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ジュネーブウォッチグランプリ(GPHG)2024は時計業界において世界最高峰のアワードであり、世界中の優れた時計職人が一堂に会する場である。今年もジュネーブで盛大に開催され、すべてのカテゴリーの受賞作が発表された。2時間半にわたる壮大なショーをライブ音楽が盛り上げ、感動的な「この素晴らしき世界(原題:What a Wonderful World)」の演奏も披露された。私も同時通訳のヘッドセットをとおして楽しんでいた。すべての内容を拾いきれなかったものの、ここでは受賞作の一覧とそのなかでも最も権威のある金の針賞(Aiguille d'Or)を紹介する。今年の金の針賞は、主に工業化のイメージが強いブランドを率いる若きCEOに向けて、技術と高級時計製作における頂点として授与された。
GPHGは決して完璧なシステムではないが、政治的な結びつきもあり緊張感の漂う分裂した時計業界が過去1年の成果を評価するための、最良の場であることに変わりはない。なお著名なメーカーがすべて参加しているわけではなく、例えばロレックス、スウォッチ グループ、さらにはリシュモンに属する多くのブランドの作品は見当たらない。それでも1400席を超える収容数を誇るジュネーブのレマン劇場では、時計業界がひとつにまとまったような雰囲気が感じられた。今回幸運にも出席することができたが、フランス語がわからない者としては少々苦労した。しかしソニーのウォークマンのようなヘッドセットを通じて夜の祭典を楽しみ、GPHG 2024のすべての受賞作とともに、私自身の感想や考察も併せてここに記す。
金の針賞(Aiguille d'Or)
受賞: IWC ポルトギーゼ・エターナル・カレンダー
まずは今回の最優秀賞から始めよう。この夜の勝者となったのはIWCであり、その栄冠に輝いたのはポルトギーゼ・エターナル・カレンダーであった。この選出には一部の観客が首をかしげるかもしれない。というのもIWCは、一般大衆向けの堅実な時計メーカーという評価があるためだ。しかしこの受賞の真価を理解するためには、その技術的な成果に焦点を当てる必要がある。2023年以前、セキュラーパーペチュアルカレンダーを備えた腕時計を製作したブランドはたった3社しか存在していなかった。そのリストはパテック フィリップのCal.89から始まり、アンデルセン・ジュネーブやフランク ミュラーの複雑機構を備えた腕時計に続く。そして今回、IWC(ついでに言えばファーラン・マリも)もこの名誉あるリストに名を連ねたのである。
IWC ポルトギーゼ・パーペチュアル・カレンダーのプロトタイプを手首に乗せて。 Photo: Mark Kauzlarich.
ポルトギーゼ・エターナル・カレンダーの日付表示は少なくとも3999年まで維持される想定で、ムーンフェイズの誤差が生じるのは4500万年後とその精度は桁外れだ。技術面での素晴らしさはもはや明白である。しかしなぜIWCがこの最高賞を勝ち取るに至ったのか。私の考えではGPHGの審査員が、すでに名声を確立したブランドがなおも時計製作の新たな1歩を踏み出したことを評価した結果だと思われる。これは重要なことだ。IWCはビッグ・パイロット・ウォッチやポルトギーゼ・クロノグラフを安定して販売するだけでも成功を収め続けるだろう。しかし並行してこのような挑戦的な取り組みを行った点は、業界にとっても評価すべきことである。革新は若手や独立系のみに委ねられるべきではない、という強いメッセージがこの金の針賞には込められているのである。
オーダシティ賞(Audacity)
受賞: ベルネロン ミラージュ“シエナ”
昨年10月にブランドとこの時計が発表されて以来、時計業界はまるで“バーニー・ブラザーズ”(アメリカの政治用語で、主にバーニー・サンダース上院議員の熱心な支持者層を指す言葉)に染まったかのようだった。夏のポップソングがラジオを席巻するように、シルヴァン・ベルネロン(Sylvain Berneron)氏が独立時計師としてデビューを飾った作品は業界全体で注目を浴びている。運悪くこれまでベルネロンの時計をメディアなどで目にしたことがない少数派の人々は、HODINKEE RadioでのインタビューやこのHands-Onレビューをぜひチェックして欲しい。シルヴァン氏の妥協なきビジョンは時計愛好家やGPHGの審査員の関心を引き、彼にオーダシティ賞をもたらした。金の針賞やその他の特別賞同様、このオーダシティ賞もカテゴリ別の受賞者の“上位”に位置づけられる賞であり、卓越した偉業を称えるものである(ちなみにベルネロンのミラージュ“シエナ”は2024年に新設されたタイムオンリー部門にノミネートされていた)。
Photo: Mark Kauzlarich.
式典の比較的早い時間に、劇場のロビーでシルヴァン氏と偶然出会った。彼の名前が呼ばれる数時間前のことだった。挨拶を交わし、その夜の靴のチョイス(フランスのパラブーツ ミカエル)を称賛したのちに、緊張しているか尋ねてみた。彼の返答は、これまで彼のブランドを信じてきた人々を失望させたくないというひと言だけだった。この夜、ベルネロンのファンはひとりとして落胆することはなかった。
レヴェレイション賞(Revelation)
受賞: レミー・クールズ トゥールビヨン・アトリエ
GPHGのすべての賞がニュース性に富んでいるわけではない。審査員の皆には敬意を表するし、今夜の素晴らしい仕事と多くの謝意に感謝を示すが、正直なところいくつかの部門や賞には個人的に「ああよかったね。それで次は?」というドライな感想を抱くこともある。しかしレヴェレイション賞は、私が特に注目している賞だ。
過去の受賞者にはサイモン・ブレット(2023年)、シルヴァン・ピノー(2022年)、ペテルマン・ベダ(2020年)などがいる。これらの名前を聞いたことがあるのではないだろうか? この賞は独立時計業界で“次に来るブランド”を称える場である。今夜、審査員は27歳の天才時計師、レミー・クールズ(Rémy Cools)氏を選出した。その選択は的確だったと思う。彼は世界で最も注目される独立系時計師のひとりへと急速に浮上してきた。先に過去の受賞者を挙げたことで、クールズ氏がこの仲間入りを喜ぶべきだと示唆しているように思われるかもしれないが、実際にはほかの受賞者たちが彼と同じ賞を共有できることを喜ぶべきだと私は考えている。
審査員特別賞(Special Jury Prize)
受賞: ジャン-ピエール・ハグマン
最年少の受賞者から最年長の受賞者へと移ろう。83歳のジャン-ピエール・ハグマン(Jean-Pierre Hagmann)氏は2019年に、レジェップ・レジェピによって引退から呼び戻された。今夜その表情から察するに、彼が戻ってきた価値があったようだ。彼は現在の時計業界において最も伝説的な名工のひとりであり、その技術の高さゆえにパテック フィリップは彼のロゴをラグの裏面に刻印することを許可したほどである。
Photo: James Kong.
審査員特別賞はときに生涯功労賞として使われることがあり、劇場ではこの発表がまさにそのように感じられた。ハグマン氏は翌日には再び作業場に戻るだろうが、ステージ上で過去にケースを製作した全ブランドの名前をひとつずつ挙げながら、その瞬間を振り返っていた。そのスピーチはほかの受賞者よりも長かったが、観客はむしろそれを歓迎していた。審査員長のニック・フォークス(Nick Foulkes)氏はバンド演奏を断固として制止し、今回は“退場を促す音楽”は必要ないという意思を示した。この瞬間は間違いなくハグマン氏にとって特別なものであった。彼は感謝の言葉を述べたのち、ステージの右半分へと歩みを進めていたが一度立ち止まり、観客のほうに振り返ってその光景をしっかりと心に焼き付けていた。その歓声は今夜のなかでも最大級であり、数十デシベルもの熱気が伝わってきた。それは生涯にわたり最高のケース職人として称えられてきた彼への、アンコールのような拍手であった。
スポーツウォッチ賞(Sports Watch)
受賞: ミン 37.09 “ブルーフィン”
2019年に初めてレヴェレイション賞を受賞して以来、ミンは時計愛好家やGPHGの審査員の心を掴み続けている。今夜同ブランドは、チューダー、ゼニス、パルミジャーニ、IWC、シンガー・リイマジンといった強豪を抑えて勝利を収めた。これは注目すべき出来事だ。37.09は現代的な美学と技術を伝統的なダイバーズウォッチに適用し、斬新で洗練された作品として生み出された。この時計については以前詳細に取り上げたが、今回ポイントとなるのは、ミンがもはや愛好家向けの“スモール”ブランドと見なされるべきではなくなったということだ。仮にまだそう考えている人がいるならば、であるが。
トゥールビヨンウォッチ部門(Tourbillon)
受賞: ダニエル・ロート トゥールビヨンスースクリプション
ルイ・ヴィトンのラ・ファブリク・デュ・タンによって復活を遂げたダニエル・ロートのトゥールビヨンスースクリプションは、今夜の式典のなかで最もソーシャルメディア上での議論を呼ぶ受賞作となるだろう。正直なところ、ジャン・アルノー(Jean Arnault)氏がステージで受賞を受ける際、ある程度の批判が起こるのは避けられないだろう。本質的にトゥールビヨンスースクリプションは究極の復刻時計である。
この時計はダニエル・ロート独自のデザイン言語を複雑な形で再現し、あらゆる面でレベルアップさせている。ムーブメント側にはブラックポリッシュとコート・ド・ジュネーブの装飾が施され、文字盤はカリ・ヴティライネン(Kari Voutilainen)氏の工房であるコンブレマインで製作されている。この時計は、職人技とその完成度の高さを誇示するものだ。今夜、審査員はこの時計のために注がれた多大な努力や技術を評価し、ショパール、モーザー、サルトリー・ビラール、ヴティライネンといったほかの優れた時計を抑えてトゥールビヨンウォッチ賞を授与した。
カレンダー&天文時計賞(Calendar and Astronomy)
受賞: ローラン・フェリエ クラシック ムーン シルバー
Photo: Mark Kauzlarich.
ローラン・フェリエの最近の動向には明確な変化が見られる。8月に発表されたクラシック オート サンドストーンの際も触れたが、同ブランドは静かに“復活”を遂げている。その表現は適切ではないかもしれないが、彼らは常に存在感を示してきた。先月のウォッチタイム ニューヨークでは、クラシック ムーン シルバーが私が見たなかで最も優れた時計であった。GPHGも同様に評価している。
メンズウォッチ賞(Men’s Watch)
受賞: ヴティライネン KV20i リバース
独立系時計師のレジェップ・レジェピ氏とカリ・ヴティライネン氏が過去6年間で交互に受賞してきた流れが継続し、今年のGPHGにおけるメンズウォッチ部門はカリ・ヴティライネン氏のKV20i リバースが受賞した。これで7年連続で、このふたりが最優秀賞を獲得した結果となる。同氏の特徴的なデザインと技術を、新たな視点で再解釈した作品として評価された。
美しく仕上げられた文字盤は存在せず、その代わりにサファイアケースバック越しに見えるはずのムーブメントの構成部品が前面に配置されている。このデザインはブランドが文字盤以外でも優れた技術を発揮していること、すなわち細部まで精巧に作り込まれたムーブメントの部品を強調する意図がある。その結果この時計は、2024年のメンズウォッチ部門で最優秀賞を獲得するに至った。
そのほかの受賞者たち
上に挙げた注目すべき賞に加え、ジュネーブで木曜日の夜に行われたGPHG(ジュネーブ時計グランプリ)では合計20の賞が授与された。2024年に受賞を果たしたそのほかの時計と時計師たちは、以下のとおりである。
- チャレンジウォッチ賞(Challenge Watch Prize):大塚ローテック 6号
- エコ・イノベーション賞(Eco-innovation Prize):ショパール L.U.C カリテ フルリエ
- クロノメトリー賞(Chronometry Prize):ベルナルド・レデラー トリプル サーティファイド オブザバトリークロノメーター
- アイコニックウォッチ賞(Iconic Watch Prize):ピアジェ ピアジェ ポロ 79
- メカニカル・エクセプションウォッチ賞(Mechanical Exception Watch Prize):ボヴェ リサイタル 28 プロウエス 1
- クロノグラフウォッチ賞(Chronograph Watch Prize):マッセナ・ラボ クロノグラフ モノプッシャー シルヴァン・ピノー × マッセナ・ラボ
- メンズ・コンプリケーションウォッチ賞(Men's Complication Watch Prize):ドゥ・ベトゥーン DBカインド・オブ・グランドコンプリケーション
- タイム・オンリーウォッチ賞(Time Only Watch Prize):H.モーザー ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメル
- ジュエリーウォッチ賞(Jewellery Watch Prize):ショパール ラグーナ ハイジュエリー シークレットウォッチ
- アーティスティッククラフトウォッチ賞(Artistic Crafts Watch Prize):ヴァン クリーフ&アーペル レディ アーペル ジュール アンシャンテ
- レディス・コンプリケーションウォッチ賞(Ladies' Complication Watch Prize):ヴァン クリーフ&アーペル レディ アーペル ブリーズ デテ
- レディスウォッチ賞(Ladies' Watch Prize):ヴァン クリーフ&アーペル レディ ジュール ニュイ
- 小さな針賞("Petite Aiguille" Watch Prize):クドケ クドケ3 サーモン