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スイス在住のアメリカ人インダストリアルデザイナー、イニ・アーキボン(Ini Archibong)氏の時計遍歴は、20代前半に購入したバルジュー 7750を搭載したセクターのクロノグラフから始まった。シンプルな時計だが、この有名なムーブメントがより高価な時計にも搭載されていることは彼にとって誇りだった。フォルム、機能、テクノロジー、そしてストーリー性を融合させ、さまざまな分野で活躍するインダストリアルデザイナーの彼にふさわしいスタートだ。
同じ頃、彼の兄が時計のコレクションを始めた。当時インダストリアルデザインを専攻していたイニ氏は兄のテーブルにあったパネライのカタログを見て、デザイン的にもパネライは完璧だと気づいた。「兄と一緒にブティックに行ったり自分で行ったりもするようになり、ヴェンペのカタログを送ってくれるように頼みました。それが私のこだわりの始まりとなりました」。夢中になっているうちに、彼は学生最後の年にパネライをデザインした。誰にも見せたことがないそうだが、3Dモデルはおそらくどこかのハードディスクに入っているだろうと彼は話す(パネライさん。もしこの記事を見ていたら、これを手に入れたいと思わない?)。
ローザンヌ州立美術学校(ECAL)でデザインとラグジュアリークラフトマンシップの修士号を取得したことで、彼は地理的にも職業的にもスイスの時計業界に近づくことができた。そして彼はヴァシュロン・コンスタンタンのためにアルミ鋳造のテーブルミラーを製作したあと、エルメスのために新しい時計、ギャロップをデザインした。
現在38歳のアーキボン氏は、ここ数年で時計コレクションを増やしてきた。これは仕事での成功(彼の作品は最近メトロポリタン美術館に収蔵され、アフリカン・ディアスポラのパビリオンは2021年のロンドン・デザイン・ビエンナーレでベストデザイン賞を受賞)と、彼のルーツがスイス時計産業の中心地であるヌーシャテルとジュネーブに深く根ざしていることがミックスされているからだ。彼は時計メーカーや地元のブティック、小売店など、業界での関係を築いている。
彼の好みはデザイナーらしく具体的だ。「私が集めている時計には一定の基準があります」と彼は言う。「簡潔であること、明快であること、そして率直であること。私はムーンフェイズなどは大好きですが、ムーンフェイズのすべてを知る必要はないのです」。ここでは彼の基準を満たす時計を紹介しよう。
彼の4本
F.P.ジュルヌ クロノメーター・ブルー
彼がデザイナーとして最も高く評価しているブランドのひとつがF.P.ジュルヌだ。今のところ、彼はF.P.ジュルヌの作品を2本持っているが、可能であれば1年ごとに1本ずつ増やしていき、ほかの時計を犠牲にしてでも欲しい時計をすべて手に入れたいと考えている。
「哲学的にも審美的にも、そしてその精神性においても時計の観点から見て、F.P.ジュルヌは正直なところ私のすべてです。F.P.ジュルヌを見るまで、これほど完璧なものは見たことがありませんでした」
デザイナーである彼においてはディテールがすべてだ。クロノメーター・ブルーの青いダイヤルに白い針が浮かび上がるさまは、彼にとっては異彩を放つものだった。また、ブルーは光の加減によっても変化する。彼はパネライを通じてコレクションを始め、PAM00112のストラップを頻繁に交換しながら更新してきた視点からクロノメーター・ブルーを選んだが、この時計のクラシックなスタイルとプロポーションは、このアプローチを受け入れてくれた。
「今日に至るまで、私にとって最も大切な時計のひとつとなっているのは刺激的な宣伝文句以上に、その汎用性だと考えています」と彼は言う。「来年何が起こるかなんて誰にもわかりません。私は誇大広告や売り込みに夢中になる人間ではありません。この時計は私の生涯にわたって、一緒に進化していくことができる時計なのです」。彼のもうひとつのジュルヌは、クロノメーター・スヴラン ブラックレーベルだ。
「ベーシックな時刻表示のみの時計かと思うほどシンプルな永久カレンダーをどうやって作るのだろうか? そのすべてがそこにあり、完璧に整理されているのです」と彼はジュルヌのコンプリケーションウォッチについて語る。「花を見たときにフィボナッチ数列が光って見えるようなものです。正直、ジュルヌの時計を見るたびにそんな気持ちになります」
ロレックス GMTマスターII Ref.126711CHNR
GMTマスターIIは間違いなく人気の時計だ。しかしペプシやバットマンといったわかりやすい選択肢ではなく、彼はツートンのセラミック製GMTを選んだ。「私のことを知る人なら、特に理由もなく、みんなが右に行くときに私が左に行くことを誰もが知っています」。彼はエバーローズゴールドの金無垢モデルに惚れ込んでいたが、最終的にはロレゾールの汎用性が勝った。汎用性の高い時計を選ぶことはこの場合、フルエバーローズゴールドではなくツートンを選ぶことであり、彼の時計コレクションにおける繰り返しのテーマとなっている。
パネライ PAM01075 デストロ
「インダストリアルデザイナーになると、頭の中で分解しながらモノを見るようになります」と彼は言う。「パネライを見ると、とてもシンプルに見えますが、そう見えるためには多くのことが必要なのです」。彼にとってパネライはダイヤル、風防、ケースの比例関係をうまく利用することで、ほかの優れたデザインの時計のなかで際立たせているのだという。
質感のあるクリームカラーのダイヤルと夜光を施した下層部のサンドイッチの微妙な違いが、PAM01075 デストロのシンプルさとミニマリズムを新たなレベルに引き上げている。加えてこの時計には汎用性があり、彼の時計コレクションの哲学にぴったりだ。彼は夏には迷彩のラバーストラップに換えることが多いそうだが、変化をつけるのが好きで、ほかのパネライファンもきっと共感してくれることだろう。そして彼が言うように、ほかの人が右に行くとき彼は左に行くのだ。このパネライのデストロは、まさに文字どおりの時計である。
H.モーザー ベンチャー・ベンタブラック
彼は時計製造の中心であるスイスに住んでいる。「時々、物事がかなり深刻になることがあります」と彼は言い、モーザーの真面目さを遊び心で突いてくるところが気に入っている。
彼はアクアマリンフュメダイヤルを持つもうひとつのモーザーに目をつけていたが、友人のロマ・ミショー(Romain at Michaud)氏にベンタブラックを見たことがあるかと聞かれ、実際に見てどうしても手に入れたいと思ったそうだ。「ベンチャーを手にして、ラグの造形、ケースの形状の完璧さ、そしてムーブメントの完璧さを見たときに絶対に手に入れなければならないと思いました。ベンタブラックにたどり着く前に“彼らは冗談を言っているのではない”と感じましたが、それがジョークかのように彼らは言うのです。“冗談ではなく我々は本気なんだ”」と。
もうひとつ
彼が選んだ“もうひとつのもの”はアメリカのアーティスト、カリ・ターナー(Khari Turner)氏の絵画だ。この絵を購入する前にも彼はクールなデザインのオブジェや絵画、家具などをいくつか集めていたが、このカリ・ターナー氏の作品は彼が絵画収集の世界に踏み込んだ最初の大きな一歩となった。
この作品では、ほとんど顔のない人間の形が描かれており、その胴体は砕け散る波で表現されている。ターナー氏はさまざまな水域から集めた実際の水を絵画に取り入れることが多い。アーキボン氏は作品を見てすぐに心に響いた。「私は湖のほとりに住んでいます」と言い、「頭の中が混乱しているときは、水に入ると結び目がほぐれてすべてがうまくいくのです。水は私に明晰さをもたらし、創造性を発揮させてくれる要素なのです」と彼は話す。
現在、フリードマン・ベンダ(Friedman Benda)ギャラリーで開催されている展覧会や11月5日からメトロポリタン美術館で開催されている展覧会など、イニ・アーキボン氏はデザイン面でも活躍している。後者の展覧会「Before Yesterday We Could Fly」では、アーキボン氏の“Vernus 3”シャンデリアがメトロポリタン美術館のパーマネントコレクションに加わる。
All photos, Reto Albertalli
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