「どうぞ撮ってください。私たちは準備ができていますから」
第1弾となるビバーウォッチの発表からちょうど1週間半が経過したとき、同ブランドの共同創設者のひとりであるピエール・ビバー(Pierre Biver)氏と、3度目となる対面で話をしたときのことだ。1年あまり前にローンチしたこのブランドが入門機として選んだのは、ポリッシュ仕上げを施したチタン製のカリヨン・トゥールビヨンだ。それはとてつもなく複雑で鮮烈な印象を放ちつつも、優美でモダンな存在感を示している。Watches & Wondersの直前、スイス・ジヴランにある、ファームハウスの本社で行われた発売記念パーティには、業界のトッププレーヤーらが参列した。しかしイベント外にいた多くの(ネット上の)ウォッチコミュニティからの反応は、まるで報復を考えているような殺伐としたものだった。わずか23歳にして、これまで以上にいろいろなスポットライトを浴びることになったピエール・ビバー氏は、その事実から逃げなかった。
ピエールは「人々が批判していることはよく理解していますし、私たちもそれに値すると思っています」と言う。「例えば、短期間のスケジュールとプレスからの画像の期待に応えて、3Dレンダリング画像を多用しましたが、これは時計を正当に評価するものではありません。また必ずしも時計についてきちんと時間をかけて伝えていたわけではなく、言いっぱなしにしていて、説明不足な部分もありました。もっと違ったやり方があっただろうと思うことはいくつかありますし、正直なところ、私たちが受けている批判や論評のなかには、実際には非常に建設的なものもあると思います。しかしノイズが多いのも事実です」
57万ドル(日本円で約7665万円)の腕時計を購入する対象ではなかったと思われる視聴者たちから、すぐさまInstagramにミームや苦情が流れてきた(そのうちの何人かは認めるだろう)。その議論の中心はまさにこれだった。高価な時計はどうあるべきなのか? 新ブランドがその価格でスタートするということは、どういうことなのだろうか? このブランドは時計業界で最も重要な人物であり、このブランドを支えるもうひとりの共同創業者でもあるレジェンド、ジャン-クロード・ビバーという名に便乗しただけなのだろうか? この時計を実際に買う人はいるのだろうか?
私は少し機転を利かせて、ふたりにこんな質問を投げかけてみた。彼らは動じず、すんなりとそれを受け入れてくれた。特に、かつてはブランパン、オメガ、タグ・ホイヤー、ウブロ、そして最終的にはLVMHのすべての時計を率いたマーケティングの天才と呼ばれる人物として、またトップブランドのCEOとして、ときに“やあ”と言うだけでインタビューとして成立するこの世界において、ジャン-クロード・ビバー氏はとても率直な意見を述べてくれた。
「もし私が疑問に思うことがあるとすれば、最も複雑な時計を最初に発売するという判断が正しかったのかどうかということです」。2週間前、ニューヨークで開催されたアメリカのリテーラー、マテリアル・グッド(Material Good)のイベントで年配のほうのビバー氏は私にこう言った。「今後、3針時計とクロノグラフモデルの両方が数カ月のうちに登場しますが、こちらはきっと感動してもらえると思います。ですがみなさんは私たちが何をできるか、実力を見たかったのでしょう。1年経って最初にやったことがシンプルなことでしたから、がっかりしてしまったんだと思うんです」
この時計に対する衝撃的な反応は、私を含めて少なからず多くの人が予想外の決断をしたことに原因があると思われる。ハイパーモダンなデザイン(極限まで磨き上げられたチタンにストーンダイヤル、鋭い角度、驚くほどユニークなファセットを施したブレスレットなど)は私をはじめ、おそらく多くの人が伝統的なブランパンらしいデザインを期待していたために驚きを隠せなかったのだろう。
その代わりにビバー氏たちは、2008年のジャガー・ルクルト レベルソ・ジャイロトゥールビヨン2や最近のハイブリス・メカニカのように複雑機構を組み合わせることにこだわった、ある種グランドコンプリケーションのウブロ(ほかのハイパーモダンな印象とは異なり、フューチャリスティックでありながら、ひと目で時計とわかるデザイン)に近い雰囲気のものをつくりあげた。複雑機構を実現する能力は確かに重要でありトレンドでもあるが、一方市場では、リーズナブルな価格に抑えつつも、ひとつの優れた複雑機構を備えたものを求める需要に落ち着いたようである。このように市場があっちこっちに動くなか、彼らもあっちこっちに動いたのだ。
これは若いピエール氏が描く現代に沿ったビジョンなのか、はたまたアートディレクターが自分(とそのブランド)を軌道に乗せようとする“ガードレール”からようやく脱却するように、ジャン-クロード氏の個人的な好みの奥底にあるものがようやく表に出てきたのか、ずっと気になっていた。これは彼自身が言うようにジャン-クロード・ビバー氏による“最後の作品”である。
「それは、私の父について本当に理解している人があまりいないということです。彼をコントロールすることはできません」とピエール・ビバー氏。「彼がこれまで働いてきたブランドでも、安全策を取ってきたと思われたかもしれないですが、いつもそうでした。彼はどのブランドでも自分の気持ちをたくさん注ぎ込んでいたのです。彼がいた頃のゼニス、あるいはタグ・ホイヤーを例にとれば、彼の役割を感じることができるはずです」
「彼はそれを持ち込んで、そして今、私たちは人々の予想や期待とあまりにも違うことをしています」と彼は認めている。「みなさんは非常にクラシックか、あるいは非常にモダンなもののどちらかを期待していたと思います。父と一緒に仕事をしたり、私の父との関係や仕事のやり方では区別をするのが難しいですね。誰のアイデアがどうだったかは、もう言えません。しかし今日、私たちはシンボリックかつ伝統的な時計が、今の時代でつくられたらどのように見えるかという最高の状況のなかに実際いるのです」
理論上このムーブメントは、ジャン-クロード・ビバー氏がキャリア初期に受けたジャック・ピゲによる助言からインスピレーションを得たものである。ジャック・ピゲの始祖、ルイ=エリゼ・ピゲは歴史上最も偉大な時計職人のひとりであり、複雑時計の名手でもあった人物だ。実際、ブランパンは後にL.E.ピゲの屋根裏部屋でミニッツリピーター用のベルを見つけている。ビバーウォッチは“音・記憶・動き”の3つの項目こそ実現したいことの本質であるといっている。カリヨン・トゥールビヨンは“音”をチェックし、今後は日付を“記憶”する永久カレンダーや、“動き”を追いかけるクロノグラフというのを計画してるようだ。またプレス資料のなかには、相互のつながりや文字盤に選んだストーンの魅力について語っているなど、非常に“ニューエイジ”的な表現が数多く見受けられる。
実際にこのムーブメントはヌーシャテル近郊のレ・ゾー=ジュヌヴェにあるセルクル・デ・オルロジェ(Cercle des Horloger)とデュボア・デプラ(Dubois Dépraz)が開発、そこから発展したほかのムーブメントを使用している。さらにミオドラグ・ミヤトヴィッチ(Miodrag Mijatovic)氏が設立したM-Design社および、ジャン-クロード氏がブランパン時代から一緒に仕事をしてきたプロダクトデザインマネージャーのフィリップ・ジラール(Philippe Girard)氏との共同によりデザインは誕生した。
しかし発表されたとはいえ、これらの要素は決まっているわけではなかった。ピエール・ビバー氏によると、最高の音色を奏でるためにリピーターに最適なゴングを調達して、ハンマーとその軌道を微調整している最中だという。5月中旬にはこの調整を終えて、9月にはフル稼働で生産にこぎつけたいとのことだった(当初は年産12本だけだが、人員を増やせば20本まで増やせるそう)。
カリヨンリピーター“のみ”ならず(ゴングがふたつしかない“シンプルな”リピーターより1歩前進しているのだ)チタンを使ったトゥールビヨン(この機構は時計を複雑化させるためだけの単なる付属品と化している)を搭載しており、巻き上げ用のマイクロローターの搭載を差し引いても、今日でほとんどのブランドが行っていない複雑機構の組み合わせを実現している。これに対しカール F. ブヘラは、38万スイスフラン(日本円で約5740万円)でトリプルペリフェラル・トゥールビヨン・ミニッツリピーター(カリヨンは搭載していない)を製造している。さらにパテックも60万スイスフラン(日本円で約9070万円)を超えるRef.3939や5303J(これもカリヨンの搭載はなし)のように、長年にわたっていくつかのモデルを製造している。
“音、記憶、動き”とともに、ビバー氏たちはプレス資料で“愛、記憶、進化”も伝え、加えてこの時計のシンボリズムについても語り尽くしている。実際、ジャン-クロード氏はこの時計の核を伝えるプレゼンテーションの冒頭で、業界における自分の過去を振り返り、これまで築いてきた50年のキャリアのうち、このブランドが“最後の5分間”になることを述べたのである。
もう少し温かみのある時計がいいだとか、難解な哲学的思考を重視した時計がいいだとかそういう好みの問題は、この時計が目指しているものを実現できているかどうかには関係ないのだ。あくまでもこれはビバー家の時計づくりに対する愛情とそれを推し進めるビジョンを超絶技術で表現したものに過ぎない。マイクロローターの搭載によって、彼らが約束する“日常使い”を想像するのは少し極端だとは思うが、私はその可能性はあると想定している。そのため、私はこの時計のどこが優れているのかについて反論することも、この時計が目的を達成できていない点を指摘することもできなかった。
またこの時点で私が何を伝えたとしても、これは嫌だと決めつけている人たちの心を変えることはできないと理解しているが、この時計を何度も(本当に何度も何度も複数の場面で)見たり身につけてみてほしい。そして、ネット上の感想や個人的な会話から切り離された状態で考えるのに十分な時間があるのであれば、実際の着用感のよさや仕上げについて、手に取って正直に考えてみる価値があると思うのだ。
実際に時計を装着してみると着用感のよさは否定できない。ピエール・ビバー氏はパテックのヴィンテージモデル、Ref.2499のラグからインスピレーションを得たと語ってくれた。ラグを下側に設けていることで、13.7mmという厚さにもかかわらず、フラットなサファイアケースバックとともに手首をより包み込むようになっているのだ。しかも50m防水を実現しながらも、一般的に市販されているクロノグラフと比較しても、それほど厚いわけではない。また裏蓋、ベゼル、ケースの側面が凹んでいるため、少し時計のテーパーが効いた仕様に仕上がっている。このブレスレットを構成する5つのリンクは、それぞれファセットカットで傾斜したおもしろいデザインで、長辺が次のリンクに接続するより前に急な傾斜があるような、一種の不等辺三角形のようなものだ。これらの計算されたデザインにより、視覚的なおもしろさと快適なつけ心地を兼ね備えた時計に仕上がっている。
光による視覚的な演出もデザインのカギを握っている。ケース表面は、ハイポリッシュのチタン(ツートーンのピンクゴールドと)からサテンポリッシュへと移行して、視覚的なコントラストを強調している。決して中途半端な時計ではない。特にケースから放たれる光は議論にすらならない。
また完璧に仕上がっていないことを、真面目に議論することもできないのだ。裏側にはホワイトゴールドのブリッジにブラックポリッシュとグレイン加工を施し、その下にブラスト加工を施したものがある。ローズゴールドとチタンのツートンカラーの時計はムーブメントの動きの一部をよりハッキリと見ることができ、そこから見えない部分を含むすべてのパーツが信じられないほどに完成されていることがわかる。ストーンダイヤルは厚さ0.6mmのソーダライトや銀黒曜石が層でできた硬質石でできている。またヴィンテージのボンベ(ドーム型)ダイヤルからインスピレーションを受けており、同モデルもボンベダイヤルを採用。文字盤の裏側まで丁寧に仕上げている。
文字盤に配されたロゴは“ブランパン”ぽいフォントであり、ひとつのグループとしてではなく一文字一文字を手作業で植字している。カーブしたインデックスと鋭いドフィーヌ針もモダンな印象で、さらに頂上部を削り、エッジな斜面にはポリッシュ仕上げ、サテン仕上げを施しているのもポイントだ。今回撮影はかなわなかったが宝石をセットしたモデルもあり、それはミニッツリピーターのスライド下部も含めて、ほぼ全体がダイヤモンドで覆われている。131万5000ドル(日本円で約1億7700万円)の時計で、カリヨンのチャイムを聞くときにダイヤモンドがなくても困らないということだ。
ジャン-クロード・ビバー氏による個人的なプロトタイプはチタン製でダークストーンの文字盤を備えているが、こちらはフィリップス・オークションに出品される予定となっている(微調整をしたあと)。フィリップスアメリカ地区の時計部門責任者であるポール・ブトロス(Paul Boutros)氏も、オフィスで1時間以上かけてこの時計の仕上げを吟味したあと、その仕上げを高く評価している。ジャン-クロード氏は、今後ローンチされるビバーウォッチでも、このレベルの仕上げをを期待すべきだと発言している。しかしもし誰かが彼らはフィードバックに耳を傾けていないと思っているとしたら、それは大きな間違いだ。
「時計の分野で多くの経験を積み、実際に時計を手にした人たちから素晴らしい建設的なフィードバックが得られたからこそ、それをもとに実際に改善していくことができるのです」とピエール氏は話す。「実際にすでに取り組んでいる意見として、地板をサンドブラストから手作業による梨地加工に変更したことで、もう少し輝きを演出すことができました。アンクルではアングラージュ(面取り)をもっと頑張ります。そしてガンギ車では同様に角度をつけてみます。また今後もブレスレットの一体感やケースのシャープさなどを改良していく予定です。ただ全体的に見ると、私たちはクライアントの評判に大変満足していますし、そのフィードバックを参考にすることで最高の時計をつくりあげることができるのです」
とはいえ、ピエール氏が価格に対して気にしているというわけではない。
ピエール氏は、「理由を説明せずに価格を批判することはできません」と言う。「もしも“ムーブメントのつくりが甘くて、文字盤の出来が求める価格の水準に合っていない”という声があれば、そう、それはすでに実際会話で貢献したことになるのです。もしかしたらそのなかには、不当なものもあればすべて正しいものもあるかもしれない。私たちはそれも踏まえているのです」
しかし実際に購入した人からの評判では、価格は気にならないということを証明している。私は確かに50万ドルの時計を買う気はないが、そういう人たちは確実に存在する。実際その数は十分で、最初のビバーウォッチが発表された4日後には、年間わずか12本の生産にもかかわらず2年分の生産量を売り切ってしまったのだ。マテリアル・グッドの時計部門責任者であるヨニ・ベン・ヤフダ(Yoni Ben Yahuda)氏によると、割り当てた分のかなりの部分が売れてしまったいうのだ。
別れ際、ピエール氏は携帯電話を取り出して、このブランドからまもなく発売されるという非常に興味深くて未来的なムーブメントデザインのレンダリングを見せてくれた。カリヨン・トゥールビヨンの生産数は50本以下とし、このファーストエディションから次の3モデルへと段階的に移行していく予定だという。実際、少なくとも10年分の計画された時計がすでにあるようだった。まず2024年で予定しているのは、これよりもシンプルな3針ムーブメントで、価格もさらにリーズナブルになるということ(とはいえ非常に高級な位置付けであることには変わらない)。次の2025年に登場するのは、ムーブメントの構造を理解するのが難しい、非常に興味深いデザインのクロノグラフだった。これらのビジョンにより私はビバーウォッチの未来にとても期待している。
カリヨン トゥールビヨン ビバーに関して言えば、私が見たものは決して品質に欠けるものではなく、打ち砕かれた先入観からジャン-クロード・ビバー氏が時計という形で自分の遺産を残すために考えていること、さらに時計の設計と製造に1年かけることで何が可能になるかなど、多くの異なるレベルで私を驚かせたということを強調しておきたい。時間はできたがプレッシャーが減ったわけでもない。次に何が起きるのか、どんなものが出てくるのか楽しみにしている。
ビバーウォッチの詳細については、ブランドの公式ウェブサイトをご覧ください。
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