今から25年前、時計師ミシェル・パルミジャーニは、サンド・ファミリー財団の支援を受けてパルミジャーニ・フルリエを設立した。以来、同ブランドは大きく成長し、ブランドとその協力会社(ムーブメントメーカーのヴォーシェ・マニュファクチュール、ケースメーカーのレ・アルティザン・ボワティエなど)は、スイスの時計業界において確固たる地位を築いてきた。今回、ミシェル・パルミジャーニ氏は、同社の創立記念日を記念して、職人やデザイナーのチームと共に、素晴らしい作品を生み出した。私はこの時計を実際に目にしていないが、ごく最近完成したというこの時計は、構想から完成まで1年もかからなかったとのことだ。これは複雑時計としては、驚くべきことである。だからこそ、これまでに見たなかで最も美しい時計と言うには少し抵抗を覚えるのも事実だ。もちろん、一番上に掲載している画像のとおり美しい‐幸運な偶然か、綿密に計画されたか、はたまたミシェル・パルミジャーニ氏の個人的なこだわり、時計製造の歴史、そして(一緒に考えてみて欲しい)数学の歴史が幸運にも組み合わされたのか、仕上がった作品は自然に深く根ざした特徴を立体的、動的、視覚的、聴覚的に表現している。
説明すべきことは多い。実に多いのだ。このプロジェクトの発起人は、長年にわたってブルガリの時計部門を率いたのち、昨年パルミジャーニ・フルリエ(以下PF)のCEOに就任したグイド・テレーニ氏だ。彼の最初の目的のひとつは、新しい息吹を吹き込むと同時に、PFが目指す方向性のマニフェストのような役割を担う新たなコレクションを発表することだった。先週、私はようやくこのコレクションに実際に見ることができたが、“ラ・ローズ・カレ”は、奇跡的にも“トンダ PF”と同じ連続性を持ちながら、同時にまったく別の次元の作品であると感じさせられた。
この時計は、64mm x 20mmの大型ケースにルイ‐エリゼ・ピゲ製のグランド&プティソヌリとミニッツリピータームーブメント、№5802を搭載する。パルミジャーニ・フルリエによれば、このムーブメントは1898年から1904年のあいだに完成したが、ケースに収められることはなかったそうだ。その後、同社修復工房の所蔵となり、25周年を記念してミシェル・パルミジャーニ氏とグイド・テレーニ氏は、このムーブメントを高度な装飾を施したポケットウォッチのベースキャリバーとして使用することを決定したのだ。
ムーブメントは完全な無地ではなかったが、ムーブメントの品質とプロジェクトの壮大さにふさわしい装飾的な仕上げを施す必要があった。この時計を担当するチームは、伝統的なジュネーブストライプ仕上げを施すことを一時検討したが、ムーブメントはすでにルイ-エリゼ・ピゲによって組み立てられ、その仕上げの大部分が完了していたため、ジュネーブストライプを施すとブリッジの公差が変わってしまうリスクから断念した。その代わりに、時計の全体的なデザインの雰囲気に合わせて装飾的なエングレービングが施された。
この時計のデザインは、当然ながら実際に作業を行う前に固める必要があり、アンヌ‐マリー・モーザー氏がデザインを完成させ、製作のための図面も作成した。ミシェル・パルミジャーニ自身の作品は、しばしば黄金比へのオマージュに特徴付けられる。黄金比とは、単純な数学的比率のことで、ある線をふたつの部分に分け、長い線分と短いの線分の比率が、長い方の線分と全長の比率と同じであれば、その比率が黄金比であり、2の平方根(例えばであるが)のような無理数で表現される。黄金比を数で表すと1.61803398875......と無限に続く。
無理数は古代ギリシャ人にも知られていたが、“無理(不合理)”であるがゆえに彼らを悩ませていた。つまり、比率を2つの整数の比率で表すことができないのである。数学は基本的に幾何学であると考えていたギリシャ人にとって、無理数の不合理性は非常に大きな問題であった。これを発見したのは、ピタゴラスの弟子であるヒッパソスという人物だったと言われているが、その発見があまりにも衝撃的だったため、ヒッパソスは仲間と一緒に乗っていた船からイオニア海に突き落とされたか、追放されたと伝えられる。
黄金比は、数学の基本的な発見であるフィボナッチ数列と密接な関係がある。フィボナッチ数とは、0から始まり、0、1、1、2、3、5、8、13......と、それぞれの数字を前の数字に足していくことで、無限に続く数列を指す。フィボナッチ数は、13世紀の数学者レオナルド・ボナッチ(フィリウス・ボナッチ、つまり“ボナッチの息子”)が発見したものであり、彼がそれを成し遂げられたのは、若い頃に地中海を旅した際にアラブの商人や数学者から初期のアラビア数字に触れる機会があったからだ。フィボナッチ数とそれ以前の数との比は、数が大きくなるほど黄金比に近づき、無限大にすると両者は等しくなる。正方形の各辺の長さを黄金比で増やし、それを互いに入れ子にすることで、黄金螺旋を描くことができ、この螺旋こそが自然界で最もよく見られる黄金比の表現なのだ。(黄金螺旋とは、対数螺旋の一種である)。
黄金螺旋は、時計全体に施される "ローズ・カレ "という装飾モチーフのベースとなっている。ムーブメントの装飾は、カバーやベゼルのモチーフと共通している。エングレービングの前工程で施されたムーブメントの面取りは、ベルナール・ミュラーが担当した。
目指したのは、当時スイスですら、このようなキャリバーを製造できる職人はごくわずかだったという、このムーブメントが持つ伝統と歴史を尊重しつつ、他の時計と調和した美しさを実現することだった。
ムーブメントのブリッジとケースには、エングレーバーのエディ・ジャケがローズ・カレのモチーフを彫金した。ムーブメントの最終的な外観は、ミュラーによる伝統的な仕上げと、ジャケによる本プロジェクト専用のエングレービングの両方の成果である。
ケースの製作も、別の意味でチャレンジングなものだった。ムーブメントに使われているのと同じローズ・カレのモチーフが、ケースにも使われている。この作業は非常に細かく、時計のデザイン全体が非常に厳密に定義された数学的・幾何学的均衡の表現に基づいているため、少しでも不規則な乱れがあれば即座に目立ってしまうため、ミスは許されなかった。
エナメルを担当したのは、ヴァネッサ・レッチだ。このような時計を作るための作業にはミスは許されないが、エナメル加工の工程では失敗することが多いので、エナメル職人はある種の覚悟を胸に秘め仕事に臨まなければならないと私はいつも思っている。私が実際に会った職人の多くは、誠実に対応してくれたが、ジャーナリストとはあまり話したくないのではないか、むしろ誰とも話したくないのではないかと感じることがある。ラ・ローズ・カレのケースは、ミシェル・パルミジャーニ氏いわく、「空から見た水面」をイメージした深いブルーのエナメルで覆われている。晴れた日の午後、天気と風に恵まれた地中海が、レオナルド・フィボナッチという勇敢な数学者志望の若者にどのように映ったか思いを馳せずにはいられない。
エナメルはガラスの結晶をエナメル職人が手作業で粉末にひくことから始まる。適切な質感になっているかどうかは、手触りや目、耳で判断する。適度な硬さになっているときは、乳鉢と乳棒の下で粉が特徴的な音を奏でるそうだ。
その後、液状のエナメルを金属の下地に塗布し、焼成する。エングレービングの深さとダイヤルの大きさによって、ラ・ローズ・カレのカバーを作成するプロセスの難易度は高くなった。さらに、レッチ女史はエナメルを一度だけでなく二度も施さなければならなかった。時計の両面のカバーにエングレービングが施されており、それらは鏡に合わせたようにまったく同じとなっているためだ。
フィボナッチ数の発見におけるアラビア数字(無理数を扱う数学に実用性をも与えた)の重要性を考えると、ダイヤルにもアラビア数字が使われているのではないかと期待するかもしれないが、それは間違いだ。その代わり、ダイヤルは、特徴がないというわけではないが、非常に厳かな表情を湛えている:ダイヤルはブラックオニキスを削り出した無垢材で製作された。
PFのロゴ、インデックス、スモールセコンドの周囲など、ごくわずかにホワイトゴールドが使われているが、それ以外の部分は、漆黒の光沢を放つ深淵を見つめているかのようだ。ディスクは、このサイズでのカットが難しいことに加えて、不純物を完全に排除しなければならず、取り除けなければ、悪目立ちしてしまうことだろう。
ラ・ローズ・カレの環(ボウ)とチェーンは、時計本体部分に見られる幾何学的なモチーフの延長線上にある。グイド・テレーニ氏によると、ローラン・ジョリエ氏はスイス最後の懐中時計用チェーンのスペシャリストだという。ジョリエ氏は、ボクサーのような上腕と、不規則な金属をなだめすかして形にすることを生業としているような器用な指先の持ち主だ。このチェーンは、他のデザインと非常によく調和していて、まったく違和感がないが、もちろん、実際に作るのは思うほど簡単ではない。
テレーニ氏は、HODINKEEにチェーンに関する興味深い話をしてくれた。懐中時計のチェーンは、時計と一体化していなければならず、実際に時計を身につけたときに、自然な形で垂れ下がっていなければならない。ミシェル・パルミジャーニ氏が行ったチェーンのテストは、テーブルの上にチェーンをかざして(下に柔らかいものを敷いていたと思いたい)、チェーンを降ろすというシンプルなものだった。テーブルの上にチェーンを掲げ(間違いなく下に柔らかいものを敷いていたのだろう!)、チェーンを降ろしてみると、リンクがテーブルの上でくつろぐように、チェーンが自然に巻かれていくのが理想である。
私にとって、この時計の最も魅力的な点のひとつは、デザインの各部分が他の部分を審美面だけでなく象徴としても支えていることだ。アラビア数字がダイヤルにないことを例に取ろう。現在、私たちが使っているアラビア数字(数学史家の間ではヒンドゥー・アラビア数字と呼ばれている)は、中世にアラブの数学者が多用していた。特に、8〜9世紀に活躍したアラブの数学者、アル=フワーリズミーは、現代の代数学の基礎を築いた人物である。数学史家のあいだでは、彼は数学を基本的に幾何学的なものとして扱うのではなく、代数方程式を抽象的な数学の対象として扱うことを可能にし、数学に根本的な変化をもたらしたと考えられている。彼の表記法がアラブやヨーロッパの学術界で広く採用されるまでには数世紀を要したが、彼の業績は数の関連を理解する方法に革命をもたらした。
数字の関係性を幾何学的な形で表現したラ・ローズ・カレが、一周回って、アラビア数字をダイヤルに表示していないのは、実にセレンディピティ(予想外の発見)を感じさせてくれるのではないだろうか。黄金比という抽象的な無理数を物理的に表現したり、時計に使われている直線や螺旋の装飾モチーフなどは、私たちの魂には確かに刻まれているのである。
勘に頼った経験知の集合ではなく、科学としての時計学を実際に可能にした数学の基本的な手法や計算技術の進化に、これほど深く切り込んだ時計はあまり例がないだろう。ラ・ローズ・カレの象徴的な響きと、スイスの時計学、近代数学の誕生、近代科学の誕生といった歴史に触れることのできる豊かさに、“A”で始まるある単語(“Art[芸術]”)が浮かんだ。この時計が芸術の域に達していると言えるかどうかは、まだわからない。どちらの立場からも説得力のある議論ができるだろう。しかし、アートと工芸の境界線があまりにも肉薄し、議論の余地がないような時計は、これまでほとんど見たことがなかった。それがアートなのか、それとも基本的なデザインテーマから必然的に生まれた幸運な偶然の連続なのかはわからないが、私はどうでもいいと思っている。重要なのは、それを美しいと感じる心なのだから。
パルミジャーニ・フルリエ ラ・ローズ・カレ、ユニークなグラン・エ・プティ・ソヌリ、ミニッツ・リピーター。ケース、18Kホワイトゴールド製、64mm x 20mm。エングレービング、グラン・フー・エナメルのカバー。非防水。
ダイヤル、オニキス無垢、スモールセコンドのアウトライン、インデックス、PFロゴはすべてホワイトゴールドで描かれる。デルタ型スケルトンの針、角型カウンターウェイトの付いたバトン型スモールセコンド針は、いずれも18Kホワイトゴールド製。
ムーブメントはPF992、ルイ‐エリゼ・ピゲ社製オリジナル、№5802、グランド&スモールストライク、ミニッツリピーター、32時間パワーリザーブ、27石、1万8800振動/時。
チェーンはすべて手作業によるもので、18Kホワイトゴールド製の四角形を組み合わせたリンクで構成される(うち2個はエングレービングされている)。
価格:現在入手不可
その他、詳細はパルミジャーニ・フルリエ公式サイトへ。