昨年、セイコーは13年ぶりに“パワーデザインプロジェクト”という社内プロジェクトを復活させた。これは非常に興味深い取り組みであり、セイコーウオッチの社内デザイナーたちが、従来の枠にとらわれず自由に時計のコンセプトを探求できる場となっている。昨年のテーマは“専用すぎる腕時計展”であり、デザイナーたちは実用性を重視した時計を生み出すことを求められた。しかし、それは我々が一般的に考えるような実用性とはやや異なるアプローチだった。
昨年のプロジェクトで、文字どおり“パンダ”クロノグラフを再解釈したかつてないほどユニークなモデルが登場したのを見逃していたなら、惜しいことをした。しかし心配は無用だ。今年もセイコーは“専用すぎる腕時計展2”というシンプルながら的確なタイトルで、このプロジェクトを再び開催した。
商業的な成功はさておき、このプロジェクトは、巨大コングロマリットが社内の才能を育成して膨大な製品ラインナップのなかで遊び心ある個性を表現する素晴らしい試みである。規模の大小を問わず、時計デザインの背後にある人間らしさを改めて感じさせてくれる。今年は6本の時計が登場し、そしてそのどれもが驚くほど専門に特化していた。
ナイトモード
最初に紹介するのは忍者専用腕時計だ。タクティクール(tacticool)とタクティカル(tactical)が融合したデザインであり、忍者が夜の闇のなかで活動することを考慮し、すべてブラックで統一されている。忍者が直面する外部衝撃(共感できる人はいるだろうか?)から時計を守るため、デザイナーの菅沼佑哉氏は、文字盤の針を保護するスイング式の蓋を採用。この蓋はガラス製または金属製を選択でき、時間を確認していないときには、針をしっかりと覆う構造になっている。
もちろん、この時計には輝くメタルブレスレットや繊細なレザーストラップを合わせるわけにはいかない。菅沼佑哉氏は、忍者専用腕時計にハイブリッドなカフストラップを採用。これは細いレザーを幾重にも巻きつけて装着する仕様となっており、腕にしっかりと固定しながらも肌を保護するデザインになっている。さらにセイコーによれば、この時計は上腕や足首にも巻きつけられるため、忍者のさまざまな動きに適応できるとのことだ。スプリングドライブムーブメントを搭載できるかどうかも気になるところである。
忍者専用腕時計
もし忍者のようなステルス性が自分には合わないと思うなら、まったく正反対のアプローチとして、目がくらむような光と鼓膜を揺さぶるサウンドに包まれるナイトクラブの世界へ飛び込んでみるのもいいだろう。そんな環境にぴったりなのが“クラブDJ専用腕時計”だ。セイコーはこれらのコンセプトウォッチが市販予定のないデザインであることを明確にしているが、特にこのDJ専用腕時計に採用されたインフィニティ(無限)ミラーのアイデアは、ぜひ製品化してほしい要素のひとつだ。ビジュアル面では、まるで『ブレードランナー(原題:Blade-Runner)』をほうふつとさせるネオンカラーが魅力的であり未来的な印象を放っている。さらに時計の見た目から判断すると、セイコーのルミブライトを塗布する必要すらなさそうだ。クラブでDJをするなら、ブラックライトの下で自然に発光し、最高の視認性を発揮することだろう。
クラブDJ専用腕時計
この時計はDJ専用というだけあって、文字盤の時間表示にもユニークな工夫が凝らされている。午後6時から午前5時までの時間のみを表示し、不規則な睡眠サイクルを前提とした設計となっている。デザイナーの伊東絢人氏はこのモデルにセイコーの自動巻きムーブメントを採用しているが、この省略された時間表示がデジタルムーブメントなしでどのように機能するのかは不明だ。すべての要素が綿密に考え抜かれており、ストラップにもこだわりが見られる。選ばれたのは中央にUV反応性のホワイトファブリックを配したレザーストラップで、全体のデザインを引き締める仕上がりとなっている。
夕暮れから夜明けまで
クリストファー・ノーラン(Christopher Nolan)監督の映画の登場人物がしばしばハミルトンを着用するように、昨年はロバート・エガース(Robert Eggers)氏にとって、『ノスフェラトゥ(原題:Nosferatu)』に企業スポンサーを取り入れ、オルロック伯爵にこの眩い“ヴァンパイア専用腕時計”を持たせる絶好の機会だったのかもしれない。しかし、その宝石がちりばめられた外観を超えて見れば、この時計は太陽恐怖症のトランシルヴァニア人にとって必携の1本といえるかもしれない。
石原 悠氏(セイコーの高級ラインを手がけるデザインディレクター)は、ヴァンパイアが安全に外出できる時間を把握できるよう、文字盤のすべての要素を巧みに設計している。回転ベゼルには赤から透明へとグラデーション状に配置されたクリスタルがセットされており、吸血鬼が最後の血の宴からの経過時間を記録できる仕様になっている。
もし鏡に自分の姿が映り日の出とともに目覚めるなら、きっとバランスの取れた朝食で1日を始める準備ができているはずだ。そこで登場するのが“ゆで卵好き専用腕時計”である。ケース側面のプッシャーを操作すると、好みの固さに応じたタイマーをセットできる(ちなみに私は半熟一択)。さらにこのケースは10%の卵殻を含むプラスチック複合素材で作られており、まさにゆで卵愛好家のためのアイテムとなっている。
針は時間の経過とともにスイープし、最後に振動して卵の茹で上がりを知らせる仕組みになっている。もちろん、デザイン面でもこの時計のテーマがしっかりと反映されており、オレンジからイエローへと変化するグラデーションダイヤルはまさに卵の黄身を思わせる色合いだ。この時計を手がけたのはグランドセイコーの酒井清隆氏。デザインの詳細は、公式ページに登場する“タマリエ(卵ソムリエ!?)”に聞いてみるといいだろう。まさにエッグストリーム(極端な卵愛)とも言うべき時計だ。
古き伝統
ついに、全面夜光ダイヤルを採用したモデルが登場した。しかし、まさかそのデザインが“サンタクロース専用腕時計”になるとは予想していなかった。暗闇で光るダイヤルの上を、白い秒針が駆ける。その先端には赤いトナカイがデザインされている。確か赤いのはルドルフの鼻だけだった気がするが…まあ、それはさておき。時刻表示は夜間のみに限定されており、これはサンタのプレゼント配達スケジュールに合わせたものだ。また星型のGMT針がセカンドタイムゾーンを指し示し、世界中を飛び回るサンタにとって実用的な設計となっている。
この時計の時間表示の仕組みが現実世界でどのように機能するのか、正直なところ完全には理解しきれていない。しかしそれを議論するのは、魔法映画のなかで熱力学の法則を持ち出すようなものだとも思う。松本卓也氏が手がけたこのモデルは、今回のデザインのなかでも最も装飾性の高い1本だ。ハンターケースを採用し、ヴィンテージ懐中時計を思わせるディテールが随所にちりばめられている。さらに美しくデザインされた彫刻入りのカバーが、クラシカルな魅力を一層引き立てている。
もしクリスマスに本当の恋が見つかるかどうかを知りたかったなら、この展示の最後を飾る時計が、その問いに答えてくれるかもしれない。廣瀬由羽氏が手がけたこの“恋する乙女専用腕時計”は、恋に夢中な若者たちが運命の人を探す手助けをするという、なんとも愛らしいコンセプトの時計だ。
特徴的なのは、ひとつの針が半透明の花びらディスクになっている点。このディスクには花占いの機能が組み込まれており、花びらの一部がカットアウトされている。占いを始めるとディスクがランダムに回転し、下に印刷された“LOVE me”または“Love me NOT”のどちらかのメッセージが小窓から現れる仕組みだ。さらに、大きく歪んだクリスタルを採用することで、占いの結果はボタンを押した人にしか見えないようになっている。
展示専用
これらの時計はいずれも店頭に並ぶことはなく(正式な生産プロセスにすら入っていない)、あくまで企画の一環に過ぎない。しかし、このような取り組みは純粋に楽しい伝統であり、セイコーには今後も続けて欲しいと思っている。ブランドがあまりにも真面目になりすぎないことは重要であり、こうした試みはそのいい例だ。商業製品に直接影響を与えるものではないかもしれないが、こうした自由な発想の場を持つことには大きな意味がある。
もちろん、これは単なるウェブサイト上のレンダリングではなく、東京・原宿で開催されている実際の展示会 である。入場無料で、昨年12月末から公開されている。もしこれを読んでいて、今後1週間以内に東京に行く予定があるならぜひ実物を見に行って欲しい。展示は2月16日までなので見逃さないように。それともしゆで卵タイマー が販売されていたら、ひとつ買ってきてくれないだろうか?