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私は遊び心のある時計が大好きだ。ジュネーブで開催されたWatches & Wondersでは、実に豪華で素晴らしいウォッチメイキングの粋を一堂に見ることができるが、ときに箸休め的な存在こそ強く印象に残ることがある。そして、タグ・ホイヤーの新しいフォーミュラ1モデルを実際に目にしたときほど、それを実感したことはなかった。
もっとも、これらは突然登場したわけではない。正当に評価すべき点として、この数年でタグ・ホイヤーはコレクター向けのヘリテージと、それ以外の顧客に向けた現代性とのバランスをうまく取り始めたように思う(たとえばグラスボックス カレラやあえて言わせてもらえば我々HODINKEEとのシーファーラーコラボのような取り組み)。そして今回、1986年のフォーミュラ1デザインが復活したことで、久々に“本当のリバイバル”と言えるものを見た気がする。しかもカラーと素材の組み合わせは全部で9種類に及ぶ。
新しい38mmケースとオリジナルの35mmケース。
タグ・ホイヤーのブースに入って新作をチェックし始めた途端、色とりどりの新作モデルのすぐ隣に、オリジナルのフォーミュラ1が収められたボックスがあることに気づいた。両者を見比べて、まず真っ先に目に飛び込んできたのはサイズ感だった。オリジナルは35mmという小振りなケースサイズだったが、新作フォーミュラ1は38mmにサイズアップされていた。当初は少し心配になった。この変更で、あの魅力が薄れてしまうのではないかと。何しろ、昨年のKithとのコラボモデルでは、サイズを35mmのまま維持していたのだから。だがひとつ手に取って腕につけてみた瞬間、その不安は吹き飛んだ。現代のユーザーにアピールするには、これが正解だったと言えるだろう。それでいて全体としてはしっかりコンパクトにまとまっている。
新作フォーミュラ1の発表当日、オンライン上ではさまざまな議論が巻き起こっていた。なかでも多く語られていたのが、“これらはプラスチック製の時計”という点だ。正直なところ、実物を見る前はその印象が自分のなかにも少なからず残っていた。ただすべてを一堂に見てみると、それが完全な誤解であったことに気づいた。実際、9モデルのうちバイオコンポジット素材(ブランドがTH-ポリライトと呼んでいるもの)を使ったケースを持つモデルは3本にすぎず、しかもこれらにはインナーケースと裏蓋にステンレススティールが使用されている。残る6本はすべてSS製のケースで、そのうちブラックカラーのモデルにはDLC加工がされていた。さらに全モデル、SS製のねじ込み式でないリューズを備えており、防水性能は100mとなっている。
ケースやベゼルのカラーに合わせた、あるいはそれらに対応するラバーストラップや先述のSSブレスレットが用意されている。サンドブラスト仕上げのSSブレスは堅牢で、この価格帯の既存のタグ・ホイヤーに期待される品質そのものだ。ただひとつ残念だったのは、クラスプに刻まれたモダンなTAG HEUERという文字。このコレクションが持つ独自のデザイン言語に対して、意外なほどシンプルすぎる印象を受けた。その点、ラバーストラップにはしっかりと力強いデザイン性が息づいている。オリジナルモデルをほうふつとさせる、ブランドのシールドロゴが大胆に成形されており、視覚的なインパクトが強い。バックルはヘアライン仕上げまたはDLC加工のSS製ピンバックルが用いられ、ストラップには多くのサイズ穴が開けられているため非常に幅広い手首サイズに対応できるだろう。
このフォーミュラ1デザインにおける最大の技術的アップデートは、もちろん新たに搭載されたソーラーグラフムーブメントである。ソーラーグラフ TH50-00キャリバーは、同種の競合機に比べてやや高めのスペックを持ち、光に当てずとも最大で10カ月間の連続駆動が可能とされている。同キャリバーは数年前、アクアレーサーのケースに初めて搭載されたもので、開発にはシチズングループ傘下のラ・ジュー・ペレが関わっている。言うまでもなく、エコ・ドライブに代表されるグループの豊富なソーラー駆動技術が活かされているのだろう。タグ・ホイヤーによれば、太陽光に2分間当てるだけで1日分の駆動時間を確保でき、バッテリー寿命は15年に及ぶという。
ソーラーグラフ キャリバーが太陽光を取り込めるように、新しいフォーミュラ1 ソーラーグラフのダイヤルは半透明になっている。そのため、少なくとも今回の初期リリースにおいては往年のような夜光塗料を全面に塗布したダイヤルが採用されなかった理由もうなずける。とはいえダイヤルの仕上がりは上質で、ダークカラーはマットな質感、ホワイトはわずかにアイボリーがかった色味となっている。そこに新しいアプライドインデックスが加わることで、全体のデザインに繊細さが生まれている。手首に巻いたとき、これがソーラー駆動の時計だとはまず気づかないだろう。ケースサイズの拡大もダイヤル面積を広く取ることで太陽光の受光効率を高めるうえで、ひと役買っているに違いない。
というわけで、今回のプロダクト全体としては非常に完成度が高いといえる。ブランドにとって最も楽しく、ノスタルジックなデザインのひとつをうまく生かし、それを現代的にアップデートした内容には納得感がある。何より重要なのは装着感がよいという点だ。正直、グリーンのモデルはその場で購入したくなるほど魅力的だった。もしそれが、多くのモデルが年間を通じて複数のグランプリ開催週末にあわせて発売されるリミテッドエディションでなければの話だが。はあ。どうやら7月まで待つしかなさそうだ。
さて、価格について触れておこう。タグ・ホイヤーはラバーストラップ仕様のフォーミュラ1を26万9500円に、ブレスレット仕様を28万6000円(ともに税込)に設定している。この時計の価値についてどう評価するかは人それぞれだが、少なくとも価格帯としては現在のタグ・ホイヤーのクォーツモデル全般としっかり整合しており、ブランドの歴史のなかでも非常に特徴的なデザインをうまく引き継いでいることを考えれば十分に妥当な設定といえるだろう。
現在のフォーミュラ1ラインで異なるのは、その意図である。オリジナルのフォーミュラ1を手がけたデザイナー、エディ・バーゲナー(Eddy Burgener)氏へのインタビューでジェフ・スタイン(Jeff Stein)氏が語っているように、1986年当時のフォーミュラ1は、明るくカラフルなスイス製ウォッチとしてあらゆる機能を備えたカシオに対抗すべく設計されたものであった。そして2025年の今、フォーミュラ1は明確にラグジュアリーウォッチのカテゴリーに属している。それでもタグ・ホイヤーにおける入門モデルという立ち位置は、今なお健在だ。だが、それこそがノスタルジアの持つ諸刃の剣でもある。アイコニックなデザインが愛情を込めて記憶される一方で、かつての5桁円の価格もまた、人々の記憶に残っているのだから。
詳しくは、タグ・ホイヤーの公式サイトをご覧ください。
Photos by Mark Kauzlarich