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Bring A Loupeへようこそ。 先週は“ダメな”パテックを1本紹介したが、今週は通常運転に戻って“ベストな”時計を取り上げる。前回の注意喚起的なピックに対する反響はうれしかった。今後は”ダメな”ものも、可能な限りもっと指摘していくことを約束する。
まずは問題児、パテック フィリップ Ref.565の結果から振り返る。この個体は最終的に3万5000ドル(日本円で約530万円)で落札された。これは、まだ残されていたパーツの価値が反映されたものだろう。ロビン・マン(Robin Mann)のロレックス “プレデイトナ” Ref.6238は、希望価格である3万5000ポンド(日本円で約670万円)で早々に買い手がついた。チューリッヒで行われたオークションでは、ロレックス オイスター Ref.2416が3000スイスフラン(日本円で約50万円)と手数料で落札された。eBayでは、ギャレットのハーバードが900ドル(日本円で約13万6000円)で、モンディア “ミニ”ダイバーは326ドル(日本円で約4万9000円)を下回るベストオファーで取引された。
それでは、今週の注目モデルを見ていこう!
パテック フィリップ Ref.1589J、1950年代製
このヴィンテージカラトラバはそうそうお目にかかれるものではない。Ref.1589は1944年から1952年にかけて製造されたモデルで、当時としては比較的大きい36mm径のカラトラバのひとつであった。参考までに言えば、このサイズは現在の市場で比較的見つけやすいRef.570よりも1mm大きく、きわめて希少で数千万円で取引されることもあるRef.530よりも0.5mm小さい。少しこじつけにはなるが、530が1944年に生産終了となっていることを考ええれば、1589はその後継的なモデルと解釈することもできる。
ケースマニアであれば、この1589は注目すべきモデルである。ケースはジュネーブのアントワーヌ・ゲルラッハ(Antoine Gerlach)によってつくられ(ジュネーブ・キー・ホールマーク#4)、2ピース構造、スナップ式のケースバックを採用している。この時代のパテックとしては珍しくラグは凝ったつくりになっていて、ケースやベゼルに滑らかにつながる流麗なフォルムを持つ。ヴィンテージカラトラバの多くはラグがケースと一体型であるのに対し、1589のラグは溶接によって取り付けられており、特にこの時代のものとしては非常に個性的な意匠となっている。
この時計は、ヴィンテージパテックのなかでもまさに教科書的なコンディション、ほぼ完璧な状態の1本である。ケースは未研磨のようだし、ケースサイドにはとても鮮明にホールマークが刻まれ、適所にクリアなサテン仕上げが施されている。文字盤は非常にクリーンで汚れや変色もなく、エナメルの高く盛り上がったブランド名が際立つ。このようにコンディションがいいと、これらの時計がいかに精巧につくられているかを改めて実感できる。上記のディテールはオリジナルで手を加えられていないはずであり、真に賞賛に値する。このリファレンスは、搭載されているキャリバーによってふたつのシリーズに分かれているが、こちらは早期のCal.12-120を搭載した“ファーストシリーズ”の個体である。
この時計が私の目を引いた理由のひとつが、裏蓋のエングレービングである。これに見覚えがある人はおそらくゼネラルモーターズ(GM)のために作られたRef.1578を見たことがあるのだろう。そのスタイルは非常に似ていて、私はほかにもGMのエングレービングが施されたリファレンスを見たことがある。インターネット上で“Gueukmenian”という苗字の人物を見つけることはできなかったが、G.M.M.E.はゼネラルモーターズ・ミドルイースト(General Motors Middle East)の略かもしれない。この会社は、25年勤続者が入社する前年の1926年に設立された。
売り手のジャセク氏は、サンディエゴのTropical Watchでこのヴィンテージカラトラバを販売しており、価格は2万850ドル(日本円で約310万円)である。詳細はこちらから。
カルティエ ルーレット懐中時計、1930年代製
カルティエは時計業界においてほかに類を見ない存在である。多くの時計メーカーとは異なり、カルティエはそもそも時計ブランドとは言い難く、少なくともヴィンテージ時代には間違いなくそうではなかった。カルティエの本業は今に至るまで常にジュエリーである。この違いを批判するつもりはまったくない。むしろそれは時計製造に対する革新的なアプローチの源泉となってきた。タンクの製作に関するインタビューで今でもピエール・レネロ氏(カルティエのイメージ、スタイル、ヘリテージディレクター)の言葉をよく覚えている。“ジュエラーの視点”が、ルイ・カルティエに腕時計のあり方そのものを再考させたのだ。ラウンド型のポケットウォッチをつくる経験がなかったからこそ、ルイ・カルティエは長方形のタンクを創造したのである。
同様にジュエラーの視点を活かし、カルティエは時計を組み込んだ魅力的なオブジェを数多く作り出してきた。マネークリップ、タバコケース、レターオープナー、鉛筆など、すべてにカルティエの刻印が施され、そのデザインに時計が統合されてている。ここでは、外側にボールベアリング駆動のルーレットホイールが搭載され、内側には美しいカルティエの時計が収められた“ポケット ギャンブラー”ウォッチを紹介する。
オンラインショッピングをしているとこのようなルーレットウォッチを見かけることがあり、いつも目を引かれる。これに似た時計はほかのブランドも販売していた。このカルティエに搭載されているムーブメントを製造したと思われるジャガー・ルクルトも、同様の時計を自社ブランドで販売していた。また、アバクロンビー&フィッチやロンジンなどのブランドでも見かける。興味深いのは、カルティエの個体はいつもそれらよりも製造時期が早いように見える点だ。この個体には1938年の日付が刻まれており、他ブランドのものは1940年代から50年代にかけてつくられたものが多いようだ。
正直に言うと、コンディションは最良とは言いがたい。ケースにはかなりの使用感が見受けられる。しかし文字盤はかなりクリーンで、このデザインにはやはり引かれる。こういったアイテムに関しては、あまりコンディションにこだわりすぎるわけにはいかない。楽しくて珍しいものであり、必ずしも新品同様である必要はない。
このカルティエ ポケット ギャンブラーは、3月25日(火)午前10時(GMT)に開催されたChorley’s Auctioneers(Cotswolds Heritage since 1862)のオークションで、ロット181として出品。推定価格は1500ポンドから2000ポンド(日本円で約28万~37万円)である。オークションリストはこちらから(編注;結果2200ポンド、日本円で約40万円にて落札)。
ヴァシュロン・コンスタンタン Ref.2077 マラカイト文字盤、1970年代製
名高い“御三家”のもうひとつのブランド、ヴィンテージのヴァシュロンは、コレクターに人気のあるパテックといったブランドに比べて、どの年代でも非常にコストパフォーマンスのいいモデルを提供している。ここに、そのコスパのよさを示すいい例がある。とても1970年代らしい長方形のケースで、18Kホワイトゴールド製でサイズは38mm×29mm、文字盤にはマラカイトを使用している。もしこれがパテック、カルティエ、またはロレックスであれば、この時計の最終的な売値の少なくとも倍はするだろう。
内部にはヴァシュロンのCal.K1014を搭載。ジャガー・ルクルト製のウルトラシン(超薄型)手巻きムーブメントが搭載されており、本個体が当時の最高基準でつくられたことは間違いない。つくりのよさとコスパを越えて、このヴァシュロンは非常に魅力的である。ただ単に私がマラカイトに弱いだけかもしれない(実際弱い)が、1970年代の時計を愛する者ならばこの1本はコレクションに加えるべきだと、個人的には思う。
オークショニアのLoupe Thisはロサンゼルスに所在しており、この記事が公開された時点での現在の入札価格は3800ドル(日本円で約55万円)。このヴァシュロンのオークションは、3月27日(木)午後12時09分(ET)に終了した。詳細はこちらから(編注;結果1万1000ドル、日本円で約160万円にて落札)。
ムルコ 防水クロノグラフ Ref.281 103、1940年代製
かつてHODINKEE Vintageでも販売していたこのムルコは、最近eBayを見ていた際にすぐに目を引いた。ムルコは1936年に創業し、のちにクォーツ危機のあおりを受け、1970年代初頭に事業を停止した。このブランドはクロノグラフに特化しており、防水ケースの名匠であるスピルマンからケースを調達し、ムーブメントはバルジュー、ビーナス、エクセルシオパークから仕入れていた。ムルコはケースやムーブメントを自社製造していたわけではなくサードパーティのメーカーから購入していたが、その結果生まれた時計はスイスが当時提供していたなかでも最良のもののひとつであり、高級市場を除くと非常に優れた製品であった。
このクロノグラフの個体は直径36mmのほどよいサイズで、ビーナスのCal.150を搭載している。そして最も重要なのは、スピルマン製と思われるケースを使用している点である。ケースにスピルマン製と明示的にマーキングされているわけではないが、防水仕様のスピルマンケースに見られる特徴的な裏蓋外側の刻印が確認できる。上述した両ブランドの繋がりを考慮すると、このケースはおそらくスピルマン作である。ダイヤルも素晴らしく、アール・デコ風の数字インデックスとツートン仕上げが非常に印象的だった。
つい最近、HODINKEEヴィンテージチームがこれと同じ個体を3800ドル(日本円で約55万円)で提供しており、私の記憶ではかなり早く売れたと思う。当時それを破格だと思ったが、現在の2500ドル(日本円で約35万円)の価格にも同じことが言える。
ニュージャージー州ヒルズボロのeBay販売者が、このムルコを2500ドル(日本円で約35万円)の即決価格で出品していた。詳細はこちらから。
モバード エルメト トリプルカレンダー、1940年代製
私はヴィンテージモバードが大好きだが、それ以上にエルメトの愛好家であることも誇りに思っている。背面にキックスタンドがついたこの小さなパースウォッチは、デスククロックにもなる。腕時計が優勢な現代においては、非常に便利である。私の知る限り、すべてのエルメトはリューズ操作ではなく時計の開閉によってムーブメントが巻き上がる仕組みになっている。そのため、魅力的であるだけでなくメカニズム的にも非常に興味深い時計だ。この個体はトリプルカレンダーを搭載しており、エルメトにはあまり見られない仕様である。ただし、モバードは多くのエルメトを販売していたため、どのバリエーションも極端に見つけ難いというわけではない。だが超大型の“プルマン”モデルは別格で、滅多に見かけない。
この時計のコンディションも良好だ。エルメトで注意すべき点は、レザーの“ケース”が剥がれていたり完全に無くなっていたりすることだ。過去にこの欠点があるものをいくつか購入し、“ああ、これくらい大丈夫だ。誰かにあとで革を張り直してもらおう”と思ったことがある。私の個人的経験から言おう。恐らくそのレザー補修を実際に依頼する日は来ない。
このモバード エルメトはフランスにあるル・カネのeBay販売者がオークションに出品しており、3月23日(月)午前10時29分(ET)に終了予定。公開時点で、1075ドル(日本円で約15万円)の開始価格に入札はなかった。