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Interview タグ・ホイヤー オンリーウォッチ カーボン モナコが見せるマニュファクチュールとしての未来

タグ・ホイヤーがオンリーウォッチに出品したのは、やはりあの角型だった。

11月初旬に行われた2年に一度のチャリティオークションであるオンリーウォッチは、一流の時計メーカーが文字どおり1点ものの時計を出品する、ある種の祭典だ。今年は初めて参加するブランドも多く見られた。

 タグ・ホイヤーが出品した時計は、同社のなかでも有数の伝説を持つ名機・モナコだ。しかも、フォージドカーボンケースに身を包んだ全身ブラックの1本。これは、70年代後半に存在したブラックコーティングを施したダークロードの愛称を持つモナコに範をとったものであることは、すでに「Buying, Selling, & Collecting ホイヤー ブラック モナコ 1970年代の闇と謎を体現した時計に迫る」の記事でお伝えしている。ブラックコートされたモナコはコレクターのあいだでも人気の高いモデルであり、本作はオークションの結果にも注目が集まった(エスティメート 5〜10万スイス・フランに対し、29万スイス・フランの落札価格・約3592万円)。概ね見積もり額よりも高値がついたオークションだったが、なかでもこのモナコの成績はよい部類に入るだろうと思う。タグ・ホイヤーのように、年間で多くの時計を製造するメジャーブランドにとっては、それは額面以上に誇らしいことだろう。それはひとえに、過去の偉大な作品が愛好家のあいだで正しく評価され、取引がつづいていることが価値の土壌を作っているのだ。

左はオリジナルのダークロード。よく似た外観を持つが、ディテールのへの手の入り方はまったく別次元(当然だが)に進化している。

 さて今回は、このモナコがどういう思想のもとで作られることになり、今後のタグ・ホイヤーにとってどんな存在なのかを探る。幸運にも、スイス本社でヘリテージ・ディレクターを務めるニコラス・ビーブイック氏に話を聞くことができた。氏は、この2月にタグ・ホイヤーにジョインしたばかりであり、ロンドンと香港の国際的なオークションハウスでシニア・スペシャリストとしてキャリアを積んだ人物だ(オンリーウォッチに関わりのあるオークションハウスに勤めたこともあると、小耳に挟んだ)。もちろん、彼が入社したときにはすでにオンリーウォッチへの参加は決定事項であったわけだが、自身も熱心なホイヤーラバーであるというニコラス氏は、なぜモナコだったのか? という問いに的確に答えてくれた。

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ヘリテージ・ディレクター:ニコラス・ビーブイック氏

人生で初めてオークションで落札した時計のひとつがホイヤー カレラだったという、筋金入りの愛好家。エンジニアリングにも造詣があり、今後の同社のヘリテージへの解釈に期待が高まる。

Yu sekiguchi

 今回、モナコ、なかでもダークロードを選出した一番の理由は?

nicolas

 実は今回カレラかモナコかで非常に大きな議論がありました。両方とも、我々にとってはかけがえのない時計であり悩ましい選択でした。しかしながらタグ・ホイヤーにとってよりアイコニックな過去を象徴するモデルが選ばれました。これは、伝統的なアプローチと言えるでしょう。近年、タグ・ホイヤーではPast to Presentというテーマで、過去の偉大な歴史を現代につなぎ、しっかりプロダクトで表現するということを行っています。モナコには魅力あるストーリーが豊富にありますから、初めてのオンリーウォッチでタグ・ホイヤーを表現するにはこれ以上ない時計だったと思います。

YU sekiguchi

 今作と、2017年に発表されたバンフォード・モナコとの違いはなにか?

nicolas

 現実的なことを言いますと、搭載されるムーブメントが異なるためリューズの位置が違います。バンフォードモデルには左リューズのCal.11が採用されましたが、今回はCal.ホイヤー02ですから。プッシャー、リューズの素材も、バンフォード・モナコではステンレスにDLCコーティングをかけたものでしたが、今作ではここにもカーボンを配したオンリーウォッチ仕様になっていますよ。すでにご存じだと思いますが、ヒゲゼンマイもカーボン、ダイヤルも手仕上げで面取りされたカーボン製のものを使用しています。タグ・ホイヤーでも、100%カーボンとなった初めての例ですので、わくわくしています。

 オンリーウォッチ用にカスタマイズされたCal.ホイヤー02を楽しんでいただこうと、ケースバックは大胆に取りすぎたかなと思っていますが(笑)、タグ・ホイヤーがオート・オルロジュリー(高級時計製造)にあらためて取り組む姿勢も見せられたかなと考えています。

39mm角のモナコケースに対し、最新のCal.ホイヤー02を採用したことで、ケースが許容するギリギリまでムーブメントが詰められた印象。ケースバックからは迫力の光景が広がる。

グループ企業であるアルテカドとリレーションをとることで完成された、カーボンダイヤル。このモデルのために肉抜きされ、手作業での面取りが施された。

yu sekiguchi

 今作のプロジェクトで協力したパートナー企業である、アルテカド(ArteCad)社やアートタイム(Artime SA)とは、今後通常生産品で製作をともにする構想はあるか?

nicolas

 もちろん、アルテカドはグループ会社ですし、サプライヤー各社とは強い関係性でモノづくりを行っていくことに変わりはありません。ただ、タグ・ホイヤーはカーボン製のヒゲゼンマイを製造する、インスティチュート部門があることはご存じですね? 内製できるパーツはそれが前提となっていくでしょう。今回のように特別なプロジェクトの場合は、自社にない強みを持つ企業に我々を補完していただくような長期的パートナーシップを結んでいくことになると思います。

 先程もお伝えしましたが、我々はもう一度オート・オルロジュリーへの姿勢を整え直しているのです。オンリーウォッチはハイエンドなウォッチメイキングに今一度取り組むきっかけとなりました。タグ・ホイヤーは、多くの人に品質の高い時計を手にとっていただくことを主軸に展開してきましたが、このような特別な機会にとどまらず、ハイエンドピースを手がけることになっていくでしょう。

yu sekiguchi

 実際にそのような動きは始まっている?

nicolas

 実は、プレステージな背景を持つ人材が続々と加入してきてくれている、とだけお伝えしておきましょう。

Yu sekiguchi

 今後、復刻してみたい、またはデザインソースにしてみたいアーカイブピースはあるか?

nicolas

 難しい質問ですね! タグ・ホイヤーには3000本のアーカイブがあり、個別の時計を復刻するというよりも、アーカイブ全体がデザインソースになりうるのです。アーカイブの単なるコピーというだけではつまらないと、個人的にも思いますので、今後は現代の解釈を加えたヘリテージ・インスパイアの時計が多く生まれてくると思います。

 例えばカレラ150周年の一貫で登場したモデルは、偉大なRef.2447をベースとしながらCal.ホイヤー02を搭載してサイズをアップし、リデザインを施しました。Re-Invention(再発明)と言いますか、我々の近しいパートナーでありますポルシェが近年行ったことをタグ・ホイヤーも目指すことになるでしょう。カレラで言えば、1963年の原点を見失わず、ステップ・バイ・ステップで新たな一歩を踏んでいくということです。

yu sekiguchi

 最後に、初めて落札したホイヤー カレラとは具体的にどのモデルか?

nicolas

 嬉しい質問ですね!(笑) 今、手元には残っていないのですが、Ref.2447S、シルバーのモデルでした。10代のころに手に入れた時計でしたが売ってしまっていて、バカなことをしたと後悔しています。

 非常に気さくなニコラス氏は、タグ・ホイヤーのみならず高級時計全般にわたる豊かな知見と視点から、冷静に自社の行く末を見ている印象を受けた。ポルシェに例えたのが印象的だったが、カイエンも作ればパナメーラやタイカンも作る。原点にだけ固執するのではなく、初代カレラから進化して時代に即した姿に変貌を遂げるという、タグ・ホイヤーのそんな未来図を予感させた。

 オンリーウォッチはひとつのきっかけ、通過点だったのかもしれない。ニコラス氏が語ったように、一部のブランドによる寡占状態がつづくハイエンドな高級時計の分野において、タグ・ホイヤーによる一手が現実のものとなれば、この業界はまたおもしろいことになると感じた。

オンリーウォッチの概要については「Only Watch 2021 9つのハイライト」の記事をご覧ください。

その他、オークション結果などの詳細は公式サイトへ。