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※本記事は2016年7月に執筆された本国版の翻訳です。
複雑時計のヒエラルキーの中で、どれが最も権威のある時計なのかについては、いくつかの議論がある。ミニッツリピーターだと主張する人もいれば、トゥールビヨンを支持する人もいる。しかし、標準的なクロノグラフ、フライバックなどのクロノグラフの中で、最も複雑なのはスプリットセコンド、つまりラトラパンテ(フランス語:rattrapante - 回復する、取り戻すという動詞)であるということは、ほとんど議論の余地がない。
これらの時計の特徴の相違点は、2本のクロノ秒針だ-ちなみに、典型的なクロノグラフは1本の針をもつ。1本は尖った尾を持っている、もう一方の針は通常、オープンリング型の尾を備えている。この種の時計は、私が絶対的に気に入っているもので、複雑機構の美しさが無かったとしても、本当に、本当に、触れるのが楽しいという単純な事実に尽きる。また、2015年年5月にジュネーブで開催されたフィリップス・スタート・ストップ・リセット・オークションで200万スイスフラン以上の値がついたロレックス Ref.4113の、一体何がそれほど特別なのか疑問を持つ読者もいるのではないだろうか。この記事はまさにそうした疑問を持つ読者に応えるものだ。この記事では、特にヴィンテージのスプリットセコンド・クロノグラフ腕時計に焦点を当て、スプリットセコンドが特別な理由について、深く、さらに深く掘り下げてみたいと思う。
なぜ2本(秒)針は1本よりも優れているのか?
まず、スプリットセコンドとは何か、そしてなぜ2本のクロノグラフ針が必要なのだろうか? 一般的なクロノグラフを作動させると、1本の秒針が経過時間を記録し始める。その針を1回転すると、ミニッツカウンター(通常は3時位置のサブダイヤル)が1単位進み、クロノグラフは2分めを計測し始める。しかし、競馬のラップタイムなど全体の経過時間を把握したまま中間的なイベントを正確に計測したい場合どうしたら良いか? そのための一つの方法として、2本または3本のクロノグラフを同時にスタートさせ、必要に応じて各々を停止/終了させるという方法がある。
スプリットセコンド機構を使えば、1つの時計でそれが可能になる。クロノグラフを作動させると、2本のクロノ秒針が同時に動き出す。最初のイベントが発生したら、ボタンを押して片方の針(通常は尾のついた針)を停止させるが、もう片方の針はそのまま動き続ける。時刻を記録し、ボタンを再度押して停止している針を運針中の針に「追いかける」ように再開し、必要に応じてその操作を繰り返す。秒針は重ね合わされ、一方の針を止めるとスプリット(分かれる)して見えることから、この名称が付けられた。
この機構は1880年代に懐中時計に登場し、1923年にパテック フィリップの腕時計でデビューした。我々はこの記事でその素晴らしい作品を紹介している(そして、それは300万ドルにわずかに届かない額で落札されている)。しかし、そのほとんどは、20世紀半ば頃にバルジュー社やヴィーナス社などのムーブメントメーカーがエボーシュとして生産したものだ。
この記事では、これらのヴィンテージムーブメントの仕組みを掘り下げるが、この機会に複雑機構としては簡素ながら、より手頃な価格の近縁にあたる2本を紹介しよう。また、これらのムーブメントが今日のスプリットセコンド・ムーブメントとどのように比較されているのか、そしてその収集性についても紹介する。
伝統的なスプリットセコンド機構を理解する
ヴィーナス社製ムーブメントは、おそらく最も一般的に生産されているスプリットセコンド機構であり、ムーブメントの二番車の両側にある2つの突起が特徴的だ。ヴィーナス社ムーブメントは、'40年代から'50年代にかけてブライトリングやレコード・ウォッチ社などのブランドに納入されたが、ほどなくして生産が停止した。
ムーブメントに二番車が2つあることに注目して欲しい-上輪はスプリットセコンド針に接続され、下輪は1本目のクロノグラフ秒針に接続されている。スプリットセコンド機能は、基本的に、先述したようにクランプ(締め金)の爪を形成するレバーのセットによって成立する。スプリット針用の上輪と下輪は、上輪にルビーのローラーが付いたバネ式レバーで機械的に接続されており、下輪のハート型カム(通常のクロノグラフの帰零カムのようなもの)の低い位置に接触する。
スプリットボタンを押すと、スプリットセコンド針の歯車の周りの爪が閉じ、下の歯車は回転し続け、記録を続ける。上輪のローラーとレバーは動きを止めるが、小さなスプリングの影響で下輪のカム(回転し続けている)を押し続ける。これによってスプリットタイムが記録される。再度作動させると、クランプの爪が開き、ルビーローラーが先ほど述べた小さなバネの影響でカムの低い位置を見つけると、上輪は自由に回転して所定の位置に戻る。これで2本の針が再び重ね合わされるのだ。
スプリットセコンド機構は、その複雑さゆえに“ハイ”コンプリケーションの一つとは考えられていない(パーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーターと共に、伝統的に“グランドコンプリケーション”に見られる3つの複雑機構のひとつだ)。それよりも、この時計が機能するためには、全てを極めて正確に調整しなければならず、時計職人の熟練した技術が必要とされるという事実が、この時計のステータスを生み出している。
下の動画では、スプリットセコンド機構がどのように機能するかを、ダイヤル上の針の動きとムーブメントの両方を同時に視聴可能だ。スプリットボタンが押された瞬間を注視して欲しい- 下側のハート型カムが回転し続けている間、上輪のスプリット針用歯車を閉じているクランプの爪を観察できるだろう。
ダイヤル側では、ヴィーナス185の場合、2時位置のボタンでクロノグラフがスタートし、中央のボタンでスプリット機能が作動し、4時位置のボタンでクロノグラフ機構全体がリセットされる。
一般的に、私にとってクロノグラフの醍醐味は、対話型の複雑機構であることだ。ムーンフェイズやカレンダー、トゥールビヨンなどの複雑機構は、どれだけ複雑なものであっても、ほとんどの機能は受動的なものだ。クロノグラフの面白さ、そしてセクシーさが垣間見えるのは、時計にプッシュボタンがあり、それを押すと何かが起こるということなのだ。オーナーと時計の間に物理的な相互作用があることで、時計は単なる時間を知らせるだけのものではなく、何かを与えてくれる存在に昇華する。これは他の複雑機構では得られない関係性だ。
スプリットセコンドは、この既にインタラクティブな複雑機構のオーバードーズ(過剰摂取)といえるだろう。例えば、ある夜、薄くスライスしたステーキを焼いていて、それぞれの面を正確に40秒間焼きながら、その間、傍らのパスタの鍋の時間を計測しなければならなかったとしよう。手元に何があると便利だったか推測してみて欲しい。
ヴィーナス179と185 - そしてブライトリング
ヴィーナスのスプリットセコンド・ムーブメントには、いくつかの異なるモデルが存在する。最も基本的なバージョンは、ヴィーナス179で、30分または45分カウンターを搭載していたが、ヴィーナス185には12時間積算計が追加されていた。私の経験では、これらのヴィーナス・ムーブメントの大部分をブライトリングではRef.762、764、766、783、791といういくつかの異なるモデルのケースに収めていたようで、総称してデュオグラフと呼ばれていた。これらは36mmまたは 38mmのゴールドまたはスティール製ケースに収められていた。
これらのムーブメントのほとんどがわずかなバリエーションで搭載されていたが、ブライトリングは、いくつかのリファレンスでケースに興味深い修正を加えていた。従来のスプリットセコンドのリューズから伸びるプッシャーの代わりに、ブライトリングはプッシャーそのものをリューズに内蔵したのだ。
鋭い読者諸君へ-このタイプの一体型リューズを他で見たことがあるのではないだろうか? それはパテックRef.1436の初期モデルにある(そのうちの1本はジャン-クロード・ビバー氏のコレクションに存在し、この記事で取り上げた)。
これらの時計の興味深い補足説明として、ブライトリングのスプリットセコンドのダイヤルにはすべて“Duograph”の文字がプリントされていたのではないかという論争がある。問題は、そのプリントのないブライトリングのスプリットセコンドのダイヤルがリダンされたのか、それとも他のリファレンスのダイヤルに交換したものかということだ。
ブライトリングからの公式発表はほとんどないが、デュオグラフ表記を使用していないスプリットセコンドは数多く出品されており、最近ではそのうちの2本がジュネーブで開催されたフィリップス・スタート・ストップ・リセット・オークションに出品された。ジャック・ブラバム卿が所有していたブライトリングのRef.791 とRef.764 は、ダイヤルに“Duograph”表記がなく、それぞれ 5万6250 スイスフラン、3万スイスフランで落札され、いずれも落札予想価額の上限に近い価格で落札された。これらの時計のほとんどが'40年代後半から'50年代前半に受注生産されていたことを考えると、"Premier "と書かれたダイヤルは他のモデルから流用された交換用のダイヤルである可能性が高いと思うが、"Breitling "とだけ印刷されたダイヤルが工場から出荷された個体の可能性もある。
最も複雑なヴィンテージムーブメント– ヴィーナス189/190
さて、ヴィーナス179とヴィーナス185を取り上げたところで、他には何があるのだろうか?HODINKEEの読者のほとんどは、スプリットセコンド機構に永久カレンダーとムーンフェイズを組み合わせた究極の時計、パテック Ref.5004に精通しているだろう。このモデルは1996年にリリースされ、基本的には製造が非常に難しく、毎年約12本しか生産されなかったためにコストが嵩んだとされる- 我々がここで報告したように、最後の50本はスティール製のケースに収められた。そのムーブメントの後継モデルであるRef.5204は、2012年のバーゼルワールドで発表され、小売価格は31万7500ドル(2730万円・当時)であった。
しかし、'40年代のヴィーナスは2種類のムーブメントを製造していたが、私の考えでは、ヴィンテージコンプリケーションの傑作はヴィーナス189と190だ。ヴィーナス189は、基本的にヴィーナス185をベースに、12時位置にデイト表示を追加したもので、ヴィーナス190はヴィーナス189にムーンフェイズを追加搭載したものだった。
あなた方はどう思うかわからないが、私自身はこの時計がRef.5004のデビューの50年近く前に生産されたことがクレイジーなことだと思っている。Ref.5004には、デイト機能とムーンフェイズ機能に加え、パーペチュアルカレンダーが追加されているし、ヴィーナスキャリバーは基本的にモジュール式の構造になっている。スプリットセコンドはそれ自体が非常に複雑なものだが、その上にさらに多くの複雑機構を追加するとは...絶世の傑作としかいいようがない。確かにムーンフェイズもシンプルなカレンダーも、それ自体が多くの複雑さをもたらすものではないが(特にパーペチュアルと比較するとそうでもない)、それでも複雑さをさらに引き立たせてくれるのは素晴らしいことなのだ。
余談だが、これらのムーブメントの多くは、'40年代から'50年代に製造されたものだが、'90年代のある日、誰かがNOS(未使用品)のヴィーナス スプリットセコンドのお宝を発見したようだ。これを受け、ジラール・ペルゴ、ユリス・ナルダン、パネライ、パルミジャーニ・フルリエなど、いくつもの異なるメーカーが、発見されたキャリバーをベースにした非常に小さなロットの時計を製造した。
これらの時計は2000年代初頭にリリースされると、すぐに手に入るようになり、オークションやフォーラム通じて売買されることもある。ムーブメントの中には、メーカーがリファインや再調整を施したものもあり(耐震機構の追加など)、現代の計時基準をクリアした複雑でヴィンテージなムーブメントを手に入れるチャンスとなっている。
では、バルジュー社製スプリットセコンド・キャリバーはどうだろう?
ヴィーナスのスプリットセコンドへのバルジューの対抗馬は、バルジュー55 VBRだろう。VBRの「V」はValjouxの頭文字、「R」はRattrapanteの頭文字であることに留意されたい(「B」が何を意味するのか、お心当たりのある方がいれば、気軽に教えてほしい)。
ここでは、オリジナルのムーブメントにはいくつかのバリエーションがあるので、バルジュー55 VBRをもう少し詳しく見てみよう。例えば、ロレックスRef..4113に見られるバルジュー55 VBRは、エベラール ラトラパンテに見られるものとは異なり、それぞれがわずかに異なる機能を持つユニバーサルのモデルともわずかに異なっている。
最も基本的なバージョンは、レオニダスやミネルバなどのブランドのスプリットセコンド・ウォッチにも見られるかもしれない。
ヴィーナスのムーブメントとは対照的に、基本的なバルジュー55 VBRはモノプッシャー式で、中央のプッシャーがクロノグラフのスタート/ストップを、2時位置のプッシャーがスプリットセコンド機能をコントロールするという、基本的にはヴィーナスのキャリバーとは逆の構造になっている。二番車の留め具も少し変わったデザインになっており、コラムホイールが丸見えになっている(ヴィーナス社製ムーブメントとは異なるポイントだ)。これらのムーブメントはまた、ヴィーナス社製ムーブメントの直径約31mmに対し、約39mmとヴィーナス社製ムーブメントよりもかなり大きくなっている。その結果、これらのムーブメントでケースに入れられた時計のほとんどは、直径40mm超のケースを持つ。
44mm径 ユニバーサル ジュネーブ A. カイレリ
バルジュー55 VBRを改造したモデルがユニバーサルとA.カイレリのダブルネームに存在する。この44mm径の腕時計は、ローマを拠点とする販売店A.カイレリ(A.Cairelli)によって販売され、主にイタリア軍に支給されたものだが、一部民間向けのモデルもあったのだ。官給モデルの中には、裏蓋に "AMI Type HA-1 "と刻印されているものもあり、夜間航海用であったことがわかる。
ムーブメントはモノプッシャーのままで、中央のプッシャーがクロノグラフのスタート/ストップ、上部のプッシャーがスプリットセコンド機構を制御している。しかし、通常の12時間表示から24時間表示に変更され、従来の30分積算計から16分積算計に変更された。ユニバーサルV55の3時位置の歯車の歯数が、上の画像に紹介したものよりもかなり少なくなっているのがわかる。なお、このムーブメントにはコート・ド・ジュネーブ仕上げが施されていない。
余談だが、これらは確かにユニバーサル・ジュネーヴがA.カイレリのために製造した最も有名な時計だが、それだけではなかった。ユニバーサル・ジュネーヴはイタリア空軍のために防水機能を備えたフライバッククロノグラフも製造しており、その個体の1本が最近フィリップスにて6万5,000スイスフランで落札されたのだ。
エベラールのラトラパンテ
エベラール ラトラパンテは興味深いムーブメントだが、主としてバルジュー65(またはエベラール社製Cal.16000)との類似性が高いため、技術的にはバルジュー55 VBRとは呼べないだろう。
これらのムーブメントは、バルジューがエベラールのために専用設計したものだ。上のエベラールは、リューズプッシャーに加え、4時位置にプッシャーが追加されている。しかし、それでもモノプッシャークロノグラフであることに変わりない- つまり、リューズのボタンはラトラパンテ機能のためのものだが、2時位置のプッシャーはクロノグラフのスタート/ストップを制御する。では、4時位置の余分なプッシャーは何をするのだろうか?
エベラールの時計をご存知の読者は、4時位置のプッシャーにある“スライドロック”機構を思い浮かべるかもしれないが、これは非常に特徴的で、エベラールの時計の専売特許のようなものだ。このスライドがクロノグラフをロックし、不意にクロノグラフが作動したりリセットされたりするのを防ぐのだ。
オリジナルとスプリットセコンドの2つのキャリバーを並べて比較したものが上の写真だ。黄色のボックスで囲まれたネジとレバーの配置は、2つの時計で非常に類似しているが、バルジュー55 VBRと比較すると大きく異なっています。このことから、エベラール ラトラパンテは、スライドロック機構を備えたバルジュー55 VBRというよりも、バルジュー65(またはCal.16000)を改良したものと考えるのが妥当だ。
エベラール ラトラパンテには2つないし3つのレジスターが存在し、後者はCal.16000の2つの異なるバージョンと同様、12時間積算計が追加されているのが特筆すべき点だ。
もちろん、エベラール製の(腕時計の)ごく一般的なラトラパンテの他に、イタリア空軍に販売された(おそらくユニークな)エベラールのラトラパンテ "Modello Magini "も存在し、デイト機能付きのモノプッシャー式ラトラパンテを搭載している。これらのキャリバーのほとんどは、おそらく懐中時計用に設計されたもので、その一例はこれと同一だが、そのうちの1本が腕時計用のケースに組み込まれていたようだ。興味深いことに、ユニバーサル A.カイレリと非常によく似ており、ユニバーサルA.カイレリのラトラパンテが腕時計に使われていたのに対して、エベラールのデイト付モデルは懐中時計に使われていたのかもしれない。おそらくここには、もっと深く掘り下げるに値する、素晴らしい物語が隠されているだろう。
これらのムーブメントは、ほぼエベラール専用に製造されたと書いたのを覚えているだろうか?上の個体は、Hugex(またはHuga S.A.)のために作られた、同じくスライドロック機構を備えたモノプッシャーのラトラパンテだ。この時計の背景にあるストーリーをご存知の方がいれば、ぜひ情報を寄せていただきたい。
バカデカいロレックス Ref.4113
もちろん、スプリットセコンドの話をする際には、誰もが認識しているが敢えて口に出さない時計-ロレックスRef.4113の話を抜きにしては語れない。ジョン・ゴールドバーガー氏とのトーキング・ウオッチのエピソードの中で、この希少なモデルを見せてもらった。間違いなく、このスプリットセコンドは、最も話題になり、最も望まれている時計であり、バルジュー55シリーズの中では最も高価な時計でもある(これまでに販売されたスプリットセコンドの中で最も高価な時計は、2015年にフィリップスオークションにて330万スイスフラン強で落札されたパテックRef.1436だ)。これは遡ること2011年に117万ドルで販売され、公開オークションで100万ドルの壁を破った唯一のロレックスであった。それが2016年5月にフィリップスのスタート・ストップ・リセット・オークションにて240万スイスフランで落札されたときには、200万ドルの大台を突破した唯一のロレックスに昇格していた(ロレックスの他モデルでは、ポール・ニューマンのオイスターSottoがフィリップスにて190万スイスフランで落札されている)。
このモデルは、ロレックスが製造した唯一のスプリットセコンドモデルであるだけでなく、1942年に12本しか製造されていないうえ、うち8本のモデルが現存し、44mmという巨大なサイズに加え、バルジュー社製55VBRムーブメントを搭載するなど、これまでに紹介したモデルの中でも最も先進的な構成である。その仕組みを動画で紹介しよう。
ご覧のように、これはもはやモノプッシャー式のスプリットセコンドではない。中央のプッシュボタンでクロノグラフがスタートし、上のプッシュボタンでスプリットセコンドが作動し、下のプッシュボタンでクロノグラフがリセットされる。バルジュー55 VBRの以前のバージョンでは(他のモノプッシャーと同様)「一時停止」ができなかったが、ロレックスRef.4113はその機能を備えている。私の経験では、ロレックスRef.4113は、そこにある唯一の "ツープッシャー式"バルジュー55 VBRであるように見受けられる – バルジュー55の他のすべての派生型はモノプッシャーだ。もし、他のモデルを見たことがある方がいれば、ぜひ教えてほしい。
ロレックスRef.4113は、機能が追加されただけでなく、これまで見てきた他のバルジュー55系と比較しても、ケースの厚みが薄くなっている。
ロレックスRef.4113はどのような用途に使われていたのか?この特定のリファレンスは一般に公開されたことはなく、当時のロレックスの広告にイラストが描かれたり、登場したりすることはなかった。しかし、シリアル№051313から051324までの連続したシリアルナンバーから12本すべてが1942年に製造されたことが判っている。
興味深いことに、浮上したモデルのほとんどは、有名な "ジロ・オートモビリ ティコ・ディ・シチリア "の開催地であるシチリア島に関連する個体である。例えば、シリアル№051313のRef.4113は、1991年5月にクリスティーズ・ジュネーブにて8万2,500スイスフランで落札され、その後、有名なドライバーのステファノ・ラ・モッタ、バローネ・ディ・サリネッラ(1920-1951)の遺族によって委託された。もう一つの個体、シリアル№ 051318は1991年10月にロンドンのクリスティーズにて2万7,500ポンドで落札されたが、これはレーシングチームで活躍した紳士の未亡人によって託されたものだ。この稀少だが有名なラトラパンテをモータースポーツと結びつけるのは、最も学識を積んだものによる推測である。
そして、歴史的にも最近のオークションの結果からも分かるように、これは今日のヴィンテージウォッチの中で最も評価されている時計の一つなのだ。
美しくも秘密めいたもの
インターネットを眺めていたら、面白そうなムーブメントに出会った-Butexのスプリットセコンドだ。誰が製造したのかは定かではないが、ムーブメントのレバーの配置からランデロンではないかと推測される。このスプリットセコンド機構は、10時位置のプッシャーで作動するようだが、ヴィーナスやバルジューのキャリバーとは全く異なるデザインだ。詳しい情報をお持ちの方がいれば、ぜひ教えていただきたい。
これらは、伝統的なクロノグラフだけでなく、おそらくそれ以上に、時計が私たちの手首の上の装飾品以上の意味を持つとされていた時代を思い出させる。これらの時計は機能的であり、物事の時間を計るために使用されていた。ラトラパンテで、自分がダービーやチャンピオンシップのグランドスタンドに座って、贔屓のスプリットタイムを知ろうとする姿を想像してみるとよい。
それに加え、このムーブメントの洗練された機械には驚かされる。これらのムーブメントは、これまでに作られた腕時計の中でも最も美しく複雑なムーブメントの一つであり、私見だが、収集性の高い量産された究極のヴィンテージクロノグラフの2つのうちの1つだと思っている。もう一つはロンジン13ZNで、数週間前には記録的な価格で取引された。仕上げに関しては、13ZNの方が美学とデザインの面では優れているかもしれないが、複雑さではヴィーナス 185/バルジュー 55 VBRに軍配があがるのは間違いないだろう。
ボヴェ バルジュー84モノ・ラトラパンテ
腕時計にはスプリットセコンド機構の需要が存在したが、典型的なスプリットセコンド時計は、その価格からほとんどの人が手に入れることができない代物だった。これらの時計は非常に複雑な構造をしており、修理も複雑な作業になることは想像に難くなかった。そのため、より経済的で調整が容易なムーブメントの製造が考えられた。我々は、そのようなメカニズムを持つ2種類のムーブメントを分析する。手始めに1940年代にボヴェ向けに生産されたバルジュー84を紹介しよう。
ヴィーナス185やバルジュー55 VBRで見てきたように、スプリットセコンド機構は通常、2本の秒針を備えている。1936年、フルリエのシャルル・ジャンルノー=ボヴェは、スプリットセコンド・クロノグラフと同様の機能を維持しながらも、秒針が1本だけのクロノグラフを考案して特許第185465号を取得した。これはモノ・ラトラパンテと呼ばれるもので、秒針が1本であることから名付けられた。
バルジュー84は一見すると、初期のモノプッシャー式のバルジュー22に酷似している。しかし、9時位置に追加された螺旋状のヒゲゼンマイにはすぐに気づくだろう。これは、クロノグラフムーブメントが、ローラーとハートカムのような繊細な部品なしで、秒針の“キャッチアップ”機構を実装できるようにするために考案された重要な仕掛けだ。
2時位置のボタンでクロノグラフをスタートさせた後、4時位置のプッシャーを押し続けると、スイープ秒針は一時的に停止するが、クロノグラフは作動している。この間、ヒゲゼンマイに張力がかかり始める。プッシャーを離すと、ヒゲゼンマイの緊張が解け、秒針が静止していた秒数だけ実際の経過時間に“キャッチアップ”し、クロノグラフをスタートさせてからの経過時間に同期する。
しかし、キャッチアップ機構は基本的には小さな鋲が回転中にヒゲゼンマイを引っ張ることで作動するため、スプリットタイムは60秒、つまり秒針を1回転させることができる時間に制限される。それ以上の時間になると、鋲はホイールの回転をブロックし、ムーブメント全体が停止する。
なぜこのメカニズムは便利だったのか?それは、1つのイベントのタイミングを記録しながら、クロノグラフ機構が経過時間を記録し続けることを可能にしたからだ。これは、基本的にはスプリットセコンド機構として機能するが、追加のクロノ秒針はない。そのため、このムーブメントの製造、調整、サービスは非常にシンプルになった。ご存知のように、このムーブメントには余分な部品の大幅な重層がなく、従来のスプリットセコンド機構が必要としていた精密な調整を回避することができた。それは、他のシングルプッシャーのムーブメントにも構築することができた。例えば、ローエンタール社が製造した時計の中には、ランデロンのような異なるメーカーのムーブメントが搭載されているものがある。
ダービー&シャルデンブランのインデックス・モバイルシステム
テンションスプリングを備えたボヴェのシステムは、興味深い時計技術の革新であり、時計業界では、同様の技術を用いた2本秒針のバージョンを製造することに大きな関心が寄せられていた。1948年、ジョルジュ・ダービーとルネ・シャルデンブランは、特許第253051号を取得した。この特許は、同じく鋲とテンションのかかったヒゲゼンマイをバルジュー77に組み込んだが、同時にクロノ秒針がもう1本追加された。センターのクロノグラフ輪列の下には、バルジュー84と同様の役割を果たすヒゲゼンマイがあった。その後、補助特許が取得され、それぞれの特許はシステムを簡素化し、2つ目と最後の特許ではワンボタンのクロノグラフムーブメントをベースにしたスプリットセコンド機構の開発を可能にした。この特許は、現在のダービー&シャルデンブラン“インデックス・モバイル”へと結実した。
どうやって動くのだろうか?インデックス・モバイルは、スプリットセコンド機構に見られる第2クロノ秒針に接続された、ダイヤル上に取り付けられた渦巻き状のヒゲゼンマイを備えている。典型的なスプリットセコンド機構は、ムーブメント内部に大きな変更が加えられた一方で、ダービー&シャルデンブランが開発した応急措置は、その多くがムーブメントの外側と文字盤の上に集中している。ムーブメント内で最も重要な変更点は、二番車とレバーを追加したことだ。追加二番車は、第2クロノ秒針に接続されており、スプリングによって第1二番車に接続されている。レバーは、3時位置のプッシャーを介して噛み合うと、二番車を停止させることで、第2クロノ秒針にブレーキをかける。これにより、最初のイベントの計測を読み取ることができる。必要に応じてボタンを離すと、ダイヤル上のスプリングを介して、針はまだ動いている方の秒針と同期する。基本的な原理はボヴェと非常によく似ているが、真のスプリットセコンド機能を可能にしている。
ムーブメント全体を改造するのではなく、ベースとなるキャリバーに部品を追加したことで、バルジュー84と比較してもコスト効率が高いことがわかる。従来のスプリットセコンドと比較すると、インデックス・モバイルは製造コストが安く、機能的にもバルジュー84と比較して遜色なかったものの、スプリットセコンド機構の60秒制限に悩まされることになった。
興味深いことに、私が見たほとんどのボヴェ バルジュー84のモデルはクロームメッキケースで、スティール製のモデルは皆無だった。スティール製のものは、ヴェッタ(Vetta)のような他メーカーが使用している38mmの防水ケース(コレクターの間では“密封”ケースや“不浸透”ケースと呼ばれることもある)に入っているのが一般的だ。また、金無垢のケースに入ったローエンタールのモノ・ラトラパンテも見たことがあるが、それらも稀少なようだ。これらの時計の価値は状態に大きく左右されるが、私は3,000ドル未満からプレミアムの付いた8,000ドル超の価格帯の幅があった。
さらに不思議なことに、D&Sインデックス・モバイルシステムがバルジュー84を搭載した時計よりも需要が低い理由は特にないようだ。一時期は“クール”と思われていた時期もあったが、今ではその興味も薄れてきているように思う。金メッキのD&Sウォッチが増えたからかもしれないが、インデックス・モバイルは時計学的にも魅力的な発明であり、評価に値するものだと私は思う。
現代のスプリットセコンド
ヴィンテージのスプリットセコンド・ムーブメントと異なる時計のタイプについて詳しく説明してきたが、現代のスプリットセコンドには対抗馬が存在するのだろうか?一般的に、現代のスプリットセコンドのアプローチは一般的に2つのカテゴリーに分けられる。
最初のカテゴリーでは、人気の高い(そして手頃な価格の)最新のスプリットセコンド・クロノグラフは、ETA(またはバルジュー)7750をベースにしており、1992年のバーゼルワールドでリチャード・ハブリング氏設計によるIWC ドッペルクロノグラフがその尖兵であった。
ハブリング氏の解決策はシンプルにして効果的だった。彼の説明によると、“ハンバーガーを手に入れ、上のバンズを外し、中にチーズのスライスを敷き詰め、再びバンズを閉じた”のである。
1992年以前は、スプリットセコンド機構は2つのコラムホイールで操作しなければならなかった。この設計は製造コストが高く、調整にも費用がかかった。例えば、スプリットセコンドプッシャーが完全に押し込まれていないと、二番車の周りのブレーキが早く開いたり閉じたりして、コラムホイールが動かなくなってしまうことがあったのだ。ハブリング氏の解決策はシンプルにして効果的だった。彼の説明によると、“ハンバーガーを手に入れ、上のバンズを外し、中にチーズのスライスを敷き詰め、再びバンズを閉じた”そうだ。コラムホイールの代わりに、7750の上部にレバーとカムシステムで操作できるスプリットセコンド機構を設計した。これにより、調整とメンテナンスが容易になり、製造コストも安くなったのだ。ヴィンテージモデルとは対照的に、7750のスプリットセコンド機構は、10時位置のプッシャーで作動する。
IWCは1992年“パイロット・ドッペルクログラフ”に改良型ムーブメント、バルジュー7750を搭載し、“ポルトギーゼ・クロノグラフ”、アイコニックな“ダ・ヴィンチ”(1995年に誕生10周年を迎え、10本目の針を搭載した)、そして最近ではチタン製の“インヂュニア・ドッペルクログラフ”にも同じムーブメントを搭載している。さらに、イル・デストリエロ・スカフージア(直訳は「シャフハウゼンの軍馬」)は言うまでもなく、現在においてもなお、これまでに製造された腕時計の中で最も複雑な量産モデルのひとつだ。
パテック フィリップとヴァシュロン・コンスタンタンの現代的なスプリットセコンドたち
エボーシュを卒業し完全自社製に移行すると、1万ドルの大台を離れ、(非常に)高価な価格帯への深みに嵌るものだ。2015年、ヴァシュロンは、世界最薄の自動巻きモノプッシャー・スプリットセコンドクロノグラフ“ハーモニー・ウルトラシン・グランドコンプリケーション・クロノグラフ”をわずか10本の限定生産した。直径33.4mm、厚さ5.2mmのCal.3500を搭載しているこのムーブメントは、459個の部品から構成され、そのうちのいくつかは本当に、本当に小さい(例えば、100分の3mmのスプリングなど)。
CHR 27-525 PSはモノプッシャー式ラトラパンテで、機能的にはバルジュー55 VBRのベーシックバージョンに近いものである。パテックが2ボタンのスプリットセコンド・クロノグラフRef.5370Pを発表したのは2015年のことだった。これは、それまでRef.5204にのみ見られる、わずかに修正を加えた自社製キャリバーCHR 29-535 PSを使用している。
そしてもちろん、私たちはランゲからの提案を無視することはできまい:ランゲ ダブルスプリット。このモデルは、世界で初めてかつ唯一のダブルスプリットセコンド機構を搭載したクロノグラフで、2つの秒単位の計測だけでなく、最大30分差の計測も可能だ。
そしてもちろん、王者ランゲ 1815 ラトラパンテ パーペチュアルカレンダーもある-この時計の詳細な記事についてはこちらをご覧いただきたい。
これらの時計の共通点は何だろうか?それは、非常に優れたムーブメントを搭載し、そのほとんどが貴金属製のケースを使用していること、そしてコレクターの間でも高い評価を得ていることに加え、どれも非常に高価であることだ。最も安価なのは、プラチナ製のダブルスプリットで、オークションでは約9万ドルで手に入れることができるかもしれない。新モデルのローズゴールドの希望小売価格は12万8,400ドルと高額だ。ヴァシュロンは?価格は36万9,200ドル。パテック5370Pは? 24万9,200ドル。これらはとてもではないが手に届く数字ではなく、一般的な時計コレクターを対象としたものではない。
しかし、より根本的なレベルでは、これらのモデルの大部分が貴金属で覆われているという事実は、ムーブメントが設計されている機能的な目的とは対照的だ。ムーンフェイズやカレンダーのような他の複雑機構とは異なり、クロノグラフは積極的に使用することを意図しており、実際にそれを必要とする状況下で使用される。ハイコンプリケーションの中で、日常的な使用で同程度のインタラクティブ性を提供しているのは、ミニッツリピーターだけだ。そのため、ヴィンテージのスプリットセコンド・ウォッチの多くは、競馬やカーレース、航空など、機能的な目的を念頭に置いてデザインされているが、これは、実際にレース場で着用したり、夜間にヘリコプターを操縦したりすることを意味している。これが、ヴィンテージのスプリットセコンド・クロノグラフの多くが、柔らかい貴金属ではなくスティール製のケースに入れられていた理由でもある。
だからこそ、もし私が現代のスプリットセコンドを選ばなければならないとしたら、IWCのドッペルクロノグラフか、ハブリング ドッペル2.0/3.0を挙げるだろう-これらのスプリットセコンド・ウォッチの背後にある設計思想が、発明の当初の意図とより密接に関連しているからというだけでなく、それらが本来の目的のために(潜在的に)使用される可能性がある価格帯で提供されるからである。
総括、そして収集についての考察
ヴィンテージのスプリットセコンド・クロノグラフは、数少ないクロノグラフの一つだ。バルジュー55 VBRやヴィーナス185の正確な生産個数はわからないが(もしご存知の方がいれば、ご自由にコメントしてほしい)、バルジュー22/72ほどは絶対にないだろう。私は、収集界隈で次何が起こるかを正確に予想することはできないが、私はこのような由緒正しくも、比較的一般的なバルジュー72を搭載するホイヤーやユニバーサル ジュネーブ、ニナ・リントなどの “スポーティな ”時計は、現在の価値評価よりずっと高く評価されてしかるべきだという点で、極めて過小評価されていると私は考えている。
しかし、現代のスプリットセコンドと比較しても、これらのヴィンテージスプリットによっては、現代のライバルたちの下限に近い値(例えば、100~200万円)が付けられているのに、現在市販されている時計の極限に近い複雑さの水準にあるというのは、極めて不可解なことだ。
それでも、それは良いことかもしれない。これらのムーブメントは絶対的な魅力を放っている一方、現在の価格帯はより多くのコレクターに手の届く範囲の価格になっているからだ。上の写真と動画を見て、このムーブメントの純粋な複雑さに魅力を感じないと言えるだろうか。これらの時計の裏蓋を開けるたびに、20世紀初頭から中盤にかけて(3Dモデリングなしで!)、これら複雑なムーブメントがいかにして製造されていたか驚かされるし、今なお私は“自社製”というだけで、シンプルなクロノグラフに150万円もの大金を支払う気になる人がいるのか暗澹とした気持ちになる。ざっくり同じ価格でヴィンテージのスプリットセコンドの名品が手に入るというのに...
しかし、その是非については別の機会に譲ろう。
編注:この記事の寄稿者であるPH ZHOU氏はマサチューセッツ工科大学を卒業し、経済学とコンピュータサイエンスを学びました。現在はニューヨーク市に在住、金融関係の仕事に従事しています。彼はヴィンテージウォッチ、特に20世紀初期から中期のクロノグラフの熱烈な愛好家です。