リシャール・ミルはイベントを好む。それはこのブランドの時計が単なるプロダクトの枠を超え、ライフスタイルと密接に繋がるものだからだ。オーナーはもちろんのこと、メディアやジャーナリストも招き、彼らはイベントを通してその世界観を共有する。
フェラーリとのコラボレーション第2弾となったRM 43-01 トゥールビヨン スプリットセコンドクロノグラフ フェラーリのお披露目は3月20日、パリのパレ・ド・トーキョーで行われた。会場となったこの美術館もまたリシャール・ミルとパートナーシップを組んでおり、このような特別な催しが可能になったのだ。
このイベントに参加したのは、メディアやジャーナリストだけだった。あえて顧客を招かなかったのは、製品の魅力を余すことなく伝えたいという狙いがあったからだろう。会場はまるでF1のラボのようなクリーンな内装。皆、白衣に着替えて会場内へと誘われると、そこにはフェラーリのF1エンジンやレーシングスーツ、たくさんのスイッチがついたF1マシンのステアリングなど展示されていた。それだけでもフェラーリとの蜜月関係がうかがえるが、同イベントの始まりの挨拶を行なったのはリシャール・ミルの初代ファミリーであり、スクーデリア・フェラーリF1チームでも活躍したフェリペ・マッサ(Felipe Massa)であった。
その後はムーブメントのテクニカル・ディレクター、サルヴァドール・アルボナ(Salvador Arbona)氏から直々にRM 43-01 トゥールビヨン スプリットセコンドクロノグラフ フェラーリに搭載される新型ムーブメントCal.RM43-01の解説を受け、リシャール・ミルのデザインチームからもその設計やデザインソースについて詳細にレクチャーされた。そして最後の部屋にはレーシングシミュレーターなどが置かれた部屋があり、そこではF1年間王者に4度輝いたアラン・プロスト(Alain Prost)が待っていた。“セナ・プロ世代”であれば知らない人はいない、まさにレジェンドである。
夜は同じくパレ・ド・トーキョーにてガラパーティが行われ、会場にはアラン・プロストやフェリペ・マッサがドライブしたF1マシンやフェラーリ初のPHEVカー、SF90 ストラダーレも展示。徹底的にリシャール・ミルとフェラーリの世界が作り上げられた。
新作のRM 43-01 トゥールビヨン スプリットセコンドクロノグラフ フェラーリに先立つコラボレーション第1弾となったRM UP-01 フェラーリは、以前から開発が進んでいたこともあって、実はフェラーリの“濃度”はそれほど濃くはなかった。だが今回は担当者が“360°のパートナーシップ”だと胸を張って応えるほど、フェラーリとの蜜月を示す内容だ。それは濃密なイベントの内容を見るだけでもよくわかる。
リシャール・ミルとフェラーリが磨き上げた、エンジニアリングの結晶
RM 43-01 トゥールビヨン スプリットセコンドクロノグラフ フェラーリ
価格は要問い合わせ
得意とするトゥールビヨンとスプリットセコンドクロノグラフを融合。しかしパーツのデザインから見直して、エネルギーマネージメントに優れた機構へと進化。クルマのディテールを取り入れるデザイン戦略だけでなく、強度を高めるためにエンジンの構造を参考にするなど、細部までフェラーリのエッセンスを加えた。グレード5チタン(マイクロブラスト仕上げ)×カーボンTPT®ケース、ラバーストラップ(チタン製ダブルフォールディングクラスプ)。縦51.2×横42.9mm、厚さ17.1mm。50m防水。手巻き。世界限定75本。※カーボンTPT®ケースバージョンも世界限定75本で、価格は要問い合わせ。
古くから高級時計の世界では、自動車メーカーとのパートナーシップが盛んに行われてきた。しかしその多くは色や素材の変更、あるいはロゴマークを大きく表示することで特別感をアピールするにとどまった。コラボレーションのためだけの時計を開発するのは、あまりにも時間とコストがかかり過ぎるため現実的ではないからだ。対してリシャール・ミルとフェラーリは、もっと深いレベルで結び付いている。それは両社がともに、最高峰のエンジニアリングと美しいデザインを探求するというブランド哲学を持っているからにほかならない。
大きく機能的なリューズ。白紙の状態から始まったリシャール・ミルとフェラーリのコラボレーションは、こうした手書きのスケッチから始まった。
本作でも特に印象的なディテールがこのプッシュボタン。フェラーリの車両からインスパイアされたスタイルにふさわしい精密なディテールを持つ。
フェラーリはそもそもレースチームとして発足し、F1で勝つために技術を進化させてきた。市販車はその技術のフィードバックであり、フェラーリのすべてはレースありきなのだ。一方のリシャール・ミルは、究極の実用時計を目指したブランドと言えるだろう。クロノグラフは計測機器、トゥールビヨンは精度追求のための機構であり、巻き上げ効率やトルク変動といった細かい技術にまで心血を注ぎ開発を重ねる。特殊なケース素材は強度と着用感を高めるため、そこに収められるムーブメントの構造は耐衝撃性を高めるため。すべてはユーザーのライフスタイルに寄り添い、いかなる状況下でも最高のパフォーマンスを発揮するためのものなのだ。両者は自動車や腕時計とジャンルは違えど、それに縛られないレベルでエンジニアリングやデザインを探求する存在なのである。
リシャール・ミルが本拠地を置くスイスのレ・ブルルーとフェラーリの本拠地があるイタリアのモデナでは、ずいぶん距離がある。しかし、お互いのデザイナーや技術者のコミュニケーションは円滑に進んだという。
「パートナーと共有できる価値観を見いだし、それを発展させながら自分たちのデザイン言語を融合させていくのです。このようなコラボレーションは、フェラーリのエンジンやコンポーネントと時計に使われるパーツビジュアルの類似性だけでなく、価値観の類似性にも基づいています。技術的な目的を持つものは、同時に美しくもあるべき。機能美という概念は、私たちがとても重視しているものなのです」と、フェラーリチーフ・デザイン・オフィサーのフラヴィオ・マンゾーニ(Flavio Manzoni)氏は語る。リシャール・ミルはフェラーリというパートナーを得て、さらに時計のレベルを上げたように見えた。
RM 43-01 トゥールビヨン スプリットセコンドクロノグラフ フェラーリのデザインの源泉となったSF90 XXストラダーレ。
フェラーリの象徴、V12エンジン。早く走ることを考え生まれた構造は、まさに機能美にふさわしい雰囲気が漂う。
サルヴァドール・アルボナ氏によると、RM 43-01 トゥールビヨン スプリットセコンドクロノグラフ フェラーリに搭載されるムーブメントのイメージソースは、最新のフェラーリV12エンジンの構造だったという。またデザインのディテールはフェラーリのPHEVカー、SF90 XXストラダーレからインスピレーションを得た。その時計は紛れもなくリシャール・ミルの歴史のなかにあるコラボレーションモデルでありながら、そうしたソースが違和感なく時計と融合している。
確かなロジックに裏打ちされた、機能的で美しいディテール
時計の詳細をより深く見ていきたい。RM 43-01 トゥールビヨン スプリットセコンドクロノグラフ フェラーリは、リシャール・ミルが初期から大切にしているトゥールビヨンとスプリットセコンドクロノグラフを搭載している。どちらもすでに完成形に達した機構とも言えるかもしれないが、そこに進化を求めるのがリシャール・ミルの哲学だ。
搭載するCal.RM43-01は、リシャール・ミルとの関係も深いマニュファクチュール・デ・セニョル(旧オーデマ ピゲ ル・ロックル)とともに、3年もの開発期間をかけて生み出された。Cal.RM43-01は極めて複雑な500以上の部品から構成されているが、完璧さを追求するために10本もの試作を行ったという。これは限定150本という少数生産の時計としてはかなり多い数字である。
軸となるスプリットセコンドクロノグラフは、従来のメカニズムから進化した。ふたつの6歯コラムホイールを持つ構造や、軽量化されたスケルトン構造の新設計クランプ、新たな噛み合わせ構造、さらに軸摩擦を最小限に抑えることでエネルギー消費を削減し、精度と長期的な信頼性を高めている。そしてコラムホイールなどのパーツは、コンピューターでデザインが検証された。特にスプリットセコンド車の動きを規制するクランプレバーは何度もシミュレーションを重ねたという。
また繊細なエネルギーマネージメントを行うため、トルクインジケーターとパワーリザーブインジケーターを搭載している。前者はリシャール・ミルの象徴とも言える機構で、ゼンマイのトルク出力を測定することで最適なエネルギー供給を保証する。従来のパワーリザーブインジケーターがどれだけエネルギーが残っているかを示すのに対し、トルクインジケーターは“その質”を表示する機能だ。パワーリザーブインジケーターにおいても最後の10時間分のエネルギーは、ピーク性能としては理想的ではないため表示されない。これはエネルギーの残量を表示するよりも、性能を最大化するゾーンを重視するという考え方からだ。
これらの機能はリアルタイムのトルク表示を確認することで巻き上げ習慣を調整、さらにパワーリザーブレベルを見て、適切な操作モードをユーザー自身が選択できるようにするためだ。これは機械的な不整合を排除し、常に最高の効率を維持することを目的としたもので、それはハイパフォーマンスカーのドライバーたちの考え方に基づいている。こうした時計とユーザーとの関係の最適化を目指したアプローチの結果、エネルギー消費は従来の半分となり、計時性能が向上したという。しかもクロノグラフが作動していても精度に影響を与えない構造になっている。加えてクロノグラフ作動時の針飛びを完全に制御できたことで、より高精度の計時が可能になった。
トゥールビヨンキャリッジは5時位置にオフセット配置され、躍動感を演出する。加えて5つのインジケーターによって秒表示の役目も果たしているのもポイントだろう。さらにダイヤル下部にあえて設けられたスペースには、跳馬が刻まれたチタン製プレートを収めることで、コラボレーションモデルであることをさりげなく主張している。
跳馬のエンブレムをあしらうスペースをダイヤル下部に確保するという特徴的なレイアウトにも通じているが、フェラーリのエンジンに着想を得たCal.RM43-01のなかでも特に注目すべきポイントのひとつが、トゥールビヨンケージの配置が従来のトゥールビヨン スプリットセコンドクロノグラフから変更されている点だ。
「こうした変更は滅多にやることではありません。なぜなら配置を変えるとムーブメントのほかすべてを見直す必要が出てくるからです。ですからこのムーブメントは、まさにこの時計のために考え抜かれた完全に専用設計のエンジンなんですよ」と、前出のサルヴァドール・アルボナ氏は語る。大きなリスクを取ってまで、フェラーリのエンジンにも通じるような視覚的に引き込まれるスタイルを追求したのだ。
フェラーリのエンジンは芸術的な美しさがあることでも知られるが、Cal.RM43-01もまた、その美しいメカニズムをアピールするためにスケルトンムーブメントを採用した。繊細に見える構造であっても、耐衝撃性も高めるためにフェラーリの技術を参考にしている。ムーブメントのブリッジやパーツに、クルマのエンジンパーツに用いられるX字型の構造を加えることで、パーツの剛性を高めながらデザイン的な美しさも叶えた。
この美しさという点は、外装においても抜かりはない。特に3つのクロノグラフプッシュボタンの造形は特筆ものだ。SF90 ストラダーレのリアランプからインスピレーションを受けたという楕円型のプッシュボタンは、チタンとカーボンTPT®を組み合わせており、デザインもさることながら、その加工精度もハイレベルだ。ちなみにクロノグラフの操作感も配慮されており、カチッカチッっと指に伝わる感触も心地良い。
ケース素材は、カーボンTPT®とチタンの2種が用意された。精悍なカーボンTPT®には、フェラーリが拠点を置くモデナ市の色であり、跳馬のエンブレムカラーでもあるイエローを象徴的に使用した。一方、チタンモデルはマット仕上げにすることでやや控えめな印象となったが、ゴールドパーツやフェラーリレッドを効果的に取り入れることで華やぎを加えている。ちなみにふたつのモデルはムーブメントの仕様が微妙に異なっており、カーボンTPT®モデルには、耐久性の強化のためにトゥールビヨンの近くにブリッジとビスが追加されている。これは時計が軽いほど衝撃による影響が強まるためである。
RM 43-01 トゥールビヨン スプリットセコンドクロノグラフ フェラーリを通じて、リシャール・ミルは間違いなく時計製作のレベルをさらに一段上げた。それは長年F1を通じて技術を磨いてきたフェラーリというよき手本がいたからだろう。異なるジャンルであったとしても、最高峰ブランドから得る学びは大きい。妥協なきエンジニアリングとクリエイティビティだけが、それまでの自分を超えることができるのだ。
さらなる次元に到達したリシャール・ミルのウォッチメイキング
グレード5チタン(マイクロブラスト仕上げ)×カーボンTPT®ケースモデル
カーボンTPT®ケースモデル
自動車ブランドと時計ブランドのパートナーシップの例は枚挙に暇がないが、リシャール・ミルとフェラーリはまさに別格と言えるだろう。それはどちらもエンジニアリングとクリエイティビティの両面で前例なき挑戦を続けるという共通した哲学を持っており、そこから生み出される製品には“アート”と称されるほどの美しさが宿る。
しかし、それだけでうまくいくというものでもない。最も重要なのは、そもそもリシャール・ミルが、モータースポーツやF1などをインスピレーションの源としているというところにある。創業者のリシャール・ミル氏は熱心な自動車愛好家で、多くのレーシングカーをコレクションするだけでなく、愛車を走らせるためのイベントも開催するほどだ。自動車文化やレーシングスピリッツへの本気の愛情を持つブランドだからこそ、自然とフェラーリの美意識や技術を時計に取り入れることができるのだろう。
RM 43-01 トゥールビヨン スプリットセコンドクロノグラフ フェラーリは、決して過激な時計ではない。むしろエネルギーマネージメントという機械式時計で最も重要な根幹技術をブラッシュアップさせた腕時計の正常進化形とも言えるかもしれない。奇しくもここ数年のル・マン24時間耐久レースでは、フェラーリAFコルセが好成績を収めているが、これはすなわちエネルギーマネージメントという点においてもフェラーリは高度な技術を持っているということ。そんなところもリシャール・ミルとの共通項と言えよう。
“腕時計のF1”を目指して生まれたリシャール・ミルが、F1世界選手権創設時から参戦し続けるフェラーリと組むのはまさに必然だった。RM 43-01 トゥールビヨン スプリットセコンドクロノグラフ フェラーリは、リシャール・ミルという時計ブランドのさらなる飛躍に向けた歴史的な転換点なのかもしれない。
Photos:Hironobu Maeda / Background(STIJL) Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Tetsuo Shinoda