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To Be Precise MB&F シーケンシャル EVOの驚異を生み出す超絶機構

「彼は私の人生で出会った唯一の天才…、スティーブンは本当に特別な存在だ」 。マックス・ブッサー氏がスティーブン・マクドネル氏を語る。


※本記事は2022年6月に執筆された本国版の翻訳です 。

レガシー・マシン シーケンシャル  EVO クロノグラフの時計師であり組み立て師であるスティーブン・マクドネル(Stephen McDonnell)氏が、同僚のローガン・ベイカーと私とZoom越しに対話していた。世界で高い評価を受けるコンプリケーションのスペシャリストのひとりであるマクドネル氏に実際会うと(あるいは少なくともZoomを通じた疑似的な面会においては)、アイルランド出身で現在はベルファストを拠点に活動し、オックスフォード大学で神学を学んでおきながらニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで “宗教的な要素が私にはまったくない”と語り、2015年に発売された恐ろしく複雑なレガシー・マシン パーペチュアル EVOを設計した人物そのままの印象を受けるだろう。言い換えれば、歯に衣着せぬアイルランド人の感情の激しさという決まり文句を当てはめるのは安直に過ぎるかもしれないが、思い当たるフシがあるのなら素直に受け入れるべきだ。

 マクドネル氏が時計全般、とりわけクロノグラフに対して強い思い入れを持っていると聞いても、さほど驚きはないだろう。シーケンシャル EVOの技術的・機械的な特徴をプレゼンテーションするなかで、彼は何度も重要なポイントを強調するために、まるでスクリーン越しに身を乗り出そうとしているように見えた。

 もしマクドネル氏がマックス・ブッサー(Max Büsser)氏に従来のクロノグラフに関する率直な意見を伝えることがなければ、シーケンシャル EVOはそもそも生まれていなかったかもしれない。

 「マックスにこれを売り込もうなんて、最初から考えていなかった」とマクドネル氏は語る。「マックスはいつも“MB&Fは秒針付きの時計なんて絶対つくらない、それはうちのスタイルじゃない”と言っていたからね。だからクロノグラフのアイデアはあったけど、まあMB&F向けのものにはならないだろうと思っていたんだ。2016年にドバイ・ウォッチ・ウィークのためにマックスと一緒にドバイにいたんだが、それはちょうどレガシー・マシン パーペチュアルカレンダーがGPHGのカレンダー部門で優勝した直後のことだった。私たちはドバイのビーチに座っていて、マックスが携帯電話を取り出して、手に入れたばかりのヴィンテージ懐中クロノグラフを見せてきたんだ。彼は本当にうれしそうで、大満足している様子だった。それで私は、“わかったよ、クロノグラフについて話したいんだろう”って言ったんだ。私は彼に、こういったクロノグラフはずっと同じで、技術的な欠陥や限られた機能があるだけのものだと説明した。100年以上も前からあるけれど、そのあいだに数えるほどの例外を除いては、ほとんど発展も変化もなくて、ずっと同じつくり方で、どれも似たり寄ったりの退屈な古いガラクタなんだよ、とね」

 「だから私は彼に、ほかとはまったく違うクロノグラフのアイデアを思いついたと言ったんだ。それで秒針がないどころか、秒針を2本にしたというわけさ」

詳しいスペック、価格、ファーストインプレッションについては、ローガン・ベイカーによるMB&F LM シーケンシャル EVOのIntroducing記事をご覧いただきたい。

 マクドネル氏によれば、シーケンシャル EVOの基本的なインスピレーションは、カーレースでラップタイムを計測するために使われたストップウォッチ(ホイヤーやハンハルトなどが製造)から得たものだという。このマルチシーケンスタイマーと呼ばれる装置は、ラップボードの上部に複数のストップウォッチが並べて取り付けられており、ひとつの操作レバーですべてのストップウォッチを同時にコントロールする仕組みだった。

 レバーを押すとひとつのストップウォッチが止まると同時に、次のストップウォッチがスタートする。この仕組みにより、ストップウォッチをひとつ止めてから別のストップウォッチをスタートさせるよりもラップタイムをより正確に計測できた。とはいえ片腕に3本のストップウォッチを並べて装着するのは、実用的とはいえない。そこでツインバーター機構を搭載したシーケンシャル EVOが誕生した。ツインバーターは、単体のクロノグラフでは不可能(少なくともそれほど正確ではない)な経過時間の計測を可能にする仕組みだ。この機構は2時位置と10時位置にあるふたつのスタート/ストップボタンを押すことで、ふたつのクロノグラフを制御するコラムホイールをそれぞれ1段階進める動作を実現している。

  • どちらのクロノグラフも作動していない場合、両方がスタートする。
  • 両方のクロノグラフが作動している場合、両方が停止する。
  • 一方のクロノグラフが作動中でもう一方が停止している場合、9時位置のツインバータープッシャーを押すことで、作動中のクロノグラフが停止し、停止しているほうがスタートする。このようにツインバーターは、それぞれのクロノグラフの機能を反転させる仕組みを持つため、その名が付けられた。
ダイレクトドライブ: ダブルクロノグラフ機構

シーケンシャル EVOを理解するには、従来のクロノグラフの仕組みを知ることが役立つ(というより、不可欠だ)。垂直クラッチ式クロノグラフも水平クラッチ式クロノグラフも基本的な動作原理は同じである。香箱から数えて4番目に位置することから“4番車”と呼ばれる輪列の歯車は、1分間に1回転する。通常この4番車には出車が取り付けられており、出車が中間車を駆動する。クロノグラフが作動すると、中間車を介してムーブメント中央のクロノグラフ秒針が回転を始める。

Omega caliber 321

オメガ Cal.321。9時位置に出車(ムーブメントの4番車と同じ軸上に配置)があり、10時位置の中間車と連動して歯車を伝達し、これがムーブメント中央のクロノグラフ秒針を駆動する。コラムホイールは12時位置に配置されている。

 垂直クラッチ機構は水平クラッチと異なり、クルマのマニュアルトランスミッションに搭載されるクラッチとまったく同じ仕組みで動作する摩擦クラッチ板を使用している。垂直クラッチは基本的にバネ仕掛けのディスクで、時計が動作しているあいだは常に回転している。クロノグラフが停止しているあいだ、クラッチはレバーによってクロノグラフ秒針から切り離された状態になる。スタートボタンを押すことでレバーがクラッチを解放し、クラッチが秒針に接触して回転を開始する。

 垂直クラッチには、水平クラッチと比べていくつかの利点がある。ひとつ目はクロノグラフが停止しているあいだも垂直クラッチを駆動する歯車が常に動き続けているため、クロノグラフを作動させる際の追加負荷が最小限に抑えられることだ(クロノグラフを作動させると動き出すのは、垂直クラッチと分積算計を駆動する歯車だけである)。ふたつ目に、水平クラッチ式クロノグラフを作動させると、駆動歯車とクロノグラフ秒針の歯車の歯先同士が接触する場合があり、それによって秒針が一瞬ぎくしゃくすることがある点だ。これに対して垂直クラッチ式クロノグラフでは、摩擦による噛み合わせを採用しているためこうした問題は発生しない。一方で垂直クラッチの欠点としては美観が挙げられる。クロノグラフの輪列を支えるブリッジがムーブメントの上部に配置されているため、通常は垂直クラッチの動作を目視することができない。ただしシーケンシャル EVOではその動きを見ることができる。

ムーブメントから取り外された垂直クラッチ

 垂直クラッチと水平クラッチ機構には、(仕様によるが)共通の問題がある。クロノグラフの輪列はマクドネル氏の言葉を借りれば“通常は(駆動輪列から)横に分岐している”ため、主ゼンマイのテンションがかかっていない。これによりクロノグラフが作動している際に、クロノグラフ秒針がふらつく傾向が生じる。その原因は、クロノグラフの歯車が回転するためには歯と歯のあいだにわずかな遊びが必要であり、遊びがないと歯車が噛み合って動かなくなるためである。この問題を防ぐべくほとんどのクロノグラフでは、クロノグラフ歯車の下にテンションスプリングを設置して歯車に適度な圧力を加え、秒針のふらつきを抑えている。この方法は間接センターセコンド機構が導入された際、時計メーカーが採用したものと同じ解決策である。

 テンションスプリングはひとつの問題を解決する一方で、新たな問題を生み出す。それは摩擦だ。テンションスプリングによる追加の摩擦は、クロノグラフを作動させた際にテンプの振角が低下する原因となり、その低下幅は最大で30°に達することがある。適切に調整された時計であればこの程度の低下は許容範囲内だ。しかしご想像のとおり、ふたつのクロノグラフを同時に作動させ、両方をひとつのテンプで制御している場合、振角の低下幅は最大60°にもなる。これは許容できない範囲に入る。

The MB&F Sequential EVO Chronograph movement

Photo by James K./@waitlisted

 マクドネル氏の解決策は、ふたつの独立した駆動輪列を採用し、それぞれを個別の香箱で駆動することだった。従来のように、駆動輪と中間車を介してクロノグラフの秒車に垂直クラッチを設けるのではなく、垂直クラッチを直接4番車に配置した。垂直クラッチのスイッチをオンにするとクラッチが4番車と連結され、クロノグラフ秒針が回転を始める仕組みである。

The MB&F Sequential EVO Chronograph diagram

時計回りに、INTERMEDIATE WHEEL(中間車)、COCK FOR VERTICAL CLUTCH(垂直クラッチ用の受け1)、BRIDGE FOR POWER RESERVE(パワーリザーブ用のブリッジ)、MAINSPRING BARREL(香箱)、COCK FOR VERTICAL CLUTCH(垂直クラッチ用の受け2)、MAINSPRING BARREL(香箱2)

 シーケンシャル EVOは、一見すると非常に複雑で取っつきにくい印象を受けるが、そのレイアウトは実は非常に論理的であり合理性を理解すれば簡単に把握できる。上の写真はムーブメントを裏側から見たものだ。12時位置と6時位置にあるふたつの大きな香箱がムーブメント全体の中心的な存在となっている。ムーブメントの3時から9時の水平軸に沿ってふたつの受け(時計職人の用語で、1点で固定されたブリッジ)が配置されており、これがふたつの垂直クラッチの下部ピボットを支えている。

The MB&F Sequential EVO Chronograph going train

時計回りに、MAINSPRING BARREL(香箱)、CENTER WHEEL(4番車)、THIRD WHEEL(3番車)、VERTICAL CLUTCH(垂直クラッチ)、INTERMEDIATE WHEEL(中間車)

 ムーブメント上部のブリッジ(垂直クラッチのピボット用の受けを含む)を取り外すと、輪列の配置がよく見えるようになる。6時位置には香箱のひとつがあり、これが2番車を駆動する(通常の時計では、この歯車はムーブメントの中央に配置される)。2番車は3番車を駆動し、さらにそれが4番車(ここでは見えない)を駆動する。4番車は垂直クラッチと同軸上にあり、クロノグラフが作動すると、垂直クラッチ上の目に見える歯車が回転を始める。クロノグラフ秒針は垂直クラッチのピボット上に取り付けられており、垂直クラッチが回転を始めるとクロノグラフ秒針がダイヤル上を周回する仕組みだ。さらに垂直クラッチの回転によって中間車が駆動され、その中間車が分積算計の歯車を駆動する。中間車の直径が非常に大きいため、垂直クラッチの1分間の回転がクロノグラフ分針の30分間の回転に変換される。この仕組みにより、分積算計がクロノグラフ秒積算計とは独立した専用のインダイヤルを持つことができる(多くのクロノグラフでは、分積算計と時積算計は文字盤全体を占める秒積算計の“内側”に配置されている)。

 中間車はマクドネル氏に非常に奇妙な問題を引き起こした。初期のプロトタイプでは、クロノグラフの日差が最大で10分も進んでいたのだ。通常、垂直クラッチがスリップする場合にはその逆の現象が起こる。つまりクロノグラフが計時輪列との同期を失い、時間が遅れるはずなのだ。しかしマクドネル氏は最終的に、この問題が中間車の素材に起因していることに気づいた。彼のプロトタイプでは、中間車がベリリウムブロンズ(銅とベリリウムの合金)でつくられていた。ちなみに、このベリリウムブロンズの合金であるグリュシデュールは、テンプに使用されることで広く知られている。

 「ほとんどの場合、時計の輪列は完全に静止しているんだ」とマクドネル氏。「歯車が動くのは、テンプが脱進機のロックを解除して輪列を前進させるほんの一瞬だけ。つまりすべての歯車は非常に急激に加速し、そして同じように急激に停止することになる」。中間車の慣性は非常に大きかったため、クラッチが実際に前進方向へスリップしていた。しかしベリリウムブロンズの代わりにチタンで製造することで、この問題は最終的に解決された。またこれらの歯車は厚さがわずか0.15mmという非常に薄い設計になっている。その結果、チタン製の歯車はベリリウムブロンズ製のものに比べて慣性が5分の1に抑えられている。

The MB&F Sequential EVO Chronograph movement macro

Photo by James K./@waitlisted

 ふたつのクロノグラフ輪列は基本的に左右対称だが、ひとつだけ注意点がある。上部の香箱から伸びる輪列は、ふたつある大きな中間車のうちのひとつの下を通過しなければならない。これにより、輪列の2番車と中間車が同軸上に配置される必要がある。

The MB&F Sequential EVO Chronograph going train gears

時計回りに、INTERMEDIATE WHEEL(中間車)、MOVEMENT CENTER WHEEL DRIVEN BY MAINSPRING BARREL(香箱と直結する計時用の2番車)、THIRD WHEEL(3番車)、VERTICAL CLUTCH/4TH WHEEL(垂直クラッチ/4つ目の歯車)

垂直クラッチの役割

垂直クラッチ機構はきわめてシンプルだが、ウォッチメイキングの世界ではよくあるように、日常生活で目にするような仕組みとは少し異なる(ただし、マニュアルトランスミッションのクルマを所有し、自分でクラッチを調整したことがある人なら話は別かもしれない)。ここではシーケンシャル EVOのクラッチがどのように動作するかを説明する。

時計回りに、CHRONOGRAPH BRAKE(クロノグラフ用ブレーキ)、RESET TO ZERO HEART CAM(帰零用ハートカム)、VERTICAL CLUTCH LEVER(垂直クラッチレバー)

 上の写真は、ふたつある垂直クラッチ機構のうちのひとつを示している。ゼロリセット用のハートカムが最上部に配置され、その下には垂直クラッチ車と垂直クラッチ、そのさらに下には4番車(黄色)がある。垂直クラッチを固定または解除するレバーが左右に配置されており、その上にはクロノグラフのブレーキレバーが設置されている。

The MB&F Sequential EVO Chronograph vertical clutch

4番目の歯車(赤枠)を含む垂直クラッチの分解図。

 上の図は、垂直クラッチをムーブメントから一体で取り外した状態を示している。最上部にリセット用のハートカムがあり、その下にクラッチ歯車とクラッチ、そのさらに下に赤枠で囲まれた4番車・2番車が配置されている。時計が動作しているあいだ、赤枠で囲まれた部分はすべて回転している。これは4番車がガンギ車と噛み合っているためだ(4番車はそのピニオンで駆動され、中間車を介してガンギ車のピニオンと歯合している)。一方、赤枠で囲まれていない部分はクロノグラフのスイッチが入るまで静止している。

The MB&F Sequential EVO Chronograph vertical clutch without fourth wheel

4番車を外した状態で垂直クラッチを別の角度から見る。ここに示されている部品はすべて、クロノグラフのスイッチをオンにしたときにのみ回転する。

 ここでは、まるで魔法の杖を振るように4番車を消した状態を示している。上に示された部品はすべて、クロノグラフがオンになり垂直クラッチが4番車を押し下げてクラッチホイールと機械的に連結されたときにだけ回転する。下部にある歯車は、中間車を駆動するための駆動歯車である。

 さて問題は、垂直クラッチの軸が4番車の軸の内側に配置され、4番車がその外側を回転する構造にある。クロノグラフがオンになると、垂直クラッチと4番車の両方が一緒に回転を始める。このとき、垂直クラッチの上下の軸(ピボット)は、上下のブリッジや受けに取り付けられた受け石付きのベアリング内でスムーズに回転する。しかしクロノグラフがオフの状態では、4番車の中空シャフトが静止している垂直クラッチのシャフトの周りを回転しなければならない。この場合、ブリッジ内で受け石を使うことができないため、シャフト自体に受け石を設ける必要がある。

The MB&F Sequential EVO Chronograph jewel setting

4番車軸の上部に使われる受け石。

 これは4番車軸用の上部受け石だ(時計が動いていないとき、4番車の中空シャフトは固定された垂直クラッチのピボットを中心に回転することを思い出して欲しい)。通常、受け石はムーブメントのプレートやブリッジ(一般的にロジウムめっきされた真鍮製)にあらかじめ開けられた穴に押し込むことで圧入され、所定の位置に固定される。しかし4番車軸はスティール製であるため、この方法では固定ができない。その代わり、受け石を所定の位置に配置したあと、その周囲の金属を“盛り上げて”固定する。この技法は宝石職人の技術であり、かつて高級ウォッチメイキングにおいてムーブメント内に受け石をセットする際に広く用いられていた方法である。

 マクドネル氏によれば、この受け石技術は本作における最も重要な技術革新のひとつであり、システム全体を正常に機能させる上で最も重要な要素だという。通常は垂直クラッチやクロノグラフの軸には受け石が使用されていない。そのためクロノグラフがオフの状態では、クロノグラフ軸が垂直クラッチの内側に接触して回転し、摩擦が発生する。垂直クラッチ式クロノグラフのスイッチをオンにした際にテンプの振角が増大することがあるのはこのためである。2本の軸が一緒に回転することで、摩擦が解消されるのだ。通常の垂直クラッチ機構にはもうひとつ問題がある。クロノグラフ軸の内側には潤滑油が塗布されているが、受け石がないため潤滑油が劣化すると2本の軸が固着する恐れがある。この問題への通常の対処法は、(高級時計製造の観点からは満足のいかない方法だが)垂直クラッチ全体を交換することだ。しかし、シーケンシャル EVOの垂直クラッチは完全に受け石が施されており、分解して掃除することが可能だ。その結果、クロノグラフが両方とも作動している場合はもちろん、片方だけが作動している場合や、どちらも停止している場合であっても、テンプの振角が変化しないのは、この仕組みによるものだ。

The MB&F Sequential EVO Chronograph escapement

時計回りに、FOURTH WHEEL(4番目の歯車)、TRANSMISSION WHEEL(伝え車)、ESCAPE WHEEL(ガンギ車)、LEVER(レバー)、CHRONOGRAPH RESET TO ZERO HAMMER(クロノグラフ用帰零ハンマー)

 両方のクロノグラフ輪列は、ひとつのガンギ車、レバー、そしてテンプによって制御されている。上の画像ではテンプが取り外されているが、ふたつの4番車が確認できる。垂直クラッチが4番車に直接接続されているため、クロノグラフ秒針は香箱からの動力の流れに直接組み込まれている。このためバックラッシュ防止の歯を持つ中間車や、バックラッシュ防止用のテンションスプリングは不要である。マクドネル氏によると、クロノグラフを作動させてもテンプの振角が落ちることはまったくないという。

ツインバーター機構

ツインバーターシステムはプレスリリースの主役として取り上げられている、非常に独創的なメカニズムだ。その仕組みはシンプルで、ひとつのプッシャーでふたつのコラムホイールをそれぞれ1段階進めることで、この時計のさまざまな機能が自然に連動するように設計されている。おそらくお気づきだろうが、4番車用の受け石付き軸、4番車上の垂直クラッチの配置、大型中間車の素材選定、ふたつのクロノグラフと時刻表示を単独の振動子で制御する設計など、この時計のすべての要素は、ツインバーターを確実に機能させるために必要な技術的解決策を追求した結果として生み出されたものなのだ。

時計回りに、LEVER B DRAWN TO THE RIGHT BY LEVER A(レバーAにより右に引かれるレバーB)、TWINVERTER PUSH MOVES TO THE LEFT WHEN PRESSED(押し込むと左に移動するツインバーター機構)、LEVER A ROTATES CLOCKWISE(時計回りに回転するレバーA)

 時計を裏側から見ると、ツインバーター機構は9時位置のプッシャーから始まる(背面図なので図では3時位置に対応している)。プッシャーを押すと、レバーAが中央のネジを軸に反時計回りに回転し、平らなバネがレバーのピンを押してニュートラル位置に戻す(このバネについては後ほど詳しく説明する)。次に、レバーAはレバーBを右方向に引き動かし、レバーBの左端にはムーブメントを貫通してダイヤル側に伸びるピンが取り付けられている。

The MB&F Sequential EVO Chronograph Twinverter

時計回りに、COLUMN WHEEL  LEVER(コラムホイールレバー)、COLUMN WHEEL B(コラムホイールB)、COLUMN WHEEL A(コラムホイールA)、TWINVERTER LEVER(ツインバーターレバー)

 レバーBのピンは、実際のツインバーターレバー2本のうちの1本の上部突起に取り付けられている。プッシャーを押すとこのレバーは中央のピンを軸に反時計回りに回転する。レバーのもう一方の端がコラムホイールレバーを押し、右側のコラムホイールを1段階進める。同時に、反時計回りに回転する1本目のツインバーターレバーが2本目のツインバーターレバーを時計回りに回転させる。2本目のツインバーターレバーの先端がコラムホイールレバーを押し、右側のコラムホイールと同時に左側のコラムホイールを1段階進める。

 これらのバネは見落とされがちで軽視されることも多いが、配置とテンションを正確に調整することは、伝統的なクロノグラフ設計における大きな課題のひとつである。時計内部にある19本のジャンパースプリングのそれぞれが、正確に適切なテンションを持ち、適切な圧力をかける必要がある。そしてもちろん、これらは既製品の部品ではなくサプライヤーから注文できるものではない。マクドネル氏はムーブメントのプロトタイプをすべて自分で製作し、各バネの長さ、テーパー、そしてバネの焼き入れ具合が正しいことを確認するために、すべてのバネを手作業でつくり、テストを行った。いくつかのバネは完全に正確に動作するようになるまでに、手作業で4〜5回つくり直す必要があったという。普段はあまり意識されない部分ではあるが、このような重要な部品を適切に製作することができるのは、本物のウォッチメイキングの証であり、それには相当な粘り強さと忍耐力が求められる。

最初の原則

この時計は非常に複雑だ。何しろ585個もの部品が使用されている。それだけ複雑なのは当然といえるだろう。しかし一方で、一見すると複雑そうに見えるものでもその基本的な考え方はシンプルである。この時計は、魅力的な初期のアイデアを実現するために必要な解決策を追求し、それを論理的な結論に至るまで徹底的に実行するという理念に基づいて設計されているからだ。シーケンシャル EVOには、受け石付きの垂直クラッチ、分積算計の駆動システム、そしてツインバーターを含むさまざまな機能に関して、複数の特許が出願中である。

The MB&F Sequential EVO Chronograph dial closeup

 クロノグラフ/駆動輪列の全体的な配置は、このロジックによって決定されている。もちろん、バックラッシュ問題に対する解決策はほかにもある。4番車に垂直クラッチを備えたクロノグラフも存在するが、その場合4番車をムーブメントの中心に配置しなければならない。これによりスモールセコンドを設けるにはダイヤル側にかなりの追加歯車が必要となる。そうなると摩擦が増え、さらにスモールセコンドが間接的に駆動されるため、摩擦を抑えるためのテンションスプリングも必要になる。加えてこのような構造では、大きく独立したふたつのクロノグラフ秒針を設けることはできない。一方でロレックスのCal.4130やブライトリングのCal.B01のように、垂直クラッチが4番車の駆動輪と中間車によって駆動される場合には、UV/LIGA加工されたバックラッシュ防止歯付きの駆動輪を使用することができる。この方法は非常に高度な技術と材料科学を活用したソリューションだが、スティーブン・マクドネル氏は伝統的なウォッチメイキングの手法において、やや純粋主義的な姿勢を持っているのかもしれない(彼自身がそう明言したわけではないが、私とローガンがZoomでこの話題を取り上げたとき、会話の雰囲気が少し変わったのを感じ取った)。

 少し考えを巡らせながら代替デザインについて考えてみたいのだが、もうひとつの選択肢として、単一の駆動輪列にふたつの間接駆動式垂直クラッチを組み込む方法が考えられる。ただしこの場合、ふたつのフリクションスプリング、またはふたつの歯先が分かれたバックラッシュ防止歯車を使用する必要があるだろう。具体的なレイアウトを想像するのは難しいが、仮に標準的なレイアウトで6時位置に4番車を配置する場合、垂直クラッチ用として3時位置と6時位置に駆動輪列を伸ばす必要があるだろう。あるいはシーケンシャル EVOのように、3時位置と9時位置に垂直クラッチを備えたふたつの4番車を配置することも可能かもしれない。ただその場合でも、駆動輪列からの動力を分割する必要が出てくるように思える。間接駆動のクロノグラフ輪列がふたつあり、さらにフリクションスプリングを使用する場合にはエネルギーロスが増加するだろう。またこの構造ではガンギ車を駆動する香箱が単一になり、現在の二重香箱ほどの効率性は期待できない。

The MB&F Sequential EVO Chronograph on wrist

 審美性はどうだろうか? 私は全面的に賛成だ。機械的・技術的な解決策を理解したうえでこの時計を見ると、初めは雑然として見える外観が、重厚で調和の取れたデザインへと一変する。デザインにはシンメトリーとダイナミックなアシンメトリーが共存しており、どちらもこの時計が美の面で成功を収めるためだけでなく、機械的な観点からも正しく機能するために欠かせない要素となっている。時計は、高度な技術と洞察に富んだ創意工夫を備えているほどに知的な魅力を感じさせるが、美学とメカニクスが完全に一体化しているほどにその美しさが際立つのである。

 MB&Fが製作するほぼすべての時計に言えることだが、シーケンシャル EVO クロノグラフが、問題を解決するためのソリューションなのか、それとも傑作なのか、あるいはその中間なのかについて、我々はこれから何年も議論し続けることになるだろう。しかしこの時計が世に出たことを私は心から喜んでいる。スティーブン・マクドネル氏とMB&Fは4年間にわたるノンストップの作業を経て、この時計を完成させた。その結果今年、いやどの年と比べても、もっとも驚くべき時計のひとつが誕生したのだ。

ムーブメントの回路図を提供してくれたスティーブン・マクドネル氏/MB&Fに感謝する。垂直クラッチ式ムーブメントのギャラリー画像はCrown & CaliberのCorbin Mirandaによるもので、分解はCharlie Emsile氏の手によるものである。

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MB&FのLMシーケンシャル  EVOについて、公式ウェブサイトでもさらに詳しく知ることができます。