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Interview ベン・カッファー×ジャン-クロード・ビバーインタビュー 2人のフュージョンがノルケインにもたらすもの

意思は受け継がれ、コンセプトは形を変えて研ぎ澄まされていく。

ジャン-クロード・ビバーが時計業界に復帰する。今年2月に突如そんなニュースが舞い込み、メディア関係者はもちろん、小売店から競合ブランドに至るまで、業界全体が湧いた。しかしながらそれは、自身の名を冠したブランドを立ち上げるというニュースであり、それからしばらくしてノルケインの取締役顧問就任の報を聞いて二度驚いた。ブランドビジネスをやり尽くした彼が今さら他のブランドに関わるのか、と。自身のブランドである「JCビバーは後継者とともに進めているプロジェクトだし、プライベートでは時計コレクションを手放したりしていることから、今後は主にワインと自慢のチーズに囲まれて過ごしていくものだと思っていた。

 さて、ノルケインが世界初のブティックをオープンしたスイスの名リゾートであるツェルマットに今回、呼ばれる機会があった。それは、ビバー氏が関わって初めての大型シリーズであるワイルド ワン(WiLD ONE)ローンチのためだ。ブランドロゴを彷彿とさせる山々に囲まれた、マッターホルンのふもとの街で彼らが語ったのは夢と希望、そしてスイス時計産業に欠けているファクターだ。ノルケインCEOのベン・カッファー氏がビバー氏とのフュージョンによって生み出したものを、ふたりに直接伺った。

※ノルケイン インディペンデンス ワイルド ワンの時計についての詳細はコチラの記事へ。

ノルケインの最新作、ワイルド ワン。インディペンデンスコレクションをプラットフォームとし、基本的にはこのケースデザインを用いて、ノルケインのフラッグシップとして展開されていくという。

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ダイナミック・イノベーション・パッショネイト

 ジャン-クロード・ビバーとベン・カッファー。親子ほども歳の違うこのふたりは、どうして道を交えることになったのだろうか。そのきっかけは、意外にもビバー氏からのコンタクトであったという。カッファー氏が、ノルケインのローンチから2年が過ぎ、コロナ禍にもかかわらずブランドを軌道に乗せて安堵しているときのことだ。

 「もちろん僕は彼のことを知っていましたから、2020年に初めてお会いしたときは心が踊りました。"このわずかな期間でよく成長を遂げた!"と労っていただいたと思ったら、続けざまに"だが、次のステップは? これまでにやっていないことは何だ?"とまくしたてられたのを覚えています(笑)。僕らは始まったばかりで、まだ2年しか経っていないのにケニッシとの協業も実現し、とてもよくやっている。そう言いたいのを飲み込み、常に新しいチャレンジが求められているのだと思い直しました」(カッファー氏)

 ビバー氏に関するインタビューを読んだことのある読者の方なら、懐かしさを覚えるようなエピソードだろう。一方、ビバー氏が抱いたファーストインプレッションもユニークだ。

 「彼を表す言葉は、ダイナミック・イノベーション・パッショネイト。情熱が時計に対してまっすぐで、人柄はダイナミックであり、そして若い! 人に対して献身できる人物であるとすぐに感じた。これらのパーソナリティは成功を導くための条件であり、私はその情熱のために協力したいと思ったのです。私は今74歳ですが、時計業界での50年におよぶ経験をノルケインとベンに伝えるつもりです」(ビバー氏)

 お互いに凄まじいインスピレーションを得て、抱いた共通の想いは"スイス時計業界のため、後世のため"。改めて言うまでもないことだが、ビバー氏にとってはもはやお金を稼ぐために時計ビジネスをやる必要などどこにもなく(一部の愛好家やメディア関係者からは、ノルケインはブランドビジネスのテンプレートにハマってしまうという危惧がある)、純粋にユニークな時計に熱狂したいという想いが伝わってきた。

 今回ローンチされたワイルド ワンには、ノルケインの特徴になりつつあるケニッシ製ムーブメントに加え、独自のノルテック素材を用いたカラーリングと、ユニークなケース構造が盛り込まれた。ビバー氏が住むローザンヌで、時計の完成を一緒に見たというふたりは想像以上の出来栄えに歓喜し、そろってカーキカラーのモデルを手にとったという。

 「つけ心地は"No feeling"。まさに、つけていないような時計だと感じました。今回のローンチイベント1週間前に時計があがってきたときは、バーゼルワールド直前のあのワクワク、ヒヤヒヤした感じを思い出し興奮しましたね! ワイルド ワンのための最初のミーティングのときに決めた"すべてを革新する""それでいて、ノルケインのアイデンティティをキープする"という目標は、達成されたと思います」(ビバー氏)

ジャン-クロード・ビバー氏

 ビバー氏も感嘆したワイルド ワンは、旗艦コレクションであるインディペンデンスのデザインを踏襲。今後も同シリーズにて、ノルケインの最上位モデルとして開発されていくという。今回ローンチされたユニークなポイントとして筆頭にあがるノルテックという素材だが、これはカーボン系の複合素材で、さまざまな色をつけられるように生み出されたもの。スイスのハイテク素材企業であるBIWI社との協業により実現した。

「カーボン素材は軽くて丈夫なのはいいが、黒しか色出しができないのが難点。それが今回、BIWI社と何度も何度もトライを重ねたことで我々だけの素晴らしい素材に仕上がったのは喜ぶべきことです」(ビバー氏)

 「BIWI社のパスカル・ブルカール Jr. CEOとは本当によくディスカッションをしました。カーボンファイバーと独自の有機素材を混ぜ合わせることで色を出すことに成功したため、塗装のように剥げてしまうことがありません。今回発表した4リファレンスのような色以外に、クリアなレッドやブルーも作り出せるため、ノルケインにとって本当に大きな強みになると確信しています」(カッファー氏)

 そのうえ、この素材には強い弾力があり割れる心配がない(実際、時計をケースサイドから握るように押してみると、グニグニと動くような感触がある)。ノルケインは、このユニークな素材の開発成功に飽き足らず、さらに時計の性能強化を図り「コンテナ」コンセプトによってムーブメントの保護構造まで盛り込んだ。

インディペンデンスコレクションのアイデンティティを維持するため、ケースサイドのノルケインプレートやリューズガードなどの意匠は守られた。

 コンテナコンセプトとは何か? この質問をぶつけると、ビバー氏が語りだす。

 「ウブロがおそらく最初に導入したもの。ムーブメントをコンテナに入れ、その周辺をラバーで保護して耐衝撃性能を持たせるという発想で、今回はチタン製のコンテナにケニッシ製ムーブメントを入れています。ウブロとまったく同じ構造ではないが、発想は同じだと言えます」

 ここまで聞いて、僕は日本にも同様のコンセプトで作られた時計=G-SHOCKのことを思い出した。クォーツムーブメントのモジュールを点で支える中空構造で保護する、この発想は非常に近しいものだ。ビバー氏はカシオの発明を知らなかったようだが、耐衝撃構造におけるひとつの最適解なのだろう。

 「外装の色にかかわらず、ムーブメント部分は同じように作れるため生産効率が高まりました。コンテナ部分も非常に軽量であり、耐衝撃性能を高めることに寄与しています」(カッファー氏)

インディペンデンス ワイルド ワンの展開図。ムーブメントを格納している黒いパーツがチタン製のコンテナとそれを覆ったラバー部分。ベージュのパーツはノルテックを用いて作られたミドルケースだ。

 ここまで耐衝撃性能にこだわった理由は、単にユニークな時計を作るというコンセプト以上のものを感じる。そこにはノルケインならではの思いがあった。

 「壊れる心配が少なく、そして軽量というのは我々のブランドを好んでくれるノルケイナーにとってとても重要な要素です。彼らは外に出て、山や水辺、自然のなかでアクティビティを謳歌します。そのシーンでつける時計は頑丈でいて、つけていることを忘れるようなものが理想。そんな特性を、このワイルド ワンの独自性として盛り込みました」(カッファー氏)

 まさに言うは易く行うは難し、であり、カッファー氏が言うような時計は、これまでにG-SHOCKかリシャール・ミルくらいしか実現していないのではないか? 並の開発力では達成不可能なプロジェクトだったことは想像に難くないが、そこにはノルケインのキーファクターである、パートナー企業との協業があった。


最も大切なことは透明性

 ノルテックをともに開発したBIWI、文字盤製造を担ったモントレモ、そしてもちろんムーブメントメーカーのケニッシ。いずれも密かにスイスのトップウォッチメーカーのサプライヤーとして名を馳せる企業たちだ。ノルケインは今回、高らかに彼らとの協業を謳い、サプライヤーとしてではなくパートナー企業としてメーカー名をプレスリリースにも記している。なぜ、その名を明かしたのだろうか?

 「現代では、あらゆる企業にとってすべてを明らかにして開示していくことはとても大切なことだと捉えています。ノルケインにとっての企業姿勢の表明として、今回それを改めて意識しました。本来、BIWIやモントレモが請け負う仕事のロット数は、まだまだ我々の生産数では及びません。ワイルド ワンだけに絞ればなおさらです。例えば、ケースは12種類のツールを用いて生産していますが、ここまでコストのかかる作り方は、我々くらいのロットでは通常困難です。ひとえに、これからのスイス時計産業を思い、ワイルド ワンを彼らにとっても重要なプロジェクトだと共感してくれたからこそ、実現できたこと。BIWIもモントレモも、サプライヤーでなくパートナー以外の何者でもないのです」(カッファー氏)

 「スイスの時計ブランドは通常すべてを隠します。パーツの製造を担う企業名など、今でもほとんどすべてのブランドが明かしていないし、私もかつてそうでした(笑)。ベンが言ったように、これからは透明性を示すことがとても重要になるでしょう」(ビバー氏)

 大切なことを明かさないまま、ましてや隠したまま、消費者の支持を得られる時代ではなくなったということか。いまだ、「自社製」をめぐる論争が尽きることはないが、このあたりはノルケインや他の独立系メーカーに牽引していって欲しいテーマだ。

BIWI社CEOパスカル・ブルカール Jr.氏。ベン・カッファー氏とは同世代であり、スイスの時計産業を担う次世代としてバトンをともに握る。

 「モントレモにも限界を超えた開発をしてもらいました。ワイルド ワンの文字盤は3層になっていて切削で製作します。表面にはノルケインのダブルNを象ったロゴのモノグラムが見えますが、これは600分の1mmの厚みを誇るベースプレートを実現できたからこそデザインを具現化できました。モントレモは、これまで0.05mmずつ高さの異なる3層切削の文字盤を作ったことがなかったわけですが、ノルケインのプロジェクトということで共感いただき、これまでにやっていない製造方法にトライしてくれたのです」(カッファー氏)

 BIWIとのノルテックにしろ、コンテナコンセプトにしろ、この文字盤にしろ、ここまで新開発のものを盛り込めばそのプライスたるや途方もないものになるはずだ。しかし、インディペンデンス ワイルド ワンは極度の円安に見舞われている現在の日本でも76万6700円(税込)〜で手に入る。決して安くはないし、ノルケインでもハイエンドな位置づけではあるが、100%スイスメイドで実現したワイルド ワンがこの値段というのは正直、狂気だと思う(注※SWISS MADEと文字盤に刻むには、コスト換算でムーブメントと外装の60%をスイス国内で製造していることが求められる。1971年に制定、2017年に改定されたスイスメイド法で定められている)。

名門モントレモ社が手掛けるダイヤル。彼らをもってしても未踏であった、600分の1mmの薄さを誇るダイヤルのベースプレートにより、極めて複雑なパターンの表面の柄が美しく実現された。

 「3000〜5000スイス・フランというプライスレンジには、完全にステイすべきという方向で一致していました。アイコンとなるワイルド ワンはそのレンジのトップに位置していますが、我々にはすでにベースとなるコレクションが他にあります。今後、何万、何十万という数の時計を作っていくことになるノルケインにとって、ベースコレクションで足場を固めることは、次のステップにいくためにとても重要なことです」(ビバー氏)
 「ワイルド ワンを内包するインディペンデンスコレクションは、今後10年、ノルケインのフラッグシップとなるものです。ロングスパンで腰を据えて取り組むこの姿勢に、パスカルをはじめパートナー企業のトップたちが理解を示してくれ、製作に携わってくれているのです。ノルケインの精神面を彼らと共有できるていることが、何よりの強みだと思っています」(カッファー氏)

 取材の最後に、ベン・カッファーは"スイス時計業界にとって必要なことに取り組む。これがノルケインの使命なのです"と締めくくった。スイス時計業界の巨人・ジャン-クロード・ビバーに見いだされ、スイストップのパーツメーカーを引きつける。彼らによってもたらされた、ベン・カッファーとノルケインの火勢は当分衰えそうにない。

その他、詳細はノルケイン公式サイトへ。