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芸術の世界に“子供の視点”と呼ばれる概念がある。“慣習”や期待に縛られない子供が、筆やペン、カメラなどを手に取り、純粋に創造力を発揮することで得られる芸術的な自由を指す。残酷なのは、その自由を取り戻そうとすればするほど、自由から遠ざかってしまう点である。
フランソワ‐ポール・ジュルヌの初期の作品、1983年発表の懐中時計レゾナンスや1998年発表の腕時計クロノメーター・ア・レゾナンスのプロトタイプには、無謀ともいえる“子供の視点”が見て取れる‐時計製造の歴史の深さを意識しながらも「ひょっとしたらできるかも」という可能性に全力を傾けたデザインなのだ。
長年にわたり、ジュルヌは歴史と厳格な時計製造への目を養いながら、自らの美学を結晶化させてきた。それが最近のオンリーウォッチに出展されたフランシス・フォード・コッポラFFC ブルーとアストロノミック ブルーに注目が集まったことに結実したのかもしれない(数十年にわたるイノベーションののち、多くのブランドが保ち続けるのに苦労するような自由の賜物なのである)。
FFCブルーでは、ジュルヌは映画監督として名高いフランシス・フォード・コッポラとチームを組んだ。コッポラはこれまで時計を作ったことがなかったにもかかわらず、ジュルヌは彼のアイデアを形にすることで、2021年のオンリーウォッチにおいて落札価格が450万CHF(約5億5800万円)に達し、大きな成功を収めた。
さて、2019年のオンリーウォッチでプロトタイプのF.P.ジュルヌ アストロノミック ブルーが途轍もない金額で落札されてから3年弱、アストロノミック・スヴランが顧客のもとに納品され始めた(現在のところ5本のみで、2本は製作中だ)。機能はアストロノミック ブルーと同じ(全18種類)であり、フランソワ・ポール自身を含む2人の時計職人しか製作資格を持たないため、アストロノミックが年産4本だけなのは当然と言えよう。
私が“ハイコンプリケーション”を超える時計に興味を持ったせいかもしれないが、ジュルヌはアストロノミックを手掛けたことで再び“子供の視点”を獲得できたような気がしている。その根拠の一部は、ジャックがアストロノミックのIn-Depth記事で述べているように、ジュルヌが長年にわたって天文時計に魅了されてきたことに起因すると思われる。その歴史は、1979年にアスプレイ(ロンドンの時計・宝飾商)のために製作したプラネタリウム機構や、1987年に“科学機器のコレクター”のためにジュルヌが製作した天文懐中時計に遡る(機能を重視しながらも無謀だったあの時代からである)。
この時計のふたつめのインスピレーションは、より気まぐれで、もしかしたらその不思議な感動からの影響が大きいかもしれない。2004年、ジュルヌの息子シャルルは、一日の太陽の通り道をなぞるようにカーブした小窓を持つ時計のスケッチを描いた。しかし、シャルルはこれではないと疑念を抱き、そのスケッチを捨ててしまった(さすが、「発明し、製作した」がモットーの父を持つだけのことがある)。ジュルヌはゴミ箱から丸められたスケッチを救い出し、そのアイデアと恋に落ちた。一日を、太陽とともにスムーズに昇降し、その軌跡が季節に応じて伸び縮みするものと考えると、直感的に理解しやすい。まさに子供の視点からの時間感覚だ。
ダイヤルから着手し、ムーブメントに向かうことが多いジュルヌにとって、スケッチを原点とする手法は上手くいった。当初はあまり複雑でない自動巻き時計を考えていたが、数年後に手巻きキャリバーでより多くの機能を持たせる計画を立て直した。彼は開口部をダイヤル上部に移動させ、1年を通して日の長さを調整するために開閉する金属製のシャッターを設けた。息子にインスパイアされた彼は、ブランドが誇るフォルムに新たな機能を搭載することができたのである。
私は身長が204cmと高いのだが、直径39mm前後の時計を18.4㎝の手首に装着するのが、より快適に感じる。しかし、直径44mm、厚さ13.7mmのスティールケースを備えるアストロノミックをつけて目を閉じると、多くのストラップ付きのツールウォッチとさほど変わらないつけ心地であった。今回のハンズオンの手首モデルを引き受けてくれた、F.P.ジュルヌ NYブティックのアドバイザー、ダニエルにつけてもらっても、まるでヴィンテージのロレックス GMTマスターをブルック・シールズがつけているような印象で、まさにぴったりだった。実用的ではないが魅力的な機能は、“地上での自分が歩むべき道を星に身を委ねて知るという、長く忘れ去られた習慣を思い起こさせる” 哲学的ツールだとダニエルが教えてくれたとき、このサイズとつけやすさは完璧に合点がいった。
恒星時が実用的でないことはさておき(ダイヤル左側で読むことが可能)、この時計を身につけて一日を過ごすだけで、1.2億円近いこの時計を身につけていることを忘れそうになる。この時計は、部品数758点、68石、18機能をカバーする手巻きムーブメントを備えており、それ自体が偉業と言える。各機能はリューズのみで操作でき、凹型のプッシャーは必要ない。さらに“ツールウォッチらしさ”を追求するために、各モデルには専用のメタルブレスレットが付属する。
恒星時、写実的に描かれたムーンフェイズ、シャルル・ジュルヌにインスパイアされた日の出と日の入りの開口部など、あらゆる天文学機能と複雑機構を前面に、均時差表示、星座表示付き年次カレンダーを背面に備え、よりクラシックな機能である平均(標準)時と第2時間帯を3時位置に、デッドビート(ステップ運針する)秒ディスク、パワーリザーブとセンター分針をダイヤル上に備え、その複雑さにしては驚くほど読み取りやすいダイヤルに構成されている。サンプル機では、光の加減でブルーグレーからより温かみのあるサンドグレーに変化するダイヤルは、ブランドのアイデンティティを損なわないよう、ジュルヌの承認を得た上で、ゴールド、ラッカー、亜鉛メッキなど、顧客ごとにカスタマイズすることが可能だ。
そしてもちろん(ここは鼻息荒く読んで欲しい)、ディスプレイケースバックから見えるが目立たないナチュラルデッドビートセコンドを駆動するルモントワール・デガリテ(remontoir d'égalité)付き60秒トゥールビヨン、私が経験したなかで最も滑らかなスライダーを持つミニッツリピーターが搭載されている。リピーターは、特許を取得したフラットゴングと、ソヌリ・スヴラン同様、弾力性があり減衰の少ないスティール製のケースによって、明瞭なチャイム音に調律されている。
天文計測に特化したこの時計では、トゥールビヨンやリピーター、ムーブメントの精緻な仕上げはスターではないが(シャレのつもりはない)、搭載しない手はない。“ボーナス”コンプリケーションだとしても、デッドビートセコンド(ルモントワール・デガリテ付きトゥールビヨンで駆動する)とリピーターは、私の歴史上最も好きなコンプリケーションのトップ3に入る。天文時間の広大さに対して、過ぎ行く1秒の遅さや耳障りなチクタク音、チャイムを数えるために必要な集中力を対比させることそのものに、詩的なものを感じずにはいられない。F.P.ジュルヌのダニエルの言葉を借りれば、これらは“星空に眼を向けながら、しっかりと地に足を着けた”複雑機構なのだ。
アストロノミックは現在、F.P.ジュルヌの最も情熱的なコレクターのために、申込前に時計を実際に見る努力をするよう求められており、待ち時間はあるものの、入手可能だ。幸運にも申し込みができ、時計を注文することができた場合、他のカスタマイズに加え、パーソナライズされたシリアルナンバーを選択することができる。通常は依頼主の名前か姓だが、文字数制限があるので、名前が“ガリレオ・ディ・ヴィンチェンツォ・ボノーティ・デ・ガリレイ”の場合は、サンプル機に彫られている“ガリレオ ガリレイ”のように短く省略されたもので我慢しなければならないかもしれない。
F. P. ジュルヌ アストロノミック・スヴラン:ケース、ステンレススティール、44.00mm× 13.80mm、フロントとバックにサファイア。ムーブメント、ジュルヌCal.1619、18Kローズゴールド、37.00mm×10.70mm、部品数758点、68石、2万1600振動/時。時、分、秒、第2時間帯、恒星時、均時差、ムーンフェイズ、ルモントワール・デガリテ付きトゥールビヨン、パワーリザーブ、年次カレンダー、黄道表示。価格、88万9000スイスフラン(約1億1832万円)。アストロノミック・ブルーのIntroducing記事はこちらから。
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アストロノミック・スヴランについて詳しくは、F.P.ジュルヌの公式Webサイトをご覧ください。