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アジア、なかでも独立系時計メーカーが台頭してひときわ活況を呈する香港において、2025年に産声を上げた新鋭ブランド「アーセン カンパニー(Earthen Company)」。創業者は、ジョナサン・チャン氏とスタンレー・ホー氏のふたりだ。ジョナサン氏は世界最大級の時計コミュニティ「The Horology Club(THC)」の共同創設者でもあり、世界中のブランドと強固なネットワークを持つ、時計界のキーパーソンとして知られている。
今回、依然として勢いのあるアジアのインディペンデントシーンの今を読み解くべく、両氏へのインタビューを実施。メーカーとコレクター、その両方の視点を持つ彼らの目に、現在の時計市場はどのように映っているのだろうか。
(左)ジョナサン・チャン氏、(右)スタンレー・ホー氏
インディペンデントブランドにおける、香港という市場
まず、彼らがアーセン カンパニーを立ち上げた背景について尋ねた。大手時計コミュニティのにおいて長年時計と真摯に向き合ってきたふたりだからこそ、その動機は極めて明快だった。
「ブランド設立の大きな動機のひとつは、高品質であることが必ずしも高価である必要はないということを世界に示したいという思いでした」とジョナサン氏は語る。「例えばセラミック製の時計と聞くと、一般的には非常に高価なイメージが先行します。事実多くのブランドは、セラミックを使用しているという理由で価格を大きく引き上げることがあります。しかし私たちは、より手の届きやすい価格で本当に高品質な製品を提供することも可能なはずだと考えました。そのことを発想が、アーセン カンパニーの出発点になったのです」(ジョナサン氏)
「私たちは何よりもまず、ひとりの熱心な時計コレクターです。時計を愛するがゆえに、ディテールへのこだわりは人一倍強い。どれほど多くの時計を手に入れても、『針がわずかに短い』『このパーツが細すぎる』といった細部が気になり、完璧に満足することは容易ではありませんでした。自分たちが理想とする究極の一本を手に入れるにはどうすればいいか。そう考えたとき、自らの手で形にするべきだという結論に至ったのです」(スタンレー氏)
ブランドの立ち上げと同時に発表された、サミット コレクション。左から、ブルーバード、ホワイトアウト、オーバーキャスト。
テンポラル・ワークス シリーズ A
香港だけでも、2025年の時計シーンはまさに群雄割拠の様相を呈している。ブルータリズム建築に範を求めたハリソン・チョイ氏のネクテレ(Nextere)、グラフィックデザイナーとしての感性を注ぎ込むニルセン・チャン氏のメトリカル・ウォッチ(Metrical Watch)、そしてマーク・チョー氏がエリオット・ハマー氏とともに満を持して始動させたテンポラル・ワークス(Temporal Works)など、独創性と実力を兼ね備えた新鋭ブランドが次々と産声を上げた。しかし、状況は決して甘くはない。アーセン カンパニーが本格的なスタートを切った2025年末という時期は、皮肉にも世界的なインディペンデントウォッチブームがピークを迎え、ある種の転換期を迎えたタイミングでもあった。
「正直なところ、現在の市場コンディションは、コロナ禍やそれ以前のような勢いがあるとは言えません。今の環境下でブランドを維持し続けるのは容易ではなく、多くのメーカーが苦心しているのが実情でしょう。だからこそ、この激流のなかで生き残るためには、真に優れた製品を適切な市場へと届けるための、シビアな審美眼と戦略が求められるのです」(ジョナサン氏)
そのビジョンを現実のものにするにあたって、香港という市場にはメリットもデメリットも存在したという。
「香港で創業したことのメリットは、サプライチェーンへのアクセスが容易なことです。毎年香港では見本市(香港ウォッチ&クロックフェア)が開催されているため、足を運べば多種多様なサプライヤーに直接アクセスすることができます。手が届く価格のセラミックウォッチというコンセプトを形にするには、最適だったと言えます」(スタンレー氏)
「しかし香港は、卓越したアイデアと意欲を持った人々が集まる、競争の激しい地域でもあります。また、消費者はハイエンドなブランディングに慣れており、より高価格なものが求められる傾向にあります。プロダクトに対する期待値が高い半面、新しいブランドを受け入れる許容性は低い。そのため、私たちのような新興が香港で成功するのは、実はかなり難しいのです。しかし一方で、シンガポールや日本は新しいものを受け入れる土壌が整っています。香港は私たちのホームタウンですが、製品をローンチするたびに厳しくジャッジされるのは、非常にチャレンジングな環境であると言えます」(ジョナサン氏)
市場としてのアジアの可能性、中国のウォッチメイキングの未来
実際に香港でビジネスを展開する当事者として、彼らが直面する壁は低くない。だが、視点をアジア全域へと広げれば、そこには極めて大きなポテンシャルを秘めたマーケットが広がっているのだ。
「グローバルな視点で見ても、アジアは巨大な市場です。人々の時計に対する知識は浸透しており、購買力も向上しています。歴史的に見ても、私の祖父の代から時計を理解し、購入するという文化がこの地には根付いていました。消費者としての規模はもちろんですが、ブランド側の視点で見れば、現在アジアで活躍する多くのメーカーが、欧州ブランドに技術革新を促す存在となっています。かつてアジアは『コスト削減の拠点』と見られがちでしたが、現在のITや自動車産業を見れば、その競争力が欧州に引けをとらないことは明白でしょう」(スタンレー氏)
「時計に関しても、同じことが言えます。どの国も、まずは他国の優れた製品を模倣することから始まるものですが、アジアはすでにそのフェーズを脱したと考えています 。中国でも、ファム・アル・ハット(Fam Al Hut)やキン・ガン(秦 干)のように、独自のイノベーションが起こり始めています 。現代のウォッチシーンに、アジアならではの新しい要素やひねりがどのような影響を及ぼすのか、非常に興味深いですね 」(ジョナサン氏)
ファム・アル・ハット メビウス 1、レボリューションとの限定モデル。
キン・ガンのパストラーレ II。
ジョナサン氏の言うとおり、特に中国は仕上げ、機構などウォッチメイキングにおけるさまざまな面で独自のハイエンド化を遂げ、洗練を続けてきている。2025年のGPHGでも、トゥールビヨン賞に創業間もないファム・アル・ハットのメビウスがノミネートされ、スイスの伝統的な時計製造とは一線を画するクリエイションで強い注目を浴びていた。ジョナサン氏曰く、この革新性こそが中国の独立系時計シーンを一歩先へ進める鍵になると言う。
「ただ、キン・ガンは非常に美しい時計ですが、ムーブメントの仕上げなどにおいて、まだ少し西洋的な手法を模倣する段階にとどまっているように見えます。イノベーションという点では、ファム・アル・ハットのほうが先進的でしょう。バイアクシャルやレトログラードといった伝統的な機構を取り入れつつ、小型かつ競争力のある価格帯で提供しています。そこに、これからの時計製造のあり方を感じるのです」(ジョナサン氏)
「さらに言えば、中国は彼らならではのデザイン言語を見つける必要があるでしょう。例えば日本には、スイス発祥ではありますがザラツ研磨を取り入れた非常にレベルの高い加工技術があります。しかし、現在の中国にはそれに該当するものがないように思います」 (スタンレー氏)
「伝統的な中国らしさを前面に出してしまうと、かえって安っぽさが出てしまう。本当に必要なのは、デザイン言語を発展させていくイノベーションです。カメラを例に挙げると、日本は最初ドイツのレンジファインダーカメラを模倣していましたが、その後の技術革新を受けてまったく異なる外観の一眼レフを作り出していきました。私たちも今、そんなブレイクスルーの転換点にいるのです。アーセン カンパニーのセラミックケースも、もっとユニークな曲線やフォルムを取り入れることができないかと、技術的な試行錯誤を繰り返しています」(ジョナサン氏)
その土地らしいデザインとは何か、という問いが先に立ってしまえば、それは形だけのものに陥り、かえって安っぽさを招きかねない。中国のデザイン言語を形成するうえでは、テクノロジーによるリードが望ましいと、ふたりは語った。
この日ふたりは、アベンチュリンダイヤルのプロトタイプを身に着けていた。
ダイヤルには人工のアベンチュリンガラスを用いているため、加工の際に非常に割れやすい。アーセン カンパニーの価格レンジで実現できているのは、快挙である。
ちなみにとスタンレー氏は、時計コミュニティに参加している経験をもとにした知見も語ってくれた。
「中国に限らず、アジアのコレクターは非常に合理的です。重要視するのは、支払った金額に対して見返りは十分かということ。まさに、“バリューハンター”ですね。なので私たちも、顧客が価格以上の価値があると感じられるものを提供できるようにしています。普遍的でミリタリーライクなデザインやセラミックケースという選択に、その思いは表れています」(スタンレー氏)
「私たちは常に、価値を提供できるかに重きを置いています。中国で本当にいいケースを作る工場があればそこに依頼しますし、やはりスイス製のムーブメントが最高だとなったら取り入れるだけです。例えばの話ですが、Habring2(ハブリングツー)は素晴らしいムーブメントを持っていますが、ケースは少し退屈です。では、Habring2のムーブメントをF.P.ジュルヌのようなケースに入れたらどうでしょう? とても魅力的ですよね。さらに文字盤をカリ・ヴティライネンに作ってもらえば、はるかに良い製品になります」(ジョナサン氏)
一貫製造のマニュファクチュールが至高とされる以前、かつてスイスの時計製造において主流であったエタブリスマン(Etablissement)的な考え方である。スタンレー氏の言うように、特に昨今のアジアマーケットでは価格に対する適切なバリューを提示できれば、どこで作られているのかは大きな問題にならない。餅は餅屋ではないが、必要なのは各パーツにおける最適なサプライヤーを見極める審美眼である。
「例えば数年後、非常に複雑なセラミックケースを作り、高級なムーブメント仕上げを見せるシースルーバックの時計を作りたいとなるかもしれません。当然価格は高くなりますが、顧客からのフィードバックに基づくものであれば、そのプロジェクトを進める価値は十分にあります。私たちの最初のコレクション、サミットが複数のバリエーションからなっているのは、それらがそのまま“アンケートの選択肢”になればいいと思ったからです。クラシックなブラックが一番売れればその路線を強化しますし、遊び心のあるブルーなどが売れればその方向性を強めます。単純に安いものを作りたいというより、正しい価値のものをフェアな価格で作りたいのです」(スタンレー氏)
「現在、私たちは世界中を行き来することができ、あらゆる地域から最高の素材を選び取ることができます。作りたいものがあるなら、やらない理由はありませんよね?」とジョナサン氏は最後、にこやかに笑って締めくくった。
Photographs by Yusuke Mutagami
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