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私が最初に知った“ミステリー”ウォッチのひとつは、ユニバーサル・ジュネーブのフィルムコンパックスである。古いフォーラムの投稿には、典型的なUG(ユニバーサル・ジュネーブ)コンパックスの粗い写真がいくつか掲載されている。そのなかに、6時位置インダイヤルの上に“FILM COMPAX”と記され、さらに誰も使い方を知らない奇妙なアウタースケールもいくつかあるUGの個体があった。
コレクターらはすぐに、この赤と黒の目盛りがカメラフィルムの使用量を測るために使われるものだと理解した。しかしユニバーサル・ジュネーブ フィルムコンパックスのRef.22522は、これまでに10本未満しか知られていない、最も希少なヴィンテージUGのひとつである。今週、市場に出たばかりの例がヘリテージ・オークションに出品された。今回実際手に取る機会があり、ユニバーサル・ジュネーブ界における真の聖杯を特集するきっかけがあった。
おもしろいことが起きる
ユニバーサル・ジュネーブ フィルムコンパックス Ref.22522は1945年に製品化。これまでに知られているすべての例はすべて米国市場向けに製造されたもので、おそらく米国の映画製作のためのものだった。数年前、サシャ・ダヴィドフ(Sacha Davidoff)氏と謎に包まれたA氏は、既知のフィルムコンパックスをすべて記録したが、わずか7本しか見つけられなかった。
フィルムコンパックスには専用に作られたアウタースケールがあり、ほかのUGクロノグラフとは一線を画している。赤と黒のスケールは、フィート/秒で使用されるフィルム量を示すように設計。赤は16mmフィルム用、黒は35mmフィルム用で、旧来の業界標準である24フレーム/秒に合わせて調整されている。また3時位置のインダイヤルには、フィート/分のフィルム使用量を測定するためのマーカーも追加されている。
フィルムコンパックスは、映画業界のために特別に設計された数少ない腕時計のひとつである(ギャレット フィルメーターもそう)。ほんのひと握りしか見つかっていないのは、特殊な用途のためだとすぐにわかるだろう。フィルムコンパックスの広告によると、同クロノグラフは“映画やテレビのプロデューサーにとって価値あるサービスを提供する”という。そのスケールは、毎秒カメラを通過する16mmフィルムと、35mmフィルム両方の映像を示すよう、段階的に調整して記されている。
ブランドはアエロコンパックス、メディココンパックス、スペースコンパックス、ダトコンパックスといった、各目的に特化したクロノグラフを数多く製造していた。パイロット、医者、宇宙飛行士、プロカメラマンなど、自身の仕事をよりよくこなすための道具を求めていた人が、この時計を買っていたと想像に難くない。そうしてヴィンテージUGに特徴を与えてきたのだ。しかしそのなかでも、フィルムコンパックスは特に際立っていた。
今回ヘリテージ・オークションに出品されるフィルムコンパックスは公に販売されたことはなかったが、これまで登場した既存の例と完全に一致している。まずブリッジには、米国市場向けの生産を示すユニバーサル・ジュネーブの米国輸入コード、UOWと刻印されている(実際、フィルムのフィート単位での測定がアメリカ向けであったことを示している)。この時計はオリジナルオーナーのものではないが、ヘリテージによるとロサンゼルスからやってきたとのこと。この時計がハリウッドの老監督の手首を飾ったあと、何人かの子孫に受け継がれ、最終的にエステートセールでブローチとスターリング・シルバーの下から発見されたという来歴が想像できる。
なかに入っているのは一般的なUG製手巻きクロノグラフムーブメント、Cal.287である。これまでの例はすべてスティールケースに収められていたが、ダヴィドフ氏いわく、古いUGの広告に14Kゴールドバージョンが掲載されているためその製造の可能性もあると言う。ヘリテージに出品されたこの最新の例は、フィルムコンパックスの以前の例で観察されたのと同じシリアル番号とムーブメント番号の範囲(1174xxxと261xxx)に属する。
チケット売り場にて
ほとんどの例はeBayやウォッチフォーラムに掲載されている。注目すべき個体は、2016年のフィリップス、スタート・ストップ・リセット・オークションにて6万8750スイスフラン(当時の相場で約760万円)で落札されたフィルムコンパックスだ。このセールでは240万5000スイスフラン(当時の相場で約2億6545万円)で落札されたスプリットモデルのロレックスがヘッドラインであったなど、いろいろと突拍子もないことが起きていたため、今回の予想がヒントになるものではない。
ヘリテージはフィルムコンパックスに1万ドル(日本円で約151万7000円)の入札最低価格を設定しているが、UGは以前ほど話題になっていないため(私見であるが残念だ)、最終的にどこまで行くかはわからない。ケースはまだシャープなままだが、フィルムコンパックスの最も重要な部分である文字盤、特にアウタースケールの周りには斑点や擦り傷が見られる。ことさら目立つのはインダイヤルだ。とはいえ文字盤はオリジナルで、強調されたセリフ付きフォントの“UNIVERSAL GENEVE”と“FILM COMPAX”のおかげで容易に見分けがつく。
昔のコレクターは何よりも希少性を重視していたが、今はコンディションを見てから希少性に目を向けることが多い。はっきり言ってこれは40年代の時計であり、よくも悪くもそれが表れている。これがどこで売れるのかまったくわからない。フィリップスの結果が唯一の基準であるが、これは明らかに6万ドルする時計ではない。ヘリテージ側も2万ドル(日本円で約305万円)で売れたら大よろこびするだろう。
ユニバーサル・ジュネーブは、私がヴィンテージウォッチを愛するきっかけとなったブランドだ。なぜか“ポール・ニューマン”が何かを知る前に、“ニナ・リント”を知っていたくらいに。しかし、慣れが必要なブランドでもある。現代のオメガのカタログよりもリファレンスが多い。さらにユニバーサル・ジュネーブのクロノグラフ黄金期は40年代、50年代にさかのぼるが、これらは今のコレクターが話題にするような時計ではない。それ以上に、フィルムコンパックスの珍しさとおもしろさは、説明するのに時間がかかる。
しかし、フィルムコンパックスがユニバーサル・ジュネーブのなかでも最も特別なクロノグラフのひとつであることを忘れてはならない。実際に見ることができるとは思ってもいなかったが、見た今でも言えることは、神秘的な雰囲気を失っていないということだ。
このUG フィルムコンパックスの詳細については、ヘリテージ・オークション、ウォッチ&ファインタイムピース シグネチャー オークションのロット54174をご覧ください。