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「時」がテーマの本連載。近ごろ「時」について意識する時間が増えました。
今回は時の移ろいがもたらすもの、「経年」することで時が人やモノに与えてくれることについて考えてみます。
時がもたらす変化といってもさまざまですね。まず現実的な話から入ると30歳を超えた女性なら出来れば遅らせたい。抗いたい変化。というものがあります…。
そう、体型や肌といったところに現れる外見的な変化。素質や努力の差はあっても誰しもに平等に訪れる変化であることは違いありません。30代の中間地点を過ぎたばかりの私はまだ「老いる」ことへの覚悟が出来きれていないのが正直なところ...。10代や20代の頃に憧れたマダム像はシミやシワなんてものともしない優雅で自信たっぷりの姿。そんな潔い年齢の重ね方に「自分はいつかそうなるんだ!そんな大人に早くなりたい!」と心に決めていたはず。
あの頃のわたしは...。でも、それは当時の自分からしたら想像もできない遠い未来のリアリティのない像だったからに違いありません。
実際にじわじわと、その片鱗を見つけ始めると
「いや...少し待って。まだ早いと思うの」
なんて、往生際の悪い気持ちになってしまう。そんな自分に苦笑してしまうこの頃です。だけど、同時に得られたこともあるということに気付きます。
少し前までは身につけてもどこか浮いてしまっていた豪華なジュエリーがある日しっくり馴染むようになっていること。まだ年齢不相応かもしれない。と持つたびに気後れしていたバッグがいつのまにか、自然に日常で使えるようなっていること。
その他には、気持ちの面でも変化が。人生経験を積み重ねるほど「知っている」「経験した」ことが多くなって、どうしても無邪気さというものは失われていく。ただ、表面的な部分での新鮮さや驚きは減ってきますが、その引き換えに、物事の本質を見ようとする冷静な目や心を得て、そこで深い静かな感動や気付きに新たに出会ったりする。
人が歳を重ねるということは何かを少しずつ失いながら何かを少しずつ得ていく。そういうことなのかもしれません。
「時がもたらしてくれる変化」
それがヒトではなくモノである場合。価値があるものとそうでないものの差がより躊躇にあらわれてしまうものと思います。
昔から、ピカピカの真新しいモノよりも時の洗礼を受けて、なお滲み出てくる美しい経年変化を纏ったモノに心を奪われます。身の回りにあるモノで例をあげると例えば、エルメスの製品。使えば使うほど革がしなやかに柔らかくなり、新品の頃の華やかな主張は落ち着き、内から艶を増してどんどん美しくなる。
そして愛機のライカM10R。新品で購入する際に、数十年後の姿を想定してブラックペイントモデルを購入。角の黒いペイント塗装が剥がれてきたときに、真鍮の地肌の金色がキラリと覗く姿がたまりません。まだほんの少しだけなので、その金色をもっと見たくて普段はあえてケースで保護などしないほど(あまり推奨しませんが...)。
長年憧れてサザビーズのオークションで落札したのはJean Royereのランプ。真鍮部分にいい感じの錆があって私好みのパティーナ感。シェードだけ新たに貼り直して古色の奥深いオーラと新しい清潔感を兼ね備えた我が家の理想にぴったり合うムードをベッドルームで演出してくれています。
それらは新品の頃と比べようもないほどに時を経たからこその輝きと魅力を宿し、現代に生きる私たちを魅了し続けています。そんなモノたちをみるとき、人が歳を重ねる上でヒントがあるのではないかとそんな目線で見つめてしまうことがあります。
丁寧な工程を経て作られたものであるということ=自分を形作るもの、考え方を自ら選び取って取捨選択のもと歩んできたということ。
その上でオリジナルであること=その人らしくあること。最後に、大切に受け継がれてきたということ=いかに自分を丁寧に扱い磨いてきたかということ。
美しく経年変化したモノから生き方までも学べるような気がして。
先日、江口時計店にヴィンテージ時計を見に行きました。ヴィンテージ時計に関してほとんど何も知識のないまま伺ったのですが、ケースのなかで整然と並ぶ時計たちは初めて会ったとは思えないほど暖かい印象でした。不思議なのですが時を経て再会したような。
それほど一本一本、心の通うような特別な表情があって。
それは新品の時計にはあまり感じられない魅力で。新品の時計はどちらかというとこれから持ち主が使うことで心を吹き込む。というイメージです。
さまざまな種類の時計をオーナーの江口大介さんに色々とご説明を受けながら見せていただくなかで、自分の目を通したショーケースのなかの時計たちがどんどん顔を変えていくように見えたのも面白かったです。
モノ選びは直感も大切だけど、それにまつわる背景などのストーリーも大切。それによって魅力がより浮き立ち、″好き″で身につける+″歴史や物語″を身につけることもプラスしてくれる。
そういう意味でもこのようなヴィンテージ品は特に信頼できる方のお話や意見を参考に選ぶのは大切なことだと思います。もう二度と作られることのない貴重な時計を身につけるならば、その時計のこともより深く理解することがモノから信頼され、仲良くなれるコツのような気がして。
時を刻む時計自体が時を経ることによって美しい経年変化をする。という時×時が合わさったある意味での究極の存在がヴィンテージウォッチなのかもしれません。
たくさん見せていただいたなかでも、江口大介さん愛用品の一本を見せていただいたときは胸の高鳴りが止まりませんでした...!
ジャガー・ルクルトのレベルソのような反転式ケースを備え、カルティエ タンクのような雰囲気を持つ、1970年代にほんのわずかだけ生産された、一見無銘の金時計。レベルソ仕様の反転するケースをスライドさせるとそこにはイヴ・サンローランの刻印が...!
タンクの愛用者「タンキスト」としても有名だったらしいイヴ・サンローラン。彼の繊細で端正な顔が浮かんでくるようなミニマムで遊び心があって、どこまでも上品な美しい時計。あぁ...欲しい。
欲しいと思ったところで出会えるかどうかがわからないのがヴィンテージの切なくも面白いところ。私も私だけの特別な一本に出会うべく、楽しみにその時を待つことにします。
そんな「待つ時間」もモノに特別な輝きを与えると言い聞かせて。
久住あゆみは東京のエッセイスト。Instagram(@ayumi_kusumi)では、彼女の自然体でありながら上質な日常を垣間見ることができる。ライカをこよなく愛し、Q2やM10などを所有。
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Photos by Ayumi Kusumi
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