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かつて時計は、ある種のこだわりを持ち、狭い範囲にしか興味のない超批判的な支持層を魅了する存在だった。依然そうであるものの、その層はさらに厚みを増し、もっと奇妙なことが起こっているのかもしれない。それは、時計に病的なまでに冒されていない人々にとっても魅力的に映っているということだ。
いずれにせよ、今時計について書こうと思えば、誰もがすべてを知っている前提では考えてはいけない。つまり、しばらく考えていなかったことについて考えてみると、それがまだおもしろいだけでなく、覚えているよりもさらにおもしろいことに気づくこともあるのだ。
IWCのRef.3521もそのひとつである。Ref.3521はインヂュニアシリーズの1モデルで、不謹慎な言い方をすれば、IWC版ミルガウス、つまりどちらも元々は強磁場からムーブメントを守るために作られた時計だ。ミルガウスとは1000ガウス(磁場の単位)を意味するが、IWCはこの時計が誰のために作られたかを示す名称を選んだ。“Ingenieur(インヂュニア)” 。つまり新生期のCERNや水力発電所、あるいはある時代には原子力発電所で働くエンジニアたちのための時計だ。そのような人々は、かつてないほど強力な磁場のすぐそばで働くからだ。
CERNとはOrganisation Européenne pour la Recherche Nucléaire(欧州原子核研究機構)の略称で、現在は大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の本拠地となっている。LHCは、人類がこれまでに作ったなかで最も大きく、最も強力な装置のひとつだが、そのことを知らない人が多いことに私はしばしば驚かされる(大規模な科学プロジェクトは、知識を追求するために膨大な資源を費やしても、すぐには役立たないという批判に直面することもあるが、私はそれこそがこの事業全体の美点だと考えている。そう、ジェームス・ウェッブ宇宙望遠鏡のように)。
とにかく、初代インヂュニアは1955年に発表されたが、私にとって最も興味深いバージョンのひとつは、ある意味最も不条理なモデルでもある。それは長いあいだ忘れ去られていた、インヂュニア・オートマティック 500,000 A/m Ref.3508だ(A/mとはアンペア毎メートルのことで、磁場の強さを表す尺度だ)。直径32mmの小さな時計で、私が最後に見たのは少なくとも25年前、ニューヨークの23番街のフリーマーケットであったと記憶している。ニオブ・ジルコニウム合金のヒゲゼンマイの実用化は耐磁時計技術の決定打となったが、ヒゲゼンマイは製造が困難で、IWCは作れば作るほど赤字になったと聞いている(結局、ロレックスがニオブ合金製ヒゲゼンマイの量産化を確立し、それがブルー パラクロム・ヒゲゼンマイに結実した)。
私はサイズなど気にならないほどの純粋主義者を自認しているが、恥ずかしながら500,000A/mのサイズがあまりにも小さいことが気になり、買いそびれてしまっていた。25年前だが、提示価格は600ドルほどだったと思う。それに25年前の相場はこのモデルに限らず同じようなものだった気がする。そこでRef.3521の出番である。軟鉄製のダイヤルとインナーケースを採用することで実用レベルの耐磁性を確保しつつ、34mmという小ぶりなサイズによって、少なくとも現代人の感覚ではよりつけやすい時計に仕上がっている。
ジェラルド・ジェンタのデザインによるブレスレット一体型のスティール製インヂュニアは、ロイヤル オークやノーチラスに似ていることは一目瞭然だろう。しかし、インヂュニアはラグジュアリースポーツウォッチではないという点で異なる。ロイヤル オークやノーチラスのような至高の仕上げは施されていないし、そもそもIWCはオーデマ ピゲやパテックのようなレベルの超高級ブランドではないのだ。1976年に発表されたインヂュニアSLは当初40mmケースだったが、39mmのロイヤル オークと同じ問題に直面した。オーデマ ピゲが36mmのボーイズサイズのロイヤル オークを発表したように、IWCはインヂュニアSLの小型版でより大きな商業的成功を収めた。IWCは1983年に34mmのRef.3505を、そして1993年にはCOSC公認クロノメーター機として唯一のモデル、Ref.3521を発表した。
Ref.3521は40,000A/mという十分すぎるほどの耐磁性能を備えていた(参考までに、これは約500ガウスに相当する)。このリファレンスは2001年まで製造され、IWCは現在もインヂュニアシリーズをカタログに掲載しているが、古い耐磁インヂュニアモデルで採用されていた軟鉄製インナーケースは廃している。
ロイヤル オークとインヂュニアSLのあいだには、いくつかの興味深い類似点がある。どちらもジェラルド・ジェンタがデザインしたもので、SS製の一体型ブレスレットの高級スポーツウォッチという立ち位置、当時としては特大のケースで発表され、後に小型ケースの導入により商業的成功を収め、ジャガー・ルクルト製の自動巻きムーブメント(いずれもJLC Cal.889ベース)を採用したことである。 両者の大きな違いのひとつはオークションでの落札結果であり、サザビーズでは2020年にRef.3521を4410ドルという、少なくとも現代の時計収集の基準からするとやや驚くほど低い金額で落札された。
では、なぜRef.3521は、ボーイズサイズのロイヤル オークの4~5分の1ほどの落札価格になってしまうのだろうか? その理由のひとつは、34mmというサイズにあるのではないだろうか。Ref.3521は36mmの時計には感じられない、小ささをひときわ感じるからだろう。しかし、この価格差は歴史的にも現在においても、このふたつの会社が異なるアイデンティティを持っているという事実を反映していると思う。IWCは主に技術力を標榜する時計メーカーとして考えられてきたが、オーデマ ピゲはスイス高級時計におけるビッグ3の一角であり、今日もなおハイエンドの高級時計のみ製造し、羨ましいほどの中古・ヴィンテージ市場を持つメーカーなのだ。しかし、このことは、もしジェンタデザインのヴィンテージ、一体型ブレスレット、SS製スポーツウォッチに興味があるなら、その嗜好はロイヤル オークやノーチラスによって形成されたということを意味する。だからこそ、オークションでRef.3521を見つけたら、あなたもあなたの財布も喜びに満ちた驚きに包まれるかもしれないのだ。
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