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Magazine Feature コスモグラフ “ル・マン”が“デイトナ”になった理由と成功への道のり(前編)

ヴィンテージロレックスの頂点に立つ手巻きデイトナ。なかでもコスモグラフ Ref.6239のファーストモデルである“ル・マン”は、謎の多いモデルとして知られている。ル・マンとは、どのようなモデルだったのか。そしてロレックスはなぜ“デイトナ”へと舵を切ったのか。コレクターや有力なヴィンテージウォッチディーラーの力を借り、さまざまな角度から考察することで、その理由が浮かび上がってきた。

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本記事は、2023年12月に発売されたHODINKEE Magazine Japan Edition Vol.7に掲載されたものです。Vol.7は現在、Amazonなど各種ネット書店にてご購入いただけます。HODINKEE Magazine Japan Editionの定期購読はこちらから。


コレクターに“再発見”されたファーストモデル

ヴィンテージロレックスには謎めいたモデルが非常に多い。オークションハウス、熱狂的なコレクター、有力なヴィンテージウォッチ専門店らの熱心な研究によって、徐々にその真相が解明されている。ポール・ニューマンダイヤルの人気に支えられ、“キング・オブ・クロノグラフ”として市場に君臨するコスモグラフ デイトナの手巻き時代のリファレンスも例外ではない。Ref.6240の文字盤に“ROLEX”とだけ表記される通称“ソロ”がその好例で、不確定要素が多いことから数年前と比べて価格が落ちている。それどころか現在では、ソロダイヤルはRef.6238に入るという話が有力視されているそうだ。対照的に人気が安定しているモデル、評価が上がり続けているモデルというのも存在している。ここ最近のオークションでは、バゲットカットのダイヤモンドベゼル、ダイヤモンド&サファイアのパヴェダイヤルを備えたRef.6270が日本円にして約5億6000万円で落札されたことは記憶に新しい。

 なかでも最初期型のRef.6239、上の古いアドバタイジングに掲載された“ル・マン”と呼ばれるモデルは、コレクターたちの研究によって“再発見”されたことで注目されるようになったと言っても過言ではない。2013年にHODINKEE創業者のベン・クライマーはRef.6239のファーストモデルに関する記事を執筆しているが、当時のコレクターたちの認識では、変わったディテールを備えてはいるものの、デイトナ表記のない最初期型モデルという程度。ごく一部のコレクターがその存在を知っているくらいであり、今ほど注目を集めるようなものではなかった。2017年10月にフィリップスがコスモグラフ デイトナをテーマにしたオークション『ウィニングアイコンズ』を開催したが、ヴィンテージロレックスの世界でル・マンの存在が知られるようになり、コレクターたちがざわつき始めたのは、このオークションからさかのぼること数年前の2015年ごろだったと記憶している。とある雑誌の取材を通じて、国内屈指のヴィンテージロレックスのメガコレクターが所有する実機を初めて見たのだが、華やかなポール・ニューマンダイヤルとは真逆をいくシンプルなデザインに筆者の心は動かされ、のちにRef.6239を購入するきっかけになった。非防水のポンプ型クロノグラフプッシャーを装備したおよそ36.5mm径のケースは、ねじ込み式の防水クロノグラフプッシャーを採用したRef.6263などのモデルとはひと味違う魅力があったのだ。

 『ウィニングアイコンズ』でポール・ニューマン本人が所有していた個体が約20億円で落札されて以来、手巻きのコスモグラフ デイトナ全般の価格が飛躍的に上昇し、人気は絶頂を迎えた。その一方でヴィンテージモデルにはより厳密にオリジナリティが求められるようになった。それはル・マンについてもしかりで、たとえ文字盤が正しいものであっても、全体のオリジナリティが損なわれていれば、評価は激減する。それとは対照的に、パーツの整合性が取れた個体の評価は高く、良質な個体に関しては価格は安定している印象だ。

 競合だったオメガやロンジンと争い、そして“コスモグラフ”という造語から察するに、当時の宇宙開発競争にも乗り出していたであろうコスモグラフ デイトナ。カーレースの世界に参入することに勝機をみいだしたロレックスの威信をかけたこのレーシングクロノグラフは、発表から数十年の時を経て、有識者たちに“再発見”されたことで、改めて特別な輝きを放つに至った。

1964年当時のロレックスのカタログ。プロフェショナルモデルは3行目に並んでいるが、右端のコスモグラフ Ref.6239の隣には、同時代に併売されていたクロノグラフ Ref.6238が並んでおり、通常のクロノグラフとは明確に区別されていた。


生粋マニアによるル・マンのディテール解説

 フォーミュラ1のモナコグランプリ、アメリカで開催されるインディアナポリス500と並び、世界3大レースのひとつに数えられるル・マン24時間レースは、フランスのル・マン近郊で行われる四輪耐久レースである。2023年は、この偉大なレースの100周年を数えるアニバーサリーイヤーであると同時に、コスモグラフ デイトナ誕生60周年にあたる節目の年でもある。これを記念して、ロレックスはコスモグラフ デイトナ 18Kホワイトゴールド仕様のスペシャルエディション、Ref.126529LNを発表し、世界中のデイトナファンを熱狂させた。

 今でこそ世界で最も有名なクロノグラフとなったコスモグラフ デイトナだが、成功までの過程は決して平坦な道のりではなかった。とりわけ手巻き時代のデイトナのディテールの変遷には、かつてない防水クロノグラフを目指し、ロレックスの開発チームが試行錯誤していた痕跡が見られる。ル・マンはロレックスにおけるレーシングクロノグラフの原点となった存在で、そもそも前述の古い広告のなかで“ロレックスの新しいクロノグラフはル・マンと呼ばれている”という一文とともに掲載されていたことに由来する、デイトナのファーストモデルであるRef.6239の最初期型につけられた通称だ。ル・マンの文字盤にはブラックとクリームホワイト(後者は特に希少性が高い)があり、1963年にのみ製造された。それゆえ、希少性においてはポール・ニューマンダイヤルを上回る。ヴィンテージロレックスに特化した専門店リベルタスのスタッフである中嶋琢也氏の見解によると、ル・マンの主な特徴として、以下のポイントが挙げられるという。

 「ル・マンとほかのRef.6239では使用しているパーツに大きな違いがあります。そのひとつがステンレススティール製のタキメーターベゼルです」

 Ref.6239の製造期間は1963年から1970年と比較的長い。その理由から製造年によって細かなディテールの違いがある。ベゼルは3種類あり、ル・マンに装着される時速300kmまで計測できる最初期のタキメーターベゼルには、そのほかのベゼルにはない“275”の数字が刻まれる。

 「文字盤の6時位置にある“ダブルスイス”と呼ばれるふたつのSWISS表記、長く細い時・分針、これらもル・マンならではの特徴です。クリームホワイト文字盤について言及すると、クロノグラフ秒針がブルースティールのものもあり、デイトナの歴代モデルのなかでも際立った存在があります。“92…”から始まる6桁のシリアルナンバーであることも確認すべき重要事項です」

 これ以外にも、夜光塗料にトリチウムを使用したことを意味する12時位置の“アンダーバー”の表記もマニア心をくすぐるデザインとして人気がある。

 自身もブラックダイヤルのル・マンを所有する中嶋氏は、その魅力について次のように語ってくれた。「これはデイトナだけではなく、サブマリーナー、エクスプローラー、GMTマスターなどのファーストモデル全般に共通することですが、ロレックスの開発に対する意気込みがひしひしと伝わってきますよね。ル・マンについては、ただただ美しいと感じる優れたデザインに引かれています」


Ref.6239がコレクターに愛される理由

リベルタスの中嶋氏が所有するRef.6239。ル・マン用のクリームホワイトダイヤルの12時位置の3行目に“DAYTONA”の文字が、6時位置にはダブルスイスではなく、“ダブル T SWISS T”表記が入る。極めて希少なため、実機でディテールを確認できたのはこの1本のみだと言う。

 ル・マン以降のRef.6239についても触れておく必要がある。1964年から販売された“DAYTONA”の表記が文字盤に入らないモデルは、ル・マンの面影を残すデザインが多いことを理由に、コレクターのあいだでは“セカンド ル・マン”と呼ばれている。製造期間は1964年から1965年の約1年。ベゼル、文字盤、時・分針が変更され、文字盤はブラックのほか、クリームホワイトに変わってシルバー文字盤が登場する。時速300㎞まで計測できるタキメーターからは“275”の数字がなくなり、ドット型の目盛りが採用された。ル・マンと同じように文字盤の12位置には、2段で“ROLEX”と“COSMOGRAPH”のプリントが入るのだが、プリントの配置が若干異なる2つのバリエーションがある。6時位置のトリチウムの使用を表すプリントとダブルスイス表記が廃止され、“-T SWISS T-”や“T SWISS T”などの新しい表記が採用されるようになるのだ。

 文字盤に“DAYTONA”の表記が入るバリエーションが登場するのは1964年のものから。これは近年の熱心な研究から判断されているもので、正式にいつからであったかは定かではない。しかしロレックスの公式情報として、この“DAYTONA”表記は、もともと北米市場向けの時計に入れられていたものであることが明らかにされている。これらの文字盤は、セカンド ル・マンのダイヤルに“DAYTONA”のモデル名があとからプリントされたものであり、そのほかのパーツもセカンド ル・マンとほぼ同じものが使われている。製造期間は1964年のみとかなり短い。1964年から1965年の期間は少なくとも4つのダイヤルバリエーションのデイトナが発売されていたのだが、これ以外にもイレギュラーで作られた文字盤があることは非常に興味深い。この当時の時計製造では、余ったパーツを後続のモデルに使用することが当たり前だった。そのため、ごくまれにユニークな個体が見つかるのだ。ル・マン用クリームホワイトダイヤルの12時位置に“COSMOGRAPH”、6時位置に“ダブル T SWISS T”がプリントされた個体などがその一例である。

 1966年になると、さらに大きなサイズで“DAYTONA”とプリントされた、通称“ジャンボ”と呼ばれるモデルが発売される。この頃から完全に時針が短くなったため、ル・マンの時代の個体と比較すると、時計の顔つきがかなり違ってくる。なお、“DAYTONA”表記が12時位置に配置されるのは、このモデルが最後となる。1967年から1970年頃まで製造されたRef.6239の最終モデルでは、デザインに大きな変化が生まれた。文字盤に目を向けると、6時位置の12時間積算計の上にアーチ状にプリントされたモデル名の表記が確認できる。タキメータースケールが、時速200㎞までになったことから、ベゼルのデザインは大幅に変更された。インダイヤルの3つの針がすべて同じタイプになったのもこの頃からだ。

 ひとつのリファレンスでこれだけの細かなバリエーションがあり、それぞれのディテールの違いを楽しめることはRef.6239の魅力なのだが、そのなかでもコスモグラフのファーストモデルであるル・マンは際立った価値を持っていると言える。

右はル・マン、左はセカンド ル・マン。一見すると同じようなモデルにしか見えないが、ベゼルやアンダーバーの表記、タブルスイスなどの違いがある。このような特徴的なディテールのポイントがわかると、ル・マンの希少性がすば抜けていることへの理解がより深まる。

後編に続く。

Photographs by Tetsuya Niikura, Keita Takahashi, Nicholas Federowicz (Ad Patina), Courtesy One Minute Gallery, Vintage Watch - Libertas, Vintagerolex D