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オメガのシーマスター ダイバー300Mの系譜は1993年頃に誕生。この数十年にリリースされた数多くの派生モデルを経て、この最新作ではセラミック製ダイヤルにベゼル、コーアクシャル キャリバー8800を備えて、新境地を拓いた。
26年かかってここまで到達したことには、万感の思いがこみ上げてくる。過去のデザインは、ラグジュアリーウォッチとツールウォッチの狭間を彷徨い、商業的な成功は得たものの、愛好家コミュニティの間では満場一致の称賛は得られなかったからだ。歴代ボンドで最も気品の高いピアース・ブロスナンのボンドフィルムでの露出がなければ、これほど長くオメガのラインナップに残ることはなかったのではないだろうか? ローンチ当初から、そのデザインには賛否両論が拮抗していた。スケルトン針、10時位置のヘリウムエスケープバルブ、波刃状のベゼルは好き嫌いがはっきりと分かれるアプローチだったのだ。
デザインがほぼ変わっていないことは、良いことだ。コーアクシャル脱進機構と耐磁性能の進化の併せ技を可能とした、最新の素材工学の台頭は、2019年にリリースされたこのモデルに新境地を与えた。賛否両論を招くデザインの基本は変わっていないが、このモデルを非難する人でさえも、仕上がりに大きな価値があることに異論を挟むのは難しいだろう。私たちはアイコニックなブルーの色調に親しみがあるが、コントラストの大きいホワイトダイヤルこそが新境地を拓いたシーマスター ダイバー300に相応しいと思う。
私はボンドモデルを手に入れて14年経つので、そのデザインの隅々にまで精通しているつもりだ。けれども、ホワイト文字盤の2019年モデルと一週間過ごし、これは全くの別物であると感じた。まるで、この時計との付き合いが振り出しに戻ってしまったかのようなのだ。オメガがもたらした変化があまりに大きなもので、私は新たな視点で評価せざるを得なかった。
それはまるで、大人になって生まれ育った家に帰省して、どこに何があるのか分からなくなった感覚によく似ている。思わず3時位置にデイトがないか確認してしまう。しかし、ないのだ。6時位置に移動したデイト窓は、キッチンの引き出しにしまっておいたはずの調理用ヘラが見つからないのと同じ。書体も変わり、子ども部屋から客室にレイアウトが変わったかのようである。微かな既視感を覚えつつも、何かがすっぽりと抜けている。変化を拒絶する心理は本能のなせる業だが、このシーマスター ダイバー300のこのホワイトモデルに限っては、私は“変化こそチャンスだ”という昔からの名言に思いを巡らせる。確かにそういうことはあるのだ。
現代の名作の影で
まず初めに、シーマスター プロフェッショナル300にはホワイトダイヤルの派生モデルが存在したが、兄弟機であるブルーダイヤルのRef.2541.80ほどの美しさはなかった。ホワイトダイヤルのRef.2542.20.00は、私の願いに反して相棒にはなれなかったのだ。人生と同様、最初から上手くいくことなんてないわけだ。それでは、シーマスター プロフェッショナルはどのようにしてアイコニックな存在となったのだろうか?
突如脚光を浴びたのは、リリースから2年後の1995年にボンド映画「ゴールデンアイ」に登場したことが契機となった。2014年の記事、オメガ シーマスター300 コーアクシャル(呼び名が紛らわしい別の時計だが、無数の仕様とリファレンス、スペシャルモデルを紐解くのもオメガの楽しみ方である)を執筆したジェイソン・ヒートンによると、“コスチュームデザイナーのリンディ・ヘミングがオメガのシーマスターを、それもブルーダイヤルの剣型スケルトン針のモデルを選んだという。ヘミングは、オメガの英国海軍との関わりを重視して決めたのだ。ボンドは海軍に所属しているわけで、ヘミング自身によると、‘私が’20代の頃、陸軍や海軍にいた同世代は〈中略〉皆オメガを腕に着けていたのよ’”
未だに私たちを魅了し続けていること、臨機応変にタフネスを発揮するという意味で、この時計はピアース・ブロスナン演じるボンドに実にマッチするものだった。ケースはポリッシュとサテンが巧みに使い分けられ、ツールウォッチというよりは、ボンドのビジネススタイルと外交官的な立ち居振る舞いにマッチする、華やかさを備えた時計であった。ボンドが身に着けたのはクォーツモデルRef.2541.80.00と自動巻きのRef.2531.80.00で、付属するブレスレットはリンクの2列がポリッシュされていて、信じられないほど装着性に優れたものだった。時計がボンドのアイデンティティの一翼を担うようになると、売上も急増した。
ブルーダイヤルのシーマスター プロフェッショナル300は、ボンドのおかげですぐにクラシックモデルの仲間入りを果たす。オメガは、その人気にあやかって、ケース素材別、ダイヤルカラー別、コンプリケーションの搭載の有無など、多くの派生モデルを生み出した。1990年代から2000年代にかけて、ボンドが人気をもたらしたシンプルなデザインから、多くのモデルが登場する:チタニウムケースのクロノグラフ、剣型のGMT針にスピードマスターのブレスレットを組み合わせたモデル、レッドダイヤルの日本限定ミドルサイズ、ダークネイビーダイヤルの金無垢モデル、アメリカズカップとタイアップしたホワイトゴールドケースモデル、“アプネアマイヨール(無呼吸潜水の記録保持者)”と銘打たれたフリーダイビング用のモデル、007限定モデル、ステンレスとゴールドのコンビ、チタニウムとローズゴールドのコンビ。まさに数えきれないほどである。
シーマスター プロフェッショナル300M ダイバーズに関しては掘り下げるとキリがないため、シーマスター プロフェッショナル300とシーマスター ダイバー300Mからホワイトダイヤルのモデルに絞って、同じ条件で比較したいと思う。新作はオメガがラインナップに加えたホワイトダイヤルモデルの中でも、最も魅力的なモデルだということにとどまらず、私個人の意見だが、その美しさといったらアイコニックなブルーダイヤルを凌駕するほどだと気づいたのだ。他のモデルでは成し得なかった、モノクロ的デザインに一石を投じたモデルに仕上がっている。
モダンデザインの調和を絶賛する前に、先代までのシーマスター ダイバーとプロフェッショナル300Mの歴代ホワイトダイヤルモデルを振り返ってみたい。
Ref.2532.20
初代ボンド・シーマスターのウェーブダイヤルをホワイトで仕上げたモデル。ホワイトダイヤルはコントラストが欠けているため、波模様が打ち消されている。ポリッシュされたベゼルインサートとホワイトダイヤルにメリハリがないため、ブルーダイヤルモデルが持つ圧倒的な魅力が全く反映されないデザインとなってしまった。さらに付け加えると、次世代モデルがアプライドマーカーを採用したのに対し、プリントマーカーだった。
Ref.2538.20.00 ‘グレート・ホワイト’
外観の上で、GMT機構の追加は色彩の豊かさをもたらす契機となった。秒針とGMT針の先端は赤くペイントされ、ステンレススティール製のベゼルインサートには力強く24時間スケールをプリント。ケースとデザインの大枠はダイバーズと共有されながら、GMTモデルにはヘリウムエスケープバルブが搭載されず(少なくとも一定のユーザーにはツールウォッチらしく映っただろう)、スケルトン針の代わりに剣型針が採用された。GMT機構を搭載しながら、基本デザインはRef.2254.50.00やRef.2255.80と共通。
シーマスター ダイバー300m ‘バンクーバー2010’ Ref.212.30.41.20.04.001
36mm/41mm径の2サイズが各2010本限定で生産され、いずれもコーアクシャルキャリバー2500を搭載。この時期、波模様の意匠は影を潜めていた。販売店には2009年頃から流通し、秒針には五輪マーク、裏蓋にはシーホースと共にバンクーバー2010の記章が刻まれた。
シーマスター300M クロノメーターRef.2598.20.00
クロノグラフ機構を搭載したこのモデルは、レッドの代わりにオレンジを波模様のホワイトダイヤルのアクセントとして採用。Cal.1164(バルジュー/ETA7750ベース)を内蔵するために、ケース厚は16mmにまで嵩んだ。視認性の高いオレンジ色は、チタニウムケースのブルーダイヤルモデルにも採用された。
シーマスター300M コーアクシャル コマンダーズウォッチ
この‘コマンダーウォッチ’はボンドの海軍の軍歴を称え、7007本限定で生産。スケルトン針はブルーに染められ、オールレッドの秒針には“007ガン”ロゴが象られた。セラミックベゼルはベースカラーこそブルーだが、15分計区のみレッドに染め分けられた。この時計は波模様の意匠のない時期のモデルで、代わりにポリッシュされたエナメルダイヤルをセット。
シーマスター ダイバー300M 現行モデル
シーマスター25周年を記念して、オメガは2019年だけで14もの新作をリリース。もちろん、それらは注目を浴びたが、ホワイトダイヤルモデルが人気をさらった。特筆すべきは、2019年のリリースモデルの中には限定生産モデルがなかったこと。全て通常のラインナップである。理論上、オメガブティックや正規代理店に立ち寄って50万円ほど支払えば、写真と同じ時計を着けて店を後にすることができるというわけだ。
現在デザインには30年もの実績があり、ホワイトダイヤルのシーマスター歴代モデルから少なくとも1つは、何らかの形で最新モデルに受け継がれている。もちろん、基本的なデザインは不変のままだという議論はある。実際、外観上この時計は随分見違えたものだ。シリーズに一貫した要素を受け継ぎつつも、デザインの変化は際立っていて、その点、よほどの目利きでないと気付かないような微細な変更を施すロレックスのサブマリーナーとは対照的である。
オン・ザ・リスト
ケースとストラップ
初代シーマスター・ボンドモデルは装着性に優れていた。“スキニー”な11.5mm厚のケースは、アクセサリーのように着けることができたのだ。ケースに関して興味深いのは、ドレスウォッチのような薄さながら、オメガが300mもの防水性を保証できたことである。通常、ツールウォッチを擁護する愛好家は、それなりの防水性を確保するには10階建てのビル並みに高いケースが必要だと主張するものだ。ところが、私が10年以上愛用するRef.2531.80は適度に薄いケースでそれを実現している。
今回話題のリファレンスは、2mm厚みを増した13.5mm。しかし、直径もざっくり同じくらい大きくなっている。最新モデルの直径は42mmと、41mmからサイズアップしており、重さと大きさは腕の上に乗せるとはっきり感じられる。往年のシーマスター 300Mダイバーズを着けたことがあれば、誰もがその大きさに気づくだろう。しかし同時に、時計に堅牢さも与えられている。腕に感じる重量感から不思議な安堵感を覚えるのはそのためである。
より、ツールウォッチとしての領域に近づいたといえるだろう。シーマスター ダイバー300Mを“でっぷり”と表現したことはかつてなかったが、まさにその形容が相応しい体格になった。
ヘリウムエスケープバルブ(HEV)は円錐形となり、巨大なカルデラを持つ活火山のようであり、通常のリューズと形状が全く異なっている。HEVは手動で操作する必要があり、他社のHEVが自動的に作動するのに対し、有効化するためにはバルブを解除しなければならない。HEVが有効のままだと、防水性能は50m防水だ。しかし、ここで重要なのは、HEVと防水性能は直接的には関係がない点で、これはヘリウム濃度の高い減圧室を利用するプロダイバーが、長時間潜水する飽和潜水時を想定した仕様なのだ。この環境下では、バルブがないと、時計内部の圧力が高まり、風防が破裂する危険性がある。そこで、圧力を緩和するために考えられたのがHEVである。要するに、HEVはプロダイバーに役立つだけで、加圧室で過ごすことがない職業の人にとっては、全く不必要な、オーバースペックな機能だと揶揄されても仕方がないのだ。
しかし、HEVなくして、ボンドはどのようにシーマスターの技術を活用した諜報活動を遂行したというのだろうか?
HEVは当初からそのデザインの一部であり、優れたデザインの特徴のひとつはその一貫性にある。とはいえ、使い勝手の面では潜在的な課題を抱えている。もし、バルブを締め忘れてしまったら? その表示から250mもの防水性能が失われることになる。ケースにパッキンの必要な穴が存在するということは、ケース内部に水が入り込む余地があるということなのだ。さらには、ダイビング機材に引っかかる可能性や、逆にリューズガードがないために、破損するリスクも内在している。
しかし、悲しいかな、HEVが無くなることはありません。“ユニーク”さこそ称賛されるべきと考えられるデザインの一部だからである。外観上の要素が時計を差別化できれば、揺るぎないアイデンティティが確立できる。その意味において、HEVはデザイン的独自性の肝心要です。どの道、この時計の購買層とされる人たちが減圧室内をお目にかかることはないだろうが。
ラバーストラップの装着感は優秀だ。大型化されたケースと相まって、正統派ラバーストラップのダイバーズウォッチらしいパッケージといえる。留め金にはラバーストラップの歴代シーマスターに採用されたクラスプではなく、ピンバックルが採用されている。ストラップには2本の平行したラインがあり、特徴的なスティールブレスレットの意匠を取り入れたデザインを採用。ストラップのエンドリンクはケースに沿ってカーブしていて、その間には隙間が全くない高気圧室。
ダイヤルとベゼル
まさに、この時計の輝ける場所がここにある。遠慮なく言ってしまうと、このモデルの登場までオメガは過去のシーマスター ダイバー300Mシリーズにおいて、ホワイトダイヤルにそれほど注力していなかった。ダイヤルには、エナメルの代わりにレーザーで刻まれた波模様を、キャンバスには最適なポリッシュセラミックが用いられる。波が戻ってきたのだ、それも、最高にゴージャスな形で。
ただ、時計の面積同様、これは波模様の線といえる繊細なものではない。初期モデルのダイヤル上の“波”は、テクスチャと形容できるもので、模様よりは力強さをもっていた。繊細さはなくなったものの、デザイン志向をより強めたことにより、オメガはクールでモダンなダイヤルを作り上げた。もはや90年代の面影はそこにはない。
幸運なことに、オメガのデザイナーは“ZRO2”ロゴを波模様ほどは深く刻まなかったため、ダイヤル中心部のすぐ下にエッチングされたにもかかわらず、その存在に気づくことはないだろう。時計を購入する前のリサーチ段階で、何が素材に使われているか特定できる。時計に素材がラベリングされるのを見ると、昔の車が直噴エンジンであることを示すバッジを付けていたのと同じ古臭さを感じてしまう。もし、やり過ぎたデザインについて話題にするなら、説明書の代わりに、時計そのものにラベリングされた素材名に注目するといい。もちろん、ケースにラベリングすることが、素材によっては金属アレルギーを引き起こしてしまう人への注意喚起という側面もあるだろう。それでも、ダイヤルにラベリングすることが良いアイデアとは思えない。
とはいえ、この時計の出来の良さを見れば、それは見逃せるような些細なことだ。見栄えも良いし、同じくらい視認性も高い。ポリッシュによる艶は、名状しがたいものである。ある面で、ポリッシュされた文字盤は時計にドレッシーさを与えると同時に、ケバケバしさも感じさせるが、ポリッシュされたセラミックは素材先行型の未来的デザインをイメージさせる。スペースシャトルの黒い耐熱タイルを初めて見たときの、宇宙開発時代を思わせる。“いったい何でできているのだろう”と疑問に思うかもしれない。この瞬間、初めてZRO2のロゴが意味を持つのだと私は思う。ZRO2は酸化ジルコニウムの化学式なのだ。ちなみに、スペースシャトルのタイルはケイ素でできている。
ダイヤルマーカーはアプライドされていて、先代までのデザインよりも立体感が増している。ホワイトダイヤルと色調が被る夜光塗料が、問題となりそうな視認性の向上にも一役買った。幸運なことに、アプライドマーカーの立体感と縁取りがコントラストを生み出すことによって、視認性は実に素晴らしいものに仕上がっている。秒針と“Seamaster”表記のレッドがアクセントカラーとして再び採用されている。
ムーブメント
新しい刺激的な外観は、あくまで色を添えるもので、この時計の神髄は内部のCal.8800にある。多くのムーブメントがシーマスターシリーズに利用されてきたが、毎度新しいムーブメントが導入されるたびに、技術的に著しい向上が見られた。ETAベースのCal.1120に始まり、コーアクシャルキャリバー2500に続き、今やキCal.8800がその系譜に連なった。デザイン面では一貫したビジュアルを採用してきたが、ムーブメントは進化の手が緩められなかったのだ。
オメガのキャリバー全体の中でも、8800はトップクラスのムーブメントである。特徴のひとつであるコーアクシャル脱進機は、以前にも導入された実績ある技術。Cal.8800はシリコンヒゲゼンマイのフリースプラングなど改良が加えられたもので、耐磁性能は1万5000ガウス以上もある。
高い技術をもちながら審美性も有し、それをシースルーケースバック越しに眺めることができる。シースルーバックは時計をドレッシーに振るが、ムーブメントの美しさを考えれば、ダイバーズにおけるその存在を邪道とする原理主義者ですら、考え方を改めるかもしれない。
競合モデル
チューダー ペラゴス
セラミック、専用ムーブメント、そしてHEV。これぞ好敵手といえる時計が45万0000円(税抜)で入手できる。この2本を分かつのは外観上の好みと、チタニウムとSSのどちらが好みの素材かの違いである。シーマスター ダイバー300Mのポリッシュされたセラミックダイヤルはこの時計ならではの特徴だが、たった5万円ほどのプレミアムを支払えば手に入る。ペラゴスはシーマスターのようなドレスアップしたシチュエーションには対応できないだろう。チューダーであれば、ブラックベイが比較対象として適切だという意見もあるが、セラミックを用いない同シリーズは、同じ土俵で戦うにはちょっと厳しいと思う。
オメガ シーマスター300
60年代のオメガの名作を現代風に解釈したこのモデルは、2014年にリリース。価格は68万円(税込)と、シーマスター ダイバー300Mを上回りますが、機能的には大きな違いはない。だがダイバー300Mはこのモデルにはない、現代的なオリジナリティがある。ヴィンテージウォッチの流行に乗っただけのデザインではないのだ;それどころか、25年間試行錯誤を繰り返してきた歴史がある。
ドクサ サブ300T
1200mもの防水性能、時刻とカレンダー、オメガの親会社であるスウォッチグループが提供するETA2824の搭載。ドクサは優位な点を積み重ねながらも、オメガより手頃な価格を提示している。ブレスレットモデルで何と20万円ほど。それでもドクサがシーマスターにどうしても敵わないところは、ドレスアップする瞬間である。ドクサはあくまで頑固なツールウォッチであり、シーマスターのようなドレスウォッチとしての顔は期待できないだろう。そういう不器用なところが魅力の時計なのである。
ロレックス サブマリーナー Ref.116610LN
シーマスターの新作がリリースされると、インターネットやSNSで“サブキラー”と喧伝されてきた。けれども、現在のマーケット環境を考えると、この2つの時計の歴史とキャラクターを傷付けてしまうと私は思う。シーマスターがサブマリーナーの売り上げを奪うのは代替効果によるもので、その意味では確かにサブキラーといえる。しかし、それはサブマリーナーに求めることを、この時計が完全に満たしていることの裏返しと受け取ることもできる(全てそうだとは言わないが)。もちろん、これはある程度合致するが、決めつけないよう注意が必要でもある。チューダーにも当てはまることだが、“サブマリーナーが手に入らなかったからチューダーで妥協したんだろ”と揶揄されることがある。しかし、それは真実ではなく、多くの人がサブマリーナーを欲しがるのと同じくらい、シーマスターの伝統を称賛する人たちもいるのである。
この2つのモデルともボンドに所縁があります。スペックの面でも似ていて、ツールウォッチとしてのデザインも近い(HEVを搭載しているという点ではシードゥエラーの方が比較対象として理想的かもしれないが)。机上ではほぼ全ての面において、比較しやすいのが本機である:セラミックベゼル、300m防水、SSケース&ブレスレット、傑出したムーブメントの採用などの点だ。サブマリーナーに欠けていて、シーマスターが満たしているものをあげつらうべきではないが、とはいえ、ブレスレットのシーマスターが56万円(税抜)なのに対し、同じ仕様のサブマリーナーは89万8000円(税抜)もするのである。
最終的な考え
シーマスター ダイバー/プロフェッショナル300Mシリーズの長年のファンであれば、本機はまさに待ち侘びたモデルといえるだろう。シーマスター300Mの強烈な個性を保ちながら、実際に腕に巻く感覚は別物。本当に全く新しい感覚を味わえる。シーマスターがこれほど高い人気を誇る理由のひとつが、1本であらゆるシーンに対応できる時計だからなのである。この時計の真髄は、どんなところにでも着けていくことのできる柔軟性にこそある。また、ドレスウォッチとツールウォッチを使い分けられる、日常使いの時計としての性能がより洗練されている。まさにその二面性を、25年もの歳月をかけて熟成させたといえる。
旧世代機のオーナーである私自身は、このモデルに買い替えることはないだろう。欲しくないからという理由ではなく、私のシーマスターが卒業祝いの思い出の品だからという個人的な理由である。それでも、1週間、この洗練されたシーマスターを着用したことで、思いもよらない感覚に気づくことができた。それは、かつて自分自身のシーマスターから得られた興奮に似た感覚である。この新しいシーマスターを着けていると、古いシーマスターを手に入れた頃のことを思い出せる。当時、私は腕に巻くときボンドになりきっていたものだが、そうしたことがこのホワイトダイヤルのシーマスターは鮮やかに思い起こさせてくれるのだ。私は、この新しいリファレンスと共に自分の人生を刻み始めた人々に、思いを馳せずにはいられない。
オメガ シーマスター ダイバー300M、Ref.210.32.42.20.04.001:ケース 42mm×13.7mm、ステンレススティール、300m防水。スーパールミノバ夜光塗料でコーティングされたアプライドインデックス、セラミックダイヤル;スケルトン針にも夜光あり。ムーブメント、オメガ コーアクシャルキャリバー8800、パワーリザーブ55時間;コーアクシャル脱進機、METAS認定マスター クロノメーター、1万5000ガウス以上の耐磁性能。ラバーストラップ、ステンレススティールバックル。価格52万円(税込)。コレクションの詳細はOmegawatches.jpをご覧ください。