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現在、インディペンデントウォッチシーンは群雄割拠の様相を呈している。SNSの普及により、志を持った人々がサプライヤーへ容易にアクセスできるようになったことも一因だろう。本場スイスのみならず、欧州諸国や日本を含むアジア圏でも、ここ数年で数え切れないほどのブランドが産声を上げている。またその一部には、例えば日本の豊島区・大塚を発祥とする大塚ローテックなどのように、瞬く間にスターダムへと駆け上がったブランドもある。同ブランドは2024年にフィリップスが開催した刻(TOKI)オークションでエスティメートを大きく上回る55万3400香港ドル(約1100万2600円)を記録し、6号が同年のGPHGのチャレンジ賞でグランプリを獲得したことで、日本のウォッチシーンの存在を強く世界に印象付けた。これに呼応するように、国内の時計愛好家のあいだでもインディペンデントシーンへの熱狂は確かなものとなっている。
ただ、この流れは何もここ数年で始まったものではない。その根幹の部分には、“独立時計師”という言葉がまだ日本で認知されていない時代、まだ設立から間もないAHCI(独立時計師アカデミー)とコミュニケーションを図り、日本にその文化を啓蒙し続けてきた存在があった。それこそがシェルマンであり、元代表である磯貝吉秀氏である。当時はまだクォーツショックの余波が残っていたタイミングだったが、「自分たちの手で、独創的な機械式時計を作り続ける」という意志を持った職人たちが自らをIndependent Watchmakers(独立した時計師)と称し、バーゼルワールドをはじめとする見本市に出展し始めていた。巨大資本に属さず、己の技術と創造性により勝負をかける時計師の姿に、磯貝氏は感銘を受ける。かくして、フィリップ・デュフォーやスヴェン・アンデルセン、ダニエル・ロートといったブランドが日本へと紹介され、独立時計師が認知されるようになっていったのである。今回は、そんなシェルマン、そして同社がプロデュースする「cal.BAR(キャリバー)」の視点をとおして、日本における昨今のインディペンデントウォッチシーン、その変遷を追って行きたい。
コロナ前後で大きく変わった、インディペンデントブランドのあり方
cal.BAR中央の机には、この地を訪れた数々の名工の名前が刻まれている。
現在の日本において、インディペンデントウォッチの情報発信地となっているのが、シェルマンプロデュースによる日本橋三越本店のcal.BAR(キャリバー)である。「2016年ぐらいに、バーゼルワールドのメイン会場向かいの建物を、全部インディペンデントブランドにしたタイミングがあったんです。ちょうど三越伊勢丹さんのバイヤーチームと出向いていて、『これは大きな変化だね』と話していました。もともとフィリップ・デュフォー氏ほか独立時計師が灯してきた火種はあったのですが、そのときに独立系時計ブランド再燃の熱を感じ取っていたように思います」。そう語るのは、cal.BAR創設の立役者のひとり、シェルマン INDEPENDENT Div. 部長・佐藤 健氏である。「その後、2019年に日本橋三越さんの時計コーナー(日本橋三越本店/ウォッチギャラリー、伊勢丹新宿/ウォッチ、)をリモデルするタイミングで立ち上げたのが、cal.BARです。今思うと、ウォッチギャラリーの真ん中にこれだけ大きなスペースを割いてもらえたのは、ありがたいことですね(笑)」
cal.BARは創設後まもなく、独立時計師を招いたイベントを頻繁に開催するようになる。創設年である2019年には、ミシェル・パルミジャーニ氏をはじめ、ステファン・クドケ氏、ハブリング夫妻、カリ・ヴティライネン氏らが相次いで来日した。cal.BARはその始まりから、独立時計師本人とエンドユーザーとの交流を重視する姿勢を貫いていた。「当時の時計愛好家の皆さんにも、自ら情報を取りに行こうという熱量がありました」。これらのイベントは、大手ブランドのような発信力を持たない独立系ブランドと、容易にはバーゼルを訪れることができず、燻っていた愛好家とをつなぐ架け橋となったのである。しかし、年が明けた2020年。新型コロナウイルスの蔓延により、イベントは開催自粛を余儀なくされることとなった。
シェルマン INDEPENDENT Div. 部長・佐藤 健氏。
「自粛自粛の世の中で、特に彼らのような小規模ブランドの生産量も目に見えて減っていきました」と佐藤氏は語る。「さらにcal.BARで行っていたような交流型のイベントもできなくなり、買い手となるエンドユーザーとのタッチポイントも無くなっていったんです」。大きく広告費を割けない小規模なメーカーにとって、これは大きな痛手である。しかしその代わりとして、SNSによるコミュニケーションが活発になっていったのだという。
「2021年ごろからでしょうか。どこのブランドが最初、というのははっきりとしていません、しかしそれほど、名の知れた独立系ブランドから新興ブランドまでが、一様に自分たちの思想や作業工程などを発信し始めたのです。もちろんそれまでもSNSを活用したPRというのは珍しいものではありませんでしたが、このタイミングでバーゼルワールドのような見本市に出展できない小さなブランドもブワーッと出てきた。家にいながら情報を取りにいくしかなかった人々は、SNSを通じてそれらを積極的に探し、作り手とつながり、そこから新しい交流が生まれていきました。それが次の価値観になっていった。ブランドの名前やロゴに縛られない、作り手と思想の共感、共鳴が生まれ、新しい潮流が生まれていったように思います」
過去のブリティッシュ・ウォッチメーカーズ・デイの様子。
「購買動機の種類も、変わってきたなと感じますね」と、佐藤氏は話を続ける。
「人にどう見られるかで時計を選ぶ時代と、自分が本当に好きなものを選ぶ時代。その価値観のサイクルは、およそ20〜30年で入れ替わっていきます。いま私たちは、後者の時代に入りつつあるのではないでしょうか。日本は80年代後半からの第一次時計ブームを経て、マーケットとともにコミュニティも成熟していきました。ここでもSNSの話になりますが、作り手の人間性、技術的にも素晴らしいと思える価値あるブランドに、そのような人々がアクセスしやすくなったことが、インディペンデントブランドブームを後押ししているようにも感じられます」
そして長く苦しい自粛の期間は明け、人々は再び交流の場を求めるようになる。しかし、高まった需要に対し、供給するブランド側が急に年産本数を増やせるわけではない。そこで小さなブランド同士が手を取り合い、コミュニティを形成する動きが出始めた。「特にイギリスで開催されている、ブリティッシュ・ウォッチメーカーズ・デイはいい例です。アメリカではマッセナLABさんを中心とした集まりがあり、シンガポールではマイケル・テイ氏がアワーグラスさんでIAMWATCHという特別なイベントを行っています。コロナが明けて変わったことのひとつに、単一ブランドごとでの活動から、“INDEPENDENT WATCHMAKERS & SMALL MAISON”がひとつのカテゴリとして紹介され、コミュニティを通じてお客様とつながる動きへと移ってきたことが挙げられるでしょう」
2024年よりシンガポールで開催されている、IAMWATCH。
広がり続けるインディペンデント市場と、いかに向き合うべきか
2020年の段階ですでに30もの独立時計ブランドを取り扱っていたcal.BARだが、その数は年を追うごとに増加傾向にある。ただ、彼らは出合ったブランドすべてを採用していったわけではない。ビッグブランドが復刻・継承(リバイバル)に注力するのに対し、インディペンデントは革新に割く割合が大きい。アーティスティックなデザインを打ち出すブランドが多いなか、シェルマンはそれらをどのような視点で捉えているのか。
「シェルマンが担ってきたのは、独立系ブランドとの『共創関係』です。見本市や買い付けのために海外へ赴いた際、若い作り手たちに見本市会場の近くのカフェに来てもらい、ミーティングをすることがあります。しかし、その場ですぐに『良い時計なので買い付けます』と決めることは基本的にありません。やはり2、3年は交流を続けながら、シェルマンとしての意見を伝え、彼らの成長の過程を見守ります。その時計師が何を表現しようとしているのかを汲み取り、実現の道筋となりそうなアイデアやアンティークウォッチの技術的に優れた部分を伝える。パトロンというよりは、ビジネスパートナーに近い立ち位置ですね。
現在は時計メーカーが誕生しやすい環境にあるのは事実です。そのため、奇を衒(てら)ったものや、多様性を意識したデザインも次々に登場しています。ただ、ある一定のレベルを超えていなければ、1、2年後に生き残っているかは非常に厳しい。今後しばらくは、新興ブランドが急増しては消えていくというサイクルが、短いスパンで繰り返されるだろうと予測しています。たとえ一時的に注目を浴びても、確固たる思想や資本がなければ継続は困難です。私たちはそのなかでも、アンティークウォッチを通じて培ってきた審美眼を頼りに、10年、20年と安心して使い続けていただけるブランドを厳選して取り扱っています」
大手には実現できない、奇抜なデザインを争う潮流は落ち着きつつあるということでしょうかと問うと、佐藤氏は首を縦に振った。
「そうですね。ファッションとして楽しめるものも今後次々に登場するでしょうが、例えばマルコ・ラングのように、素材の選定や機構の美しさなど、多角的なアプローチで独自の世界観を築いている作り手が、淘汰のなかで残っていく構図になるでしょう。それは決して『型なし』なのではなく、基本となる『型』があるからこその『型破り』なクリエイティブです。そのためには、現在は製造されていない古い工作機械を自ら整備し、自分たちだけの“味”を追求することもあります。そうした譲れないこだわりや、時計師の性格、思想を正しく伝えていける環境が今は整っていますし、受け手である愛好家のレベルも、かつてより高い次元にあると感じています」
アート性を表現したブランドのなかで、特に際立っているとシェルマンが捉えているのがベルギー発のレッセンスであるという。
続けて佐藤氏は、そういった『型』を下地とした『型破り』の例として昨今活躍する時計師たちに見られる動きについても語ってくれた。
「現在の40代、50代の時計師たちのなかでは、ジョージ・ダニエルズ氏の著書やAHCI(独立時計師アカデミー)の影響を強く受けており、単に時計を作るだけでなく、それを『アート』へと昇華させようとするムーブメントがあります。このクドケ5や、オランダに現存する世界最古の機械式プラネタリウムにちなんだクリスティアン・ファン・デル・クラーウのプラネタリウム アイゼ・アイジンガーなどは、わかりやすいですね。その表現の際、フランス語では“サヴォアフェール(匠の技)”、“オブジェダール(芸術品)”、“メティエダール(芸術的工芸)”といった言葉が使い分けられますが、日本の愛好家の方々もこうしたニュアンスの違いを理解し、楽しんでくださる方が増えている印象です」
ドーム型の天球デスクが、1日で1回転するクドケ5。これもまた、独立時計ならではのアート表現を、高い職人技術で形にしたものである。
「不完全ならではの美しさ、というものも魅力のひとつです。規則正しく機械的に作られるのではなく、手仕事によってひとつひとつが調和を保ちながら組み上げられていく。ムーブメントにせよ外装にせよ、クリアランス(隙間)を見極めながら全体を微調整して仕上げていく感覚――これこそが“サヴォアフェール”(匠の技=経験や感覚による、体にしみ込んだ技術)と呼ばれるものであり、そこに作家性、人間性が滲み出てくるのです」
正確さを求めるならば、ロレックスのような完成された実用時計ブランドがある。しかし、独立時計師の作品をルーペで覗き込めば、そこには手作りであることを実感させる痕跡が随所にあり、作り手の作家性を強く感じることができる。プロダクトに宿る“味”を解し、そこから滲み出る時計師の個性に共感するための土壌は、cal.BARが整えてきた。「彼らは時計業界におけるいわば先駆者であり、同時に既存の枠に収まらない“アウトロー”とも言える存在。その個性は千差万別で、一概にこうと説明することはできません。本当に人間的に魅力的な人が多いんです。現在はブランドを率いる本人たちが来日できる機会も増えています。直接の会話を通じて、自分に共鳴するか、を楽しみながらブランドと向き合って欲しいです」
Photographs by Cedric Diradourian, Yusuke Mutagami
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