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2月中旬、私はスイスのジュネーブに滞在し、想像し得る限りのビッグブランドはもちろん、いくつかの小さなブランドも訪れた。旧知の友や新たな友人とコーヒーを飲んだり、そのミーティングから生まれた極秘プロジェクトもいくつかあったりするのだが、今回ぜひとも紹介したいのは、2025年のジュネーブ時計グランプリ(GPHG)で候補作として見かけて以来、実物を見るのを待ち焦がれていた時計だ。
アンデルセン・ジュネーブ ラトラパンテ モンディアルは、ワールドタイム機構とスプリットセコンド・クロノグラフを組み合わせた世界初の腕時計だ。2025年秋に発表されたこのモデルは、GPHGで部門賞を受賞することはなかったが(クロノグラフ部門賞はアンジェラスの新しい自社製キャリバーに贈られた)、純粋に個人的な視点から言えば、コンペティションで見たなかで最もエキサイティングな時計だった。そして間違いなく、先週ジュネーブで見たなかで最もクールな時計でもある(いや、実はそれを超えるかもしれない1本があったのだが、それについてはまだ話すことが許されていない)。
では、なぜこのアンデルセンの時計にこれほど興奮したのか? それは、ウォッチメイキングにおける私の大好きな複雑機構がふたつ搭載されているからだ。しかもアンデルセンは、直径39mm未満、厚さ12mm未満(正確には38.8mm×11.95mm)というケースにそれらを収めることに成功した。これが世界初だと言っただろうか?
私がアトリエを訪れていると、83歳のスヴェン・アンデルセン氏が現れ、若い時計師にいくつかアドバイスをしていた。
まず、アンデルセン・ジュネーブとは何か? その全貌については、同僚のマーク・カウズラリッチがHODINKEE Magazine最新号に寄せた素晴らしい記事をぜひおすすめしたい。この記事では、創業者スヴェン・アンデルセン(Svend Andersen)氏の若き日々から、パテック フィリップのグランドコンプリケーション工房で働く3人のうちのひとりとして頭角を現し(ほかのふたりはロジェ・デュブイ/Roger Dubuis氏とマックス・バーニー/Max Berney)、自身の名を冠したブランドを設立し、パテック フィリップに搭載されていたコティエが設計したムーブメントを研究したのちに、まったく新しいワールドタイム機構を創り出すまでの経緯が詳述されている。
もちろん、彼が独立時計師アカデミー(AHCI)の設立に果たした役割も大きい。AHCIは今なお世界で最も重要な独立時計師の組織であり、フランソワ-ポール・ジュルヌ(François-Paul Journe)氏、カリ・ヴティライネン(Kari Voutilainen)氏、フィリップ・デュフォー(Philippe Dufour)氏をはじめ、多くのメンバーが所属している。アンデルセン・ジュネーブのアトリエでは、フランク・ミュラー(Franck Muller)氏、フェリックス・バウムガルトナー(Felix Baumgartner)氏(ウルベルク共同創業者)、ガエル・ペテルマン(Gaël Petermann)氏(ペテルマン・ベダ共同創業者)といった面々と共に働き、指導してきた。
さらにおもしろいことに、スヴェン・アンデルセン氏が最初に名を馳せたのは、何を隠そうボトルクロックだった。そう、あなたが想像するとおりのものだ。
ガラス瓶のなかに小さな模型船を組み立てるのを想像してみて欲しい。ただし、それを時計として機能するように作るのだ。スヴェン・アンデルセン氏はこれをやってのけ、大絶賛を浴びた。彼のキャリアを通じて製作された29個のうち、半分以上が世界の主要な博物館に所蔵されている。そのうちのひとつが、幸運なことに、アンデルセン・ジュネーブの工房にあった。彼は瓶のなかで時計を組み立てるために必要な工具まで自作しなければならなかったと言う。なぜそんなことをしたのか? それは、ハイエンドなウォッチメイキングにおける多くの試みと同様、「やってはいけない理由がないから」だろう。
オリジナルのアンデルセン製ボトルクロックと、彼が(瓶のなかで)時計を組み立てるために製作したいくつかの工具。
アンデルセン・ジュネーブの歴史についてこれ以上詳しく述べることはしない。というのも、過去に何度か取り上げているからだ。現行マガジンのマークの記事に加え、アーサーは2016年までに作られたすべてのワールドタイマーを取り上げているし、ローガンは2022年にふたつのリューズを備えたワールドタイマーについて説得力のある記事を書いている。さて、話を新しいラトラパンテ モンディアルに戻そう。この時計は最高なのだ。
スプリットセコンド、ワールドタイマー、プラチナ製、39mmを下回るサイズ。私の話は、実質これだけで完結するかもしれない。
前述のとおり、GPHGのリストでこの時計を見たときに私が本当に驚いたのは、ふたつの複雑機構が組み合わされていることだけでなく、それを比較的小さく薄いケースに収めることができたという点だ。はっきり言うと、ランゲの1815 ラトラパントやパテックのRef.5370の両方よりも小さく薄い。どうやってそれを実現したのか? それこそがアンデルセン・ジュネーブの精神の一部なのだ。彼らはムーブメントメーカーではなく、コンプリケーションメーカーなのである。彼らが現在、そして過去に製造したワールドタイマーのほとんどを見れば、それらがフレデリック・ピゲやそのほかの有名なエボーシュをベースにしていることが多いのがわかるだろう。
しかしワールドタイムモジュール、リピーター機構、ジャンピングアワー機構は自社設計だ。これは当初から意識的に下された決断であり、率直に言って魅力的な選択だ。実績があり、精巧に仕上げられた素晴らしいエボーシュが存在するなかで、それはとても理にかなっているだけでなく、一部のインディペンデントブランドと比べて価格を“ある程度”リーズナブルに抑えることができる。ラトラパンテ モンディアルの場合、既存のふたつの要素を新たな形で組み合わせ、まったく新しい製品を生み出している。スプリットセコンド機構は彼らが製造したものではない。本作はこれまで一度も組み立てられたことのないムーブメント、ヴィーナス179から構築されたのだ。
DID YOU KNOW?
ヴィーナス 179 を現代風にアレンジしたインディペンデントブランドは、アンデルセンだけではない。アトリエ・ド・クロノメトリーも、同じキャリバーを使用し、ムーブメントの仕上げに独自の工夫を凝らしたオーダーメイドウォッチを提供している。2023年のマークの記事はこちらから。
また、歴史的なラトラパンテムーブメントについてすべてを知りたい場合、2016 年に執筆された詳細な記事もご覧いただきたい。
そう、この時計のベースとなるのはアンデルセン・ジュネーブが調達し、まったく新しい方法で仕上げた新古品のムーブメントだ。ヴィーナス179は1940年代から50年代にかけて製造されたラトラパンテムーブメントで、オリジナルのブライトリング デュオグラフやレコード(Record)、テルダ(Telda)などの同時代の時計に搭載され、その後、90年代にはジラール・ペルゴ、パネライ、パルミジャーニの一部モデルに再び採用されていた。
つまり、これは新しいムーブメントではないのだ。しかし前述のブランドのどれも、アンデルセン・ジュネーブほどこのムーブメントを完璧には実現していない。より小規模ではあるが、アトリエ・ド・クロノメトリーも歴史的なキャリバーをベースにしたラトラパンテの委託製作を行っており、こちらも素晴らしい出来栄えだ。ちなみに現在も販売されているのか、また価格はいくらなのかはわからない。
これは確かに70年前のヴィーナスキャリバーだが、ここに施された仕上げのレベルは、これまで見たことのあるものとはまったく違う。
手作業による組み立てや仕上げが“施される前”のヴィーナス179の姿。
まず、これらのヴィーナスキャリバーは部品として調達されたもので、完全に組み立てられたムーブメントではなかったため、実質的には真に新しいものであるということを記しておくのは重要だ。これにより、アンデルセンはすべての部品をどのように仕上げるべきかを再考する機会を得た。そして率直に言って、彼らは極限までこだわった。スプリットセコンドの刻印、コラムホイール、ネジ頭、テンプの調整要素はすべてブラックポリッシュ仕上げが施されている。受け石にはルビーカッターが使用され、歯車には随所に内角が施されている。特定の表面は、ピエール・ド・パリ(pierre de Paris)と呼ばれる石を使用してサテン仕上げが施されている。これは今日のウォッチメイキングではほとんど使用されない上質な仕上げ材だが、その洗練された質感は高く評価されている。歯車のアームさえもていねいに角度を付けて磨かれ、ブリッジとプレートはバフ研磨されている。すべての面取りは研磨されたあと、完全に手作業で成形、平滑化、研磨されている。
率直に言って、その出来栄えは素晴らしい。“自社製”ではないものの、その仕上げはパテック フィリップ Ref.1436のような歴史的リファレンスに搭載された、バルジューをベースにしたラトラパンテムーブメントの仕上げ技術をほうふつとさせる。その手作業の巧みさは、アンデルセン・ジュネーブの腕時計ではかつて見られなかったほどの精緻さと言えるだろう(歴史的なランゲのムーブメントをベースにした、特注のミニッツリピーターは例外かもしれないが)。ラトラパンテ モンディアルはアンデルセンの時計として初めて“AAA”品質の称号を授与され、裏蓋に時計職人の名前が刻まれたモデルとなる。この新しい刻印は今後、このレベルに達する手作業の技術が認められるごく少数のモデルにのみ与えられる予定だ。
Photo by Tim Vaux
しかし、ディテールはラトラパンテムーブメントの仕上げにとどまらない。この時計の自社製としての特徴は、主にワールドタイムモジュールに集約されており、アンデルセンはこの分野で間違いなく市場のリーダーと言えるだろう。このAAA評価の時計に搭載されているモジュールは、同社のほかの時計に使用されているモジュールと構造的には似ているが、24時間リングの周囲にふたつの都市名リングを配置する通常の構成ではなく、都市名は24時間リングの“上”に位置するサファイアディスクの裏側にプリントされている。このサファイアディスクの厚さはわずか0.5mmで、このきわめて複雑な時計が本格的なワールドタイマーが持つ伝統的な機能をすべて備えながら、驚くほどの薄さを実現している。
シルバー仕上げを施した真鍮で作られた24時間リングは、色ではなく繊細な質感の違いによって昼夜が分けられている。夜の時間帯はブラックポリッシュ仕上げにマットな数字がコントラストをなし、昼の時間帯はサテン仕上げとなっている。
ダイヤルもまた見事だ。ソリッドホワイトゴールド(WG)製で、バーティカルサテン仕上げが施され、すべての目盛り、スケール、マーカーはグラン・フー エナメルが手作業で施されている。シルバー仕上げの真鍮で作られた24時間リングは、昼と夜のふたつの部分に分けられており、色ではなく繊細な質感が用いられている。夜の時間帯はブラックポリッシュ仕上げにマットな数字がコントラストをなし、一方で昼の時間帯はサテン仕上げとなっている。クロノグラフのカウンター針はステンレススティール(SS)製で、アンデルセンによって手作業でブルースティールに仕上げられている一方、時・分針は18KWG製で鏡面仕上げが施されている。この時計の至るところに、職人の手仕事の技が感じられる。
38.8mmのプラチナ製ケースにハイポリッシュ仕上げを施し、CNCマシンは一切使用していないとのことだが、とても素晴らしい。スリムな3ピース構造で、ラグはわずかにカーブしている。アンデルセンとジャン-ピエール・ハグマン(Jean-Pierre Hagmann)は長年にわたる協力関係にあったことは特筆すべきだろう。もっとも、このケースはハグマン自身がデザインしたレジェップ・レジェピのCCII(クロノメーター コンテンポラン II)などに見られるほどシャープで精巧な仕上げではない(そもそも妥当な比較とは言えないかもしれない)。さらに私が実際に見た時計は、SS製のプロトタイプであり、製品版はさらによくなる可能性もある。キャリバーは通常の配置とは“逆さま”に搭載されているため、リューズとプッシャーは時計の左側にある。これはクロノグラフのボタンを人差し指ではなく親指で操作しやすくするためだと聞いた。なるほど、理にかなっている。私はこれについてそれほど強いこだわりはないが、なかにはそう思う人もいるだろう。個人的な話をすると、もうすぐ3歳になる息子が左手でボールを投げ始めたので、妻と私は彼がサウスポーになるだろうと考えている。だから彼にはこの時計がぴったりかもしれない。もちろん冗談だ。3歳児にスプリットセコンドとワールドタイマーを搭載したプラチナ製ウォッチは必要ない。そうだろう?
3時位置の埋め込み式リューズでワールドタイム機構を回転させる。
プロトタイプを実際に見て、この時計について唯一気になったのは、ケースの3時位置に埋め込まれたワールドタイム用リューズがやや使いにくいと感じたことだ。繰り返すが、これはプロトタイプなので大目に見るべきだろう。ただ、実際に時計を見に行く機会があれば、この点も考慮に入れていただければと思う。ああ、それからダイヤルの仕上げはとても気に入ったが、特定の照明下では読み取りにくいと感じることもあった。
さて、具体的な話に移ろう。ここで紹介している製品版の時計はわずか8本の限定生産で、価格は18万4000スイスフラン(日本円で約3740万円)だ。とはいえアンデルセンによれば、同じキャリバーを使用したオーダーメイドウォッチの注文も受け付けていると言う。彼らはまだ未使用のムーブメントを少数ストックしているそうだ(ただし多くはない)。したがってラトラパンテ モンディアルは世界に8本以上存在することになるが、なかにはカスタムダイヤルや異なるケース素材、あるいはリューズが右側に配置されたものもあるかもしれない。そして、それこそが常にアンデルセンの魅力のひとつだった。彼らは顧客と密接に協力し、きわめてパーソナライズされた作品を喜んで製作してくれるのだ。
価格についてはどうだろうか? 正直なところ、いくつか思うところがある。きわめて高額だが、特に浮き沈みを経験してきた小さなブランドとなるとなおさらだ(とはいえこの時計が、着実でエキサイティングな進化への大きな1歩であると心から信じている)。しかし市場にあるほかのものを考えると、どういうわけか悪くない気もする。あなたが何に心地よく支払えるかによるだろう。比較のために挙げると、プラチナ製のランゲ 1815 ラトラパンテの定価は約16万5000ドル(日本円で約2600万円)、ローズゴールド製のパテック フィリップ Ref.5370は31万8000ドル(日本円で約5000万円)だ。どちらも大手ブランドの完全自社製である。そうは言っても、アンデルセンは同等かそれ以上のレベルで仕上げられており、より魅力的で薄く小さなケースに巧みなワールドタイムという複雑機構を備えているという意見もある。もう少し直接的な比較をするなら、カリ・ヴティライネンの新しいSS製のワールドタイマー(216TMZと呼ばれる)も、クロノグラフなしで18万5000スイスフラン(日本円で約3760万円)だ。しかし同ブランドの時計はいずれも、構造と仕上げの両面において最高峰の品質を備えている(10年の待ち時間に耐えられるならば、だが)。ここだけの話、私は「18万5000スイスフラン(日本円で約3760万円)で買える最高の独立系ワールドタイマーは?」という記事を書き、カリ・ヴティライネンとこのアンデルセン・ジュネーブを比較しようとさえ思った。だが、そんなタイトルを見て吐き気を催さないであろう地球上の6人のために、それはあとに残しておく。それに、まだそのカリ・ヴティライネンの時計を実物で見ていないのだ。だから、もし私が“おもしろ警察(ジェームズ)”の目をかいくぐって、そのタイトルを勝ち取ることができればいつか実現するかもしれない。
本当に、なんて素晴らしいのだろうか。
話が逸れた。アンデルセンやカリ・ヴティライネン、あるいはスイスの誰のせいでもないが、今日、18万5000スイスフラン(日本円で約3760万円)はちょうど23万8480ドルに相当する。これをアメリカに持ち帰るために新しい15%の関税を支払うと、27万5000ドル弱(日本円で約4340万円)になる。友よ、これは多くの新しい技術が投入されているわけではない時計にしては高額だ。しかし、信じられないほどの情熱と人の手が加わっているものとしては、妥当な価格かもしれない。ハイエンドなワールドタイマーやクロノグラフが好きな人にとって、誰でもすぐに購入できる1本だとは思わないが、実際、どのインディペンデントウォッチもそうだし、それこそが重要なのだ。私がこのクロノグラフとワールドタイムを搭載した時計を購入するか? しないだろう。だが、頭をよぎったのは事実だ。もしドルがもう少し強ければ、その可能性はかなり高まっていたはずだ。それでも先週、世界で最も重要な大手時計メーカーのいくつかを訪問したなかで、70年前のキャリバーと30年前のモジュールを使ってわずか8本だけ作られたこの時計が、私を最も興奮させたという事実に変わりはない。これは、私が再び時計に恋をし、重い腰を上げてこの記事を書くまでに至った。これは、とても大きな意味を持つ。
アンデルセン・ジュネーブ ラトラパンテ モンディアルについてさらに詳しく知りたい方はこちらから。数週間後にジュネーブへ向かう予定のある方には、ぜひこの時計を見に訪れ、この小さなブランドの取り組みについて詳しく聞くことをおすすめする。
本当に平凡な写真のギャラリー
訪問中は何も撮影するつもりはなかったので、ちゃんとした機材を持っていなかった。それでもこの時計とその時計が生まれた世界を切り取った、“ライブ感のある”写真を見たい方もいるかもしれないと考えたので掲載しておこう。
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