2017年にポール・ニューマン本人が着用していたロレックス ポール・ニューマン デイトナがオークションに出品され、時計界における歴史的な瞬間となった。この記録的な落札以来、ポール・ニューマン デイトナは市場にあふれるほど出回るようになり、その流れは市場全体の低迷やヴィンテージロレックスへの関心の減少と重なっている。かつてはヴィンテージロレックス、ひいてはニューマン・デイトナは時計コレクション界で最も話題になった存在だったが、今では取引は続いているものの、市場の関心はモダンウォッチや独立系ブランドなどほかのジャンルにも広がりつつある。
最近、あるヴィンテージディーラーにポール・ニューマン市場全体について尋ねたところ、“状態のよいポンププッシャーは25万ドル(日本円で約3800万円)、スクリューダウンプッシャーなら40万ドル(日本円で約6200万円)”との返答があった。ポール・ニューマンの収集市場は落ち着きを見せているようだ。そのなかで忘れられつつあるのが、かつてこのページで“完璧”とまで評された1本、ロレックス コスモグラフ オイスターデイトナのパンダポール・ニューマンダイヤルだ。ヴィンテージロレックス黄金期には誰もが憧れる“究極の時計”とされていたが、新たな世代のコレクターがこのパンダニューマンの純粋な美しさを再発見するのは時間の問題だろう。
このダイヤルタイプはブラックプラスチックベゼルを備えたRef.6263と、スティールベゼルのRef.6265の両方に見られる。これらのオイスターケースを採用した姉妹モデルのデイトナは、1969年から1985年まで生産されたが、ポール・ニューマンダイヤルの製造は最初の5〜6年に限られ、1974年から1975年ごろには終了している。本記事では、過去20年間の公開オークション結果のデータをもとに、このモデルの希少性とコレクション価値を探っていく。
両リファレンスにおいて、ダイヤルの種類は既知のものだけで4つあり、それぞれマーク1、マーク1.5、マーク1.75、マーク2に分類されている。このような一風変わった名称の付け方は、ヴィンテージロレックスの世界ではよく見られる。おそらく、当初は2種類のダイヤルしか認識されていなかったが、のちにわずかな違いが発見され、中間にマーク1.5が追加されたのだろう。同じような過程でさらに細かな差異が見つかり、コレクター間でマーク1.75という分類が“発見”されるに至ったのだ。
上: マーク1、マーク1.5。
下: マーク1.75、マーク2。
パンダニューマンダイヤルをプロのように見分けたいなら、まずは各マークの特徴を押さえておこう。マーク1では“ROLEX”の“R”の脚が短く太いキックスタンドのような形状になっており、“OYSTER”にはセリフ(飾りの突起)がない。マーク1.5も下部2行にセリフはないが、“R”の脚が斜めに伸び、全体的により太くなっている。マーク1.75になると“R”の脚の内側に余分な角が追加される。マーク2では“OYSTER”に明確なセリフが入るのが特徴だ。最も見分けが難しいのはマーク1.5とマーク1.75だが、簡単な見分け方としては“ROLEX”の“E”の長さを見るとよい。マーク1.75では“E”の横線がより長くなっている。
パンダニューマンの王者といえば、ブラックプラスチックベゼルを備えたRef.6263だ。このベゼルによるコントラストの強調がニューマンダイヤル以外のモデルでも長年にわたりコレクターを魅了してきた。一般的に6263は、同条件の6265と比べてより人気が高く、高額で取引される傾向にある。そしてパンダニューマンに関しては、6263のほうが6265の約3倍の数が確認されている。6263のほうが市場に多く出回っているにもかかわらず、オークションでは通常より高い評価を受けるのだ。今回は分析を分かりやすくするため、そしてこのモデルがダイヤルの魅力に大きく依存していることを考慮し、6263と6265をひとつのグループとして扱うことにする。
パンダポール・ニューマン、マーク1
ロレックスのコレクションにおいて、通常はリファレンスやダイヤルの初期バージョンが最も人気が高い。しかしパンダニューマンはその例外のひとつだ。市場に良好なコンディションの個体が適切なタイミングで出回らなかったことや、コレクターがマーク2のはっきりとしたセリフ体を好む傾向にあることなどが影響し、パンダニューマンのオークション上位10本のうち、マーク1ダイヤルに分類されるものはわずか3本にとどまっている。特にマーク1ダイヤルのトップ2の落札結果は、2018年のわずか1カ月のあいだに記録された。どちらも6263であり、ニューマンデイトナの市場動向や、コレクターがどのような要素に高額を支払うのかを知るうえで興味深いケーススタディとなっている。
Image courtesy of Monaco Legend Group.
シリアルナンバー2,085,619の個体は、2018年5月にフィリップスが開催したDaytona Ultimatumオークションにおいて、ほかの31本のデイトナとともに出品された。このオークションは、ポール・ニューマン本人が着用していたポール・ニューマンデイトナが驚異的な落札結果を記録した直後に発表され、“世界最高のデイトナ32本”として大々的にマーケティングされた。まさに“事件”とも言えるほどの出来事であり、振り返ってみると、デイトナ収集、少なくとも手巻きデイトナの市場におけるピークを象徴するものだった。今回取り上げるロット17のパンダニューマンは、正しいミッレリーゲ(またはサウザンドライン)プッシャーとマーク1ベゼル、そして6239刻印のケースバックを備えていたものの、保証書やオリジナルオーナーの来歴は付属していなかった。この時計の大きな特徴は、アルゼンチンのロレックス正規販売店Ricciardi(リシャルディ)との関係であり、それを示す2時位置のラグ裏に刻まれた在庫管理番号が証拠となっていた。結果として75万6500スイスフラン(当時の相場で約8500万円)で落札された。
シリアルナンバー2,197,828の個体は、Daytona Ultimatumの開催から1カ月と1日後に、クリスティーズ・ニューヨークのオークションに出品された。この時計もまた、“ミッレリーゲ”プッシャー、マーク1ベゼル、6239刻印のケースバックを正しく備えており、状態も良好で、ダイヤルには美しい経年変化が見られる、非常に魅力的な個体だった。しかしこの個体を特別なものにしたのは、完璧な付属品だ。ボックス、保証書、そして“オリジナルの銀行の領収書”が揃っており、さらに同個体のオリジナルオーナーと直接つながる来歴が証明されていた。実際、出品者はオリジナルオーナー本人だったのだ。こうした背景もあり、この時計は73万460スイスフラン(当時の相場で約8300万円)で落札された。
マーク1ダイヤルの公開オークション結果。
このようにオークション結果をまとめることの価値は、特定のリファレンスやダイヤルの市場動向を理解することにとどまらない。個々の時計の真贋やオリジナリティについての議論を一旦脇に置き、特定の個体に注目するのではなく、既知のすべての個体を一覧化することで新たな発見がある。もちろん、大手オークションハウスで販売されたからといってその時計のオリジナリティが保証されるわけではない。オイスターポール・ニューマンのケースには、非ニューマンのケースと異なる独自の特徴はないため、現在収まっているダイヤルが元々そのケースに属していたとは限らないリスクが常にある。とはいえこうしたデータをマクロな視点で分析することで、生産の可能な範囲が明らかになってくる。さらにロレックスの生産がバッチ(一定の製造ロット)ごとに行われていたことを踏まえると、既知の個体をもとに、シリアルナンバーの推定範囲を特定することも可能となる。
数値に基づくと、マーク1のシリアルナンバーは2.08Mから2.80Mの範囲に分布しており、1969年から1971年にかけて生産されたと推定される。特に2.085M、2.197M、2.200Mのシリアル帯にまとまったバッチが存在する可能性がある。ただし新たな個体が市場に出てくることで、この推定が修正される可能性もある。またオリジナルオーナーの来歴が証明されている時計は評価においてより重要とされるため、それらは太字で強調している。
マーク1ダイヤルの公開オークション結果。
パンダポール・ニューマン、マーク1.5
マーク1.5ダイヤルは、厳密にはトランジショナル(移行期)のダイヤルとは言えない。ケース自体はマーク1とほぼ同じ時期から見られ、一部の個体はマーク2の領域にまで及んでいる。ただし生産時期の移行性よりも、ダイヤルの文字フォントの変化に特徴がある。マーク1.5はマーク1のサンセリフ(飾りのない)スタイルと、マーク2のより洗練された“ROLEX”表記を組み合わせたデザインになっている。市場の観点では、このダイヤルタイプは特別に人気が高いわけでもなく、かといって敬遠されるわけでもない。一般的にマーク1.5は“標準的な”パンダニューマンとして認識されている。コレクターのなかには初期モデルとしての価値を重視してマーク1を好む人もいれば、セリフ体の文字を持つマーク2を選ぶ人もいる。しかし純粋に“いいスクリューダウンプッシャーのニューマンが欲しい”という人にとっては、マーク1.5はまさに最適な選択肢といえる。
シリアルナンバー2,200,241。Image courtesy of Phillips.
とはいえ、過去に落札されたパンダニューマンのなかで2番目に高額で取引されたのは、マーク1.5の個体だった。この時計は2016年5月に開催されたフィリップスのStart-Stop-Resetというテーマオークションに出品され、シリアルナンバー2,200,241が刻まれており、収集価値の高いトロピカルダイヤルを持っていた。マーク1.5以降、特にマーク2のダイヤルでは、パンダニューマンのアウタートラックが経年変化によって茶色がかった色味に変化する傾向がある。ロレックスのコレクターにとって、このトロピカルダイヤルこそが夢中になるポイントのひとつだ。結果この個体は92万9000スイスフラン(当時の相場で約1億300万円)で落札された。
数値に基づくと、マーク1.5のシリアルナンバーは2.08Mから3.04Mの範囲に分布しており、1969年から1972年にかけて生産されたと推定される。特に2.197Mと2.648Mのシリアル帯にまとまったバッチが存在する可能性がある。ただし、この推定は今後新たな個体が市場に出ることで変わる可能性があり、オリジナルオーナーの来歴が証明されている時計は評価において重要視されるため、それらは太字で強調されている。
パンダポール・ニューマン、マーク1.75
マーク1.75は、より移行期のダイヤルタイプといえる。比較的最近になって発見されたもので、マーク1とマーク2のダイヤルのあいだに位置し、限られたシリアルレンジ内に存在している。前回紹介したマーク1.5と比べても、マーク1.75の“ROLEX”フォントは12時位置においてさらに更新され、ほぼマーク2のフォントと同一になっている。パンダニューマンのなかでも最も珍しいダイヤルタイプであるにもかかわらず、市場ではその希少性に見合ったプレミアム価格が付いていない。この理由として、コレクターがこのダイヤルの希少性を十分に理解していないことや、市場に品質のいい個体が定期的に流通していないことが挙げられる。希少性が高くともそれが広く認識されなければ、市場価値には反映されにくいのだ。
Image courtesy of Christie's.
数値によるとマーク1.75のシリアルナンバーは2.20Mから2.92Mの範囲に分布しており、1969年後半から1972年にかけて生産されたと推定される。特に2.200Mのシリアル帯にまとまったバッチが存在することが明確になっている。なお、オリジナルオーナーの来歴が証明されている時計は特に重要視されており、それらは太字で強調されている。またシリアルナンバーの推定範囲は、新たな個体の発見によって変更される可能性がある。
パンダポール・ニューマン、マーク2
最も一般的に見られるダイヤルタイプであり、マーク2のダイヤルはほかのすべてのバリエーションを合わせた数よりも多く確認されている。とはいえ、その流通量の多さが価格の下落につながるわけではない。事実、オークション結果のトップ10にはマーク2ダイヤルが最も多く含まれており、過去最高額で落札されたパンダニューマンもマーク2だった。多くのコレクターが、このダイヤルを究極の形と見なしている。
ロレックスらしく、このダイヤル系統には段階的な改良が見られる。マーク2では、文字フォント全体が統一されたセリフ体となり、従来のダイヤルタイプに見られた不揃いなフォントスタイルよりも洗練されたデザインとなった。このマーク2の価格がほかよりも高くなりやすい理由のひとつとして、初期のバリエーションと比べてコンディションのいい個体が市場に多く残っていることも挙げられる。
Image courtesy of Phillips.
シリアルナンバー2,653,869の個体は、2021年11月26日にフィリップス・香港のオークションに出品され、最終的に公開市場で過去最高額で落札されたパンダニューマンとなった。オリジナルの保証書が付属しており、アウタートラックが完全にトロピカル化した、非常に魅力的なダイヤルとなっている。落札価格は896万2000香港ドル(当時の相場で約1億2600万円)。なお本個体のフィリップスでの取引は2度目であり、以前行われた2016年11月のオークションでは488万香港ドル(当時の相場で約6800万円)にて落札されていた。
ロレックス収集における指数関数的な価格設定のひとつを示す例として、シリアルナンバー2,849,466の個体が挙げられる。この時計は2016年11月12日にフィリップス・ジュネーブのオークションに出品された。パーツは正しく揃いコンディションも良好だったが、この時計が史上3番目に高額で落札されたパンダニューマンとなった理由は、12時位置にTiffany & Co.と追加で文字が入っていた点にある。これはロレックスの通常の表記に加え、西洋的スタイルのブランド名が刻まれた特別な仕様だった。結果として87万4000スイスフラン(当時の相場で約9600万円)で落札され、2016年当時としては驚異的な金額であった。
数値に基づくと、マーク2のシリアルナンバーは2.64Mから3.48Mの範囲に分布しており、1971年後半から1973年にかけて生産されたと推定される。特に2.653M、2.804M、2.849M、2.874M、2.921M、3.048Mのシリアル帯にまとまったバッチが存在していることが確認されている。
パンダポール・ニューマン、2025年のコレクション
もし選ぶとしたら、個人的にはマーク1やマーク1.5に引かれる。理由はシンプルで、飾りのないスッキリとしたフォントが好みだからだ。ただしティファニーの刻印が入ったマーク2も悪くはない。より明確なこだわりとしては、後年のプッシャーやサービス交換品に対する考えがある。個人的には初期の大振りなプッシャーが圧倒的に魅力的だ。それらは防水性能を追求するあまり美観を犠牲にしている感じがあり、まさにヴィンテージロレックスらしい“試行錯誤の時代の産物”といえる。一方で仕上がりが良すぎる後期のプッシャーにはあまり魅力を感じない。
私が考えるに、2011年から2021年の期間はヴィンテージロレックス市場におけるひとつのサイクルの完結を示している。この10年間で、ヴィンテージウォッチへの関心が急激に高まった。その背景にはさまざまな要因があるが、特に大きな影響を与えたのはインターネットを通じた情報の拡散だろう。このサイト(2008年創設)やInstagram(2010年創設)といったプラットフォームが、新たな層の人々を時計、ヴィンテージウォッチ、そしてヴィンテージロレックスの世界へと引き込む大きな要因となったことは間違いない。データを見てもわかるとおり、この市場は新たな関心層の流入と、大手オークションハウスによる記録的な落札価格のニュースによって大きく加熱した。そしてこの流れのなかで、ヴィンテージロレックス市場は明確な“聖杯(グレイル)”を定義、つまり市場で圧倒的に求められた特定のモデルを定めた。たとえばオイスターケースのトリプルカレンダームーンフェイズRef.6062、Ref.5517のミルサブ、金無垢ポール・ニューマン、そしてもちろんRef.6263とRef.6265のパンダニューマンがその代表例である。
最近、マーク1.75がTropical Watchによって販売され、Bring A Loupeで取り上げた。
このヴィンテージロレックス市場の時代が終わりに近づくにつれ、モダンウォッチや独立系ブランドへの関心が次第に高まり、ヴィンテージロレックスが“クール”、あるいは“トレンド”の中心から外れつつある。しかし、だからといってヴィンテージロレックスが消えるわけではない。たとえ市場が“熱狂的”な状態でなくとも、依然として記録的な落札が続き、洞察力のあるコレクターたちはこの静かな弱気市場を巧みに利用している。
パンダニューマンダイヤルを備えたデイトナは、ヴィンテージロレックス収集の過去の時代において、間違いなく聖杯ウォッチと認められた。このカテゴリーには市場の視線が集中し、コレクターたちはほぼ異口同音に“SSデイトナのなかで、これこそが最高の1本だ”と評価した。しかし現行モデルや独立系ブランドへの熱狂が徐々に冷めつつある今、ヴィンテージ市場は水面下で再び活気を取り戻す気配を見せている。ではそのとき、聖杯とされるモデルが変わるだろうか? オイスターポール・ニューマンのパンダダイヤルが、突然“最も魅力的なロレックスクロノグラフ”ではなくなる日が来るのか? 私はそうは思わない。
リサーチおよびファクトチェックに協力してくれたニコラス・ビーブイック(Nicholas Biebuyck)氏に心より感謝する。