あらゆる言語でエレガントな響きを感じる最高の名
カレラの生みの親であるホイヤー社4代目当主のジャック・ホイヤーは、自伝の中で“私が最も誇りに思う瞬間は、紛れもなくカレラを生み出したときだ”と語っている。1963年に誕生したカレラという時計は、ジャック・ホイヤーが伝説のレース「カレラ・パナメリカーナ・メヒコ」の話を耳にし、“「カレラ」はスペイン語でレースや道を意味し、あらゆる言語でエレガントな響きを感じる最高の名だ”と思ったそうだ。
それからすぐに、カレラはその名に恥じない名作に進化するわけだが、ジャックがこの時計において仕掛けたことは単にペットネームを与えただけではない。それまでの時計と異なる3つのモダナイズを図り、1つのコレクションとしてのアイデンティティを確立していったのだ。具体的には、彼はデザイン、テクノロジーでのアップデートを図り、カーレースの世界との結びつきを強化した。テクノロジーの進化においては、1969年に世界初の自動巻きクロノグラフ開発を牽引したことで広く知られており、スティーブ・マックイーンやF1人気によりレースとの結びつきもタグ・ホイヤーのイメージそのものだろう。そこでここからは、特にデザイン面においてカレラを決定づけるものにフォーカスしたい。
初期カレラDato 45からのインスパイア
まず、カレラを定義付けているデザインとは視認性の高いダイヤルとポリッシュされたファセットラグだ。それ以前の複雑な構成が主流だったクロノグラフの文字盤を、よりすっきりと必要な要素にフォーカスしてミニマライズし、エルヴィン・ピケレ社が開発したエレガントながら特徴的なラグをもつこのケースによって、全体に立体感を付加した。これらのアイデンティティは現在のタグ・ホイヤー カレラにも受け継がれており、今年アップデートを加えながら復刻された、160周年記念モデル(上写真)はカレラの魅力を凝縮したような1本である。
最新作である、タグ・ホイヤー カレラ スポーツクロノグラフ 160周年リミテッドエディションは、今年発表されたカレラ スポーツクロノグラフのバリエーションのようだが、実は初期のカレラから大きくインスパイアされている。それは、珍しい12時位置のデイト表示に顕著であるが、これは1960年代前半の第一世代カレラに存在していたRef.3147“Dato 45”で初出の意匠だ(Dato 45とはコレクター垂涎のモデルで、当時クロノグラフに初めてカレンダー機構を搭載した革新の時計である)。
現行の限定機では、6時位置のスモールセコンドは文字盤色とのコントラストを敢えて弱め、2カウンター風の仕立てになり、特徴的な白地に赤文字の日付表示を備えており、Dato 45のデザイン言語が見て取れる。3時のサブダイヤルに配される赤いラインや赤のクロノグラフ針は、Dato 45よりも少し後年の同社製クロノグラフに見られる意匠であるが、こうしたエッセンスを散りばめながら最新作の限定としている点が興味深い。
僕が思うに、タグ・ホイヤーの歴史とは革新とモダナイズの歴史である。テクノロジーの進化を図り、“外観は機能に従う”という姿勢で時計にモダンなデザインを与える。2010年代に同社が手掛けてきた自社ムーブメント開発の1つの結実がCal.ホイヤー02であるならば、次の10年の2020年代に彼らが手掛けるのは外観面でのアップデートではないだろうか? タグ・ホイヤーほどに多種多様なヘリテージを持ち、その解釈も進んでいる会社は稀有であり、このように過去へのオマージュとモダナイズを両立する企業を僕は知らない。