ウォッチメイキングは概して、また当然のことながら、漸進的な事業であると考えられている。現代の機械式時計は、特に原材料の科学的側面で、過去の時計師が夢見ることしかできなかったような技術を備えているが、基本的な原理は何百年も前から変わっていない(あまり話を脱線させるつもりは無いが、例えば、ペットボトルのロケットも大型ロケットのファルコンヘビーも同じ原理で動いるが、よほどの夢想家でない限り、どちらが地球の低軌道に到達できるかすぐに分かるはずだ)。脱進機と呼ばれる装置によって駆動される機械式振動子は、振動子の駆動と振動数のカウントの両方の機能をもち、機械式時計の心臓部であり、約1000年前に最初のバージ(冠歯車)エスケープメントの塔時計が暗闇の中でゆっくりと時を刻み始めて以来、機械式時計の心臓部となっている。
クォーツ時計では微弱な電流が振動を起こす。圧電と呼ばれる現象でクォーツの小さな音叉を振動させ、その振動を電子回路がカウントして小さなモーターに信号を送り、時計の針(または液晶ディスプレイ)を動かしている。それでも原理は同じだ。しかし、折に触れて新しい技術は登場してきた。それは、時間を伝える技術という点では革命的でないにしても、少なくとも時計製造が創造性に疲弊しているわけではないことを示している。アキュトロンの新しい時計は、既存技術を再解釈したものであると同時に、新しいエンジニアリングソリューションが時間の体験に劇的な変化をもたらすことができると証明している。昨日、アキュトロン(過去にはブローバの傘下だったが、シチズングループが独立したブランドとして立ち上げた)は、「アキュトロン スペースビュー 2020」と「アキュトロン DNA」の2つの新モデルを発表した。
新しいアキュトロンは基本的にクォーツ時計だが、クォーツの計時技術を洗練させたというよりは、クォーツの共振器を使い、その技術を美的な再発明の出発点としたと言える。ムーブメントに時計界では稀な静電誘導駆動システムを採用し、1960年代のアキュトロン スペースビュー音叉時計のデザインとも相まって、新鮮で視覚的にも魅力的な体験をさせてくれる。
静電誘導システム: その仕組み
この技術に関するニュースは、昨年のバーゼルワールドで発表され(情勢が大きく変わらない限り、実際のところ最後のバーゼルワールドになるだろうが)、当時、我々はそのムーブメントの原理についてかなり詳しく取り上げた。しかし、時計が完成したデザインとして公式にリリースされた今、そのムーブメントの特別な機能のいくつかを、再び紹介する価値があると思う。
新しいアキュトロン(アキュトロン スペースビュー2020とアキュトロン DNAの2つのモデルからスタート)の静電誘導システムは、電気を流し機械動力を生むために、電荷の引力と反発を使用している。従来のクォーツ時計のステッピングモーターは、滑らかで途切れない動きではなく段階的なステップで針を動かすことからそう名付けられたが、その小さなサイズにも関わらずいまだに電磁相互作用に依存する従来の電気モーターである。標準的な電気モーターは、回転するローターと回転しないステーターという2つの基本的なコンポーネントから成る。通常、ローターは、永久磁石か巻線電磁石で構成されているステーターの内部にある。モーターの電源を入れると、電流がローターを通過して磁場が発生し、ローター内の誘導磁場とステーター内の磁場の引力と反発により、ローターが回転する。
対照的に、静電気モーターは磁界に全く依存しない。実際に、電池すら必要としない簡単な家庭にある材料で、あなたも静電気モーターを作ることができる(電池の代わりに、布にこすった風船のような静電気の源を提供できればいい)。静電気モーターの最も単純なバージョンは、2つの電極とその間にあるローターでできている。電荷は、一方の電極からローターに流れ、反対側の電極に放電される。ローターは、各電極を通ると電極と同じ電荷を帯び、電荷が互いに反発するように回転する(時間つぶしに自宅で静電モーターを作りたいなら、プラスチック製のカップ、アルミ箔、その他若干の家庭用品があればいい)。
新しいアキュトロンには、秒針を駆動する静電気モーターと、ローターを回転させるために必要な電荷を供給する2つの小さな静電気発電タービンが組み込まれている。これらの発電機は一方で、時針と分針を動かす従来の電磁ステッピングモーターに電流を供給するアキュムレータ(充電池のようなもの)を充電する。静電気モーターには、予想通り、ローターとステーターがある。ローターは高速で回転し、そのタービンのようなブレードが動くと、ビジュアル的に非常に印象的である(これは、機械式・クォーツに関わらず、現代の時計で得られる最も視覚的にダイナミックなものの一つであり、ローターが回転するときの光のきらめきは、あなたを魅了してしまうか、少なくとも気を散らしてしまう)。
静電誘導システムのローターは、機械式時計の自動巻上げシステムに見られるものと大体似たような仕組みで、回転錘によって運用される。
アキュトロンとスプリングドライブ:簡単な比較
アキュトロンの静電誘導システムとセイコーの スプリングドライブシステムは、すぐに思いつく比較の好対照だが、双方ともスムーズに動く秒針を備えていながら、実際は、ほぼ全ての重要な点で完全に異なったものだ。
どちらも時計の計時機構のベースとして水晶振動子に依存しているが、類似点はそこで終わる。スプリングドライブウォッチは、従来の主ゼンマイと輪列をもち、バッテリーやコンデンサー/蓄電池はない。輪列の最後には、クォーツ制御のタイミングパッケージを動作させ、集積IC回路に電力を供給するために必要な電流を生成する発電機として、また、輪列の回転速度を制御するブレーキとして、両方の役割を果たすグライドホイールがある。
輪列全体がグライドホイールで制御されているため、3本の針は全て連続して動く。一方、アキュトロンでは、主ゼンマイも従来の輪列もない。静電誘導システムは、原動力を提供するという点では、主ゼンマイの代わりである。電気エネルギーを蓄えるための蓄電池があり、秒針は独立した静電誘導システムによって駆動され、時針と分針はステッピングモーターによって動く。
スプリングドライブとアキュトロンの美学は、ほぼ正反対の関係にある。スプリングドライブの時計は時計学上の新古典主義ともいうべきスタイルを断固として実践しており、ハイエンドモデルでは従来の高級機械式時計製造と仕上げなどにおいてかなりの部分、基本的な価値観を共有する。
一方、アキュトロンは技術的なレトロシックの一種であり、ムーブメント技術そのものを中心に据えている。SFレベルのポストモダニティと、深く根付いた伝統が交差するような国は、おそらく世界でも日本以外にない。スプリングドライブとアキュトロンは、どちらも独自の本質的にユニークな技術(少なくとも時計の世界では)を基に作られているが、それぞれが異なる手法で日本の文化の一面を強調しているように思える。
過去、現在、そしてアキュトロン スペースビュー2020とアキュトロン DNA
アキュトロンの静電気技術の発展を見守ってきた人、あるいはヴィンテージ・アキュトロンファンの人、またはその両方の人(その可能性が高くなってきているようだ)ならば、間違いなくオリジナルのアキュトロン スペースビューの新作のデザインルーツに気付いているはずだ。オリジナルのスペースビューは販売を目的としたものではなく、広告や店舗のショーウィンドウに展示するための見本用モデルだった。スペースビューは、秒針の滑らかな運針だけでなく、特徴的な緑色の地板と対になった音叉用の銅コイル、時計の動作に欠かせないトランジスタなども見えるようになっていた。
オリジナル スペースビューの秒針は、厳密にいえば滑らかに動くわけではなかった。音叉が1秒あたり360ステップで駆動輪を動かすためその刻みが見えず、滑らかな動きのように錯覚させていたのだ。スペースビューには当初、単にムーブメントを展示するためゴールドケースのみが用意されていたが、ブローバはこのモデルを製作しながら、知らず知らずのうちにその斬新な美学を発見するに至った。スペースビューは単なる新技術への窓ではなく、それ自体を讃えるものとなり、新しいアキュトロンでは、その美学が静電誘導システムによって驚くほど忠実に再現されている。
2つの新モデルのうち、より伝統的なのはスペースビュー2020で、標準的なストレートラグをもち、多くの点でオリジナルの外観に近いものとなっている。ストレートラグとラウンドケースは、多くのヴィンテージモデル(付け加えるなら、何ダースもの)に共通しており、オリジナルのスペースビューの緑、赤、オレンジのカラーリングも健在である(新しいアキュトロンでは、オリジナルの銅コイルがステッピングモーターの駆動コイルに置き換えられてはいるが)。新モデルの秒針はオリジナルと同様に赤だが、静電誘導システムの低トルクに対する抵抗を少なくするため、音叉システムのものと比較して薄くなっている。限定版は化粧箱入りの300本で、「Accutron: From The Space Age To The Digital Age」という本がついてくる。緑のフランジを除けば、限定じゃない方とほとんど変わらないようだが。
もう一つの新しいモデルは、アキュトロンDNA だ。このモデルは、1960年代のオリジナルデザインにインスピレーションを得ており、全体的なデザインは同じだが(もちろん、ムーブメント技術も同じ)、2 つのモデルの中ではより近代的で、多くの愛好家の印象に残るだろう。本機が異なるのは、ドーム状のケースとフード付きラグ、そしてムーブメントプレートの色だ。 全部で4つのアキュトロンDNAのうち3つは濃いスレートカラーのプレートで、1つは鮮やかなエレクトリックブルーのプレートだ(※ブルーのモデルは日本未発売)。
静電誘導ムーブメントには独自の指定条件がある ― 28石のCAl.NS30-Y8Aで駆動する。アキュトロン ムーブメントの実際の製造は、長野県にあるミヨタの工場(ミヨタはアキュトロンと同様、シチズングループの会社)で行われ、組み立ては、ムーブメント製造のために特別に設定されたクリーンルーム内にて、高度に管理された環境下で行われている。
ケースは全て316Lのステンレススティール製で(全て30m防水)、ドーム型サファイアクリスタルを採用している。価格は、新技術を体現する少量生産の時計ということで従来のクォーツ時計よりは高いが、技術やデザインの革新性を考えると、必ずしも特別に高額なわけではない。アキュトロン DNAは35万円、アキュトロン スペースビュー 2020は36万円(全て税抜)からとなっている。
ファースト・インプレッション
アキュトロン スペースビュー2020は直径43.5mm、アキュトロン DNAは45.1mm、ケース厚は15.4mmと、かなり大きな時計だ。しかし、その大きさとおきまりのケース素材にも関わらず、驚くほど軽い。これはムーブメント自体の軽さもあるが、風防の下やケース内部にかなりのスペースがあることが理由のように思える。
時計の購入を検討する際の決め手の一つが、身に着けていてどれほど楽しいかということなら、アキュトロンは抗い難い。オープンな文字盤と露出したムーブメントの組み合わせ、滑るように動く赤い秒針、大きなサイズ、静電誘導システムとタービンの揺らめく光は、多少なりとも興味を惹きつけることは間違いないし、それは単に時計愛好家だけに限らないだろう。自分を時計愛好家だと思ったことのない人や時計に無関心な人でも、アキュトロンのオーナーにこの時計について尋ねてみたくなるかもしれない。その意味で、この新しい時計は、あの有名な「マッドメン」のピッチシーンでオリジナルのアキュトロンが言われていたように、単なる時計ではない。話のネタとしても使えるカンバセーションピースなのだ。
考慮すべき最後の問題は、これらが計時における革命であるかどうかということだ ― 私の答えはイエスでもあり、ノーでもある。
結局のところ、駆動技術は時計にとって新しいものであるが、まず第一にそれ自体が新しいものではない。第二に、アキュトロンは基本的にクォーツ時計であり、他の近代的なクォーツ時計と根本的に異なるものは何も提供していない、というのが反論者の意見だろう。
しかし支持者は、基本的な調整技術は新しいものではないが、腕時計初の静電誘導システムやオリジナル・アキュトロンの美学の再構築と共に、さまざまな要素の相乗効果により、この時計が他では得られないような非常に楽しい、そして愛好家にとって最も興味深い体験を提供する、と主張するに違いない。
少し前に、モノプッシャー・クロノグラフの記事でノスタルジーについて書いたが、アキュトロンの駆動技術が新しいものであっても、この時計は驚くほどノスタルジーを感じさせる。私の父は1970年頃に購入したアキュトロンを持っていたが、当時、私はそれを耳に当てて聞いた独特の360Hzの音に魅せられたものだ。新しいアキュトロンは音響的には静かだが、時計史における非常に特殊で特別な時代に、独自の方法で語りかける。旅することが世界でも宇宙でも限りのあった時代に、未来は限りない可能性に満ちていると思わせた。私にもその世界観を思い起こさせ、旅が人間の教育や経験に欠かせないものであると感じさせる。
時計という存在には荷が重いように聞こえるだろうが、このアキュトロンを見ていると、何ヵ月も前に新宿のネオン街を歩きまわったことを思い出す。東京に行けて良かったと思った。時計が現在、過去、未来、そして私たちを取り巻く世界を繋ぐものとして最も価値があるとすれば、アキュトロンの新作はその役割を大いに果たしていると言っていいはずだ。
アキュトロン DNA、アキュトロン スペースビュー 2020 ケース;316L SS製、50m防水、直径45.1mm(DNA)、43.5mm(2020)、厚さ15.41mm。ムーブメント ミヨタ/アキュトロン製Cal.NS30-Y8A、デュアルステップモーターと針に静電誘導システムを搭載したクォーツレゾネーター。ストラップ;レザー(2020)、ラバー(DNA)、フォールディングバックル付き。価格;アキュトロン DNA 35万円(税抜)、アキュトロン スペースビュー 2020リミテッドエディション 42万円(税抜)、アキュトロン スペースビュー 2020 36万円(税抜)。詳しくは、Accutronwatch.comをご覧ください。
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