※本記事は2014年4月に執筆された本国版の翻訳です。
読者が私と少しでも似通った感覚があるならば、機械式アラーム時計に毎朝起こされるという日常というのは、ややピンとこないだろう。しかし、チューダー ヘリテージ アドバイザーの奏でる音は、枕元の時計やスマートフォンから発せられるデジタルサウンドに置き換わるものではない。むしろ、アドバイザーの健気なリング音は、熟練した秘書によく似ている:必要な時に側にいて、目立たないことである。ヘリテージ アドバイザーを着けて1週間後、私はこの珍しいコンプリケーションに新鮮な驚きを感じた。
ベルに救われた日々
音響効果は何世紀にもわたってリピーター機構という形をとって時計学の分野で使われてきたが、スイスの時計メーカー、エテルナが世界初のアラーム腕時計の特許を出願したのは1908年になってからだった。それ以前には、僧侶たちが一日のうちの様々な礼拝の時間を知らせるために、(比較的)初歩的なアラーム装置を使用していた。この“アラームボックス”にはダイヤルはなかったものの、修道士たちの日常には十分であった。
アラーム機能は、20世紀初頭以降、ささやかな人気を博した。1909年、ヴァシュロン・コンスタンタンにミニッツリピーター懐中時計にアラーム機構を組み込むよう改造させたパティアラ(パンジャーブ州、インド)のマハラジャを含め、実用的な複雑機構を求めたコレクターの注目を集めたのだった。パティアラのマハラジャともなれば、ヴァシュロン・コンスタンタンにそのような無理筋を依頼することができたのだった。独特の鐘の音を聞きたい読者は、「バーゼルへの道」の動画の2分8秒付近を参照してほしい。
時計愛好家の多くは、ヴァルカン クリケットとジャガー・ルクルト メモボックスという2大アラームウォッチを知っている。1947年に発売されたクリケットは、アラームウォッチの近代化をもたらした。歴史家のザフ・バシャによると、第二次世界大戦後の復興期がクリケットの人気を後押ししたという。アクティブなライフスタイルに戻った一般市民にとって、アラーム機能は便利なテクノロジーへの新たなニーズを満たしていたのだった。
ジャガー・ルクルトはその後塵を拝していたわけではなく、1949年に手巻きキャリバー489を開発し、それがメモボックスのムーブメントとなった。その後1956年、ジャガー・ルクルトはキャリバー489をキャリバー815に置き換え、初の自動巻きアラームムーブメントを世に送り出した。一般的に時計愛好家がアラームコンプリケーションを思い浮かべる時、メモボックスを念頭に浮かべることが多いだろう。清潔感のあるミッドセンチュリーモダンなルックスと一風変わった機能の組み合わせが市場で人気を博し、ヴィンテージメモボックスは、やはりヴィンテージ愛好家に人気が高い。この作品の詳細については、アソシエイトエディターのスティーブン・プルビレントがヴィンテージのメモボックスと1週間を過ごしたA Week On The Wristの記事「ジャガー・ルクルト メモボックスを1週間徹底レビュー」をご覧いただきたい。
1940年代後半から1950年代はアラームウォッチの人気の絶頂期で、その後は市場の需要が縮小していった。
アーカイブから:初代チューダー アドバイザー
チューダーが初めてアドバイザーを導入したのは1957年のことだった。このモデル、Ref. 7926は34mmのステンレススティール製オイスターケースにアドルフ・シルト社製手巻きキャリバー1475を搭載している。このデザインは当時のチューダーによく見られるもので、アロー形のインデックスやドーフィン針など、1950年代から60年代にかけて多くのチューダーモデルに見られた要素を取り入れている。
アラーム機構の存在を示唆するのは、たった2つの特徴だ:中央にある赤いアロー針と、2時位置にあるモジュールの巻き上げ、設定、作動のための第2のリューズだ。
Ref.7926は1968年まで製造され、翌年にはRef.10050に置き換えられた。このモデルでは、スクエア型のラグが採用され、ダイヤルデザインを一新。多面的な長方形インデックスと12時位置のチューダーの盾ロゴが採用された。バトン針がオリジナルのドーフィン針に代わり、より角張ったケースの外観を引き立てている。さらに、ムーブメントはAS1475からCal.3475に変更された。Ref. 10050は1977年まで実に16年間生産された。
ヘリテージ アドバイザーは、これらの初期のアドバイザー アラームウォッチへのオマージュであることは明らかだが、初代リファレンスの主要デザインディティールから引き継がれたのは、ごく僅かだ。ヘリテージ アドバイザーは、その存在自体が現代的なアラームウォッチなのだ。
42mmの軽量なチタン製ケースには、平滑なスティール製ベゼルが採用され、全体にポリッシュ仕上げが施されている。ケース形状とプロポーションはオリジナルのRef. 7926に似ているが、現代的な“ひねり”も利かせている:プレーンなラグがケースから傾斜し、官能的な輪郭を形成している。ヴィンテージのアドバイザー同様、ヘリテージ アドバイザーも2時、4時位置に2つのリューズを備えている。2時位置のリューズは、巻き上げ、セット、アラーム機構の作動に使用される仕様はファーストモデルと同様だ。
ヘリテージ アドバイザーは、チューダーが自社開発したカスタムアラームモジュールを搭載したCal.ETA 2892を使用している。これはチューダー唯一の自社製モジュールまたはムーブメントであり(編注:記事公開当時)、ヘリテージ アドバイザーの注目すべき重要な特徴だ。これまでのリファレンスとは異なり、アラームは8時位置にオン/オフ切替スイッチが追加されており、必要に応じて機能停止させるのに便利だ(パワーリザーブを稼ぐことにもなる)
ダイヤルのほぼ全ての特徴が先代リファレンスとは異なる。ダイヤルの見返し部分には、15分単位で分割された傾斜したトラックがあり、1時間ごとに太いマーク、30分ごとに長いマークが表示される。赤い矢印の形をしたアラーム針の先端はこのマークに正確に指すよう刻みながら運針するので、正確にアラーム時刻を設定することができる。
チューダーは、アラビア数字(12、3、9)とバトン型のインデックスを組み合わせたデザインを採用している。ダイヤル内側にはミニッツトラックが配置されており、真っ白なダイヤルと対照的なベージュ色を採用している。3時位置には、アラーム機能のパワーリザーブがグラフィカルに表示されている。最後に、6時位置には、内接する円ダイヤルとデイト表示インダイヤルが重なっており、かなりのスペースを割いている。
ダイヤル全体の構成を考えると、初代アドバイザーで最も特徴的なのは、Ref.7926と同じ線状の夜光塗料を使用したドーフィン針のセットだ。これらの針は当初から均整のとれたプロポーションをもっていたが、幸運にもRef. 1537とRef.10050では短くなってしまったアラーム針は、再びダイヤル端に届くまで延ばされた。
そして、これがダイヤルデザインに対する私の批判につながる:初期のダイヤルは、ミニッツトラックとアラーム設定用の2つの役割を果たす単独のトラックを備えており、よりミニマルなレイアウトを実現していた。1つどころか、3つの追加ダイヤル(日付、パワーリザーブ、オン/オフ表示)を導入したのは良いが、オリジナルバージョンに存在する、洗練されたミッドセンチュリーデザインを遺すべく、もう少し工夫できなかったのだろうか。
アドバイザーの使い方
もちろん、ここでは形と同様に機能も重要だが、このモデルのアラーム機能の設定は、簡単で使い勝手に優れている。アラーム機構は2時位置のリューズで制御される。アラームを巻くには、リューズを第1段めまで引き抜いて時計回りに回転させる。ムーブメントは頑丈に感じられ、メカニズムが完全に巻き上がると、わずかな抵抗を指に伝え、巻き止まる。
最大限の効率を得るために、アラーム機能を“オフ”モードに設定することをオススメする。これは常識的なことかもしれないが、1日中この機能を使っていると、それをせずに、ついリセットしてしまうことに気づいた。アラームをリセットする必要がある場合、通常は機能をオフにして、希望のアラーム時刻を設定し、リューズを巻いてパワーリザーブを確保してから、機能をオンにする。
構造上、アラーム機構が十分に巻き上げられていないと、ハンマー部分が緩んだままになり、手首を素早く動かした場合にだけ音が鳴ってしまうのは、何の意味もなさない。初めてこの音を聞いた時はパニックになり、時計を壊したかと思ったほどだ。私は必ずしもこれが欠点であると断罪しない - それはまさにこのメカニズムの性質であり、注意すべき点なのだ。
手首に巻く
このアドバイザーを使ってみて最も驚いたことの一つは、その軽さだ。ケースにチタンとスティールの両方を使用することで、全体的な重さを大幅に軽減し、快適な装着感を実現している。
ケースの厚みはかなりあり、手首の高い位置に鎮座する。通常は気になる点だが、このケースにはメリットがある。特にアラーム機能は病みつきになるので、1日中気兼ねなく操作できるようにしておきたいものだ。リューズは高い位置にあるため操作がしやすく、手首を曲げて操作する必要がない。モジュラームーブメント構造のため、ケースの厚みが増すことは避けられないのだ。
全体的な外観から、ヘリテージ アドバイザーは、“ビジネスカジュアル”シーンに最適だ。カジュアルなボタンダウンにも、シンプルなセーターにもよく似合う時計だ。付属するブラックアリゲーターストラップだとビジネス寄りになってしまったが、ストラップを変えればカジュアルな印象に変貌する。私は本記事でホワイトダイヤルのバージョンをレビューしたが、お好みであれば、少しスポーティでエッジの効いたブラックダイヤルのバージョンもラインナップされている。
チューダー ヘリテージ アドバイザーと同じレベルの着用感と仕上げを持つ現代的な機械式アラームウォッチの選択肢は比較的限られている。当然のことながら、目立つのは1950年代にチューダーと共にこのタイプの腕時計を開拓したのと同じブランドのものだ。すなわち、ジャガー・ルクルトとヴァルカンだ。
ジャガー・ルクルト マスターメモボックスは、1956年に発表された同ブランドのオリジナルモデルにオマージュを捧げたモデルだ。マスターメモボックスのために新たに開発された自動巻きムーブメント、Cal.956は、45時間のパワーリザーブを備えている。アラーム音を鳴らすために、ムーブメント内の部品がケースバックから吊るされた金属製のゴングを叩く。
既にメモボックスは、自社製ムーブメントを搭載したチューダーよりも1歩リードしているが、デザインも個人的には好感がもてるものとなっている。サイズは直径40mmとチューダーよりも2mm小さい。そして、チューダー ヘリテージ アドバイザーがダイヤル上でやや散らかっているように見えるのに対し、マスターメモボックスはかなり抑制された印象をもつ。3時位置の日付のシンプルなウィンドウは、ダイヤル上の多くのスペースを確保する。その結果、ダイヤルの周囲に時・分表示と中央に回転式のアラームディスクを配置しているにもかかわらず、非常にすっきりとした外観をキープしている。もちろん、この全てはそれなりの価格で提供される - ジャガー・ルクルト メモボックスはステンレススティール製で124万8000円(税抜)と、チューダー アドバイザーのほぼ2倍の価格である。
ヴァルカンは42mmの自動巻きバージョンを含むクリケットの復刻版を提供しているが、別のモデルはその小さなプロポーションが際立っている。一見すると、ヘリテージ アドバイザーと42mmのヴァルカンを比較するのは理にかなっていると思うが、私の意見は少し視点を変えている。
直径39mmのステンレススティールケースを備えたヴァルカン50年代 プレジデントウォッチ スペシャルは、現在入手可能な現代の時計の中では間違いなく小さい部類だが、スタイリングとサイズの両方が、デザイン性と着用性の適切なバランスを取っている。さらに、この時計は42時間のパワーリザーブをもつ手巻きムーブメント、バルカン キャリバーV10を搭載している。このキャリバーは、1947年に開発された初代クリケットのCal.120をベースにしている。ここでも、それは価格に盛り込まれている。50年代 プレジデントウォッチ スペシャルの価格は68万5000円(税込)で、チューダーよりもずっと高価である。
これらの時計は確かにチューダー ヘリテージ アドバイザーよりオリジナルのアラームウォッチのミッドセンチュリー美学を鮮明に受け継いでおり、自社製ムーブメントも搭載しているが、ヘリテージ アドバイザーは、ストラップ仕様で6000ドル弱(スティールブレスレットでも6000ドル強)と最も手頃な価格で、しかも自社製アラームモジュールを内蔵している。デザインは、(私見ではプラスに働いたのは全てではないが)現代の手が入っているものの、間違いなく初期のアドバイザーに触発されたものだ。
結論
機械式アラームウォッチには特別な魅力がある。そして、チューダー ヘリテージ アドバイザーは、特に軽量ケース、操作性の良いリューズ、自社製アラームモジュール、そしてノスタルジックというよりは指向性の高い美学など、いくつもの強みをもっている。機械式アラームは決して人気のある複雑機構ではないが、平凡なクロノグラフには飽きてしまった人に、少し違った魅力を提供してくれるのだ。ヘリテージ アドバイザーは、歴史との正当な絆と自社製時計製造の醍醐味も含め、この複雑機構をより手頃な価格帯で提供する。
チューダー ヘリテージアドバイザーは、アリゲーターストラップが5850ドル、ステンレススティールブレスレットが6075ドルで、ブラックまたはホワイトダイヤルのいずれかが選択可能だ(編注:現在は生産終了となっているため、日本の正規販売店での取扱いはなし)。
-軽量
-アラーム機能の簡単な操作
-自社製アラームモジュール(チューダーの唯一の限定的な自社製ムーブメント)
-着用感と仕上げが同水準の他社と比較して、高い価格競争力。
-大きなケースサイズ -やや散らかった印象のダイヤル
-競合他社のような完全自社製ムーブメントではないこと。