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It's Complicated ブレゲ クイーン・オブ・ネイプルズ “ハート・エディション” エターナルラブの鼓動するハート型分針

鼓動する心臓を思わせるような、感動的なウォッチメイキング。


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本稿は2021年2月に執筆された本国版の翻訳です。

ブレゲのクイーン・オブ・ネイプルズ(Reine de Naples)は、もともとナポレオン・ボナパルト(Napoleon Bonaparte)の妹、カロリーヌ・ミュラ(Caroline Murat、旧姓ボナパルト)のために製作されたタイムピースをベースとしている。カロリーヌ・ミュラがナポリ王妃として在位したのは1808年から1815年という比較的短い期間だったが、彼女はアブラアン-ルイ・ブレゲ(Abraham Louis Breguet)の優良顧客のひとりであり、彼女が持っていたなかでとりわけ有名な時計のひとつが、温度計を備えた珍しい卵型のチャイミングウォッチだった。腕時計に温度計を付けるというのは、皮膚の温度を記録するのが目的でない限り、私には少々無謀なアイデアのように思える。だが、19世紀初頭は夜間に自分の寝室がどれほど冷え込むかということに病的な好奇心を抱いていたのかもしれない。いずれにせよ、これを “世界初の腕時計"(エリザベス1世はブレスレット仕様の時計を持っていた)と呼ぶのは少々微妙な気がするが、機械式時計というだけで希少であった時代には少なくとも珍品であり、現行のクイーン・オブ・ネイプルズのインスピレーション源にもなっている。

 2021年に登場したクイーン・オブ・ネイプルズ “ハート・エディション” エターナルラブは、分針でなかなか粋な演出を見せてくれるユニークな時計だ。分針がハートの形をしており、ハートの先端(現在の分数を指している)が文字盤を一周するあいだにハート全体が伸縮し、1時間に1回鼓動するというクールな仕掛けを有している。時間は、分針の中心軸の上にある窓から見える、絶えず回転するディスクから読み取ることが可能だ。1時間に1回の鼓動というのは、本物の心臓からすると少々もの足りないペースかもしれない。だが、機械仕掛けのショーとしては非常に興味深く、ハートが伸びたり縮んだりする仕組みは実に巧妙だ。

 さて、どのように機能するのか?

 ふたつのブレードが接合する先端には小さな赤いハートが配置されており、分単位の読み取りを助けてくれる(15分ごとのミニッツトラックにも小さなハートが散りばめられている)。ブレードはリン酸ニッケル合金製で、LIGAと呼ばれる製法で製造されている。時計愛好家として長い人であれば、この言葉をご存じだろう。これはLithographie、Galvanoformung、Abformung(リソグラフィー、電気メッキ、成形)の頭文字をとったドイツ語である。LIGAには多くの工程があるが、基本的にはX線か紫外線による電鑄で作成された金型のなかで、金属部品を層状に電着させていく。

 このプロセスによって極めて精密な微細構造を作り出すことができるようになった。この発明以降(1980年代)、一般的な機械加工技術では実現できないような微細な公差が要求されるパーツの連続生産が可能になり、時計メーカーにとって欠かせない製造プロセスとなっていった。一例を挙げると、ロレックスはデイトナに搭載されている自動巻きクロノグラフムーブメント、Cal.4130の動輪にLIGAを採用している。この歯車は、クロノグラフ秒針とドライビングホイールの噛み合わせをよりスムーズにするために歯の中央部が空洞化し、バネのようなフランジを残した形状になっている。

 クイーン・オブ・ネイプルズ "ハート・エディション" エターナルラブでは、ブレゲがハートが取り付けられた2本の非常に繊細なブレードを極めて精密な公差で製作している。これによってハートの形を左右対称に保つために不可欠な2本のブレードの伸縮が完璧に行われ、その先端がミニッツトラック上の正確な位置に配置されるようになっているのだ。

ハート型の分針を形成する2本のブレードは、それぞれに個別の動輪を備えている。

 ブレードは先端で結合しているが、根元ではそうなっていない。それぞれのブレードの付け根は別々の歯車にセットされ、それらが同じ軸に取り付けられている。一方のブレードは連続的に作動し、1時間に1回転する。ハートがダイヤルの下部まで下降すると、片側にしか歯がない第2の駆動輪が、もう一方のブレード用の動輪と噛み合ってブレードをしならせる。もう片方のブレードがしなる量は、第2の動輪がどれだけ回転するかによって決まり、その回転は動輪が回転するカムの内側に対して押し当てられたフォロワーによって制御される。それぞれのブレードが湾曲する量は正確にコントロールしなければハートは左右対称に伸縮せず、分数を正確に表示することもできなくなる。

ふたつの動輪の詳細図。それぞれの歯がふたつのブレード用の動輪と噛み合っている。カムのフォロワーは、半周に歯が付いたギアの上面に取り付けられている。

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 このような機械的なソリューションはウォッチメイキングについて学ぶ楽しみを与えてくれる。十分な時間があったとしても私が同じようなことを思いついたかどうかはわからないが、10年以内に思いつくためには相当な創意工夫が必要であろうことは想像に難くない。これが、私が時計を作ろうとするよりも時計について書いていたほうがいい思われる(いくつかの)理由のひとつだ。同じような複雑機構を搭載した時計ですぐに思い出せるのは、パルミジャーニ・フルリエのオーバル パントグラフだけだ。この時計のプロトタイプを初めて見たのは2011年のことだったが、2016年にようやくHODINKEEに寄稿することができた。オーバルは2本の針を持っており、文字盤を1周するのに合わせて伸縮する仕組みになっている。

 この2本の時計の複雑機構は表面的には似ているが、それぞれ異なる課題に取り組んでおり、機械的な意味での解決策も異なっているように思う。また、クイーン・オブ・ネイプルズとパントグラフでは針の構成が大きく異なるうえに、オーバルのケースは縦軸と横軸の両方向に対称であるのに対してクイーン・オブ・ネイプルズはそうではないことから、エンジニアリングの面でも相違が生じている。加えて、クイーン・オブ・ネイプルズの針はLIGAによるリン酸ニッケル針だが、パントグラフの針はブルーのアルミニウム針だ。

 上の写真は、オーバル パントグラフのムーブメントの文字盤側(カドラチュールと呼ばれる文字盤下の構造のこと)だ。これは8日間のパワーリザーブを有するパルミジャーニ・フルリエのCal.PF110 “エブドマデール”(ブランド創業時にミシェル・パルミジャーニ氏が初めて製作したムーブメント)を改良したものである。この画像は針を外した状態で、楕円形の軌道を持つカムが見えている。私の推測では時針用の受けの下側にフォロワーがあり、このフォロワーが軌道内を動くことで針が伸び縮みするのだと考えられる。オーバル パントグラフのベースとなった時計は1800年に完成したもので、サンド・ファミリー財団が所蔵している。同じような機構が使われているのだろうが…、2世紀という時間は長い。比較のために、文字盤を外した状態で両方の時計を手元に置いてみるのもおもしろいかもしれない。

 このクイーン・オブ・ネイプルズ “ハート・エディション” エターナルラブは、すでに過ぎ去ってしまったバレンタインデーに合わせて発表された。しかし、愛とは1年中尽きることのないものであり、その興味深いメカニズムにも不朽の魅力がある。私は常々クイーン・オブ・ネイプルズを称賛してきた。これは、現在製造されているほかのどの時計よりもエレガントなモデルだと思う。(記事執筆時の2021年時点では)このメカニズムは28本限定生産のこのモデルでしか入手できない。しかしブレゲのコレクションにおいて、より恒久的な存在に値するほど美しく非凡な時計である。

ブレゲ クイーン・オブ・ネイプルズ “ハート・エディション” エターナルラブ。ケース、18Kゴールド、縦36.5 x 横28.45 x 厚さ10.96mm、フルーテッドケース。ベゼルと文字盤のフランジに128個のダイヤモンド(合計0.77カラット)。リューズに0.25カラットのカボションルビー。防水性は3気圧/30m。サファイアクリスタル風防に文字盤はホワイトラッカー仕上げ、インデックスはブレゲ数字。ムーブメントは自動巻きキャリバー78A0、サイズは10 3/4 × 13 1/2リーニュ、33石、2万5200振動/時、シリコン製ガンギ車。ストラップは三つ折り式で28個のダイヤモンドをセットしたバックル付きのレッドアリゲーター製。時計ケースを兼ねた赤いカーフスキンのクラッチバッグ付き。世界限定28本、価格548万9000円(販売当時)。詳細はBreguet.comにて。

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