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文学的な表現が混じるが、長年、オデュッセウスは私にとっての白鯨(まるで幻かのような達成困難なもの)だった。
私が初めて見た情報解禁前の時計は、2019年に発売されたオリジナルのスティール製オデュッセウスだった。熱狂的な時計愛好家である私は、当時、いままでやったことがなかったが無名の販売店の依頼を受けて新作モデルを撮影することになった。そして私の興奮とは裏腹に皆さんのご想像どおり、散々な結果となった。それからランゲの寛大な計らいにより、改めてWatches & Wondersで新型のオデュッセウスをもう一度撮影させてもらえる機会を得たのだが、これがまたとてつもなくいいのだ。
W&W初日のポッドキャストにて、ベン(・クライマー)はランゲについて、「私のような人間のために、必要のないことまで絶えずやってくれる」と話したとき、彼が私の個人的な救いのために言っていないことは分かっていた。そしてグラスヒュッテの最大手ブランドによるSS製のスポーツウォッチ(かつては想像すらできなかった)が、人々の憧れの的になるというのもまたおかしな話だが、4年後の今、我々は新しいオデュッセウス・クロノグラフが、ランゲの狂信的なファンのために作られた時計であることを認めざるを得ない。
A.ランゲ&ゾーネと言えば、ほかの素晴らしいものの中でも、特にクロノグラフのスペシャリストといっても過言ではない。どのブランドにおいてもクロノグラフの新型ムーブメントというのは大きなニュースになるのだが、ランゲになるとそれ以上に願ってもないことになる。今になって思えば、オデュッセウス・クロノグラフは、彼らの最新ラインに施すことができた、明らかなフォローアップ(既存の強化モデル)だったわけだ。しかしだからといって、この発表が興奮を抑えられるようなものでないことは確かだ。そう、これはヤバい。ただしそれだけで、この時計のすべてを把握することにはならない。
新しいオデュッセウス・クロノグラフ最大の成功は、オデュッセウス全体のデザインコードを、ブランドとして全体的に維持したことである。文字盤からムーブメントに至るまで、この時計にはランゲのDNAの特徴が随所に表れている。しかし、オデュッセウス・クロノグラフが出るという噂が流れたとき、過去のオデュッセウスと同じ形状のSSケースしか残らないと思い込んでいたコレクターを、少なくとも一人は知っている。そして結果は、彼らが期待した以上のものが発表された。ただし新型オデュッセウスが真新しいクロノグラフであるという本質そのものは、中央の赤い針がなければ見過ごしていたかもしれない。
日付と曜日の表示は、ランゲのアイコンともいえるゼンパー歌劇場にあるクロックのデザインを継承しており、またオデュッセウスをオデュッセウスたらしめている重要なデザインコードの一部分でもある。文字盤には、彫金したホワイトゴールドのインデックスにミニッツトラック、そしてハイライトの上にある細かく刻まれた秒を示す小さなトラックなど、期待通りの質感を備えた仕上げがうまく融合している。6時位置のスモールセコンドと合わせて、伝統的なデザインと先進的なデザインが混在するランゲの魅力を、文字盤上ですべて堪能することができるのだ。少なくともこの時計が持つ美しさについて否定的なことは言えないと思うが、ただ正直なところ、ランゲに関してはほぼムーブメントがすべてと言っていい。
ベンによるオデュッセウス・クロノグラフのIntroducing記事があまりに丁寧だったため(そしてその時計が市場にあるほかの選択肢の中で、どのような位置づけにあるのかについても)、装着した感想に入る前に手短に説明しよう。特にSS製の一体型ケースを持つトップクラスの時計と比較する場合、このブランドの斬新なムーブメント設計の成果に目を向けることは、とても重要であることは確かだ。
1815 クロノグラフで採用されたL951.5ムーブメントのように、既存クロノグラフのデザインに手を加えるという“簡単な”方法を取るのではなく、ランゲは、オデュッセウスに搭載されたダトマティック(Datomatic)Cal.L155.1を、新しいクロノグラフキャリバーL156.1に改造するという、誰もがワクワクするような素晴らしいことを実現。ムーブメントデザイナーは、時計製造の世界で最も難しいこととされるのは、未だ見たことのない斬新なクロノグラフを設計することだと言うだろうが、ランゲはそれを成し遂げたのだ。オデュッセウスはすでにユニークなデイト機能を備えていたため、彼らも手を焼いたせいもあるかもしれないが、それでもプラチナローターを装備した516点の部品からなる自動巻きクロノグラフとしては、十分な存在感を示している。
最終的に出来上がった機能もかなり珍しいもので、眺めているだけでも楽しい。短い撮影時間(多分7~8分くらい)のあいだに、クロノグラフが動作しているのも確認できた。ベンは最初に思いついた類似の時計として、中央の積算分針だけでなくセンターにクロノグラフ針も備え、戦前に登場したロンジン 13ZNのバリエーション、“ドッピア・ランチェッタ(Doppia Lancetta)”だと的確に挙げた。これの場合、隠れたシルバーのクロノグラフ秒針が、中央に位置する分単位の積算計として機能し、精悍な赤いセンター針が秒単位でカウントしていく。クロノグラフのデザインとしては変わりモノだが、文字盤におけるオデュッセウスのデザインコードをそのまま維持するための解決策としてはとても理にかなっている。
この試作機がつくられたとき、ムーブメントの設計に携わった誰もがその機能に驚いたと聞いている。そう、ランゲは偶然にもクールな動きをするクロノグラフを作りあげたということだ。
ケースのデザインコードはそのままに、ランゲはクロノグラフ機能を追加した。表面上は簡単なことなのだが、オリジナルのオデュッセウスのリューズ上下にはプッシャーが付いているため、普通はこのケースにクロノグラフを搭載するだけで終えてしまうのは当然のことだ。しかし、そのプッシャーは曜日や日付を変更するものだったため、独自のソリューションが必要となった。この新オデュッセウスは、リューズが押し込まれたポジションだとクロノグラフとして通常どおり機能(あるいはできる限り普通に機能するのだが、これについては後述)し、リューズを引き出すと曜日・日付を調整することができる。
確かに、プレスリリースを読んでいて一番戸惑ったのは、時計のリセットについてだ。リセットの動画があればいいのだが、我々はそのための準備をしていなかった。だができるだけ説明するようにしよう。新しいオデュッセウス・クロノグラフにフライバック機能はないため、リセットするには時計を止めなければならない。だがそのすぐ下にあるボタンを押すと、ワイルドな展開が待っている。赤い針は、文字盤を1周するごとに“巻き戻って”、ミニッツカウンターは可能な限りの速さで、直接ゼロまで帰零する。経過時間が30分になると、針は反時計回りにゼロまで進み、さらに30秒が経過すると、赤い秒針とともに時計回りに進んでいく。実際、秒針が時計回りにまわるのは、1分経過するごとに1回ではなく、残りの1分間に1回、つまり最大1時間までのあいだだけである。もし37分間、クロノグラフを作動させた場合、赤い針はダイヤルの周りを23回だけ回転するということだ。
このモデルで一番よかったと思ったのは、このクロノグラフがなぜこのように動作するのか、実はまだうまく説明がされていないという点だ。実際にこの試作機がつくられたとき、ムーブメントの設計に携わった誰もがその機能に驚いたと聞いている。そう、ランゲは偶然にもクールな動きをするクロノグラフを作りあげたということだ。そして彼らは、時計が生産レベルに達した“理由”について理解していたと仮定して、この2週間でA.ランゲ&ゾーネ以外の人と話した限りでは、真にその理由を理解している人はひとりもいなかった。Watches & Wondersにはまだ“ワンダーズ(不思議)”が残っているのだ(先週ベンが見事に表現したように、これこそこの展示会の意義のようなものだ)。
時計の装着感が、皆さんの最大の関心事であろうことは理解している。ここで考えていただきたいのは以下の二つのことだ。まず、A.ランゲ&ゾーネはそもそもこのクロノグラフを100本しか生産せず、私の認識としては、基本的にすべて先行して予約販売しているようであるということ。だからもしまだこの時計を購入していない方がいれば、直径42.5mm、厚さ14.2mmのケースや、約15万ドル(日本円価格未定)という価格への懸念に悩まされることなく、すぐにこの時計のウェイティングリストに名前を記入して欲しい。まあこれはある意味、他人事なのだが。購入者にとって価格が懸念点であることは間違いなく、なかには10万ドル(約1316万7000円)程度の時計であることを期待していた人もいた。あるコレクターは私に、「他のオデュッセウスになかった迷いが生じた」とこっそり教えてくれた。しかし完璧主義者である彼らは、この時計が間違いなくブランドを前進させる役割を持つと認め、とにかくリストに名前を書き連ねた。率直に言って彼らを責める気にはなれない。
オリジナルのオデュッセウスより2mm大きく、さらにダトグラフ・パーペチュアル・トゥールビヨンとほぼ同じ厚さにもかかわらず、オデュッセウス・クロノグラフは想像以上に快適なつけ心地を提供してくれた。この時計を身につけて、コレクターによる夕食会でテーブルを囲み、オデュッセウスについて語り合ったランゲを愛する仲間の誰かが、このケースは手首に大きすぎると言っていた人はひとりも思い出せない。
結局のところ、よりスポーティな時計であることが前提のため、本機は特段大きくても問題はないのだ。ただし3ピース構造のケースは、ともに過ごす仲間たちが大きくしようと決めたのではない。またムーブメントを小さくすることができなかったからというわけでもない。ブランドは6年という歳月をかけて、その限界に挑んでいる。デイトとクロノグラフの両方を操作するプッシャーにレバー機構を採用したことでケースサイズが大きくなってしまったというのが、いちばんしっくりくる理由のようだ。それがクリエイティビティの代償なのだ。
いや、問題ない。私の経験では、一体型ブレスレットの時計であれば、同じサイズのストラップを採用した時計よりも、手首を中心としたときの重量のバランスがいいため、安定して着用できる。だからオデュッセウス・クロノグラフの例では、ケースの形状やデザインは測定値とは印象が異なる。ケースからラグまでどれだけ離れているか、そして角度のついた一体型ブレスレットの脱落とテーパードにより、私の7.25インチ(約18.4cm)の手首でもつけやすくなっている。CEOのヴィルヘルム・シュミット氏が何年も前にブレスレットを撤廃して以来、現代ランゲのラインナップにおいて、未だにブレスレットを見つけることができるモデルのひとつでもあるのだ。
私が一番気になったのはムーブメントの美観である。もし私がどんな素晴らしいランゲを買うとしても、それはムーブメントの美しさと奥深さによるところが大きい。残念ながら、今回はそのような気持ちにはあまりならなかった。実は、ランゲが待たせているほかの顧客(残念ながら購入するチャンスのない時計だが)に時計を見せるべく、邪魔にならないようにしようと写真を撮りつつも慌てていたため、ムーブメントを一方向からしか撮影していない。その写真は、巻き上げローターがクロノグラフ機構の一部を、わずかに覆い隠してしまっていたのだ。しかし私はこれを間違った方向から見ていたことに気づいた。これはトリプルスプリットでもダトグラフでもなく、スポーツウォッチなのだと。ランゲの成功の鍵のひとつは、近代的な技術による時計製造の上に、手作業による仕上げで付加価値をつけることだが、斬新なのは、この新作がその成功の全体像と今後のブランドの方向性を示すものであることだ。
マークによるハンズオンにも記述があったが、新しいオデュッセウス・クロノグラフは6年の開発期間を経た力作である。HODINKEE JapanはWatches & Wondersを前に、シュミットCEOに直接お話を聞く機会をいただき、その事実を確認した。マークが言うように、A.ランゲ&ゾーネの価値はムーブメントが占める割合が高いと僕も感じていて、仕上げによる美観のみならず機械の操作感や感触にそれは現れていると思う。
「私たちのムーブメントの製造方法は工業化されているとは言い難く、ひとつひとつのムーブメントにおいて全体の公差を調整する必要があります。それを行うのは、個々の時計職人たちです。パーツごとの高さや摩擦、歯車のアライメント、その他もろもろを彼らの技術と感覚によって整えていくのです。よくランゲは二度組みをしていることを話題にされると思いますが、実はある意味“二度”どころではない。時計師が初めてのアッセンブリを行うときには、試行錯誤を繰り返して何度も組み直しているようなもので、それによって機械の感触をそろえていくのです。例えば、私たちのクロノグラフはプッシャーの押し心地も人の手によって調整しています。通常、クロノグラフのスタート/ストップで、プッシャーを押したときの感触は異なり、ストップ時の方が柔らかいものです。しかしランゲの場合は、それをいつも同じ硬さになるように調整しています。もし試していただけることがあれば、その瞬間、あなたは機械加工されていないクロノグラフを作動させたと感じてもらえることでしょう」
正直、機械の感触に至るまで職人の技術・才能によって手が入っていることに驚きを隠せなかった。ユニークピースでもなく、レギュラー品にまでこうしたこだわりを盛り込んでいるからこそのA.ランゲ&ゾーネなのだ。“そこはいいから、もっと数を作って欲しい!”とは、ここ数年でファンになった方の共通の想いだと思うが、これこそがランゲをランゲたらしめている個性だと感じる。シュミットCEOには、生産数についても正直なところをぶつけてみた。
「我々は毎年5000本ほどの時計の生産を続けるために試行錯誤を繰り返していますが、現状のリソースだと限界に近い状態です。およそ560人の社員でこれに当たっていますが、キャパシティに限りがあるからこそやめてきたことも多くあります(注:僕が愛してやまない、ランゲによる角型ウォッチのカバレットは復活しないのか、とお伝えしたところ、キャパ不足を理由に2011年に生産中止をすでに判断したものとして例にあがった。涙)。以前、HODINKEE Japanとのインタビューのなかで、新しい時計師の教育について質問いただいたこともありましたが、それは現在少しずつ進めているという状況で、それで急激に生産が増やせるというものではありません」
生産数が増えない一方で、他ブランドも続々とスタートさせ、リシュモングループ内でも近い動きが見られるCPO(認定中古)ビジネスで、商品を多く流通させる構想はないか伺った。
「我々はそれを“ヴィンテージ市場”とみなしています。20年、30年経ったものか、生産終了したものをそう呼ぶのか、色々と定義はありますが、1994年に再興したA.ランゲ&ゾーネのように若いブランドにとっては10年前の時計がそれに当たると思います。ランゲの時計のケースは容易にポリッシュされるべきでないと考えていて、ムーブメントの調整についてもオーナーの意思におまかせしています。キレイなものをお求めであれば新品を購入いただく方がよく、過去のものをリファビッシュして販売するということを我々は考えていません。古いものは古いまま、実際そう見えるようにしたいというコレクターもいて、私もそれに賛成です。それ以前に、先程もお伝えしたキャパシティの問題があるランゲのようなブランドは、市場から時計を買い戻し、修理して再販売するというビジネスモデルはなかなか成立できないのです」
最後に、ブランド再興から30年を迎える来年、さらなるサプライズがあるのかを尋ねると、日本のコレクターへのメッセージとともにこんなこたえが返ってきた。
「それを言ってしまうと来年のインタビューが必要なくなってしまいますね(笑)。毎年サプライズは用意していますし、もちろん2024年はさらなることを期待いただけると思います。今回ご紹介したオデュッセウス・クロノグラフは6年前に開発をスタートしたものですし、すべてはパイプラインのように繋がっているものです。これまでの延長線上にある素晴らしいものを提供したいと考えています。今、オーナーの皆さんは“待たされる”という事実に直面されて疲れてしまうこともあると思います。ときには思うように時計が手に入らないことも。ただ、これは我々が意図した状況ではなく、そのため時間がかかってしまいます。このことをお詫びすると同時に、皆さんにご容赦もお願いしています。待つあいだ、ランゲのことをより知っていただき、学ぶ楽しみに遭遇することもあると思います。ランゲを愛してくださる方々みんなが時計を欲してくださっていることはよく理解していますので、私は皆さんを平等に、公平に扱わせていただくということを約束致します」
コメントや感想に対して耳を傾けることは、トップに立つための代償のような気がする。オデュッセウス・クロノグラフを手にした短い時間のなかでさえ私が確信したように、A.ランゲ&ゾーネがその頂点に位置していることは、この新作の実機で証明されたと思う。
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詳しくは、ランゲの公式ウェブサイトをご覧ください。