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存在感を高める日本の独立時計師やインディペンデントブランドを取り巻く近況について紹介した記事(まだ読んでいない方は、こちらから)を先日公開したが、それは日本に限らず世界共通の動きでもある。強い個性と主張を持った“インディペンデント”な時計の作り手たちの存在は、SNSによるコミュニケーションの高速化も相まって、一部の熱心な愛好家にとどまらず、多くの時計好きに知られるようになった。
それこそ海外には、日本以上に多くの独立時計師やインディペンデントウォッチブランドが存在している。異論があることは重々承知しているが、個人的にはベルナルド・レデラー(Bernhard Lederer)氏、そしてラウル・パジェス(Raúl Pagès)氏は、いまもっとも注目すべき存在ではないかと思っている。時の技巧展へ参加するために来日し、その作品を間近で見ることができたという個人的な思いがあることは否定しないが、理由はそれだけではない。
時の技巧展に参加するために来日したベルナルド・レデラー氏(写真右から2番目)とラウル・パジェス氏(写真中)。Source LEDERER
理由のひとつは、ふたりが共にルイ・ヴィトン ウォッチ プライズ フォー インディペンデント クリエイティブズやGPHG(ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ)など、業界関係者が評価を担う国際的な賞において、近年その名が頻繁に登場するようになったからだ。そして、もうひとつは、彼らの時計づくりが単に独創的で斬新な機構を持つことをアピールするのではなく、その根底に高級時計の本質である精度や美しさの追求が見られることだ。そんな彼らの時計とは、どんなものだろうか?
ベルナルド・レデラー(Bernhard Lederer)
レデラー氏の象徴とも言える独特の設計を持ったセントラル インパルス クロノメーター CIC 44 トリプル サーティファイド オブザバトリー クロノメーター。写真はその希少な最初期のプロトタイプムーブメントである。
時計愛好家のなかには、ベルナルド・レデラー氏の名を知る人は多い。1958年にドイツで生まれた彼は独立時計師アカデミー(AHCI)の初期メンバーのひとりで、言わば独立時計師の大ベテランである。かつてはブルー(BLU)という名のブランドを手がけていた時期もあったが、それよりもむしろ活動の主だったのは複雑時計の修復、古典脱進機の研究、ブランド向けのムーブメント開発などだ。また彼は長年、時計学校や教育活動を通じて若い時計師を育ててきた人物である。言わば“時計師の時計師”という裏方の存在だった。
トリプル サーティファイド オブザバトリー クロノメーター(左)とセントラル インパルス クロノメーター(右)。Photo by Mark Kauzlarich
レデラーのCIC 39 レーシンググリーン。機能としては前述のCIC 39 ロンジチュードやCIC 39 インヴェルトと同様。レデラー氏のこの作品は第2回のルイ・ヴィトン ウォッチ プライズ フォー インディペンデント クリエイティブズのファイナリストに選ばれた。
レデラー最大のテーマは、精度を高めるための機構設計だ。そしてCICが革新的だったのは、その実現のために左右対称のふたつの輪列、ふたつのガンギ車、インパルスを中央で受ける構造によって摩擦を低減し、振幅を安定させ、エネルギー伝達効率を向上させ、精度を追求した点にある。レデラーでは、このCICを脱進機の歴史を再解釈するシリーズと位置付けて時計づくりを進めてきたが、現代のインディペンデントウォッチのなかでもクロノメトリー(精度追求)をテーマにした機構開発で評価されている点が、レデラーの大きな特徴となっている。
ラウル・パジェス(Raúl Pagès)
記念すべき第1回 ルイ・ヴィトン ウォッチ プライズ フォー インディペンデント クリエイティブズで最優秀賞を受賞したパジェス氏のレギュレーター・ア・デタント RP1。
ベルナルド・レデラーを独立時計師の大ベテランとするならば、ラウル・パジェス(Raúl Pagès)氏は独立時計師期待のホープと言えよう。1983年にスイス・ヌーシャテル州で生まれた彼は、同国を拠点とする独立時計師のひとりで、パルミジャーニ・フルリエやパテック フィリップの修復部門に在籍後、2012年に独立。2017年にアカデミー会員となった。レデラー氏とは親子ほどの歳の差があるが、彼もまた修復家としてのキャリアを背景にした時計づくりが特徴で、特に古典的クロノメーターの思想を現代の腕時計に再解釈する作風で知られる。代表作にレギュレーター・ア・デタント RP1があるが、この時計をもって彼は第1回 ルイ・ヴィトン ウォッチ プライズの最優秀賞を受賞し、一躍その名が知られるようになった。
レギュレーター・ア・デタント RP1のダイヤルサイド。高精度懐中時計がインスピレーションソースだが、デザインはモダンにまとめられている。Source Raúl Pagès
RP1が評価された最大の理由は、デテント脱進機(クロノメーター脱進機)を腕時計サイズに収め、実用化した点にある。デテント脱進機は18〜19世紀のマリンクロノメーターに使われた高精度機構で、テンプへの干渉が少なく等時性が高いという利点があるものの、衝撃に弱く、腕時計に搭載するのが難しいとされてきた。それを彼は独自の安全機構(アンチ・トリッピング機構)を加えることで腕時計にも使える脱進機として実現させたのだ。
RP2のムーブメント。マリン・クロノメーターにインスピレーションを得た直径12.5mmの巨大なテンプを搭載。2万1600振動/時の振動数で、伝統的なスタイルと現代的な性能のバランスを実現する。Source Raúl Pagès
ふたりの時計師に共通するもの、そしてインディペンデントの新章
時計愛好家からの質問に答えるレデラー氏。Source LEDERER
レデラー氏は新機構の開発、そしてパジェス氏は歴史的技術の再解釈と、それぞれアプローチは違えど、共通して時計の本質である精度を追求する時計づくりと哲学を持つ。レデラー氏はあるインタビューで、時計とは人生の残り時間を示すもの、時計はその時間を可視化する装置であり、だからこそ時計は単なる道具でも装飾品でもなく美しく作られるべきだと語った。パジェス氏もまた物事がどう動くかだけでなく、どう美しく見えるか、つまり時計は美しさと技術の両方が大切であるという考えが根底にある。
ほんの少し前の独立時計師やインディペンデントブランドの作品は、いかに目新しいスタイルであるか、いかに独創的な機構であるかが話題の中心になっていたように思う。極論を言えば、精度も着け心地も二の次で、見る人にどうインパクトを与えることができるかが重要ということだ。しかし、レデラー氏とパジェス氏の作品の軸になっているのは、時計としての精度と美しさである。これらは高級時計の基本とも言えるものだが、彼らのそうした基本に立ち返った時計づくりを、時計業界を含めて改めて多くの人が求めるようになっているのではないだろうか。投機的な盛り上がりはこれからもまだ続くかもしれない。しかし、一時の“ハイプ”を経て、いま独立時計師やインディペンデントブランドは新たな時代に入ろうとしている。レデラー氏とパジェス氏が高く評価される現状を見るに、筆者はそう感じている。
つくり手であるふたりもそうした空気感を感じているようだ。時の技巧展での反応、そして海外と日本の時計愛好家の違いについて話を聞くとレデラー(Bernhard Lederer)氏は次のように答えてくれた。
CIC 39 インヴェルト。レデラー氏のデュアルデテント脱進機、ダブルコンスタントフォース機構を備えた作品だ。本作ではすべての機構を文字盤側から見ることができるように反転させ、チタンケースに収めた。
「世界中の多くの方が好奇心と熱意に満ちていることは感じていますが、時の技巧展に参加した際、最も印象的だったのは来場者の注目度の高さでした。彼らは時計を見るだけでなく、研究するように観察しているのです。ムーブメントの構造や調律について、なぜその選択がなされたのかといった緻密な質問を投げかけられました。このように注目されるという経験は私にとってとても意義深いものでした。なぜなら、私は常に高級時計は鑑賞するだけでなく、“読む”べきだと信じているからです。来場者から感じられた規律と熟練に対する文化的感性は、私の仕事への姿勢と強く共鳴するものです。世界的に独立時計師やインディペンデントウォッチへの関心が高まっているのは明らかです。しかし日本では、それ以上の深みを感じ取ることができました。それは単なる希少性の追求ではなく、誠実さと一貫性の探求です。この違いはとても重要だと思っています」
「日本での展示会への参加は私にとって光栄なことで、反応はとても好意的でした。直接のコミュニケーションは、言語の壁もあって少し複雑です。しかし現代の翻訳ツールを活用すれば、ウォッチメイキングの美しさについて議論できます」と話すのは、ラウル・パジェス(Raúl Pagès)氏だ。言語の壁を越えて作り手と直接コミュニケーションしようという、日本のコレクターの熱心な様子がとても印象的だったという。
2025年のGPHGではタイム・オンリーウォッチ賞にもノミネートされたRP2。ル・コルビュジエのカラーパレットを参照にしたという色使いがモダンな雰囲気だ。
そして、現在の独立時計師やインディペンデントウォッチを取り巻く状況についても、ふたりはそれぞれ次のように答える。
「今日では、より多くのコレクターが深い問いを投げかけています。“この時計の背景には誰がいるのか?”、“それは何に貢献するのか?”、“何を解決するのか?”と。これはとても健全な進化だと捉えています。しかし、そこには責任も伴います。文字盤に自らの名を刻む時、ムーブメント内部のあらゆる決断に対して説明責任が生じるのです。私にとってのインディペンデントウォッチとは、バリエーションではなく新たな章を築くことにあります。ウォッチメイキングにおいて未解決の課題が残る領域で取り組み、たとえ微細ですぐには見えなくとも進歩を追求することを大切にしているのです。そしてコレクターがそこに個性的な存在感と緻密なディテールを求めるのなら、私たちの責任はより重くなるでしょう。単に差異を提供するだけなく、本質的な価値も提供しなければならないのですから」(レデラー氏)
「私たちのような独立時計師の仕事に対する認知度は、確かにここ数年で飛躍的に高まっています。一方、私にとっての独立時計製造の強みとは、時計職人たち固有の、そして深くパーソナルな創造性の文脈が存在する点にあると思っています。こうした作り手の多様性や表現の自由、そして誠実さこそが、独立時計製造をこれほど活気に満ちたもの、魅力的なものにしているのだと感じます」(パジェス氏)
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