”

ロレックス サブマリーナー Ref.5513“ミラーダイヤル”

ロレックス サブマリーナー Ref.5513“エクスプローラーダイヤル”

 このなかで一番古いものが、Ref.5512の“スクエアガード”。数あるヴィンテージロレックスのサブマリーナーのなかでも極めて希少なモデルとして知られている。「オリジナルの長い分針が付いていなかったので、後から交換しました」というこだわりの1本で、コンディションも良好だ。

 ここ最近入手したというのが、Ref.5513の“エクスプローラーダイヤル”。 「以前から同じくエクスプローラーダイヤルのRef.6200を狙っているのですが、正直市場に出てくる機会がほとんどありません。そんな矢先にRef.5513のエクスプローラーダイヤルが見つかったので購入しました」(鈴木氏)


ヴィンテージウォッチとクラシックカーの共通点

 鈴木氏にヴィンテージウォッチとクラシックカーの共通点について聞くと、次のような答えが返ってきた。

 「ヴィンテージウォッチの世界と同じように、クラシックカーの世界も価格は年々上昇の傾向にありますが、そこには必ず理由がある。漠然とは上がりません。特にクラシックカーの場合、ル・マンなどの有名なレースに参戦した履歴があるとトップヒストリーになるので、やはり値段も高いですね。そして個体のオリジナリティが高かったり、コンディションがいいと、価格はさらに上昇します。ここは時計とまったく同じですね。例えば、イタリアのクラシックカーは手作りのアルミ製ボディなので、自ずと製造台数が少なかったりします。板金や溶接のコストも高いです。ですから所有し続けることが大変なんですよ。またレースに出ているようなクルマは、所有しているのは誰か分かりやすいのですが、製造台数が数十台程度のものだと、所有者が分からないことが多く、探すのが難しくなります。ヴィンテージウォッチとクラシックカーの世界は非常に似ていて、やはりオリジナリティとコンディションが重視されます。そうした魅力がなかったら、私はここまで時計の世界に浸ることがなかったかもしれません。ヴィンテージだからこそ、ハマったんでしょうね。それと、時計もクルマも、選ぶ際は自身のファーストインプレッションを大切にしています」(鈴木氏)

 鈴木氏がクラシックカーの世界で磨いた審美眼は、奥深いヴィンテージロレックスの収集でも十分発揮されていると言える。「オリジナルこそが正義」ではないものの、コレクターの世界ではオリジナリティやコンディションが重要視されて久しい。そのコレクションを見る限り、鈴木氏は“生粋のコレクター”と言えそうだ。

特に表記のない写真はすべて、Photographs by Kyosuke Sato.