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本稿は、Robb Reportにマーク氏が寄稿された記事の翻訳です。
時計ジャーナリスト、愛好家、コレクターたちは、時計を手に入れることについて数え切れないほど多くの言葉を生み出してきました。しかし売ることについては、驚くほど語られていることが少ないのにお気づきでしょうか。
さて、私は、香港とニューヨークで運営しているThe Armouryの事業拡大のために、16年間かけて収集してきた時計の大部分を手放すことにしました。大好きな仕事ですから、金庫のなかに高級時計の山をしまっておくよりも、それと引き換えに、お客様や同僚そして自分自身に喜びを与えてくれるであろう新店舗を得るという、より大きなゴールを目指したいのです。
私のコレクションは、かなりつつましく始まりました。当初買っていた時計は、ヴィンテージウォッチとも呼ばれておらず、中古だから新品よりずっと安く手に入るというものばかりでした。限られた予算のなかで、おもしろい掘り出し物を見つけるのが楽しかったのです。初めて買ったヴィンテージは、グレーダイヤルのオメガ・クロノストップでした。その後、人気に火が点く前のパテック フィリップ・ノーチラスや、カッコいいと言われ始める前のランゲなどを購入し、きっとこれから人気が上がるだろうなと予想していました。そして、予想が当たってひそかな満足感を得ていました。今では、光るものが好きなカラスのように、自分のアンテナに引っかかるものを収集しています。
5年前だったら、このコレクションを手放す勇気はなかったと思います。捨てられないタイプなので、売ったものを買い戻すことができなかったらどうしようなどと考えてしまい、たとえ金銭的にプラスになっても、時計たちと離れるのが辛くなったり、売ったあとに自責の念に取り憑かれてしまったりしたような気がします。
売るということの不思議なところは、自分が売ったものを同じ値段で、ましてや売った値段より高く買い戻したいとは思わないことです。売ったことを後悔することはほとんどありませんが、かつて所有していたロレックスのプレデイトナ6238やF.P.ジュルヌのスヴランのことを思って切なくなることはあります。
過去2年間にも、いくつかの時計を手放しました。たいていは友人やお客様に譲り、時には個人ディーラーやオークションを通じて売却してきました。このパンデミックのさなか、収集癖が加速しなかったといえば嘘になります。同時に、時計がどんどん増えていき、自分のコレクションの中で特に思い入れのないものに対しては興味を失ってしまうようになりました。それもあり、次に買うものの資金にするために手放してもいいと思えるようになったのです。
私は、所有することでモノの良さを知ったり、造詣を深めたりすることができると信じています。記事を熟読し、スペックシートを徹底的に分析したとしても、所有し、身につけることには勝りません。ですから、さまざまな時計を売買し体験することは、新しい資料をどんどん取り入れて勉強することと同じなのです。たとえば以前、最近廃盤になった、ブラウンダイヤルにエバーローズゴールドケースのロレックスのデイデイトに文字どおり魅了されました。しかし、いざ実物を手に入れてみると、その色味や大きめのフルーテッドベゼルは、私には合わないことがわかりました。
2021年末、ニューヨークのビジネスがなかなか好調だったので、事業拡大を検討し始めました。そして、資金調達のために、時計コレクションのほとんどを売ることを選びました。銀行で融資を受けたり、投資家に資金を求めたりすることもできますが、すでに持っているものを再分配して経済的な自立を維持するほうが、もっと自然なことだと感じました。時計を手放そうと決めた理由として、アーモリーを成長させたい思いは大きなきっかけでしたが、それ以外にもいろいろな要因がありました。また、十分な数の時計を経験し、残すべきものを自信を持って選択できるようになったこともあり、自分の持っている時計を手放すことを躊躇させるような、無意識の干渉を感じることは、もうなくなっていました。
売るものを選択するに当たってまず、個人的に思い入れのある時計、例えば初めて買った時計やF.P.ジュルヌのスペシャルオーダー、H.モーザーや飛田直也さんとのコラボレーションなどは手元に残すと決めました。次に、すべての時計に目を通し、最後に着用したのがいつか思い出せないものは売ることにしました。それらが嫌いなわけではないですが、もっと好きなものが他にあったということですから。今回オークションに出す時計の4分の3は、このようにして決めました。6238やスヴランについて述べたように、もし後になって悔やむことがあったら、将来的にもっと良い決断ができるように自分が成長することを願っています。センスを磨くには、厳しい試練が必要なこともありますね。
次に、よく身につけていたけれど、気楽に使うには価値が高くなりすぎてしまったものを手放すことにしました。ノーチラスやロイヤル オークは大好きなのですが、身につけると目立ちすぎるように感じ、自意識過剰になってしまうようになりました。これまでに手放したパテック3700や3800、36mmのロイヤル オークには良い思い出がありますが、それだけのことです。時計は喜びをもたらすものであれ、不安をもたらすものではないはずですから。
最後にその時計が物理的に自分に合うかどうか、しっかり観察しました。洋服と同じように時計にもフィット感が重要で、手首にぴったり合うか、ラグは馴染むか、ケースが全身のコーディネイトのバランスから突出していないかなど、洋服屋としては非常に気になるポイントです。私はモノとして時計を愛していますが、時計はアクセサリーでもあり、身につけた時にどう見えるかも重要です。人格よりも先に見た目で判断されるのが世の常ですから。
オークションまでまだ少し時間があり、この文章を書いている現在のわたしは落ち着いています。わたしにとってはもう必要のない時計をじゅうぶん判断しました。価格は市場が決定してくれることでしょう。さよならを言うことは、成長し人生の新たなステージを迎えることに似ている気がします。そこにはネガティブな感情はなく、懐かしい思い出と未来への期待があるだけです。わたし個人の願望以上に、オークションに出される時計たちのこれからの行き先や、それらに自分がまた出会うことができるだろうかということのほうに興味を持っています。時計たちが、新しい持ち主の方々に喜びを運んでいきますように。
マーク・チョーはアーモリーの共同設立者・ドレイクスの共同経営者です。「ビューティ・イン・エブリシング」(The Beauty in Everything)セールは、2022年11月30日にフィリップスのオンラインショップで開始されます。
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