前編で、私たちは学術的観点からパテック フィリップ Ref.2497を徹底的に調査し、パテック初のセンターセコンド・パーペチュアルカレンダーをこれほどまでに際立たせている細かいディテールを徹底的に紹介した。製造番号やデザインの詳細について疑問をお持ちの読者は、これで答えが得られたのではないだろうか。しかし率直に言って、それだけではつまらない。いつものことだが、楽しいのは信じられないほどレアなものとの邂逅である。
後編では、(おそらくこのような時計を買うことはない)私のような人間が本当に楽しめるもの、つまり最も希少な類の個体をつぶさに取り上げていきたい。これはヴィンテージ・フェラーリのディーラーでウィンドウショッピングをするようなものである。純粋な憧憬でもあり、同じくらい満足できるものだ。いつか、この時計を手首に巻いたり、250 GTルッソのシートに座ったりできる日が来るかもしれない。願うのは自由である。少なくとも、その体験がいかに希有なものであるかを知るために必要な知識は本記事からすべて得られるだろう。
さらに本記事の後半では、このような希少な時計を実際に購入する幸運に恵まれた人々のための購入手引きについて、私の考えを紹介しよう。警告しておくが、腹落ち(はらおち)するのが大変なため(前編よりもさらに長文)1度に全部読もうとしないで欲しい。これは少しずつ読むのが最適な記事だ。
レア中のレアモデル
Ref.2497の素晴らしい個体は数多く存在するため、新しい個体がマーケットに登場し続けている状況にある。全部で114本製造されたうちの56本しか発見されていないため、理論上これまで公にされていないものが見つかる余地はまだある。2024年7月初め、スペインのオークションハウスでピンクゴールド(PG)の新しい個体(ムーブメント番号042)が出品され、100万ドル(日本円で約1億5000万円)を超える値がついた(あるディーラーは120万〜140万ドルだと予想していたようだが)。その理由のひとつは、ケース素材の希少性(PGのRef.2497が見つかったのはこれで10本目である)と完璧なコンディションである。だが、このリファレンスを研究する(あるいは探す)のであれば、知っておくべき注目に値する個体はひと握りである。
私の心のなかには、群を抜く1本のRef.2497がある。約1年前、私は再びオークションに出品されるのを目にしたい5本のリストを作成した。それには次の理由がある。1)家を飛び出し、自分の目で確かめたいから、2)希少な時計が到達し得る価格の限界に対する私たちの理解を完全にリセットしてくれるから。これはそのリストの筆頭の時計であり、言うまでもなくその価値がある。
プラチナケースにブレゲ数字。これだけ知れば十分だろう。ムーブメント番号888,075のこの時計は、パテック フィリップの時計のなかで最も印象的(おっと、オークションハウスの常套句を使ってしまった)なもののひとつである。このリファレンスのプラチナケースは2本のみで、いずれもウェンガー社製ケースであったが、プラチナ製であるという事実だけで、ヴィシェ社製ケースのデザインに対する好みを凌駕する。実際、パテックは(私の知る限り)1980年代にRef.2499Pを発表するまで、プラチナケースのパーペチュアルカレンダーを製造することはなかった。この2本のなかで私がいちばん好きなのは、ダイヤルのハードエナメルのブレゲ数字を持ったほうに尽きる。囲みのない非常に渋いミニッツトラックも好感が持てる。スポーティさとエレガントさのバランスが絶妙で、唯一無二のパッケージだ。
この時計は、オリジナルオーナーの家族によって2008年に初めてクリスティーズに出品され、競り落とされて以来、公の場では見ることができなかった。この時の出品は凄まじく、フィリップ・スターン(Philippe Stern)氏とアルノー・テリエ(Arnaud Tellier)両氏がブリッグス・カニンガムJr.のスティール製Ref.1526を見事競り落としたのも同じ場であった。 では、Ref.2497Pの落札価格は? その場に居合わせた人なら分かると思うが、320万7400スイスフラン(当時の相場で約3億720万円)で、HODINKEEの友人であるアルフレッド・パラミコ(Alfredo Paramico)氏の手に渡った。繰り返すが、これは2008年の落札価格だ。今日ならいくらで売れるだろう? 何人かに聞いてみたところ(そのうちの何人かは、当時この時計に実際に入札していた)、全員が同じ相場観を持っていた...涼しい顔で750〜1000万ドル(日本円で約11億2800万〜15億円)と言ってのけ、果ては1200万ドル(日本円で約18億500万円)などという声もあった。16年で400万ドルも跳ね上がるのは、まさに驚愕のひと言である。700万ドルともなれば、ニュースの見出しを飾るだろう。
2本のプラチナ製ケースのリファレンスのうち、最初に取り上げる1本を選ぶのは困難だったが、だからといってこの個体が特別なものでないと誤解しないでほしい。ムーブメント番号888,029のこの個体は、リファレンスを完全無欠な美で体現したもので、おそらくこれまでに製作されたパーペチュアルカレンダーのなかで私が最も好きなモデルである。この時計は、非イエローゴールド(YG)のほとんどすべての金属素材と同様、ウェンガー社製ケースに収められ、ダイヤルの4分の3、つまり3時、9時、12時位置にバゲットダイヤモンドのインデックスがあしらわれている。また、ローズゴールド(RG)のリーフ針がダイヤルに遊び心を加えている。そしてブレスレットに注目して欲しい。
ポリッシュ仕上げされた薄いブリック型ブレスレットは、Ref.2497と一緒に販売されているほかの希少なオリジナルブレスレットと同様、おそらくゲイ・フレアー社製のものだろう。ケースにぴったりと寄り添うようにカットされ、ほぼ一体化したデザインを実現している。
この時計について語ることは、ほかにはあまりない。この時計は1997年にアンティコルムにて約75万ドル(現在では滑稽なほど安価だ)で落札されて以来、一般市場では取引されていない。この時計は個人の時計コレクターの手に渡り、あと少しで実物を見ることができるところだった。その時、私はスマートフォン内にある最近の画像を見せてもらったが、ジョン・ゴールドバーガー(John Goldberger)氏がオーナーのために撮影したプロフェッショナルな写真を共有したのは本記事が初めてとなる。
時として、特別な時計には複雑な歴史があり、また注意が必要なものもある。2015年、クリスティーズはRef.2497の最も目を見張るような個体のひとつを販売しようとしたが、壇上に上がる手筈が整ったほんの数分前に、所有権に関する論争のために販売から撤回された。権利問題を複雑にしているのは、この時計がかつてエチオピア皇帝、故ハイレ・セラシエ1世(Haile Selassie)の所有物だったということだ。
ムーブメント番号888,058のこの個体は、YGのウェンガー社製ケースと夜光針を備えたユニークなブラックの第1世代ダイヤルを備えている。この時計は最終的に、アルフレッド・パラミコ氏とダヴィデ・パルメジャーニ(Davide Parmegiani)氏という2人の有力ディーラーの入札合戦の末、2017年に落札され、後者が289万8000ドル(当時の相場で約3億2500万円)で勝ち取った。ブラックダイヤルとYGケースのパテックは、このブランドで最もコレクション価値が高いモデルのひとつであるため、この落札結果は当然といえよう(現在ならもっと高額となる可能性もある)。しかし、これらのブラックダイヤルには注意が必要だ。
YGケースのブラックダイヤルを持つRef.2497は、2009年のアンティコルムにいちど登場した、夜光針を備えた第2世代である。これはRef.2497のなかでもとりわけ垂涎の的となるはずだ。奇妙なことに、この個体は“アーカイブの抜粋”(そこに何が記載されていたのかは不明だが)付きで出品されたにもかかわらず売れ残ったのである。その時計を手に取ったことのあるごく少数の人たちに尋ねたが、その理由について明確な答えは得られなかった。ある信頼できる時計コレクターは、“気に入らなかった”と言った。もうひとりは、彼らの記憶ではダイヤルがリダンされたように見えたと言った。実際に見たわけではないため完全に否定するつもりはないし、出自の正しい価値のある時計である可能性もまだ残されているが、再び登場した際のマーケットの反応は気になるところだ。
“フラートン”は、世界で最も重要なRef.2497であるという根強い意見が支持されている。これはパテック初のCal.27SC Qムーブメントで、ムーブメント番号は888,000と刻印があり、1951年に製造されたユニークケース(ケース番号は663,034)に収められている。この時計は、1953年のバーゼルフェアで発表された新作のプロトタイプであった。最終的には歴史上最も重要なコレクターのひとりであるヘンリー・グレーブス Jr.(Henry Graves Jr.)の孫であり、自身も重要な時計コレクターであるピート・フラートン(Pete Fullerton)に売却され、パテックとの深い絆の証となった。
大げさな表現が多いためシンプルな言葉で説明しよう。この時計は珍しいケースデザインであり、スリーピースケースに長くカーブした、ほぼポリッシュ仕上げに近いラグが付いている。ダイヤルのアプライドインデックスは個性的で大胆、実質的に未来的な立体型フォントを採用している。この組み合わせはRef.2497ではほかに類を見ないものであり、もしあなたがこの時計を実際に目にしたら、“フラートン”だとすぐに分かるだろう。
フラートンが所有して以来、この時計は2度落札されている。2012年にサザビーズで68万8000スイスフラン(当時の相場で約5860万円)、そして2021年にクリスティーズで150万7144スイスフラン(当時の相場で約1億8100万円)だった。これほど値が上がらなかったことに正直なところ驚いている。見方によっては、Ref.2497を完璧に表現していないからかもしれない。時計コレクターのなかには、そのリファレンスの象徴的なデザインを求める人もいるからだ。しかし2億円という金額は、どの通貨に置き換えても大金である。
一方、私のお気に入りのもうひとつ、“シドニー・ローズ”は読んで字の如くである。これはRGの第2世代(第1世代ダイヤル、ウェンガー社製ケース)で、夜光の入ったRGのドフィーヌ針が印象的な時計だ。若干の注釈が必要なものもあるが、すべてが公明正大である。
この時計は1954年に製造されたものの売れ残ったため、パテックは1960年代にゴールドの“ミラネーゼ”ブレスレットを追加し、オリジナルの“フィーユ”針を新しい夜光針に交換することでアップデートを図った。第2世代ダイヤルは、売れ残った個体の販売促進を目的にアップデートされたものだと考えられている理由の一例である。この時計は1960年代にオーストラリアに渡り、かの地で販売された。再び市場に出てきた際には、“シドニー・ローズ”というニックネームが与えられた。フィリップスはこの時計を2017年に74万2000スイスフラン(当時の相場で約8450万円)で販売した。
ジャズ・コンボの名前のように奇妙だが、ムーブメント番号888,015、888,054、888,055の3つのWG製Ref.2497を“ホワイトゴールドトリオ”と呼んでいる。いずれも第2世代(ウェンガー社製ケース、第1世代のダイヤル)である。前編では、パテックがWGをきわめて希少な存在にしていた最後のリファレンスであると述べた。そのうちの1本、友人のデイブが所有している888,054を実際に見ることができたのは幸運だったが、それだけがトップ3に入れる理由ではない。ブレスレットに注目してみよう。
正面から見ると、この時計はゲイ・フレアー社製ブレスレットによる切れ間のない完璧な列があり、その列をつなぐジョイント部分は“フィレンツェ様式”の仕上げで覆われているように見える。同じようなブレスレットを持つプラチナのモデルとは実に対照的だ。また、この時計は7.8インチ(約19.8cm)以上の手首の人に合うだろう。私が試着した際、ブレスレットは私の手首にジャラジャラと余っていた。ファクトリーブレスレットの興味深い微妙な特徴のひとつは、7時位置にある切り込みで、ブレスレットを外さなくてもムーンフェイズの修正ボタンにアクセスできるようになっていることだ。この時計はオークションで何度も落札されており、最近では2021年のフィリップスにて281万3000スイスフラン(当時の相場で約3億3780万円)で落札されている。
さらに別の個体を紹介しよう。ムーブメント番号888,015、ゲイ・フレアー社製のWGブリックブレスレットである。こちらはエンドリンクがストレート仕様だ。私たちの友人であるジョン・リアドンは、彼がまだクリスティーズに在籍していた2014年にこの時計の商談窓口を担当し、最終的に204万5000スイスフラン(当時の相場で約2億3640万円)で落札された。私はこのブレスレットのスタイルがとても好きだ。というのもこれだと少しスポーティに感じるからだ。
最後に紹介するのは、2000年にアンティコルムで出品された888,055だ。この時計は売れ残り、その後どうなったのか詳しい情報はない。しかしこのような時計が売れ残るというのはとても不思議なことであり、それだけに興味深い。
このユニークな時計について、私はよく理解していないし何が起こったのかを知っている人はこの世にいないだろう。この時計(888,027)が2010年にクリスティーズに出品され、Rsf.2497/2498と呼ばれた。後半の2498という数字は、ヴィシェ社による奇妙なケースデザインを示していること以外は文献や個人コレクターのあいだで語られるのみで、ほとんど伝説となっていた。注意して見ていれば、細長く、より“ポリッシュ”されたラグを持つ“フラートン” Ref.2497との類似点に気づくだろう。ただそれだけでは終わらない。ここではクリスティーズの解説を引用したい。
“ケース全体も、よく知られたRef.2497のスタイルとはまったく異なり、厚みは薄く、凸面は抑えられています。さらに、ベゼルは通常のRef.2497が凹面であるのに対し、わずかに凸面になっています。また裏蓋もユニークなデザインで、この時代のほかのパーペチュアルカレンダーモデルのよく知られた形状とは似ても似つきません”。
このケースは、ムーブメント番号966,360、ケース番号663,403、Ref.1526(スモールセコンド仕様)に搭載されているCal.12'''120 Qを収めたもうひとつのユニークピース、Ref.2498と一致する。そのため、このモデルはRef.2497/2498として知られるようになったというわけだ。いわば叡智ともいうべき時計は、今日のベテランウォッチコレクターにも受け入れられると思うが、 2010年当時は36万3000スイスフラン(当時の相場で約3060万円)の時計に過ぎなかった。今日ではその2倍以上の価値があると主張してもよいだろう。
深く掘り下げると、前述のRef.2498がフーバー(Huber)とバンベリー(Banberry)共著によるパテック フィリップの書籍のなかに掲載されていることが分かるが、そこに掲載されている時計はクリスティーズによるRef.2498の解説とは一致しないようだ。理論的には、これは最も重要なRef.2497となり得る(それが仮にRef.2498であったとしても)。なぜなら説明のとおり、ユニークであると同時に、Ref.1526とRef.2497のあいだの最も純粋な過渡期のリファレンスだからだ。
クリスティーズによれば、この時計はRef.1526のムーブメント、Cal.12'"120Qを搭載しているはずだということだ。しかしこの本に掲載されている時計にスモールセコンドはない。その時計はフラートンと同じ立体的なアプライドの数字があしらわれているが、ドイツ表記カレンダーとセンターセコンドを備えている。ということは、Ref.2498にはふたつの派生型があるということなのか? 実際、コレクタビリティを運営するジョン・リアドン(John Reardon)氏によれば、Ref.2498は3本製造されたそうだ。しかしCal.12'"120Qを搭載したモデルに対する私の好奇心はさらに深まるばかりだった。友人の協力のおかげで、この記事が掲載されるわずか2日前にようやくRef.2498(らしきもの)についての最初の手がかりを得ることができた。
Ref.2498(ムーブメント番号966,360)は、サザビーズが1998年10月のニューヨークオークションでロットNo.450として出品したものであることが判明した。ロンドンのライアン&ターンブルオークショニア(Lyon & Turnbull Auctioneers)の時計部門責任者であるチャールズ・ティール(Charles Tearle)氏と彼の膨大なカタログライブラリーのおかげで、この時計単体の写真を入手することができた。以下に紹介する彼らのリストには、フーバーの本と同じように不思議な違いがあること、そしてRef.2498がパテックのパーペチュアルカレンダーのカタログに掲載されていないことが注記されている。次に時計本体の写真がある。写真を見ると、ベゼルは後期のRef.3448のようなふっくらとした形をしており、非常に細いラグがケースとほぼ垂直に接しているように見える。率直に言って奇妙な時計だが、歴史的な観点からはクールな時計であり、しかもヴィシェ社製である。
私にとって興味深いのは、この時計が落札されなかったことである。当時、パテックは時計の買い付けに非常に積極的で、どのオークションハウスも隠してはおけないほどの記録的な売り上げを更新していた。しかしパテックのミュージアムカタログを確認すると、その時計がそこに収められている。ほかのふたつの例がどこにあるかは、依然として謎のままである。
パテックミュージアムに所蔵された時計といえば、もう1本、2度と一般に販売されることはないだろう特筆すべき個体が存在する。それこそが史上唯一のピンク・オン・ピンク(RGケース、サーモンダイヤル)のRef.2497で、パテックミュージアムに収蔵されている。また、マークIダイヤルにリーフ針があしらわれたことで、より珍しい存在となっている。ムーブメント番号888,028の素晴らしい画像を提供してくれたレボリューション誌に感謝したい。興味深いことに、フーバーとバンベリーによるパテック フィリップの書籍には別のサーモンダイヤルが掲載されているが、窓は一致していない。同じ時計なのだろうか? パテックが日付窓を交換したのだろうか? 私には分からないが、誰かが知っているのは確かだ。我こそはと思う読者は教えて欲しい。
ピーター・ノール(Peter Knoll)氏の時計が以前オークションに出品されたとき、同僚であるトニーが素晴らしい記事を書いてくれた。この時計はムーブメント番号が888,041で、PG(ヴィシェ社製ケース)の希少な第1世代のRef.2497のごくありふれた個体となるだろう(素晴らしいとはいえだ)。この時計と前のオーナーにまつわるストーリーから、好ましい来歴にこだわるコレクターにとっては素晴らしい時計と言えるだろう。また、友人が過去に所有していたこともあり、私にとっても特別な思い入れのある時計だ。昨年クリスティーズに出品された際には、149万7000スイスフラン(当時の相場で約2億3430万円)と高額落札を果たした。詳細はトニーの記事に譲るとして、この時計は特筆に値するものだ。
以上、レアで珍しいリファレンスの内訳をご紹介したが、素晴らしいコンディションの“標準的”なRef.2497が素晴らしい時計ではないと言うわけではない。また、前編で取り上げた姉妹リファレンスであるRef.2438/1 のレアモデルについて、本記事ではあえて取り上げない。さて、何を探しているのかがはっきりしたところで、その価格はいかに?
購入指南
知識は人に自由をもたらすが、Ref.2497の購入には費用がかかる。自分が何を探しているのかがわからないがゆえに、うっかり必要以上の金額を支払ってしまうと高く付くことになるだろう。そうならないためには目を肥やしておく必要がある。
Ref.2497(またはRef.2438/1)の購入を検討している場合、同じ基本的なルールは、ほぼすべてのヴィンテージウォッチ、特にヴィンテージパテックに適用される。コンディションが最重要であり、誰が売った時計なのかがポイントだ。いずれにせよ安くはなることはない。しかし私は価格に見合った価値のある時計を手にいれる一助となりたい。はっきりさせておきたいことがある。私たちは素晴らしい個体と、芳しくない状態の個体を紹介するが、売り手を非難するつもりはまったくない。どのオークションハウスも、コンディションを理由に由緒正しいRef.2497の販売を断ることはないだろう。しかし優れたコンディションの個体であれば、より高値で取引される可能性がある。まずはケースから見てみよう。
前編では、ヴィシェ社とウェンガー社の2世代のケースの違いについて何点か取り上げたが、コンディションに関しては見ておくべき点もある。最初に見るべき最も明白なことは、ケースが過度に研磨されていないか、あるいは変更が加えられていないかということだ。たいていのケースは(たいていのダイヤルと同様)どこかの時点で手が加えられているが、それがどの程度なのかが鍵になる。下の画像の個体を正面から見ると、ラグのシャープさと力強さ、そしてステップの明確さは一目瞭然だ。時計を裏返すと、ラグは平らではなく、先端からケースに向かってファセット加工された外側のエッジが残っているはずだ。素晴らしい写真がないにもかかわらず、最近販売されたPG製Ref.2497は、(信頼できる時計コレクターによれば)この特徴(およびケースコンディション全般)を示す最良の個体だということだ。
時計を逆さまにするとほかのディテールを見ることができる。ケースバックの内側には、ケースメーカー、シリアル番号、ケース素材の純度表示などの基本的な情報が分かる。さらにラグの裏側や、場合によってはケースの側面やラグの側面にも、スイスヘルヴェティアのホールマークが刻印されている(ただし、これらは研磨するとすぐに消えてしまう)。刻印は均一な深さで押されていたわけではないため確実な方法ではないが、ラグ裏のホールマークが消えているか、または非常に浅い場合は、かなり研磨された時計であることが分かる。これらのホールマークは最後には消えるものだが、どの程度悪化しているかを確認する最初のチェックポイントに適している。
ウェンガー社製ケースには、ちょっとした秘密がある。ケースメーカーは、左上のラグの内側にケースのシリアルナンバーの下3桁を隠しているのだ。これは磨かれる場所ではないが、ストラップとの摩擦で磨り減ってしまうことがある。
大事なことを言い忘れていたが、リカット(再加工)ケースについても触れておこう。繰り返しになるが、これはオークションハウスや売り手を非難するものではない。ただリカットケースのビフォーアフターがどのようなものかの好例を示そう。ラグの底のフラットな部分には平らな筋状のエッジがあり、さらにラグの側面にはサテン仕上げが施されているのが一目瞭然だ。おもしろいことに、どちらのケースもクリスティーズで販売され、そのあいだにリカットが施されたようだ。
トニー・トライナが最近の記事で述べたように、パテックのダイヤルは通常、ある程度の修復が施されている。もしそうでなければ、下の時計のように変色やシミの多いものになってしまうだろう。12時位置に追加された奇妙な記章の周りに変色を免れた部分が見えていることから、これが本来のダイヤルカラーではないことを示唆している。このオレンジの色合いに魅力を感じる人もいるかもしれないが(私も気持ちは分かる)、一般的に高価なパテックを買う人が求めているものではないだろう。
ダイヤルの構造については別のIn-depth記事のテーマにする価値があるが、当時、Ref.2497のような時計のダイヤルは洗浄やクリーニングができるようにつくられており、その多くは当時のパテック自らが行っていた。また完全にリダンされた個体もあり(成功の度合いに差はあるが)、素晴らしいコンディションの手付かずのダイヤルを手に入れるのは難しい。私がカタログに掲載された全個体を徹底的に調べたわけではないが、ほかのパテックのダイヤルと同じ悩ましい問題点(ジュネーブの“è”のアクサン・グラーヴが欠けているのがそのひとつ)と頻繁に出くわした。また研磨が施されたダイヤルに見られるような筋目や、エナメル数字やサインが浮き彫りに見えるようエナメル層を慎重に(あるいは慎重さにやや欠いて)磨き込んだダイヤルもあった。
ダイヤル開口窓の状態も重要なポイント。Ref.1526、1518、2499、3448/3450などを評価する場合も同様だ。ダイヤルのエナメルやサインのオリジナル性をチェックするのは当然のこととして、注意深いバイヤーはルーペや顕微鏡で、これらの窓がどれほどシャープであるか、あるいは “リカット”加工されている可能性があるかどうかを確認する必要がある。ときにルーペが必要ない場合もある。上の画像は、少なくともエッジがシャープなダイヤルの個体だ。下はダイヤルの加工によって窓の角が丸くなり、その価値に影響を与えた時計だ(それでもこの時計は32万1000ユーロ、日本円で約5200万円で落札されたが、ヴィシェ社製の個体であり、この欠点がなければもっと価値が上がっただろう)。
また、“10”と“12”時の“1 ”の下にインデックスの穴が覗いているのが見えるが、これはダイヤルが加工された証拠である。修復の際、インデックスの穴が少し開けられ、より大きくなることが多く、背面からよりはっきりと分かるようになる。
もしあなたがRef.2497を本気で落札したいのであれば、オークションハウスにダイヤルだけの画像を見せてもらうと、研磨の痕跡や窓の加工の有無などをよく見ることができるだろう。またムーブメント番号は、ダイヤルの縁と裏の両方に記載されているはずだが、これらのマークが消えていることもある。
前編では触れなかったが、もうひとつ特筆すべきダイヤルバリエーションが存在する。“フラットな”第1世代ダイヤル(ムーンフェイズ周辺の開口部がない)を持つ時計は、少なくとも5本確認されている。これはRef.1518と2497のレアピースに見られるもので、このデザインを持つ時計にはフラートン(888,000)、ダイヤモンドをあしらったプラチナピース(888,029)、888,031、ハイレ・セラシエ、888,096など、多くのユニークな時計と、より“スタンダードな”通常モデルがあった。
ムーブメントについて、前編では触れなかったことがひとつある。それがこれらの時計の価値に影響を与えるという情報はまだ目にしていないが、知識の共有について、もう“当たって砕けろ”という気持ちであたっているためご容赦いただきたい。下の2本の時計をご覧いただくと、テンプの受け石を支える耐震機構が何か違うことに気づくだろう。ほとんど目立たないが、逸話によると(これを指摘してくれた友人のメモに感謝する)、初期のテンプの耐震機構はカラトラバ十字をかたどっていた。のちの耐震機構はただの丸型であった。これらの耐震機構は必ずしもシリアル番号順に並んでいるわけではないため、整備中に新しい(あるいは潜在的に優れた)部品と交換された可能性もあるが、共有するには楽しいディテールだ。
上のふたつのムーブメントについて、何かほかに違いがあることにお気づきだろうか? 1枚目の時計はテンプの耐震機構のバネが古いにもかかわらず、実際には新型のテンプを搭載している。Ref.2497のオリジナルテンプは2枚目の画像のようにバイメタル切りテンプ仕様だ。1957年から1960年にかけてのある時点で、パテックは上のWGモデルに見られるような一体成型されたテンプを採用し始めた。これはRef.2499のテンプの過渡期のものだが、ほぼすべてのRef.2497(および2438/1)がそれ以前に完成しているため、ほとんどがオリジナルのバイメタル切りテンプを持っていることになる。後期世代に新型テンプが混在しているのは(例えばムーブメント178にはバイメタルだが、それより若い172は新型だ)過渡期であったからだと思われるが、015のような初期の時計は、どこかの時点でテンプが交換されている可能性が高い。
ダイヤルにはほかにも特筆すべき珍しい個体がいくつかある。888,012番はヴィシェ社製ケースだが、ダイヤルは第2世代だ。この時計は20年間売れ残ったためにパテックがダイヤルを交換したもので、ダイヤルのトラック表示にはほかにも珍しい特徴が備わっている。2011年、クリスティーズはアーカイブに記載されたdoré(金色)の第1世代ダイヤルを持つ888,068を販売した。最後に、サザビーズではインターネットカタログ以前の時代に、ハウズマン社のサイン入り第3世代(888,155)を販売したことがある。
最後にRef.2497の通常生産個体で、オリジナル証明書を持っているのはムーブメント番号888,017、-048、-059、-155、-178の6本だけである。またムーブメントの刻印やケースの表記(HOX刻印のムーブメントが2本、ケースの内側に宝石商ガラードを表す“G&Co.Ld”と刻印されたもの、同じく宝石商ベイヤーを表す“204644+Z3”と刻印されたもの)など、個体を特定するためのほかの小さな特徴を見つけることができる。また前述したとおり、ドイツ語表記カレンダーを搭載したRef.2497は、YGとPGが1本ずつしか存在しない。
財布の準備はいいかい?
いくらぐらいを想定しておけばいいのか? まあ、ここからは込み入った話になる。地方の小さなオークションハウスで行われたPG製Ref.2497に関するトニーの取材に、今1度エールを送りたい。もう“掘り出し物”なんてないという証拠を見事に示している。ただここ数年、市場は乱高下しており、タイミングこそがすべてである。
この記事のために私が撮影したWGの時計は、このリファレンスの最高額記録に迫る280万スイスフラン(日本円で約4億7800万円)を記録したが、プラチナのブレゲ数字に40万スイスフラン(日本円で約6800万円)分およばなかった。私に言わせれば、現在のコレクターは(いくら“スタンダード”な個体が少ないとはいえ)スタンダードモデルを買うよりも、むしろレアなバリエーションを待ち望んでいることを示している。またプラチナの個体が市場に出てから10年以上が経過しているため、このリファレンスの可能性について私たちの常識が覆される可能性が高い。
通常生産のピースについては当初、過去5年間の平均落札価額を導き出すことによって、ある種の指標を見つけようとしたが、あまりにも多くのニュアンスの違いと変数があり、収拾がつかなくなってしまった。ヴィシェ社製ケースは、問題のある2本の個体によって結果が引き下げられたが、YGの良質な真の第1世代には約50万スイスフラン(日本円で約8500万円)、PGの個体には少なくともその2倍(あるいは3倍近く)を支払うと思っていたほうがいい。また、あるディーラーによると、最近スペインで売れたPGのヴィシェ社製ケースのRef.2497は、彼が値踏みするならば顧客は140万スイスフラン(日本円で約2億4000万円)まで支払う価値があると言った。第2世代(ウェンガー社製/アラビア数字)の平均は過去5年間で約40万スイスフラン(日本円で約6800万円)だが、この市場ではまだ35万スイスフラン(日本円で約6000万円)程度で見つかる可能性がある。最後に第3世代の個体は大きく出遅れており、この5年間のうち市場に出た2本は20万6345スイスフラン(日本円で約3500万円)である。
これは何を意味するのだろうか? 私はヴィシェ社とウェンガー社のケースのデルタ(格差)はもっと大きいと予想していた。また第3世代は本リファレンスの入門機として最適な方法であるとも主張したい(ダイヤルに対する私の偏見が明らかに表れているが)。その時点で、きわめて潤沢な予算を持つコレクターは、より希少でありながら視覚的に似ているRef.2438/1に引き寄せられるかもしれないため、そのほかのコレクターが第3世代のRef.2497の重要な個体を入手する余地がまだある。
レガシー
Ref.3448は、Ref.2497に1年重複する形で1981年まで販売され、Ref.1526から始まった“ふたつの窓、ひとつのインダイヤル”のパーペチュアルカレンダーの定石を継承した。1985年に発表されたRef.3940からは、パーペチュアルカレンダーに必要なすべての機能を(ブランパンやAPなどのように)インダイヤルで表示するようになった。それはまた、初期のQPを象徴するものの一部を失ったことを意味する。パテックは、Ref.2497の製造中止から30年後の1993年に発表されたRef.5050まで、センターセコンドのパーペチュアルカレンダーを製造することはなかった。そしてそのデザインこそ、まさしく独特なものだった。
Ref.2497(あるいはRef.2438/1)は数年前、米俳優のチャーリー・シーン(Charlie Sheen)氏の貢献もあって、ポップカルチャー界でちょっとした脚光を浴びた。チャーリー・シーン氏は、パテックのカレンダーに関して“興味深い時間”を過ごしてきた。2010年にプラザホテルでパテックRef.5970を紛失/盗難に遭い、その翌年にはベーブ・ルースのチャンピオンリングと、もうすっかりおなじみのあの時計を身につけて現れた。きわめつけに、シーン氏はこれが “魔法使いの時間を刻む唯一の時計”だと言ったのだ。これが前編のコメント(米国版)で誰かが指摘した、(めったに使われない)ニックネームの由来となった。ウォーロック・タイマーである。
ウォーロックとは無縁の話に戻れば、パテックのモダンなアニュアルカレンダー Ref.5396やRef.5320Gなどには、Ref.2497の面影が感じられる。パテックによれば、ダイヤルはRef.1591にインスパイアされたもので、夜光の針とインデックスを備え、ケースはヴィシェ社やウェンガー社のケースに似たステップラグのデザインを採用している(ただし、ラグはトリプルステップであり、ベゼルはより直線的だ)。Ref.1591は秒と日付の周囲にクローズドトラックが描かれていたが、Ref.5320GはRef.2497の最初のシリーズのダイヤルのようなオープントラックがあしらわれている。
結局のところ、Ref.2497の影が薄くなってしまった理由は、私が思っている以上に明らかなのかもしれない。しかし私はこの時計がパテックの各時代の象徴であったことに(やや不本意ながら)敬意を抱くようになった。ストックホルム症候群とでもいうのだろうか、Ref.2499という究極のアイコンの影に隠れていた時期があったにせよ、Ref.2497はパテックにとって過渡期ではあるが審美的に重要なリファレンスなのだ。パテックは時代が変わりつつあること、そしてこの時計が単独で際立つか、あるいは兄貴分のような存在になじむためのリフレッシュが必要であることに気づくのに時間がかかりすぎたのかもしれない。結局彼らは後者を選択し、この時計は程なくして製造中止となった。私たちに残されたのは、あまりに短命に終わった時計であり、このリファレンスの収集性については、まだ表面をかじった程度に過ぎない。
画像を提供してくれたジョン・ゴールドバーガー氏と、後編について意見を寄せてくれたアショク・ヴィスワナタン(Ashok Viswanathan)氏にこの場を借りて感謝申し上げたい。