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ウェス・アンダーソン(Wes Anderson)は単なる名前ではなく、彼自身が独自のジャンルを確立するに至っている。10本の長編映画と数多くのコマーシャルや短編映画を手がけた彼は、長年にわたって数え切れないほど模倣されてきた美学を完成させた。彼の最初の3作品『ボトルロケット(原題:Bottle Rocket)』、『天才マックスの世界(原題:Rushmore)』、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ(原題:The Royal Tenenbaums)』は奇跡的な作品で、それぞれの作品はフェリーニやフランスのヌーヴェルヴァーグの流れを汲む、芸術的に様式化されたウェス・アンダーソンのスタイルを形成するものだった。脚本は新鮮で、明らかに独創的。それがウェスだ。
しかし、アンダーソン監督だけを評価するのは、非常に重要な要素を省いてしまうことになる。それはオーウェン・ウィルソン(Owen Wilson)のことだ。『シャンハイ・ヌーン(原題:Shanghai Noon)』のジャッキー・チェン(Jackie Chan)や『ズーランダー(原題:Zoolander)』のベン・スティラー(Ben Stiller)の相手役として、狡猾でハンサムでユーモラスな圧倒的な魅力を持つ存在としてシーンに登場した彼を覚えている人は多いだろう。しかし、彼は観客を笑わせるかわいいだけの存在ではなかった。アンダーソン監督の最初の3作品の脚本クレジットを見ると、監督の隣に彼の名前があるのがわかる。テキサス大学オースティン校で出会った2人は、オーウェンの弟ルーク(Luke)とともに、インディペンデント映画のシーンを絶え間なく変化させ、ついにはメインストリームへと押し上げていったのだ。
『ライフ・アクアティック』(2004年)ではオーウェン・ウィルソンと共演しているが、ウェス・アンダーソン監督作品において、真の意味でターニングポイントとなる作品と言える。それはウィルソンが共同脚本を担当していない最初の作品だからだ。この映画は公開当時、アンダーソン監督作品のなかで最も評判が悪かったと思う。私自身、何年ものあいだランキングの下位に位置づけていたことを認めよう。『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』と比べると本作は大げさな印象を受ける。シュールレアリズムを支える感情的な重さが足りないのだ。
この作品がアンダーソン監督の作品のなかでいちばん好きかどうかは別にして、私は『ライフ・アクアティック』は時間の経過がうまく作用していると思うし、再鑑賞に耐えうる作品だと感じている。私の場合、2回目の鑑賞で初めてビル・マーレイとオーウェン・ウィルソンがスクリーン上で身につけている、とてもクールな(そしてまったく異なる)2つの時計に気づいた。今回のWatching Moviesでは、スイスとロシアの時計グループをお届けしよう。
注目する理由
長い沈黙ののち、アンダーソン監督待望の作品となった『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊(原題:The French Dispatch of the Liberty, Kansas Evening Sun)』は、フランスのニューヨーカー風雑誌を題材にした広大なエピソードを持つ映画で、つい先日公開された。この映画にもビル・マーレイとオーウェン・ウィルソンが出演しており、……そしてほかにも多くのスターがアンサンブルキャストとして出演している。
さて、話を2004年に戻そう。『ライフ・アクアティック』は、ジャック・クストーを衣装まで忠実に再現したズィスーが長年のクリエイティブパートナーであり、親友でもあったエステバン(シーモア・カッセル)を撮影中に起こった異常なサメの襲撃で失ってしまうことから始まる。友人の死に対する復讐のために画策するなか、彼は長いあいだ行方不明になっていた息子のネッド(ウィルソン演じる)と出会う。そして2人は青いスーツと赤い帽子を身につけたズィスーのほかのクルーとともにベラフォンテ号に乗り、とらえどころのない(そしておそらく存在しないであろう)ジャガー・シャークを探しに出かける。
この海の冒険に向かうウィルソンとマーレイの手首には、ツールウォッチのなかでもハイエンドとローエンドに分類される2つの時計が装着されているが、どちらも波に耐えうる十分な防水性能を備えている。
以前、マット・フラネック(Matt Hranek)氏の著書『男と時計の物語(A Man and His Watch)』のなかで、マーレイに関する話を読んだことがある。その話は、ロサンゼルスにあるサンセット・タワー・ホテルのメティエダールであるディミトリ・ディミトロフ(Dimitri Dimitrov)氏が、レストランで客を迎えるときに暗闇のなかで時間を知ることができるようにと、マーレイがタイメックスを腕から外してわたしてくれたときのことを語ったものだった。もちろん、マーレイはタイメックスを身につけている。あまりにも話が完璧すぎる。
この話をしたのは、彼の飾り気のないスタイルがこの映画に反映されているからだ。船とドキュメンタリー映画のクルー双方のキャプテンであり指揮官であるズィスーだが、腕時計に関してはクストーの真似はしない。ロレックスもドクサでもない。代わりに彼が選んだのはダイバーズスタイルのラバーストラップをつけた、滑稽なほど安価なロシア製の時計だ。それがボストークのアンフィビアであることは、すでに多くの人が知っていることだろう。
この時計の特徴はもちろん文字…、ダイヤルに書かれたロシア語の文字だ。スイス人のように英語を使って気分をよくしようとはしないのだ。ボストークのアンフィビア ダイバーズにはカラーやベゼル、ブレスレットなど、さまざまな種類がある。しかしズィスーの時計はブラックダイヤルで黒と赤のマーキングが施されたスティール製のベゼル、3時位置のリューズ、ブラックラバーストラップ、そして12時付近に巨大な木製の船の舵がプリントされているバージョンのようだ。このモデルは“船長”と呼ばれることもあり、正直なところ、この時計はウェス・アンダーソン監督の映画に登場するために作られたような気がしている。映画でマーレイ演じるズィスーはタキシードを着ていても、劇中ずっとこの時計を身につけている。
息子のネッド(後にキングスレーと改名)はケンタッキー州の地方航空会社の民間パイロットで、ロレックスの“ペプシ”GMTマスターIIを着用して、時計の魅力を存分に発揮している。これはアンダーソンとプロップチームが選んだ腕時計に脱帽する瞬間のひとつである。今となっては有名な話だが、1950年代にロレックスのGMTマスターが発売された。この時計はパイロットが飛行中に着用するために複数のタイムゾーンに対応した読みやすい時計を製作するため、パンナム航空と共同でデザインされたものだった。その結果、今では有名なペプシベゼルのGMTが誕生したわけだが、これはまさに映画のなかでウィルソン演じるネッドが身につけているものだ。
と言っても、彼のものはヴィンテージモデルではない。彼が身につけているのは赤と青のベゼルを備えたGMTマスターII Ref.16710でオイスターブレスレットが装着されている。このモデルはロレックスがGMTライン全体のデザインを変更し、ペプシモデルの生産を5年にわたって中止する前の最後のリファレンスだ。
キャラクターの観点から見ると、腕時計の選択がネッドの職業にマッチしているだけでなく、ウェス・アンダーソンの作品に登場してほしい(そしておそらく期待している)航空旅行がロマンチックな時代の腕時計であることはすばらしいことだ。
見るべきシーン
アンダーソンならではのモンタージュで、ズィスーのクルーがエアロビクス、ビーチランニング、爆発物のトレーニング、上半身裸での読書、スキューバダイビングなどのトレーニングを始める様子が映し出される。ディーヴォ(Devo)の「ガット・フィーリング(Gut Feeling)」という曲が流れるなか、酸素ボンベを背負ったネッドが手首のGMTマスターIIを確認している姿が映し出される[00:37:18]。その際、カメラが時計を強烈にクローズアップ。スキューバマスクを顔に装着するウィルソンの腕にもカメラが追随し、ブレスレットとクラスプもきれいに写っている。もちろん、しばらくして彼は地面に倒れて心肺蘇生法を必要としているのがわかり(彼は生き残るのでご心配なく)、カメラは時計の別のすばらしいショットを再び提供してくれる[00:37:50]。
映画の終盤では、ズィスーが元妻のエレノア(アンジェリカ・ヒューストン)とネッドについて話し合い、ネッドが実際に自分の息子であることを理解するという極めて感情的なシーンがある。彼はまるでセラピストのようにエレノアに気持ちを伝え、ふと自分の手を見ると、そこにはネオンイエローのトカゲが止まっていた。カメラがトカゲを上から見下ろしているとき、ピントは合っていないが、ダイヤルにヘルメットのモチーフがプリントされたボストークが見える [01:16:03]。しばらくして彼は蚊のようにトカゲをはじく。その瞬間はともかく、少なくとも我々はこの時計を見ることができた。
『ライフ・アクアティック』(出演:ビル・マーレイ、オーウェン・ウィルソン)は、ウェス・アンダーソンが監督し、サンディ・ハミルトンが小道具を担当している。この作品は、Amazonプライムビデオでストリーミング配信されているほか、iTunesでもレンタルされている。
Lead illustration, Andy Gottschalk