過去10年間、タグ・ホイヤーはディープで熱狂的愛好家とエントリーレベルの初めての時計購入者というふたつの世界の狭間にポジショニングしてきた。そしてタグ・ホイヤーは両者を満足させる製品を開発し続けてきた。一方で、HODINKEE Skipper LEからカレラやモナコのヴィンテージ復刻版(または再解釈モデル)まで、数多くの限定オマージュモデルが発表されている。一方、有名百貨店に赴けば、アクアレーサーシリーズのあらゆる種類のタグ・ホイヤーが、自動巻きとクォーツを問わず、20万円台後半の手頃な価格で販売されている。
タグ・ホイヤーは、その幅広い商品展開から愛好家のあいだでちょっとした非難を浴びることがある。“モールウォッチ”と揶揄されることも度々だ。正直なところ、その批判はとても不当なものだ。時計という趣味は、魅力的で、身近で、楽しいものであるべきだからだ。そして、ある時計を手の届きやすい価格で提供することは、時計の世界が広げる可能性を持たせる…、そして人にその世界へ飛び込むことを決意させることもあるのだ。しかし、ほとんどの時計ブランドは、そのような機会を提供していない。
その責任の一端は我々が甘んじて受けよう! 我々は何年も前からタグ・ホイヤーのアクアレーサーが基本的に43mmサイズであることを嘆いてきた。タグ・ホイヤーのダイバーズウォッチコレクションは“時計愛好家”向けではなく、むしろ“一般消費者”向けなのだと、我々は悟るようになった。しかし、2022年3月、LVMH Watch Weekで、同社はそのふたつの世界を強制的に融合させたのだ。
それが直径40mmのアクアレーサー プロフェッショナル200の登場である。この時計は、諺(ことわざ)どおり我々をシビれ(knock socks off)させてくれた(この時計を初めて見たときに靴を履いていなかったら、文字どおり靴下も脱いでいたかもしれない)。直径40mmのタグ・ホイヤーは、かつては非常に一般的なサイズだったため、当然と言えば当然なのだが、このサイズの選択肢は1980年代の大半、2010年代全体、続く2020年代初頭までブランドのコレクションから失われていたことがわかっている。そのため、このモデルが到着し、自動巻きとクォーツの両方が披露されたとき、ひとつの感情が頭に浮かんだ:スイスのエントリーブランドの雄、タグ・ホイヤーが帰ってきたのだと。
マンハッタンのミッドタウンで開催されたミニトレードショー、LVMH Watch Weekで、私は明るいオフィス照明の下、グレーダイヤルの40mmのアクアレーサーと数時間一緒に過ごした。ダイヤル、ブレスレット、ケースバック、手首の感触、そして製品の一般的な特徴について把握することができたのだった。ブラックダイヤルのクォーツモデルではデイト表示なしの壮麗さを目にした。一方で私が落胆したのはパンチの効いた色使いとエキサイティングな雰囲気を持つブルーダイヤルの選択肢がなかったことだ。
だからブルーダイヤルのアクアレーサーが手元に届いたとき、私はグレーダイヤルのハンズオン記事以上の時間が必要だと気づいた。1日以上、数日以上……いや、1週間は必要だろうか。
一見シンプルに見えるリリースを理解する
1980年代、90年代、そして2000年代初頭を振り返ると、タグ・ホイヤーは手首に不釣り合いな大きな存在感を示していた。タグ・ホイヤーは財布にやさしいツールウォッチ近縁のコレクションを持つ有名ブランドだ。ホイヤー、そして買収後のタグ・ホイヤーのプロフェッショナルシリーズは、サブマリーナーと同じようにどこにでもあるような時計だった。キーガン・アレンが亡き父の赤サブを語る「Talking Watches」のエピソードを振り返ってみてほしい。彼は、父親がアウトドアで過ごす時間や釣りなど、あらゆる活動にサブを伴って出掛けたことを語っている。そしてある日、彼はそれを新しいツールウォッチと交換したのだ。それはどんな時計だったかというと……。タグ・ホイヤーのプロフェッショナルというクォーツウォッチだったのだ。アレンの父親は、サブと同じようにこの時計を愛用しており、アレン自身も思い出の時計として大切にしている。
これはタグが先述の“モールウォッチ”と揶揄されながらも、本家ホイヤーに負けないほどの実力を持っている証左である。80年代後半から90年代は時計の歴史においてそれほどロマンティックな時代ではなかったため、しばしば省みられない。しかし、それではタグが最も大きな影響を与えた時代、つまり40mmのタグ・ホイヤーのダイバーズがクラスで最も人気者だった時代を見逃してしまうことになるのだ。
新しいタグ・ホイヤー アクアレーサー 40mmをじっくりと検討し、適切なコンテクストで評価するとき、私はこう問う必要があった。これは誰に向けた時計なのか? その答えは、それほど単純ではなかった。明らかに、このリリースはブランドがそのルーツに回帰することを声高に叫んでいた人々への答えだったからだ。しかし同時に40万円を切る価格帯のアクアレーサー 40mmは、初心者コレクターや初めて時計を買う人のためのものでもあるのだ。そして最もエキサイティングなことは、その新しい購入者が43mm以上の巨大なモンスターウォッチ(そのような大きな時計のための適切な時と場が絶対にあるはずだが、私の40mmへの強いこだわりは譲れない)ではなく、着用しやすい40mmの時計で街を闊歩することだ。
このアイデアを分析する上でより興味深いのは、これらの異なる時計の購入者がこの時計に何を求めているかを解明することである。コレクターやマニアは、品質と歴史の組み合わせを追い求めていると言っていいだろう。歴史的な観点から見ると、アクアレーサー40mmは数十年前のプロフェッショナルシリーズの精神的後継者だ。スティールベゼルやクローズドケースバックなど、多くの人がモダン(現行の)ウォッチに求めてもなかなか見つからない“シンプル(do less)”スタイルに通じるものがあると思うからだ。モダンといえば、この時計は大文字のMで始まるほど大いにモダンな時計だ。デザインは新鮮でクリーン、ヴィンテージ気取りは微塵も感じられない。ヴィンテージウォッチの愛好家は、優れたヴィンテージウォッチを好むと同時に思慮深く作られたモダンウォッチも高く評価することだろう。
初めて時計を手にする人は、自分の好みが何であるかを知ることに前向きだ。貯めたお金で見た目がよく、品質がよさそうなものに必ず魅力を感じるものだ。このモデルでは鮮やかなブルーダイヤルに視覚的なおもしろさがあり、ポリッシュ仕上げのセンターリンクがブレスレットにちょっとした輝きを与えている。この時計はプールサイドを飾るには十分スポーティだが、ビジネスシーンにも完璧にマッチするスタイルと構造の適切なバランスを備えており、サイズもまた万能性を高めている根拠となっている。これはまさにタグ・ホイヤーの唯一無二な時計だ。そして、あらゆるブランドがそれを担う時計を必要としている。
しかし、この分析の多くは机上の知的トレーニングに過ぎない。私は仮想的なグループの人々が何を好むかを推測しているのだ(これが私の余暇の過ごし方だ)。しかし、私はこの時計と1週間過ごし、自分の好みに関する実践的なフィードバックを得た。その結果、この時計が私を驚かせたことを白状しよう。
1週間手首につけてみて
私が最初に気づいたのは、この新しいアクアレーサーの最も明白なセールスポイントでもあるサイズだ。このモデルは40mmのステンレススティール製で、同僚ジェームズ・ステイシーの言葉を借りれば“1単位の”時計だ。そして、そのサイズから想像されるよりも大きくもなく小さくもなく、サイズどおり装着することができる。実際、手首につけてみると、以前つけたことのある時計だと錯覚するほどだった。もちろん、そうではあるはずはないのだが、瞬時にしっくりくるというのは、この世界ではあまりないことだ。多くの時計は写真や手に持っているとき、あるいはテーブルの上に置いてあるときの佇まいはすばらしい。しかし手首につけた瞬間、その魔法は解けてしまうものだ。しかし、この時計は手首に装着された瞬間から、その魅力を発揮する。
それは、このモデルで表現されている全体的な美しさと関係があるように思う。43mmモデルのセラミックベゼルのデザインを40mmモデルに移植する代わりに、タグ・ホイヤーがシンプルに徹した結果、この時計はよりよくなったのだ。サテン仕上げのSSベゼルと対照的なブラックで印字された数字は、この総SS製の時計で最もクールな要素だ。ベゼルをSSにすることで、この時計に採用されているモダンなデザイン言語と調和させることができたのだ。ベゼルこそが、疑似インダストリアルな外観を完成させたのだ。もちろん、セラミックでもよかったのだが、SSの方がより効果的だ。逆にタグ・ホイヤーがアルミニウムベゼルに戻すことを選択していたら、“ヴィンテージ風”という表現が使われていたことだろう。しかし幸いなことに、その必要はない。それはホイヤーロゴのみのモデルのために取っておけばよい。
そして、注目すべきはそのダイヤルだ。グレーのバリエーションも十分に印象に残っているが、この鮮やかなブルーのスモークモデルはもっと楽しいものだ。色調は中央でピークを迎え、エッジではほぼ漆黒に変化する。しかし直射日光の下では、この青はまるでネオンのように映る。これは目が離せなくなるような効果で、実際この時計をつけているあいだ、ほとんど目が離せなかった。
純白のアプライドマーカーがダイヤルに浮かび上がり、どのような照明条件下でも極めて高い視認性を発揮する。実際、真っ暗闇ではスーパールミノバによるデュアルカラーの夜光を見ることができる。ダイヤル自体には、水平方向のラインが入った模様が施されている。この仕上げはIntroducing記事でも触れたとおり、パテックのノーチラスの雰囲気を彷彿とさせるが、私が1週間過ごしたブルーフュメモデルはそうでもなかった。ミニッツマーカー用のステップチャプターリングに至っては、視覚的な興味は尽きることはない。アクアレーサーの書体とタグ・ホイヤーのロゴは12時付近に、水深表示は6時付近に配されている。さらに下に目を向けると、6時位置にデイト表示が配置されている。
デイト表示窓に関しては、誰もが満足するにはこれくらいが十分だと感じた。ダイヤルのブラックの外縁とうまく調和していると感じられるからだ。そして何より43mmモデルにあるサイクロップレンズを採用していないのがすばらしい。もちろん、この時計のクォーツモデルにはデイト表示はない。愛好家ならデイト表示なしを好むと思うが、私はふたつの理由から、このモデルに搭載されていることを評価したい。ひとつは本来は便利な機構であること、もうひとつはデイト表示を好むと思われる時計初心者が、機械式時計を介してタグ・ホイヤーの世界に足を踏み入れることができることだ。つまり、ウィン‐ウィンの関係なのである。
SS製ベゼルの形状は俗にいう12角形で、アクアレーサーはダイバーズウォッチを製造するどのブランドで幾度も目にするダイバーズウォッチのデザインとはわずかに異なる外観を備えている。ベゼルのサテン仕上げはケースと同じで、ポリッシュ仕上げのセンターリンクが特徴のブレスレットにぴったりだ。43mmモデルのサテン仕上げの外観の方が私とって好みだろうか? 恐らくそうだ。しかし歴史的に見ると、タグ・ホイヤーのプロフェッショナルモデルはスポーティさとエレガンスのミクスチャーを生み出すジュビリータイプのブレスレットを備えていた。このサテン仕上げとポリッシュ仕上げの組み合わせは、その理想を現代風にアレンジしたものだろう。このモデルは、ちょっとした実用性を確保しながら、十分に魅力的な要素も備えている。例えば、クラスプはつけたまま微調整が可能な実用的な仕様となっているのだ。
時計を裏返すと、エングレービングが施されたクローズドケースバックが現れる。アクアレーサーのラインナップのなかで、このエングレービングは目新しいものではないが、ダイビングのモチーフからコンパスに変更されている。それは、このモデルがダイバーズウォッチとしてではなく、多目的アドベンチャーウォッチとして展開されているからである。エングレービングはディスプレイケースバックにこだわらない私にとって非常に好感が持てる。コンパスのエングレービングの裏側には、40時間のパワーリザーブを確保したタグ・ホイヤーのCal.5(ETAベース)が搭載されている。最高級ムーブメントではないが、必要にして十分なパワーがあり、手頃な価格にも貢献している。
動画レビューのなかで、私はこの時計の購買層となるだろう人々の(ちょっとした)コスプレを試みた。その結果、異なる服装への衣装替えが生じた。どのような服を選んでも、この時計はすばらしい着け心地だった。ブレスレットのつけ心地もよく、ケースは均整がとれていて、ダイヤルも見やすく、つけていて楽しいのだ。私はこの時計を購入し、私のほかのダイバーズウォッチに代わる気軽な選択肢として持つ自分の姿が目に浮かんだ。
競合モデル
ほかの時計といえば、40mmのアクアレーサーの購入を検討しているなら、下記に予算に近いダイバーズウォッチのリストを紹介しよう。
チューダーのブラックベイ フィフティ-エイト。このモデルを抜きに、コストパフォーマンスに優れた一分の隙もないサイズのダイバーズウォッチを語ることはできないだろう(もちろん異論は認める)。チューダーに関しては、極めて出来のいいブレスレットと自社製ムーブメントを備えたロレックス譲りの高品質な時計が45万円以下で手に入るのだ。アクアレーサー 40mmとは異なり、この時計はヴィンテージの特徴に溢れている。アクアレーサーと共通するのはクローズケースバックを採用している点だ。また、40mmを下回る39mmのサイズを採用している。2本の時計の間の価格差は約10万円で、最終的には好みの問題、価格に見合うと感じたものに帰結するだろう。
そう、ジェームズ・ステイシーのイチ押しのモデルだ。セイコーSBDC101は2020年半ばに登場し、それ以来、それ自体がアイコンのような存在になり、少なくとも時計業界の寵児となった。40mmというサイズに加え、SS製ベゼル(黒地に白の数字が映えるように加工されている)。この時計もまた、シンプルに徹することで進化を遂げた一本だ。セイコーは初期ダイバーズモデルのデザインを踏襲しながら、紛れもなく現代的なデザインを作り上げた。セイコーの自社製ムーブメント、Cal.6R15は正確無比とは言えないかもしれないが(しかし、ツールウォッチが正確であるべしと誰が言ったのだろうか?)、14万3000円(税込)という価格は、反論の余地がないほど魅力的なものだ。
この価格帯でブルーダイヤルのダイバーズウォッチといえば、オリス アクイスを思い浮かべないわけにはいかない。こちらは自社製ムーブメントのCal.400を搭載した直径41.5mmのモデルだ。これは確かに大きめの時計で、実際着用してもそう感じるだろう。そのため着用感という点では競合モデルとはならないが、価格と使用感の観点からタグに匹敵する代替品を探している人にとっては、とても魅力的な時計と言えるだろう。もちろん、このムーブメントにはプレミアムがついており、40万7000円(税込)となる。しかしこの価格で、マニュファクチュールキャリバー、優れたブランドの歴史、そしてユニークでモダンなデザインを持つこの時計は、少なくとも注目するに値するものだ。
スーパーシーウルフ53は非常にディープな選択だ。実際、ゾディアックをレーダーに捉えるには、“内情に通じている”必要がある。しかし、この種の時計で得られるものはブランドの伝統、際立ったヴィンテージのデザイン精神(この場合、やりすぎではない)、そして、まさに手頃な価格だ。このモデルはタグ・ホイヤーのアクアレーサー40mmとSSベゼルの外観が共通しており、39mmのケースを採用している。STP(Swiss Technology Production)1-11自動巻きムーブメントはセリタベースで、アクアレーサーのETA2824ベースからそれほどかけ離れてはいない。価格も18万円ほど安いので、あとは好みの問題だ。
最終的な考え
タグ・ホイヤーのアクアレーサー 40mmを1週間つけてみて、このブランドは本当に万人のためのすばらしい時計を作ったのだということがよくわかった。タグ・ホイヤーの40mmへの回帰は、コレクターにとっても愛好家にとっても喜ばしいことであり、その結果、この1本を試してみる仲間が増えることを期待している。時計趣味を始めたばかりの人は、手頃な大きさの、しかも現代的な選択を得ることができる。これは大口径の時計のトレンドが終焉を迎える兆しなのだろうか。そこまでは言わないが(この業界にも大口径の時計の居場所はある)、これだけは言える。どんな時計にもチャンスを与えることが大切だ。40mmのタグ・ホイヤーが、今年発売された時計のなかで私のお気に入りになるとは思ってもみなかった。しかし、今やこの時計は私のお気に入りとなった。そのことで別に怒ることはない。
タグ・ホイヤー アクアレーサー プロフェッショナル 200 デイト。直径40mmの SS製ケース。SS製逆回転防止ベゼル。200m防水。ブルーフュメダイヤル、6時位置デイト。自動巻きタグ・ホイヤー Cal.5(ETA 2824-2ベース)。マイクロアジャスタブルクラスプ付きステンレススティールブレスレット。価格:33万円(税込)
Photos by Kasia Milton and Greyson Korhonen
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