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ロレックス コスモグラフ デイトナが象徴するものは人によって異なる。しかし、この時計に対する共通する感情はフラストレーションである。スティール製のRef.116500LNに関しては少なくともそうだろう。
こうなった経緯は数十年前まで遡ることとなる。そう、最初のコスモグラフ クロノグラフが発表された1963年までだ。最初のコスモグラフ Ref.6239は、ロレックスにとって当初から成功したとは言い難かった。事実、売上は不振に終わった。
1960年代にクロノグラフが時計メーカーの重要な商品カテゴリに台頭してきたにもかかわらず、コスモグラフは醜いアヒルの子でなかったせよ、今日のような憧れの的でもなかったのは確かだ。
数十年経ち、この時計は多くの箇所が変わったともいえるし、いくつかの点でそうでなかったともいえる。Ref.6239と現行型ではデザインに明らかな一貫性がある。ロレックスが企業として最も信頼できる特徴のひとつは、過去と現在のモデルの一貫性が高い水準で維持されていることにある。
しかしながら、Ref.6239のローンチからこの記事までの57年間でこの時計は大幅な技術革新を遂げ、新しいデイトナはロレックスが製造した最も先進的なクロノグラフとなった。−それも圧倒的な差をつけて、である。
現在、デイトナは見通しの利かない濃い霧に包まれたかのようだ。正規ディーラーを通じて入手しようとすると、長年の取引関係か途方もない辛抱(人によってはあるいはその両方)を必要とし、中古品を二次流通市場で求めようものなら、正規販売価格をやっと支払えるような人々にとって、法外なほど高い金額を提示されるのだ。
入手困難であるという事実は、入手が容易でないほど魅力的だと時計愛好家に思わせるには十分だ。−他人から何も得られないと言われるような欲望ほど煽られるものだ。
ところで、ヴィンテージ・デイトナを収集するという道もある。しかし、ヴィンテージウォッチに興味を抱いた人であれば、よほど資金力に余裕がなければ、ヴィンテージのコスモグラフ デイトナを収集するなど論外だと悟るだろう。
これはデイトナを初めて着ける人なら誰しも時計を色眼鏡で見てしまうことを意味する。スイス製のステンレス製クロノグラフというよりはむしろその収集性と、事実上、手に入れることのできないラグジュアリーウォッチとしての悪名と人気が一人歩きし、時計というジャンルを超えて、世界中を熱狂の渦に巻き込んできたのだ。そんなことはこの時計の他にあるとしても、片手で数えるほどだろう。
では、どのようにデイトナは現在のデイトナになり、技術革新はいかにしてその人気に貢献したのだろうか? そして、最も重要なことはデイトナというものを注目を集めるものとしてではなく、純粋に時計として楽しむことは可能だろうか?
これこそが私がこの記事で解き明かしたいと考えていることだ。実は過去に A Week On The WristでSS製デイトナを扱ったことがある。それは2012年のPaul Boutros氏による、今後も本シリーズの金字塔であり続けるであろうほど完成された記事だ。
とはいえ、HODINKEEがその記事を公開してから8年が経つ。多くの歳月が過ぎ去った今、あらためて純粋主義者のための最新のデイトナ:SSケースにスティールブレスレットのRef.116500LNを取り上げたい。
成功への長い道のり
ウィリアム・シェイクスピアはこう記した。生まれながらに偉大な人間も、努力によって偉大さを勝ちとる人間も、そして偉大であることを強いられる人間もいるのだ、と。
前者はデイトナには間違いなく当てはまらない。プレ・デイトナと呼ばれるRef.6238はかなりの少量生産で(ロレックスの基準でだが)、後に最も求められ、高騰し、どこを探しても在庫がない時計の元祖としての片鱗はほとんど見られなかった。
ロレックスの王冠ロゴはさておき、Ref.6238と現行デイトナを瞬時に見分けることは難しい。前者は当時、クロノグラフの手巻きムーブメントに活路を見出し、様々なブランドに採用されていたバルジュー72を搭載した。
3レジスター(サブダイヤル)で9時位置にスモールセコンドを配し、ダイヤルの外周にタキメーターを描くレイアウトデザインは、全く同じものを手に入れられるわけではないが、多くの現行クロノグラフが採用するものだ(もちろんCal.321を搭載するスピードマスターも含む)。
Ref.6239にはデザイン上、2つの大きなメジャーアップデートが導入された。
ひとつめがサブダイヤルとメインダイヤルをコントラスト(明暗)色で分けたことだ。通称“パンダ(反転)ダイヤル”である。Ref.6238がメインダイヤルと共通の配色であったため、かなり控えめな、コントラストのはっきりしない佇まいであったのと対照的だ。
ふたつめの大きな変更がタキメーター表記の配置だ。ダイヤルからベゼルに躍り出たのだ。
これらは間違いなく外観上の変更にとどまるものだ:仕様上、Ref.6239は6238とバルジュー72を引き続き採用していることも含め変更されていない。しかし、この2つの変更は時計のキャラクターを劇的に変えてしまった。
ダイヤルの高いコントラストとデコレーションされたベゼルの組み合わせは、高精度なクロノグラフに加え、コスモグラフにデザイン的主張と高い人気をもつステータスシンボルへの第一歩を踏み出させた。
“Daytona”表記は1964年に導入され、翌65年、ロレックスはRef.6240にねじ込み式クロノグラフプッシャーとリューズを採用した。確かにこれらは防水性の確保に大きく貢献したのだが、手巻き時計にねじ込み式リューズは相応しくないということで、1988年にロレックスは初めて自動巻きのデイトナをリリースした。
これがRef.16520で、そのムーブメントはゼニス エル・プリメロベースのCal.4030だった。
ロレックスがエル・プリメロを大量発注してデイトナに投入したのは、このムーブメントをクォーツ・ショック時代のさらなる犠牲となることから保護するためだという説が有力だ(1969年は、単年で3つの自動巻きクロノグラフムーブメントが製品化されたが、エル・プリメロのみが今なお生産されている)。
時計愛好家の間ではロレックスがエル・プリメロを採用したことはよく知られているが、それがロレックスの要求に適合するために大幅に改造されたことはあまり知られていないだろう。振動数は毎時3万6000振動から2万8800振動にロービート化され、デイト機能は廃され、より大きなテンワとブレゲ巻き上げヒゲゼンマイの採用など調速機構にも大幅な変更が加えられた。
その結果、Cal.4030はオリジナルのエル・プリメロの半分の部品が新しいコンポーネントに置き換えられてしまったのだ。
結果的にRef.16520はデザイン面で多くの変更を採用した。ケースサイズは37mmから40mmへ大型化され、サファイアクリスタル風防が採用され、サブダイヤルの外周は細い金属リングで囲まれ、内周側のスモールセコンド 、60分積算計、12時間積算計のトラックには視認性向上のためコントラストカラーが配された。
ミレニアム時代の新デイトナ
ある面で西暦2000年には失望させられた。つまり、それまでに月面基地やジェットパックはとっくに実用化されていると私は信じていたためだ。しかし、ロレックス、デイトナ、それら両方のファンにとっては当たり年であった。
この年、ロレックスが初の自社製クロノグラフムーブメントをデイトナの基幹ムーブメントとして採用したのだ:Cal.4130である。このムーブメント が搭載されるモデルはRef.116520で、耐磁性能のあるパラクロムヒゲゼンマイも同時にデビューした。
Cal.4130は現代的かつ最新鋭の設計で、コラムホイールと垂直クラッチを備え、Cal.4030の欠点を数多く克服した。パワーリザーブは54時間から72時間に延び、耐震性能向上のための両持ちテンプ受けブリッジと偏芯錐「マイクロステラナット」によるフリースプラング調速機構を備え(Cal.4030も同方式)、製造工程の効率化とメンテナンス性も向上した(一例を挙げると、Cal.4130は12種類のネジを使用;Cal.4030では何と40種類も使用している)。
私がここにいくつかの事例を列挙した理由は、コスモグラフの誕生から57年もの歳月が経っているため、ある面全く別の時計と言って過言ではないからである。ベン・クライマーが2015年にロレックスの工場を訪問してインタビューしたところによると、
“彼ら(ロレックス)はミレニアムを境に急激に設計を改善した。(中略)その中でもとりわけ大きいのが、ヒゲゼンマイ保護ブロックで、これは強い衝撃を受けた際の、ブレゲ巻き上げヒゲ下部の絡まりリスクを低減するために導入されたものだ。私が知る限り、これは時計業界の世紀の発明品である。私は他のメーカーでこんなものは見たことがない。驚くほどシンプルな構造ながら、完璧なほど効果的だ。デイトナを着用してもその存在を意識することはないが、その部品なしで時計に強い衝撃を受けたならば、すぐにその重要性に気づくだろう”
ロレックスの内幕
ロレックスがジャーナリストをその神殿内に招き入れることは実に稀なのだが、ベンは2015年に“ザ ・クラウン”を訪問する特別な機会を得た。彼はその日そこで見聞きしたことを素晴らしい記事にまとめている。Cal.4130についての貴重な情報も思いがけず得ることとなった。実に読む価値のある記事だ。 全文はこちら。
“アナウンスなしで導入された最大のものは、クロノグラフ機構に組み込まれた遊びのない新型歯車(訳注:LiGA微細加工された歯車を指す)である。ご存知だと思うが、Cal.4130に採用される垂直クラッチは、クロノグラフ秒針が作動したときに水平クラッチのような針跳びを起こさない。上述の新型歯車はさらに別次元のもので、歯車間のバックラッシュ(遊び)を解消するためのものだ。簡単にいえば、バックラッシュとは歯車の噛み合わせの僅かなスペース、あるいは「遊び」で、一方の歯車がもう一方の歯車に動力を伝達したあとに、噛み合わせを開放するために設けられている”
ロレックスがCal.4130の仕様改善を今なお継続しているという事実、さらにはそれを大規模にも秘密裏に実施しているという事実は、ロレックスの哲学に照らすと興味深い点だ(その他もっとありそうだが)。熱烈な人気とは別に、デイトナが尊敬を集めるのは時計製造における非常に多くの功績が根底にある。
バーゼルワールドへようこそ
最近のデイトナのメジャーアップデートは2013年のことだった−と思う。その年はデイトナ50周年の節目の年で、ご想像のとおり、ロレックスの新作情報に関して多くの下馬評が展開された。とはいえ、デイトナ信者にもたらされたのは、きっと彼らが期待していたものではなかった。
ロレックス コスモグラフ デイトナ Ref.116506は先代機と同じ40mm径ではあったが、大方が予想したような、コスモグラフの50周年を記念するに相応しいヴィンテージ寄りなモデルではなく、厚かましいほどに超ラグジュアリーなプラチナケースとプラチナブレスレットに、チェスナット色のセラクロムベゼルを伴った“アイスブルー”なる文字盤を纏って登場した。
このモデルはセラクロムベゼルを搭載した初めてのデイトナではなかった。その栄誉は2011年に登場したブラックセラクロムベゼルのエバーローズゴールド製デイトナが手中にしているのだが、先代よりもより訴えかけるものがあった。
ロレックス、デイトナ両方のファンからの反響は、50周年モデルそのものの支持というよりは、SSモデル登場への渇望がはっきりしたことであった。
危険な賭け
スリルに溢れ、危険な賭けでもある腕時計投機に興味があるだろうか? Reference Points:Understanding The Rolex Paul Newman Daytona.
そして、4年前の2016年、Ref.116500LNが登場した。Paul Boutrosによる記事ではすぐ前のモデルRef.116520が取り上げられた。116500LNは現在のデイトナをめぐる状況の発端であり、50周年のさらに10年を歩む最中のモデルにあたり、また、ヴィンテージ・デイトナに対する尽きることのない興味と価格高騰をもたらしたのだった。
ポール・ニューマン本人所有のデイトナ ポール・ニューマンモデルが20億円もの値を付けたのは、その注目の結果ゆえだというのはおそらく事実だろうが、同時にポール・ニューマンモデルだけでなく、ヴィンテージ・デイトナというジャンルに対する狂信的な信者の存在なくしては、この落札結果には至らなかっただろう。
この結果をただのまぐれ当たりと退けたり、同じような状況は二度とないだろうと思いたくなる気持ちは分かる。この結果がデイトナの取引における絶頂期で、バブルは間も無く崩壊するという予想にもかかわらず、その後も、初めてその額を聞いたら思わず手から落としてしまいけねないほどの高値で取引されている事例が続いている(この記事を読むと良い−そして彼のような例が他にもあることを知ろう)。
デイトナ Ref.116500LN
コスモグラフ デイトナは現在エバーローズゴールド、イエローゴールド、プラチナ(とロレックス24時間耐久レースの優勝賞品のロレゾール)など多種多様な貴金属で展開されているが、これを全て束ねても116500LNの需要には及ばないだろう。
それは、まさに混じり気のないデイトナと呼べるものだ:904Lオイスターケース、40mm径×12.2mm厚、ねじ込み式リューズ、セラクロムベゼル、ケース素材と同じオイスタースチールブレスレット、そして126万1000円(税抜)の定価である。
手にして初めて感じるのは興奮、特に希少な116500LNを手にすることができたという高揚感ともいえる。まず目を奪われ、感じるのがその凝縮感の高さであり、完璧なほどの精密さ、仕上げ、ロレックスがモデルを問わず特徴として持つ工作精度の高さである。ベゼルはデザイン上、最もそれが顕著に現れるパーツであり、その輝きの前には前モデルのポリッシュされたスティール製ベゼルも霞むほどである。
しかし、スティールべゼルと比較した技術的優位もあり、それは素材特性としての耐傷性の高さである。粗悪なセラミックはひび割れたり、真っ二つに割れてしまうことがあるが、セラクロムであっても、一度や二度何かにぶつけてしまうこともあるだろう。
しかし、セラミックベゼルはその登場から現在に至るまで充分に時間が経過していながら、仮に本当に割れやすかったなら、私たちはそうした話を見聞きしてきているはずだがそうなっていない(そうであるなら、ロレックスやオメガもとっくに使用をやめているはずだ)。
ベゼルのタキメータ表記に関しては多くのバリエーションが1963年の登場以来使われている。Ref.116500LN(と他の現行モデル)は1時位置に「UNITS PER HOUR」表記が刻印され、計測範囲は400から60だ。ベゼルの目盛りはRef.16520用の表記を流用しており、こちらは数値ごとのドットマークが400から200、中間値のバーマークを含めたものは200から100、数値1単位毎のバーマークは100から60に刻まれている。
セラクロムベゼル版は100から60のバーマークにアンダーラインが引かれていて、数値と真下の△マークのカリッとした刻印は、Ref.116500LNを極めて現代的でハイテクらしい雰囲気を与えている。
ダイヤルと針は、57年間で極めて複雑な進化(とハイテク化)を遂げた。ロレックスはダイヤルの取り付けとプリントの精密さには“悪評”がある(偽ロレックスの最も基本的な見分け方は、ロレックスがダイヤルの仕上げを極めて精密に保つために多大な努力を払っているため、本物と並べると偽物には、語弊があるかもしれないが、わずかにアラが目立つ傾向にある)。
ダイヤルを構成する要素は実に多い。ホワイトゴールドの枠で囲まれたアプライド・アワーインデックス;クロノグラフのサブダイヤルの黒い外周トラックの淡いリング状の加工;多面加工された針には、蓄光料とブラックインサートが塗布されている;もちろん、ロゴ下に多くの文字が並べられているのも健在だ。後者は私が思うに、純粋なるデザインの見地からは不利な点であるが、文字盤の“宣言”文はある種ロレックスのあらゆる時計に存在するので、殊更気になる人はいないだろう。
面白いことに、異なるデザイン要素が多く盛り込まれているにも関わらず、時計としての視認性は高い−セラクロムベゼルを搭載していないモデルに比べ、Ref.116500LNは確かにより象徴的な時計だと感じさせるが、時計としての使い勝手や時刻の読み取りやすさが犠牲にされていないのだ。
ブレスレットの品質は、時計とは別の側面で過剰なほどの高い加工・組立精度という課題を引き続き追求したものだ;私が思うに、ロレックスは採算性を度外視して最高級のブレスレットを製造しているのではないだろうか。
重量感がある割に、ブレスレットの着け心地は良好だ。−リンクの連結部は実に滑らかで、ブレスレットがしなやかに感じられるように緩衝機構が内蔵されているのではないかと思うほどである。クラスプは銀行の金庫室のように堅牢で(下手すると、その辺りの銀行の金庫室より堅牢かもしれない)、さらには操作が簡潔で、手軽な調整機構があり、5mm延長することが可能だ。
Cal.4130の1週間にわたるパフォーマンスは素晴らしかった。上述したように、これはハイクォリティな、精度と安定性を担保するために多くの技術が組み込まれてクロノメーター認定を受けたムーブメントなのだ−同社の、ロレックス 高精度クロノメーター基準は日差±2秒で、COSC基準の日差-4秒/+6秒より厳格だ。
ムーブメントは、まずCOSCより認定され、ケーシング後にさらにロレックス 高精度クロノメーター基準で検査される。私はこの時計をオフィスまでの徒歩45分を含む日常生活で着用し、夜間外すときはリューズを上に向け置いた。1週間の中で、1秒程度の進みと遅れが行ったり来たりし、トータルで+1秒という結果となった。個体によっては一定の運(不運)があるのは承知ではあるが、それでもこのパフォーマンスは特筆すべき優秀さだ。
一般的なクォーツウォッチは月差15秒程度であることを考えると、エントリークラスのクォーツウォッチとロレックスを比較すると、これはクォーツのパーフォーマンスよりも優れてるといっていい。上級機や高精度クォーツは数ヵ月、年単位ではロレックスを打ち負かすことはできるかもしれないが、少なくともロレックスに関する限り、「安いクォーツでも、どんな機械式時計よりも正確である」という通説は思うほど確かでないというのは、胸がすく思いである。
On The Wrist
Ref.116500LNを着用することは喜びに満ちている。時計との触れ合いが、誰かが(あるいは何人のも誰かが)その体験のあるべき姿を考え抜き、その上で望ましい結果と寸分違わないよう設計されたかのごとく感じる。ねじ込み式リューズとプッシャーの取り付けは極めて精密で、クロノグラフプッシャーの感触はカチッとしており、職人的精緻さを感じる。
この質感は、本当にハイエンドの、手で仕上げが行われ、完璧に調整されたA.ランゲ&ゾーネ ダトグラフのように臆面もない官能性を感じさせるほどではないが、それは時計の他の部分の実直な雰囲気にフィットしている。
時計の重量は決して軽くはないのだが、腕への重さの配分が絶妙だ−一日中装着していても、時刻を確認するときや計測するとき以外は意識することはない。暗所や夜間の視認性もダイヤルと針に載せられた僅かな蓄光料を考慮すると良好だ。
クロノグラフの3つのレジスターは、ダイバーズウォッチのような夜間光は放たないが、暗闇や薄暗さ、照明のない場所でも時間を確かめるのに問題はなかった。
現行型のスティール製デイトナにその歴史との社会に発するメッセージ性の重み(こちらは比喩だが)を感じずにはいられない。時計愛好家の界隈以外で瞬時に見分けがつく数少ない1本であるようにも思える。恐らく自身が時計愛好家でない人にも印象を残すという点で、最高のロレックスといえるだろう(36mmのイエローゴールド製デイデイトは除くが)。
これらの全てがまず、この時計を身に着けるとどう感じるかを教えてくれるだろう。オークションでの莫大な取引額を連想させられるが、少なくとも需要と供給の点で評価すると、ずっと高額な多くの時計よりも特別な時計を実際に手にしているという抗い難い喜びもまた存在する。
ちょっと悦に入っていないと言えば嘘になる(もちろん内心で他人から見て分からないように)。だが、それもまた愉しみのひとつなのだ(もちろんこの後、時計を返却しなければならない現実を思い知ったのだが)。
デイトナを初めて腕に着けると、それは同時に多くの目に見えない荷物を抱えることになる。それらは現行モデルのマニアックな知識であったり、50余年にわたる時計製造の知見の数々である。
しかし、耐久性が高く、正確で、信頼性があり、時計製造技術の高い水準を、日常使いの中で実現できる時計でなければ、それらの知見は何ら意味を持たないのだ。
競合モデル
カルト的存在であるSSケースとスチールブレスレットを備えたクロノグラフの現行ラインナップの中で、デイトナにはそれほど多くの競合モデルが存在しない。−もちろんこれには但し書きがあって、競合だと主観的にみなせば、より簡単に探し出せるだろう。
しかしながら、Ref.116500LNの購入を現実的に検討しているのであるとすれば、新品の時計を探すであろうし、そうであるならば、初代コスモグラフと同じ時代に登場した時計が候補に「なるだろう:スピードマスターがそれである。
Cal.1861を搭載するスピードマスター プロフェッショナルのスティールモデルはデイトナの半値だが、もし大きくステップアップしたいのなら、最近登場したCal.321搭載のスティール製“エド・ホワイト”スピードマスターは同程度の価格帯で入手可能だ−151万円(税抜)−そしてデイトナと同じくらいそのカルト性を主張している。
しかし、しばらく逡巡すると多くの重要な点でこの2本は全く異なる時計だと気づくだろう。まず第一に自動巻きと手巻きという点で異なる。しかし、もっと深いところでの違いは方向性の違いだ。ロレックスは最先端のメカニズムを採用しており、過去へのオマージュではなく最新にして最良の素材と製造法を取り入れ続けた50余年の進化を象徴する設計だ。
対してスピードマスター “エド・ホワイト”モデルはCal.321を復活させていることからも分かるように、意図的に徹底した懐古主義を貫いている。資金力に余裕があり、思慮深い時計愛好家は2本とも手に入れたいと思うことだろう(神もそう我々が考えることを知っている)。
この2本のうちどちらにするか選べる状況は非常に幸運だ−もちろん150万円は少額ではない−しかしその決断は、この2つの時計からそれぞれ得られる価値の差異を考えれば、それほど難しいものではない。
技術的な観点でみると、Ref.116500LNは現代的なマスター クロノメーター認定のオメガ ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン(DSOTM)がより競合としてふさわしく、そのセラミックベゼルとコーアクシャルオートマティックキャリバー9300はCal.321搭載のSS製スピードマスターよりも、技術的な観点でデイトナとのギャップをより詰めることになるだろう。
ただ、DSOTMが犠牲にしたのは装着性で、大きな44.25mmのケースサイズだというのはある;しかし、その他の点では好敵手となるだろう。
他にもいくつか選択肢はあるのだが、自社製の自動巻きムーブメントを搭載した150万円未満のクロノグラフは、自社製自動巻きクロノグラフ自体が数少ないことから、かなり希少である。多くのメーカーは信頼性の高いETA7750やセリタ製クローンムーブメントの亜種に供給を委ねざるを得ないのが現状だ。
ここで、ブライトリングには何本か候補がある−多くはデイトナよりずっと手頃な価格でCal.01を採用している。プレミエ B01 クロノグラフ42を例にとると、ストラップタイプが92万円(税抜)で、ブレスレットタイプもある。ブライトリングのクロノグラフはデイトナと比較して大きくなりがちではる;ナビタイマーは46mm径が標準だ。
これに関連し紹介するのが、チューダー ブラックベイ クロノグラフだ。この時計はブレスレットが付いて51万3000円(税抜)だ。Cal.MT5813はブライトリングCal.01がベースとなっているが、もちろん変更が加えられており、シリコンヒゲゼンマイ、フリースプラング調整用のマスロット、COSCクロノメーター認定などが追加されている。
デイトナの半額未満で、完全ではないにせよ自社製ムーブメント搭載機を手に入れることができるのは、非常に価値が高い。デザインは万人向けではない−ダイバーズ用クロノグラフは針が太いので針のポジションによってはサブダイヤルの視認性を阻害するからだ。だが、2017年のA Week On The Wristで実際に使用したところ、日常使いで視認性に大きな支障はなかったことは付け加えておこう。
これらの時計の数々はデイトナに対し、何かしらマイナスポイントがある。−ブライトリングとオメガはケースサイズが大きいこと(手巻きムーブメントのCal.321ムーンウォッチを除く)、ブラックベイ クロノは賛否両論なデザインと、厳しい見方だが完全な自社製ムーブメントとは言えないことだ。
しかし、これら全てがデイトナに対し基本的なアドバンテージを持っている。すなわち、入手のしやすさである(Cal.321搭載のスピードマスターはこのシリーズに限っては少量生産であるため当てはまらないが)。
まとめ
ロレックス デイトナは評価するのがとても難しい時計であり、私にとっても限界があった-つまり、それには時間がかかり、個人で所有して観察し、触れ合うことが必要なのだ。
何年もの間、時計にまつわる多くの事実、逸話、歴史の積み重ねがあり、最初はきっとそれが時計であっても、もはや時計としてみることはできないものになる。私にとっては、初めて腕に着けてから数回経つまでそそうだった。
恐らく、これが自分の時計でなかったことと、この記事を仕上げる目的があったことが最終的に救いになった−私は特別な利害関係を感じることなく、この時計を客観的に見ることができたからだ。
確かに、デイトナには自慢する権利ももれなく付いてくる−大半の時計と異なり、何年もの間その価値を保ち続けるだろう;最終的に時計の品質とはあまり関係がない、デイトナの一面に大きな満足感を得ることができるのだ。私たちは様々な理由で時計を購入し、そこに正解はないのだ(例外は、“不正に得た何百万ものカネをマネーロンダリングするために、リセールバリューの高い高級時計は国外にカネを持ち出す最高の方法”と考えることだ)。
見栄えが良いという理由で時計を買うのも(ムーブメントオタクかノスタルジストで機械が語りかけているからという理由で時計を買うのも)、買えるようになるために懸命に働き、それを達成できるだけの能力があることに生きがいを感じ、自らの記念になるのと同時に他人にもそれを示す品として時計を買うのも、全て間違っていないのだ。
時計を購入する動機が何であれ、それを長く所有していればその理由を探し当てることができるだろう。そして、時計の最も素晴らしい一面は、年月が経るごとに共に歴史を築くことができる点で、時計は後悔ではなく大きな誇りの源泉となるのだ。
時計を選ぶ際に後悔する場面は無数にあるが、現行のロレックス、そしてデイトナについて私が思うのは、それについて知識が深まれば深まるほど、買って満足することになるだろうし、オーナーであることに喜びを感じるだろう。その逆はあり得ない。
ロレックス コスモグラフ デイトナ Ref.116500LNの詳細については、ロレックス公式サイトまで。