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フードジャーナリストのアンソニー・ボーディン (Anthony Bourdain) 氏の時計コレクションが、現在iGavel Auctionsでオンライン出品中 (10月30日まで) となっており、ロットが記載されたリファレンス番号をスクロールしたり、最新の入札を確認したりする姿は、まるで覗き見をしている気分だ。
このような愛好家のコレクションは神聖であり、往々にして秘蔵もの。腕時計は、人生における最も私的な瞬間や最悪の時期を示すものである。いつ何時でもその腕に巻かれているものだからだ。そしてボーディン氏の場合には、コレクションのそれぞれにまつわる驚きのストーリーが存在するものと確信しているが、我々がそのストーリーを知ることは決してないであろう。もし彼がTalking Watchesのゲストであったなら、「コレクションを褒めそやすのはくだらない」とか「これらの腕時計は『たまたま選んだ些細なもの』にすぎない」と、大いに謙遜して語ったのではないであろうか。しかし彼には、これらアイテムが世界をより小さいものへと変え、素晴らしい食事を分かち合うのと同じような形で、人と人とをつなげるということが分かっていると思う。
腕時計は我々を饒舌にする。食事と同様に、腕時計には国境や政治を超越する力がある。
ボーディン氏が残した桁外れの遺産を考えると、彼の腕時計の価値を語るのは、ほとんど意味がないように思える。マーロン・ブランド (Marlon Brando) のGMTマスターや、伝説的なポール・ニューマン (Paul Newman) のデイトナなど、何十年も前に亡くなったハリウッドスターの腕時計の売り出しとは訳が違うのである。
ボーディン氏が亡くなったのはわずか1年前のことである。しかしながら、同氏の腕時計コレクション販売の収益金の多く (40%) が、カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカの奨学金に充てられることになる。収益金の残りは、彼が残した家族へと渡る。現在の入札額は、既にコレクションの予想入札額をはるかに超えている。この記事を書いている時点で、 文字盤がブルーのオイスターデイトの入札額は約90万円であった。予定入札額は約22万円から約43万円となっている。
オイスターデイトの他にも、コレクションにはパテック フィリップのカラトラバや、ボーディン氏がおそらく父上から受け継いだヴィンテージ物のロレックスが含まれる。この腕時計のケースの裏側には1930年の日付が刻まれている。そこには、「Sun Offices' Birminghamの同僚からH.D. ボベット (H. D. Bobbett) に寄贈」と書かれている。ボベット氏とはいったい誰なのか、ボーディン氏とはどのような関係があったのであろうか? はっきりとしたつながりは不明であるが、1932年に発行されたThe Post Magazine and Insurance Monitorによると、センチュリー保険のバーミンガム事業所に属するノーサンプトン支店で、ボベット氏は常駐調査員を務めていたようである。どういうわけか、この腕時計はイギリスからアメリカへと渡り、最終的にボーディン氏のコレクションに落ち着いたらしい。
私は、HODINKEEに入社し、時計ライターとして仕事に打ち込む以前、旅行と食べ物についての記事を書いていた。驚くことでもないが、それらの間には何の隔たりもないことを発見した。私はボーディン氏に触発されて、20代の6年間を海外での生活と遠く離れた場所への訪問に捧げ、執筆を通して国境を打ち破ろうとした。ボーディン氏の「Grandma Rule」では次のように書かれている:
「あなたは七面鳥をこれっぽっちも好きでないかもしれない。でも、これは『おばあちゃんの七面鳥』だよ。そして、あなたはおばあちゃんの家にいるのだから、つべこべ言わずにお食べなさい。食べた後は『おばあちゃん、ありがとう。はい、もちろんお代わりをください』と言うんだよ」
このまさに哲学ともいえる話は、私の以前の生活におけるYouTubeシリーズにも影響を与えた。あのニュージャージー出身の生意気な若造が、食を通じて世界をつなぐことができたのなら、このニュージャージー出身の生意気な若造でもそうすることができるであろう。しかし、私のストーリーはちっともユニークではない。ボーディン氏は紛れもなく英雄であり、刺激を与えてくれた人物である。
彼の偉業は時と共にその大きさを増す。一人の男がどのようにして何百万人という人に影響を及ぼし、旅に出てテーブルを囲んで座ることを通じて、「見知らぬ人」を知るようにを促したかというストーリーは、これからも重みを増すばかりである。
そして、彼の腕時計もまた然りである。