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カルティエ パシャといえば、正式には1985年に誕生した同社の中で比較的新しいコレクションである。ラウンド型でスポーティというコンセプトは、多角形のベゼルやケースが主流であった当時のラグジュアリースポーツウォッチにおいてとても新しい発想で、日本においてもクリエイターなどの職業の人々によく愛された。1995年に追加された、オールステンレスのパシャ Cの登場以降、カルティエのアイコンとなるほどのコレクションに成長した。
本機は、久方ぶりにアップデートされ今年の4月にデジタル上で開催されたWatches & Wonders Geneveにおいて発表されたモデルである。その際に、HODINKEE本国のジャック・フォースターが執筆した記事でも言及されているが、パシャの原型となったモデルは1943年、モロッコ・マラケシュのパシャ・エル・ジャヴィ公のために作られたとされる。このストーリーは至るところで語られているが、ここで重要な以下の点は3つ。
1)公がプールで泳ぐ際に着けられる時計を所望したこと
2)カルティエにとってラウンド型のアイコンウォッチとなった
3)カルティエの時計が関わった過去の逸話とされること
カルティエには他にもスポーティなコレクションは存在する。しかしながらパシャはその出自から、あくまでエレガントな時計であり王族が着けるのにふさわしいデザイン言語が堅持されている。つまり、現代の技術でカリブルのような機能的進化に伴って、手が入れられた時計ではない。パシャという時計は、必要以上の機能やデザイン的装飾が加えられたものではなく、インデックスのアラビア数字のフォントや文字盤のギヨシェといったクラシックな伝統的アプローチによってアップデートがなされているのだ。では、そのアイコニックな意匠のいくつかを見ていこう。
まずは、最も特徴的なリューズ。パシャにおいて最もアイコニックなこのディテールは、小さくカボションがあしらわれたリューズとそれをカバーするリューズカバーからなる。これは、そもそもミリタリーウォッチに多く見られる意匠であり、腕時計に防水性をもたせることが難しかった時代に考え出された機能的デザインだ。リューズというのは、物理的に時計内部の機械にアクセスしながら動作もするため、20世紀前半の技術では易易と水の侵入を許してしまっていた。そのため、リューズごと覆ってしまうという大胆な機構が開発されたわけだが、そこはカルティエ。野暮ったさのかけらもないデザインにまとめ上げるわけである。
今作におけるリューズはさらにアップデートされており、カバーを付随させるベース部分がケースに格納されるような形状となり、エレガントさがさらに向上。リューズ自体も、小さいがゆえに使い勝手が大いに犠牲になっていた前作からすれば、操作しやすくなっている。ただし、決して実用性が高いわけではないため、巻き上げは自動巻き機構にまかせるのが良さそうだ。便利に操作をするためではないリューズとリューズカバーという実用的意匠を許容することが、パシャを身に着けるということなのである。
意匠としてのリューズのお話をしたが(実際、この時計においてそれはアイコンのひとつだが)、これがこんなに小さいまま現行モデルに残されているのにはワケがあると思う。本機においては、円熟を迎えた自動巻きCal.1847 MCを内部に搭載。これは、少ない動作で巻き上げ効率が高いというメリットのある、片巻き上げ方式を採用した自社製ムーブメントである。2015年に登場し、カルティエのみならずリシュモングループの根幹を築くキャリバーであるのだが、本機の存在によって、パシャはパシャたらしめられていると思う。外装デザインにおいては、毎日身に着けても邪魔になるものは一切なく、現行モデルの着用感はセンターラグの形状と相まって、ブレスレットが腕にダイレクトに吸い付いてくるようである。身に着けてさえいれば、手で巻き上げる必要はなく、それはこのCal.1847 MCの存在があればこそなのだと思わせてくれる。
実際、僕は同じムーブメントを搭載する現行のサントスを所有しているが、巻き上げる際のロスはかなり少ないと感じる。カルティエが作る時計は、機能としての巻き上げというより、身に着けてこそその機能が発揮される着用ありきのものなのだろう。最高峰ジュエラーの面目躍如といったところか。
さらに現行パシャにおいて進化したポイントは、カルティエ独自のクイックスイッチシステムを搭載したブレスレットである。これにより、(他の多くの最新世代カルティエウォッチと同様に)付属のアリゲーターストラップに瞬時に交換できる。これは、自然体でエレガンスを備えるアッパー層がスポーティに身に着けられる時計、という本機の出自に非常にマッチしている。着用する時計と洋服のコードが曖昧になっている現代にふさわしい、インフォーマルなあり方といえるだろう。独自のアラビア数字のフォントと相まって、程良いカジュアルさとそれでも損なわれない気品はさすがカルティエである。
また、サイズに関しては新作では41mmと35mmが用意された。今回は41mmの方を試したが、より上品に着けたいという人は男性でも35mmという選択肢は大いにアリだろう。実際、下の写真を見ていただくと僕の腕に収まってはいるものの、余白が大きく設けられた文字盤と腕とのバランスからいくと、より時計の面積が小ぶりな方が好みではある。大柄な欧米人が41mmを着けると、少し小ぶりに見えるくらいのサイズ感に調整されているのでは? と感じたのだが、もちろん日本人でもよりスポーティに着けたい場合はマッチするサイズ感だろう(ちなみに、僕はサントスもあえて小さめなMMサイズをチョイスしていて、エレガントな時計は小さめ、という主観をもっているので、それを踏まえた意見だと思っていただきたい)。
さて、このパシャという時計は毎日身に着けることを想定したものである(市場にあるほとんどの腕時計がその目的のもとで作られているだろうが、パシャほどそれが仕様とデザインに徹頭徹尾あらわれている時計も少ない)。つまりは、本機は毎日違う時計を着けかえるような一部の時計好きのためのものではなく、ほぼ毎日パシャを着けっぱなしでありながら、それが粋に見えるような人にこそふさわしいといえる。
僕はカルティエを1本所有しているので、ある意味、このパシャにも通ずる魅力は理解しているつもりだ(職業柄、サントスを着けっぱなしというわけにもいかないが、どれか1本を選べと言われたらかなりの有力候補となる)。ストラップの付け替えが可能で、多くのシーンにフィットするインフォーマルな空気感を宿したデザイン。いつでもどこでも着けられる特徴をもつがゆえに、着け手も時計と共に長く過ごして自分なりの着け方を模索すると良いだろう。カルティエというブランドは、単なる時計を作っているわけではなく、着け手のライフスタイルとなりうるプロダクトを生み出しているというわけだ。
最後に、もしあなたが時計コレクターでなく、1本で多くの役割を果たす時計を求めているならばこのパシャ ドゥ カルティエは適任である。インフォーマルな装いを補完する腕時計。70万円前後までのゾーンで、これほどの役割を担える時計はそう多くない。
カルティエ パシャ ドゥ カルティエ Ref.CRWSPA0009:ケース径41mm、厚さ9.55mm、SSケース、シースルーケースバック。ムーブメント:Cal.1847 MC、4 Hz(2万8800振動/時)、自動巻き、パワーリザーブ約40時間、機能:時、分、秒、日付表示。10気圧防水。ブレスレット、アリゲーターストラップ。価格:71万円(税抜)
詳細はカルティエ公式サイトへ。