Photos by Mark Kauzlarich
5月の終わりに、オーデマ ピゲ(以下、AP)がいくつかの理由で人々を驚かせる時計を発表した。私も含め多くの人々は、ヴィンテージAPにインスパイアされたリマスターコレクションが1度限りのものだと思っていたからだ。それはブランドの偉大なヴィンテージピースのひとつにインスパイアされた500本限定のクロノグラフで、2020年5月のパンデミックの始まりと同時に発表された。このコレクションがロイヤル オークとCODE 11.59(当時はかなり不評だった)に次ぐ第3の柱となる可能性を秘めていると見て、ほかに何が出てくるかを心配しながらも見守っていた。それがどうしても必要なように思えたが、結局現れることはなかった。
今年の初め、同僚のトニー・トライナがAPのカタログを深く掘り下げ、それによりブランドのヴィンテージコレクションに対する見方が変わったことについて書いた。彼のヴィンテージウォッチコラムで、ブランドの古い逸品をいくつか見てみよう。
公平を期すために言うと、生産、開発、マーケティングなどすべてがパンデミック初期の数カ月間で停滞し、軌道に乗るまでには時間がかかった。それから4年が経ち、コレクションの次の時計であるリマスター02が登場する。彼らがインスピレーションとして選んだ時計にもまた驚かされた。数多くの選択肢があるなかで、APはきわめて非対称的な、あえて言うならブルータリズムとでも言うべき時計を再解釈したのだ。世界限定250本で、価格は649万円(税込)である。このサイズ(41mmサイズ×9.1mm厚)や“シェイプウォッチ”に対する倦厭(けんえん)、限定性、価格などを理由に、多くの批判があるだろうと予想していた。
反響がだいぶ割れたのはうれしい驚きだった。商業的な反応も同様であったようだ。APは、ヴィンテージウォッチをコレクションしていない人々から多くの問い合わせがきたそうで、もしかしたら彼らは新しいリマスターのインスピレーションとなった時計を見たことがないのかもしれない。その一方で、この時計を見送った人も何人か知っている。ただ私は実物を見たことがなかったため、判断を保留していた。今では思うところがある。
しかし、ヴィンテージをこよなく愛し、多くの考えを持つ同僚のトニー・トライナにもこの時計とヴィンテージAP全般に対する分析の機会を与えたかった。彼自身は実物を見ていないが、見ていない者の感想も聞いてみたかったためだ。実はリマスター02の着想は、今年初めにトニーが書いた“ロイヤル オーク”以外のヴィンテージコレクターにAPが何を提供しているのかという考察記事に由来している。トニーなら、ブランドのよかった点やどこが的外れだったのかについて、何か考えがあるかもしれないと思ったのだ。
リマスター02 その歴史を築く
「デザインとシェイプに関する実験は、しばしばコンプリケーションと関連していますが、必ずしもそうではありません」と、APのヘリテージ&ミュージアム ディレクターであるセバスチャン・ヴィヴァス(Sebastian Vivas)氏は、1月に話をした際にこう述べた。
ヴィンテージウォッチについて話していたとき、ヴィヴァス氏がAPの過去だけでなく現在についても話していることは明らかであったはずだ。
というのも実際、リマスター02は実験的なモデルだ。APのアーカイブにある左右非対称のヴィンテージウォッチをもとにしているが、サイズ、素材、仕上げ、ムーブメントなどそれ以外のほとんどは異なる。リマスター02のインスピレーションであるRef.5159BAも同様に、実験がその原動力だった。この時計は正式な名前すらないほど珍しい時計である。
第2次世界大戦後、GI(アメリカ軍兵士)たちは丸形の腕時計を手首につけて帰国した。彼らが大学に通い、郊外に家を買い、子どもをもうけるあいだに、あらゆるシェイプウォッチは忘れ去られていった。
「しかし、APは豊かな創造性を保ち続けました」とヴィヴァス氏は言う。ブルータリズム建築運動やレトロフューチャリスティックなスペースエイジ時代をとおして、APはシェイプの探求を続けたのである。
ヴィヴァス氏は、APが1959年から1964年までのいわゆる“黄金時代”の非対称時計を最近調査し、この5年間で30種類以上の異なるシェイプを生み出したことを発見したと述べ、そのほとんどが10本未満の製造だと伝えた。APは、レクタンギュラー、クッション、アシンメトリックなど、(高校時代に頭を悩ませた)ユークリッド幾何学の伝統的な多角形の枠を超えたシェイプを実験していたのだ。50年代と60年代のブルータリズム的な鋭いラインは、70年代のスペースエイジへの希望とともにソフトなエッジへと変わった。これはケースの形状だけでなく、風防やダイヤルなどの部品にもおよんでいた。
そのアシンメトリックウォッチの1つがRef.5159である。APによると、本モデルは1960年と1961年にわずか7本が製造、販売されたそう。今回撮影したイエローゴールドの個体は、もともと1961年にイギリスのエルコ・クロックス社が販売したもので、現在はAPのアーカイブに保管されている。ポリッシュ仕上げされたYGケースはわずか27.5mmというサイズだ。横に並べると、まるでミニクーパー(リマスター01)がサイバートラック(リマスター02)の隣にあるように見える。これはどちらが優れているということではない。サイバートラックは4度のリコールに見舞われ、ミニクーパーの輝かしい瞬間は20年前のマーク・ウォールバーグ(Mark Wahlberg)氏主演の強盗映画に登場したときである。
しかし、これらの変幻自在なデザインは、APの最もアイコニックな時計の基礎を築くのに役立った。
「アシンメトリックでブルータリズム的なデザインがロイヤル オークの道を開きました」とヴィヴァス氏。「明確なつながりがあるのです」。デザイナーのジェラルド・ジェンタ(Gerald Genta)には分からなかったかもしれないが、彼のエキセントリックで表現力豊かなスポーツウォッチのルーツは、ひと世代前のさまざまなシェイプに根ざしていた。シェイプに対するAPの実験はさらにさかのぼり、1920年代から30年代のデザインを見ると、ラウンドとはほど遠いクロノグラフやカレンダーモデルを見つけることができる。
多くの点において、こうした歴史を背景に、APはシェイプの実験を続けるべく現代のリマスターコレクションを展開している。2020年に導入されたリマスター01は、第2次世界大戦前の初期のクロノグラフという、APの歴史と同じような一面を探求した。非対称の時計と同様に、この時代はAPが連続生産を行う前の時代であり、すべてのコンプリケーションウォッチが本質的にユニークピースであった。20世紀前半、APはわずか307本のクロノグラフしか製造していなかった。これをもとに数字を推測すると、60年代初めに終わった黄金時代においても、同じような数のアシンメトリックウォッチが製造されたと考えられる。
リマスター01と同様リマスター02も、ヴィンテージウォッチの復刻でもオマージュでもない。過去のRef.5159を想起させるものの、これはあくまで現代の時計である。最新の素材であるサンドゴールド、薄型の自動巻きムーブメント(Cal.7129)、そして大ぶりなサイズを採用している。意見が分かれるかもしれないが、APが時計ブランドのなかで最も現代的であることは確かだ。でなければ誰がほかにダイヤルへミュージックイコライザーをあしらうだろうか? これがAPなりのアプローチなのだ。
それでは、リマスター02を実際に手に取って見てみよう。
オーデマ ピゲ リマスター02をハンズオン
月に何十本もの時計について書いたり扱ったりしていると、いくつか見落としてしまうことがある。価格については特に難しい。“価値”の大部分は個人の好みに左右されてしまうからだ。また同じようなサイズの時計でも、一方がつけ心地がよく、もう一方がそうでない場合、その違いを把握するのも難しい。今私が悩んでいるのは、私たちはシェイプウォッチのルネサンスの真っただ中にいるのか、それともリマスター02が少し遅れてやってきたいいアイデアの例なのかということだ。
私はオーデマ ピゲを多くの理由から愛している。歴史、コンプリケーションの経験、そしてパテックのような閉ざされた世界(APを小売店で手に入れるのがどれだけ難しくとも)よりも、文化的にもう少し身近に感じられる点だ。しかし、どのブランドにも欠点はある。
残念ながら、CODE 11.59の発売は期待外れだったが、コレクションはより強力になった。CODEコレクションは一部のコレクターには人気が出始めているものの、この価格帯でほかのどの時計よりも選ばれる時計かどうかはまだ分からない。オフショアにも優れたモデルが多くあり、なかにはかなり気に入っているものもあるが、最初に選ぶとしたらいくつかのロイヤル オークを指すだろう。コンセプトラインは私のお気に入りのひとつであり、背が高い私にぴったりのモデルを着用できるのは幸運なことだ。ただ最後に挙げた3つのコレクションは、人々の心のなかでロイヤル オークとともにグループ化されていると思う。そしてロイヤル オークが何かと言えば、象徴的かつデザイン性に優れた作品だということ。ブランドのコレクションを支える第3の柱となる第2の時計を探す際、特に時代が過ぎ去った可能性があるのに、なぜもうひとつのサテン仕上げのブルータリズムデザインを選ぶのだろうか?
さて、その決定を擁護するための議論をしよう。リマスター02は、少なくとも非常に印象的な時計であり、現代の主要なカタログではしばしば欠けていると感じられる創造性を補完する一例だ。ケースサイズは41mm(最長角度)で、厚さは9.7mmであり、シェイプウォッチのなかでも特に目立つ存在となっている。またオーデマ ピゲ最新の合金であるサンドゴールドでつくられ、これは今年初めにロイヤル オーク フライング トゥールビヨンで初めて採用されたものである。その記事でも説明したように、この素材は入射角と反射角が等しく、光の環境の影響で色が変わる。これにより、ケースはピンクがかった色合いからホワイトへと変化する。
これはオーデマ ピゲが歴史にインスパイアされつつも、ブランドが得意とする材料科学とデザインセンスを組み合わせたものだ。ケース全体は、裏蓋のファセットエッジを除いて水平または垂直にサテン仕上げが施されている。このようなテクスチャーは、サンドゴールドの色の変化をさらに強調し、ヴィンテージモデルのポリッシュ仕上げのケースよりもモダンな印象を与える。
風防の形状はケースのファセットに沿っている。硬いラインは巧妙に交差しており、ラグはそれぞれの側面で幅を0.5mmずつ広げて1mm広くし、ラグの形状を簡単にすることもできた世界を想像することができる。しかし、APはストラップの隣にその小さな突起を残すことで、デザインにアクセントを加えた。
バックルさえも、それがCODE 11.59のバックルと同じものであってもケースのシェイプを反映しているように感じる。ストラップはやわらかいマットアリゲーターで、ダイヤルの色とよくマッチしている。ここもAPが多くのディテールをうまくまとめたところだ。
センターポストから放射状に広がるラインはヴィンテージモデルから引き継がれており、アワーインデックスとして機能する。このラインは針やロゴと同じくサンドゴールド製だ。そしてその放射状パターンは、“Bleu Nuit, Nuage 50”トーンダイヤル(オリジナルのロイヤル オークのダイヤルカラーから取り入れたもの)へと続いている。近くで見ると、そのテクスチャーはまるで木の象嵌細工のようだ。またオーデマ ピゲが考慮したもうひとつの工夫は、上から見た際に風防のカッティングがロゴの単語の中心(AUDEMARSとPIGUETのあいだ)に当たるよう配置したことだ。
最後の細かい工夫にはほとんど気づかなかったが、指摘する価値がある。ダイヤルの上部、下部、左側をよく見ると、ベゼルの下のケースシェイプがわずかに変更されているのが分かる。これは分針が実用的な長さを保ちながら、スムーズに1周できるようにするためだ。これらすべてが組み合わさり、シェイプウォッチの需要が高まるなかでとてもタイムリーに感じられるか、あるいは少し遅れたパッケージへとまとまっている。一瞬の経過を見極めるのは難しく、だからこそリマスター02は、ルネサンスが終わったのかそれとも始まったばかりなのかを見極める、究極のリトマス試験紙になると思うのだ。
リマスター02に対して挙げられる大きな批判があるとすれば、それは時計のサイズだろう。厚みがあるというより、その多くはきわめて角ばったシェイプのために必要な部分に過ぎない。内部に搭載された自動巻きCal.7129は、16202 ロイヤル オーク “ジャンボ”エクストラ シンと同じで、厚さはわずか2.8mmである。したがって理論的に本作はもっと薄くできるのだが、それではまったく別のものになってしまう。ローターも素晴らしい仕上げのサンドゴールド製であるが、これは手巻きムーブメントであった可能性はあるのか(あるいはあったはずなのか)という疑問が生じる。
オリジナルの時計はかなり小さかった。厚さは測っていないため正確な数値は分からないが(オリジナルが見られるとは思っていなかったのでノギスを持ってこなかった)、手巻きキャリバーを搭載した比較的繊細な時計であった。しかし、それが大きな違いを生むとは思わない。
この時計が大きすぎるという評価をしたのは私だけではない。実際にリマスター02を試した友人たちもみな(例外なく)同じ感想を持っていた。それでもデザインが素晴らしいことに同意していたのも事実だ。ヴィンテージウォッチをコレクションする友人たちはリマスター02のコンセプトを気に入っていたが、それでもこのレベルは少々扱いにくいと感じないわけがない。
スペック上の数値ではそれほど大きく見えないが、ケースが非常にフラットであり、手首のいちばん平らな部分にしっかりと固定しなければならない。ほかの時計であれば、手首の上で少しゆるくつけるのは必ずしも悪いことではない。しかし、この時計のデザインではそれができない。また左手につける場合、時計が手首の骨より下に移動することもない。手首を曲げるとケースが手に食い込んでしまうのだ。
とは言いつつ、手首が細い人は下のヴィンテージピースのほうが合うかもしれない。ただし、このモデルはたった7本しか製造されておらず、この個体はAPが所有しているため入手は難しいだろう。またこの時計を21世紀にふさわしくした、数々の工夫されたデザインも得られない。
この時計をつけていて不快に感じたり、手首に違和感を覚えたりすることはなかったが、ヴィンテージのサイズと新しいサイズの中間、つまり37mmくらいが理想的だったのではないかと感じた。ヴィンテージウォッチが大好きな私でも、27.5mmのヴィンテージモデルが自分にとって適切なサイズであるとは思えない。ただ新しいモデルは? まだ納得していない。
これこそ、ヴィンテージにインスパイアされた復刻モデルの難しさだ。ヴィンテージウォッチの素晴らしさには多くの要素が詰まっている。ノスタルジー、サイズ、デザインなど、その多くを再現し創造するのはきわめて難しい。あまりに軽いタッチだとただのオマージュになってしまう。逆にリデザインが過剰になると、もとの魅力が失われてしまう可能性がある。
とはいえ、たとえリマスター01を購入した人々と同じでなくても、このリマスター02の顧客を見つけるのにAPが苦労することはないはずだ。実際、APがこのような時計を使ってその購買層を広げ続けていることこそ、ここでの最大の成功なのかもしれない。ヴィンテージウォッチの需要が日々増大するなか、リマスター02がタイラー・ザ・クリエイター(Tyler the Creator)氏のような、工夫されたデザインとヴィンテージの美学を理解するセレブリティの手首に巻かれるのも時間の問題だろう。そのとき、リマスター02は独自の存在感を放ち、私の批判がどれほど的外れだったかを思い知ることになるだろう。
オーデマ ピゲ リマスター02(リマスター オートマティック)。Ref.15240SG.OO.A347CR.01。41mm径、9.7mm厚のサンドゴールドケース、30m防水。セグメント化した“Bleu Nuit, Nuage 50”ダイヤルに、直線的なサテン仕上げとサンドゴールドのライン。夜光なしのサンドゴールド製針。時・分表示の自動巻きムーブメント、Cal.7129を搭載、パワーリザーブは約52時間、2万8800振動/時。ブルーのコントラストカラーのアリゲーターストラップ、18Kサンドゴールドのピンバックル。世界限定250本。価格は649万円(税込)