ファッションの世界において、 “たわみ”は古くからエレガンスの要であった。スーツの聖地サヴィル・ロウでは、胸周りに適度なスペースをとることで生まれるたわみを“イングリッシュ・ドレープ〟と呼び、これを紳士の品格の象徴と捉える。また上等なウールやカシミヤで仕立てたコートが歩みに合わせてしなやかにたわみ、揺れ動く様の美しさは、思わず目を奪われてしまうほどの魅力を放つものだ。一方、“たわみ”によって生まれるゆとりは、固定観念に縛られない自由さの土壌にもなる。麻布テーラーの2025年秋冬コレクションは、そんな“たわみ”の醍醐味を随所に感じさせる出来ばえだ。
ジャケット4万8950円、シャツ1万7600円、チノパン3万9600円〈以上すべてオーダー価格〉、タイ9350円/以上すべて麻布テーラー、シューズ、ベルト、バッグはスタイリスト私物
チノパン取扱店舗:銀座7th店、二子玉川店、表参道店、名古屋栄店、梅田店、神戸店、福岡天神店
麻布テーラーが今季掲げるテーマは「DRESS RUNNER」。トラッド好き必見の映画『炎のランナー』を想起させるネーミングどおり、正統の魅力が光るクラシックスタイルがコレクションの基軸だ。しかし、麻布テーラーはここに独自の“たわみ”を加える。たとえば、アイビーリーグブレザーと名づけられた上のジャケット。前身頃両脇にとられるダーツを排し、柔らかな丸みを描き出した佇まいが特徴的だ。肩も薄いパッドを入れただけのナチュラルショルダー。襟には端から6mmの位置に走らせたミシンステッチ。いずれも50〜60年代に隆盛したアイビーブレザーの典型的意匠だ。とはいえ全体のシルエットは往時のようなずん胴ではなく、現代的な洗練を感じさせる立体美を放つ。この絶妙なアレンジこそ、麻布テーラー流“たわみ”の妙味なのだ。
正統派にして新鮮な装いの手元を彩る腕時計には、同様に“たわみ”が効いた名品がよく似合う。たとえば、グラスヒュッテ・オリジナルのパノマティックルナ。貴金属を用い、文字盤に余分な装飾を持たず、クラシカルなスモールセコンドを備えたドイツ製ドレスウォッチである。しかし、ダイヤルは左側へ大胆にオフセットされ、ムーンフェイズは右上へ。大型の日付表示はパノラマデイトと呼ばれる、アイコン的な意匠だ。これら左右非対称の造形によって、優雅さのなかに確かな個性を潜ませている。
型を知りつつ、時には自由にそこから離れる。伝統の品格を、しなやかな心でまとう。適度な“たわみ”は、豊かな時を過ごすエッセンスとなる。
JACKET - 伝統に根差した“ひねり”が装いに変化を添える
ジャケット5万7750円、スラックス3万4100円〈ともにオーダー価格〉、モックネックニット1万9800円、ストール1万4300円/以上すべて麻布テーラー、シューズ、ベルトはスタイリスト私物
麻布テーラーの真骨頂は極めて幅広いカスタマイズレンジにある。選べる生地は約3000種類。ボタンや裏地なども豊富なうえ、細部の意匠も驚くほど多様にアレンジできる。
こちらは一見ベーシックな紺無地ブレザーだが、生地はざっくりと織られたホップサック調で、柔らかに起毛させたもの。着心地も軽くソフトで、寛いだノータイの姿によく似合う。ちなみに、先でも紹介したアイビーリーグモデルは前身頃のダーツを排した設計のため、柄が縫い目で分断されず仕上がりの美観が高まっている。
もちろんディテールも自由自在だ。たとえば腰ポケットだけでもパッチポケット、フラップポケットの違いだけでなく、フラップやチェンジポケット、傾斜の有無まで選択できる。また、シングル、ダブルブレストのどちらもボタンの数から段返りの位置まで調整可能だ。こうした細部で自分なりの“ひねり”を加えるのも、オーダーの醍醐味だ。
なお、左右非対称な顔立ちのパノマティックルナも、そのデザインは黄金比に基づく。そこから生まれる端正な雰囲気により、正統派のブレザースタイルにも自然と溶け込んでくれる。こんな合わせもまた、小粋な“ひねり”の一手となる。
グラスヒュッテ・オリジナル パノマティックルナ 1-90-02-45-35-62
313万5000円(税込)
左右非対称のダイヤルデザインは古来より伝わる黄金比に基づいたもの。単なる変化ではなく、伝統に則った個性を打ち出すタイムピースが装いと共鳴する。※麻布テーラーでの取り扱いはなし
JERSEY - クラフトマンシップが支える洗練のたたずまい
ジャージースーツ13万5850円、ジャージーシャツ1万3200円〈ともにオーダー価格〉、タイ1万450円/以上すべて麻布テーラー
このジャケットは、ニットのように伸縮するジャージー生地で仕立てたもの。巷のコンフォートジャケットとは一線を画すクラシックな立体美と、プリントではなく編みによって表現した上質感ある柄との融合が、機能性偏重になりがちなジャージージャケットにあって異色の佇まいを生んでいる。その秘訣は、生地自体の品質の高さ。使用しているのは、イタリア屈指の名門・ゼニアグループに属するドンディ社によるジャージーだ。しかし特筆すべきは、素材のポテンシャルを最大限引き出す技にある。複雑な裁断やアイロンワークには熟練の職人の手仕事を織り込むことで、快適なだけでなく美しい一着を形にしている。
そしてグラスヒュッテ・オリジナルの時計もまた、時計師の技巧を堪能できる逸品だ。裏蓋から覗くのは、ムーブメントの大部分を覆う4分の3プレート。その表面にはグラスヒュッテ・リブと呼ばれる縞模様装飾が施され、2羽の白鳥を思わせるデュアルスワンネック・レギュレーターが駆動を制御する。いずれもドイツ時計の聖地、グラスヒュッテならではの伝統技法である。
美しく快適な装いに身を包み、精緻な時の鼓動を眺める。そのとき思いを馳せるのはそこに息づくクラシック、クラフトマンシップという人類の叡智だ。
BALMACAAN COAT - 静と動、ふたつのシーンを行き来するプロダクト
コート17万9850円、スーツ7万7000円、シャツ2万2550円〈以上すべてオーダー価格〉、タイ9350円/以上すべて麻布テーラー、シューズ、ベルトはスタイリスト私物
コート17万9850円、スラックス2万9700円〈ともにオーダー価格〉、ニットベスト1万6500円/以上すべて麻布テーラー、カットソーはスタイリスト私物
麻布テーラーではコートのオーダーも可能。王道のテーラードコートはもちろん、トレンチやピーコートなど実に多彩なデザインを誂えられる。
特に今年注目したいのが、バルマカーンコートだ。ヴィンテージに見られる一枚袖のラグランスリーブを採用し、丸みのあるAラインを描く。その強みは、抜群の着回し力。オーダーによるフィット感も手伝い、タイドアップしたスーツからカジュアルなニットにまであらゆる装いにマッチする。定番の斜めポケットか、トラッドなフラップポケットか、前ボタンを隠すか見せるかなど、細部のアレンジが可能なところも楽しいポイントだ。
一方ジャガー・ルクルトのレベルソは、1930年代に貴族のあいだで流行したポロ競技を出自とする、ハイソサエティさとスポーティさを併せ持つ時計だ。昨今はファブリックストラップやカラーダイヤルも採用し、より自由な表現を可能にしている。TPOを軽やかに往来し、どんな場面でも品をまとう。これこそ、現代に生きる紳士像のひとつの姿だ。
ジャガー・ルクルト レベルソ・トリビュートデュオ・スモールセコンド Q3988481
212万9600円(税込)
文字盤の反転機構をアイコンとする、1931年誕生のレベルソ。ケースをスライド、反転させることで異なる顔が現れる、唯一無二の時計である。※麻布テーラーでの取り扱いはなし
CASHMERE - 多くを語らずとも素材が“上質”を伝える
コート26万7850円、スーツ9万4600円〈ともにオーダー価格〉、シャツ1万9800円、タイ1万4300円、マフラー1万9800円/以上すべて麻布テーラー
“たわみ”はエレガンスの源泉であると冒頭で述べたが、その美しさを決定づけるのが素材の風合いだ。しなやかな織りと、滑らかな光沢。そして適度なウェイトも重要である。“たわみ”はゆったりと大きいほうがリッチな格調を醸し出す。ゆえに、ある程度肉厚な生地のほうが好ましい。
そのなかでもひと際輝くのが、ピュアカシミヤ。仕立てるなら、クラシックなダブルコートがいい。優美な艶と毛並みが描き出す極上の“たわみ”、そしてダブルブレスト特有の品格による相乗効果が、抜群のラグジュアリー感を生むからだ。写真の一着は、イタリアン・カシミヤの最高峰、ロロ・ピアーナのファブリックで誂えたもの。紺無地ながら、ひと目でわかるオーラに魅了される。紳士のエレガンスは黙して語るべきものだが、そんな美学を体現するたたずまいだ。そこに合わせるレベルソは、反転させることでよりドレッシーなシルバーダイヤルが現れる。ストラップもレザーに付け替えることでアール・デコを基調としたエレガンスが強調され、着こなしと呼応。かくして、細部は言葉以上に美学を語る。
SUITS - オーセンティックなスタイルに色柄で“意思”を宿す
スーツ16万4450円、シャツ2万900円〈ともにオーダー価格〉、タイ1万450円、チーフ1650円/以上すべて麻布テーラー
信頼感を損なわない普遍性に、個性を滲ませる。これが今季、麻布テーラーが提案するスーツスタイルの極意である。鍵となるのが“テクスチャー”だ。たとえば上の1着は、英国素材であるフランネルをイタリアの生地メーカーが表現したもの。伝統的ながらしなやかさ軽さも備え、その風合いが個性に繋がっている。
そんなスーツを一段と引き立てるのがVゾーン。麻布テーラーでは今季、英米のエッセンスを融合させた“アングロ・アメリカン”な装いを提案している。シックながら華もある胸元が、オーセンティックに個性を輝かせるのだ。そして時計においても、テクスチャーは美観を決定づけるエッセンス。とりわけグランドセイコーが世界に誇る型打ち技術による文字盤は、日本の情景を質感豊かに映し出す。正統なフォルムに忍ばせる密かなアレンジで、意思のある装いをまといたい
グランドセイコー ヘリテージコレクション SBGA445
94万6000円
深々と降り積もった雪面が太陽の光で輝くときに現れる繊細な表情を、世界有数の型打ち技術により表現。※麻布テーラーでの取り扱いはなし
Photographs : Yuji Kawata Styling : Eiji Ishikawa[TRS] Hair & Make : Ken Yoshimura Model : Hiroshi Fujii[donna] Words : Hiromitsu Kosone
※本特集はTHE NIKKEI MAGAZINE STYLE azabu tailor × HODINKEE Japan 2025-2026 Autumn/Winter CATALOGからの転載にあたり、一部を抜粋・編集したものです。