2022年、オーデマ ピゲは、クレヨンのなかでもひときわ鮮やかなブルーを思わせる色調のブルーセラミック製ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーを発表した。大胆で華やか、そして高度な技術を感じさせる1本であり、素材の使い方も含め、当時のCEOであるフランソワ-アンリ・ベナミアス(François-Henry Bennahmias)氏の時代のオーデマ ピゲを象徴するようなモデルだった。
オーデマ ピゲによる初のブルーセラミックケース。
しかし2023年、APからの引退を控えたベナミアス氏はTalking Watchesでベン・クライマーと対談した際に、こう明かしている。「あれは、自分の望んでいたブルーではありませんでした」。彼が本当に求めていたのは、もっと深くて暗いネイビーブルーだったのだ。だがその色は、当時の技術では実現できなかった。少なくとも、今までは。そして今回ついに、ブランドの歴史的カラーである“ナイトブルー、クラウド50(Bleu Nuit, Nuage 50)”を採用したセラミックケースの新作ロイヤル オークが登場した。この色はジャンボ ロイヤル オークのダイヤルで知られる象徴的なブルーでもある。仕上がりは圧巻だ。
新作は3モデル。ロイヤル オーク ダブル バランスホイール オープンワーク、そしてそれぞれ伝統的、もしくはモダンなロイヤル オーク オフショア クロノグラフ2種がラインナップされる。いずれも、先週のWatches & Wonders開催期間中に発表された。ただし同ブランドは同イベントに出展しておらず、さらに時期としては2025年初頭に行われたAPソーシャルクラブ直後のローンチという、やや意外なタイミングだった。ちなみにWatches & Wonders初日には、シャネルもダークブルーのセラミックケースを採用した大胆なJ12を発表していた。そしてその直後に今回の新作APが登場している。これは果たして偶然だろうか?
確かなことは言えない。私はオーデマ ピゲに対し、シャネルとケースのサプライヤーが同じなのか、また仮にそうだとしてAPのブルーが専用の特別色なのかどうかを問い合わせているところである。両者の色合いは酷似しているが、仕上げの違いで印象が異なって見える可能性もある。ただひとつ言えるのは、セラミックの仕上げにおいてAPは間違いなく業界最高峰の水準を誇っているということだ。返答があり次第、また報告したい。
個人的な意見だが、今年オーデマ ピゲとシャネルがともに優れた新作を発表したからといって、APのインパクトが薄れることはまったくない。ただ仕上げやデザイン、そして時計製造の観点から見ても、シャネルがオーデマ ピゲと同じレベルの熱狂を呼んでいるかといえば、正直なところそうではない。色合いが似ている点はあるにせよ、ケースの仕上げやデザインアプローチは両ブランドで大きく異なる。もちろん競争ではないが、それでも“ナイトブルー、クラウド50”を纏った新作ロイヤル オークは、ただただ見惚れるほどの完成度である。
ここまでにダブル バランスホイールと、クラシックないで立ちのロイヤル オーク オフショア クロノグラフ(メガタペストリー ダイヤル採用)の写真を2度紹介してきた。しかしここで触れておきたいのは、もうひとつのモデルの存在だ。同じブルーのベゼルにリューズ、プッシュボタンを備えた、よりダイバーズ寄りの現代的なデザインを採用したオフショア クロノグラフがストラップ仕様で登場している。このモデルは先に挙げた2本ほどの鮮烈さはないかもしれないが、過去にも同シリーズでセラミックベゼルが採用されてきた流れを踏まえると、納得の1本といえるだろう。このモデルについてはまたあらためて取り上げるとして、今は主役に話を戻そう。
新しいブルーセラミックでまず目を引くのは、光の当たり方によって色合いが劇的に変化する点である。写真によって見え方が異なるのはそのためで、ライティングの影響が大きく出る(たとえ色温度が同じでも)。筆者の目には、下に掲載している写真の色味が最も近かったが、iPhoneで撮影した動画や、ニコンのカメラで撮った写真では、より鮮やかに写る傾向がある(ニコンは発色を強調しがちだ)。
このブルーは2022年に登場したブルーセラミックのパーペチュアルカレンダーや、ジャン・アルノー(Jean Arnault)氏によるルイ・ヴィトン タンブールのカスタムブルーセラミックとは明らかに異なる。iPhoneの写真では実物よりも色が強く見えるため、それしか見ていない人は実物を目にしたときに安心するかもしれない。以前のブルーは非常に派手で、つけこなせるのはごく一部。言うなればロックスターのような人たちに限られていた(それでも躊躇するほどだったかもしれない)。
一方で今回のブルーはずっと落ち着きがあり、遠目にはほとんどブラックに見えるほど。ただし、光の加減や角度によって濃紺からやや褪せたような色合いまで表情を変える。物理的な話をし出すと長くなるのでここでは触れないが(それだけで記事が1本書ける)、この時計を手に入れることができたなら、ベナミアス氏が理想としていた“あのダークブルー”がどのようなものだったのかよく理解できるはずだ。
なかでも注目すべきは、ロイヤル オーク ダブル バランスホイール オープンワークだ。これは、多くの熱心なコレクターたちが手に入れたいと願うであろう1本だ。41mm径×9.7mm厚のケースには、自社製のオープンワーク仕様自動巻きCal.3132が搭載され、パワーリザーブは45時間を確保。ふたつのテンプとヒゲゼンマイを同軸に配置することで質量と慣性を増し、エネルギー効率と(理論上の)精度向上を実現している。通常、テンプがふたつあると動力の消耗が大きくなるが、この構造では同じ軸で支えることでその課題をクリアしているのだ。
ダブル バランスホイールは、2016年にステンレススティール製のRef.15407が登場して以来、オーデマ ピゲのラインナップのなかでも特にクールなデザインを誇るモデルのひとつとして君臨している。現在カタログには過去最多となる10種類のバリエーションが掲載されており、サーモンカラーのブリッジを備えたステンレススティール製から、436個のバゲットカットダイヤモンドを全面にあしらったピンクゴールド製のジュエリー仕様まで、実に幅広い展開となっている。以前は、シルバーのブリッジを備えたブラックセラミックのリファレンスが存在していたが、現在はその仕様がサーモンカラーのブリッジに置き換わっている。これにより、今回のモデルは現行セラミック仕様のなかではもっとも“伝統的”なカラースキームを備えた1本となった。
ベゼルの上面、ケースおよびブレスレットはヘアライン仕上げのセラミックで、ケースの斜面部分にはポリッシュ仕上げが施されている。この組み合わせは、まさにロイヤル オークらしいデザインコードだ。しかしながらしばしば“話題性”ばかりが先行し、セラミックをこれほどの仕上がりにまで高める技術の難しさ(ましてや狙った色を正確に出す困難さ)が軽視されがちであることは残念でならない。特に今回は、オーデマ ピゲが“ジャンボ” ロイヤル オークで用いてきた歴史的なブルーとの完全なマッチングに徹底的にこだわっている。
ケースバックのリングとブレスレットのバタフライクラスプにはチタンを使用しており、軽量化にひと役買っている。おそらくケース構造上、ケースバックのリングをセラミックにすると、内側の構造にビス留めする際に割れてしまう可能性があるのだろう(表側のビスは装飾用であり、構造的な意味はない)。セラミック製の時計は何度扱っても、その軽さに毎回驚かされる。見た目には重厚感があり、まるで石の塊のように見えるのに、実際には驚くほど軽い。次に現物を見る機会があればぜひスケール(はかり)を持参しようと思うが、つけ心地や重量感は、まさにチタンケースを彷彿とさせる。
ブルーセラミック製の新しいダブル バランスホイール(Ref.15416CD)の価格は10万1100ドル(日本での価格は要問い合わせ)。どの観点から見ても高額であることに変わりはないが、周囲に話を聞いた限りでは「妥当な価格に感じられる」との声が多かった。ブラックセラミック仕様と同価格である点もポイントで、新色とはいえ追加のプレミアムは発生しない。もちろん入手難易度は高いが、その価値に見合った価格設定といえるだろう。
次に注目されそうなのが、6-9-12のクラシックなインダイヤル配置を採用したロイヤル オーク オフショア クロノグラフである。かつてこのデザインで知られた初代モデルは“ザ・ビースト”の愛称で親しまれており、その後数年のあいだにプチタペストリー ダイヤルを備えたブラックセラミック製のRef.26238CEとして再登場した。今回の新作、Ref.26238CDは、“メガタペストリー”ダイヤルを採用した最新のRef.26238CEの仕様を引き継いでいる。
現行ラインナップにおけるふたつのバージョンを、並べて見ることだって可能だ。
このダイヤルレイアウトは当時のバルジュー7750搭載モデルを彷彿とさせるが、オリジナルの“ビースト”はジャガー・ルクルト製のムーブメントをベースに、デュボア・デプラ製のクロノグラフモジュールを組み合わせたCal.2126/2840を搭載していた。一方、現在のモデルには自社製のCal.4404が搭載されている。これはコラムホイール式のフライバック機能付き自動巻きクロノグラフで、パワーリザーブは70時間。スモールセコンドが6時位置、30分積算計が9時位置、12時間積算計が12時位置に配されており、ダイヤル外周の見返しにはタキメータースケールを備えている。
“ビースト”らしくケース径は42mm、厚さは15.3mm、防水性能は100mと堂々たるスペックで、オフショアらしさを存分に体現している。特にこのクラシックなサイズ感は、まさに当時のラッパーやセレブたちがこぞって身につけていたイケてる時計そのものだ。モダンな素材に懐かしさを宿した1本として、このモデルはまさに求めていた答えといえる。価格は8万6900ドル(日本での価格は要問い合わせ)だ。
最後に紹介すべきモデルは、セラミックベゼルを備えたもうひとつのロイヤル オーク オフショア クロノグラフである。こちらはブランドの歴史や時計製造への関心よりも、スタイルやつけ心地を重視するよりモダンな新世代のファンに向けた1本だ。ケースはステンレススティール製で、サイズは43mm径×14.4mm厚、防水性能は100m。セラミック製ブレスレットではなく、テクスチャーのあるファブリックストラップを採用し、付属のラバーストラップと簡単に交換できる仕様になっている。価格はラインナップ中でもっとも手ごろな616万円(税込)。ムーブメントはパワーリザーブ70時間で自社製のCal.4401を搭載する。
私は新しいものにワクワクしがちな性格であり、それを自覚もしているが、ロイヤル オークに対してはいちファンとして気に入ったものは素直に称賛したいと思っている。Watches & Wondersの喧騒を終えたばかりのなかで、今回の新作にこれほど心を動かされたこと自体、逆にその特別さを物語っているのではないか。なかでもブルーセラミックのダブル バランスホイールは際立っていた。“ジャンボ” ロイヤル オークをも凌ぐ完成度を持つモデルは限られているが、今回のこのモデルはまさにそのジャンボに真っ向勝負を挑める1本かもしれない。
詳細はオーデマ・ピゲのウェブサイトをチェック