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本稿は2012年5月に執筆された本国版の翻訳です。
フェリックスによる“ベストバリューの機械式時計”を紹介するシリーズだ。HODINKEEの目的は創設当初から、単に高価な時計を紹介することではなく、価格に見合った本当に価値のある時計を取り上げることにあった。我々は名門ブランドによる精巧な仕上げのムーブメントに対して、少々高額な対価を払う価値があると考えることが多い。しかし必ずしもそうである必要はない。
今回はフェリックスが1970年代における重要なヴィンテージのセイコー クロノグラフを取り上げ、それらの歴史的価値や購入時のポイントを解説する。きっと楽しんでいただけるはずだ。ぜひ続きをご覧いただきたい。
日本の時計と聞いて、真っ先に思い浮かぶのはセイコーだろう。世界最大級の時計メーカーのひとつであり、創業は1881年にさかのぼる。その生産量は膨大で、ラインナップの多様性も圧倒的だ。しかし一般的なイメージとしては“手ごろな価格で信頼性の高い時計を作るブランド”であり、スイスの名門メーカーとは異なるカテゴリーに属すると見られている。
グランド セイコーやスプリングドライブを例に挙げれば、セイコーがいかに卓越した技術と革新性を誇るブランドであるかがわかる。そしてもうひとつよく語られるのが、セイコーの時計の高いコストパフォーマンスについてだ。
私が特に注目しているのは、この“コストパフォーマンスの高さ”である。1970年代のセイコーのヴィンテージ クロノグラフは、時計愛好家のあいだでカルト的な人気を誇っている。その理由は明白だ。この時代はセイコーの黄金期であり、同社は伝統に縛られたスイスの時計産業に対して当時最先端の製造手法で挑んでいた。これはセイコーが世界初のクォーツウォッチを発表し、時計の歴史を一変させる直前の時代の話である。
セイコー クロノグラフの物語が本格的に始まったのは、時計史において重要な年である1969年のことだ。この年、満を持して3つの自動巻きクロノグラフが誕生した。複数のブランドが共同開発したキャリバー11は、特にホイヤーによって広く知られるようになった。またゼニスとモバードが開発したエル・プリメロは、現在も生産が続いている。このふたつのムーブメントは、素晴らしいストーリーを携えて多くの魅力的なヴィンテージウォッチに搭載されている。そして1969年に登場した3つ目の自動巻きクロノグラフは、ほかのふたつに比べると目立たない存在かもしれない。しかしセイコーのRef.6139(およびその後継機であるRef.6138)は歴史的にも高い意義を持ち、なおかつほかよりもはるかに入手しやすいという大きな魅力がある。
そしてヴィンテージのセイコー クロノグラフ最大の魅力は、やはりその価格の手ごろさだ。状態のいい実用的な個体なら、150~200ドル(当時のレートで約1万2000~1万6000円)程度で購入できる。これは自動巻きコラムホイール クロノグラフとしては破格であり、ヴィンテージウォッチ全般で見ても非常に手ごろな価格設定だ。ここではセイコーの自動巻きクロノグラフにおいて代表的なふたつのムーブメント、Ref.6139とRef.6138のなかでも特に注目すべきモデルを紹介しよう。
ウィリアム・ポーグ(William Pogue)大佐のセイコー
Ref.6139
Ref.6139はセイコーが初めて開発した自動巻きクロノグラフムーブメントだ。30分積算計を備えたシングルレジスターのクロノグラフで常に動作する秒針はなく、クイックセット式のデイデイト表示を搭載している。製造期間は1969年から1979年ごろまでとされている。Ref.6139には多彩なダイヤルカラーやケースデザインが存在し、さまざまな名称で販売されたが、なかでも特に有名なのが“スピードタイマー”シリーズだろう。しかしRef.6139の愛好家のあいだで最も象徴的なモデルとして知られているのが、Ref.6139-6002こと通称“ポーグ”だ。
"ポーグ”についてのストーリー
この“ポーグ”の名はかつて米空軍のアクロバット飛行隊“サンダーバーズ”に所属し、1973年のスカイラブ4号ミッションに参加した宇宙飛行士ウィリアム・ポーグ大佐に由来する。ポーグ大佐はこのミッションで、特徴的なイエローダイヤルのRef.6139をオメガ スピードマスターとともに着用していた。NASAの正式な支給品ではなかったが、彼は訓練中から愛用していたRef.6139の性能を信頼し、エンジンの燃焼時間を計測するために持ち込んでいたのだ。
時計愛好家のダヴィド・ブルーノ(David Bruno)氏がこのエピソードを丹念に調査し、公表したことで、ポーグ セイコーの物語が明るみに出ることとなった。そして現在、この特徴的なイエローダイヤルのクロノグラフは“宇宙で初めて使用された自動巻きクロノグラフ”として広く認識されている。
2008年、大佐は信頼を寄せていたセイコーの時計を金庫から取り出し、オークションに出品した。落札金額は6000ドル(当時のレートで約47万円)弱。正真正銘の“スペースウォッチ”としては破格だが、Ref.6139の通常の価格に比べればプレミア価格といえる。
UFO
Ref.6138
Ref.6139が(諸説あると思うが)世界初の自動巻きクロノグラフとしての称号を得ているとすれば、その後継機であるRef/6138はクラシックなセイコー クロノグラフのなかで最も人気が高く、最も汎用性に優れたモデルといえるかもしれない。初期のRef.6138はRef.6139のすぐ後、1970年に発売された。そしてRef.6139と同様に1979年まで生産が続けられた。このふたつの時計の最大の違いは、Ref.6138が12時間積算計を追加した2カウンタークロノグラフであることだ。セイコーのヴィンテージウォッチにおいては特定のモデルやデザインが熱狂的な支持を集め、独自の愛称がつくことが多い。Ref.6138も例外ではなく“UFO”や“ブルヘッド”といったニックネームで親しまれている。
“UFO”についてのストーリー
“UFO”はその名のとおり、宇宙船のような円盤型のケースデザインが特徴的なモデルだ。発売当初の広告では“ヨットマン”とも呼ばれていたが、正式な型番であるRef.6138-0010/0011/0017よりもUFOという名称の方が広く知られている。この厚みのあるラグレスケースを見れば、なぜ現代のコレクターたちを惹きつけるのかがよく分かるだろう。その独創的なフォルムは、製造された時代の雰囲気を色濃く映し出している。
ブルヘッド
文字盤を補修したブルヘッド。
“ブルヘッド”についてのストーリー
ブルヘッドは、セイコークロノグラフ史上最も異質でクールな外見を持つモデルのひとつだ。従来の時計のようにリューズやプッシュボタンを文字盤の右側に配置する代わりに、ムーブメントを回転させて頂点、すなわち12時の位置に取り付けている。つまり、ボタンがちょっと牛の角のように見えるというわけだ。上部にプッシュボタンがあるため(時刻調整の際に)時計をはめたり外したりする手間が省ける、という説明がされている。
理屈はどうあれ、異様な見た目のクロノグラフが誕生したのだ。ブラックダイヤルと、とても美しいブラウンダイヤルの2種類がある。これらの特異なクロノグラフはかなり人気で、より一般的なモデルよりも高い値がつくことがある。100~200ドルどころか、200~300ドル(当時のレートで約1万6000円~2万3400円)という価格が想定される。ムーブメントのせいでRef.6138はどれも厚みがあるが、手首に巻かれたブルヘッドは特に大きな感触を受ける。
購入時のアドバイス
ここまで、歴史的に重要で非常に魅力的なセイコー Ref.6139、Ref.6138クロノグラフの概要を紹介してきた。ヴィンテージウォッチの魅力は、その歴史やデザインだけでなく、必ずしも高価でなくても素晴らしいモデルが存在することにある。その点を感じ取ってもらえたなら幸いだ。今後もさらに詳しい特集をお届けするので、ぜひご期待いただきたい。
(時計を貸してくれたニックとティムに感謝!)