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オーデマ ピゲ研究開発ディレクター ルカス・ラッジが明かす、最新トゥールビヨンクロノグラフの革新

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲで拡張され続けるコンプリケーションは、斬新な発想と彼らの新しい開発アプローチによって支えられている。

意外な事実であるが、オーデマ ピゲは1996年に発表したCal.2885以降、新たなグランドコンプリケーションの発表を長らくしていなかった。いまは定着したラグジュアリースポーツウォッチの過熱がちょうど始まった2016年頃、次の時代を見据えて自社の本懐に立ち返るように、ハイエンドなコンプリケーション開発が再び着手されたのだ。結実したものの最たる例は、オーデマ ピゲ史上最も複雑な腕時計として2023年に発表された、CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ ウルトラ コンプリケーション ユニヴェルセル RD#4がある。

 これは単に1本のハイエンドウォッチ以上の意味を持っており、オーデマ ピゲにおけるコンプリケーション開発という時間の針を進めたものでもある。今回は、同社の研究開発ディレクターを務めるルカス・ラッジ氏へのインタビューを通して、オーデマ ピゲのコンプリケーション、特にCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ トゥールビヨンクロノグラフにスポットを当てることで、その哲学に迫りたい。


オーデマ ピゲ研究開発ディレクター ルカス・ラッジ氏が語る、オーデマ ピゲの“革新性”
オーデマ ピゲ研究開発ディレクター ルカス・ラッジ(Lucas Raggi)氏

ローザンヌのスイス国立テクノロジー学院 (EPFL)精密工学製造研究所にて、J.ジャコー教授の指導のもと、R&Dエンジニアとして3年間勤務。EPFLでは精密工学の修士号を修め、中でもロボット工学と自動システムを専門とした。2011年オーデマ ピゲ ル・ロックル入社後、2013年 R&D部門マネジャー就任。2017年より現職。同社の最新コレクションであるCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲの開発も担当した。

 オーデマ ピゲは50年以上前、ロイヤル オークによって時計のあり方に一石を投じた。以来、1993年のロイヤル オーク オフショア、2002年のロイヤル オーク コンセプトも内包しながら、新素材の導入も積極的に行うことで高級時計でありながらコンサバティブの対極にある時計づくりを続けてきた。

 その姿勢は現在でも変わっていない。それを示すのが、2019年に発表されたCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ(以下、CODE 11.59)であることは間違いなく、同社の新時代のクリエイティブキャンバスとして活用されてきた。13リファレンス、3種の新キャリバーで始まったこのコレクションは、5年あまりのあいだに3世代目(1世目はPGとWGケース、2世代目はミドルケースの素材を変更、3世代目はSSケースを採用)に移行し、38mmなどの小ぶりなサイズの展開と並行してコンプリケーションでの進化が目覚ましい。

 これは当初から意図されていたことなのだが、CODE 11.59はオーデマ ピゲのクリエイティブ、すなわちコンプリケーションを多彩に表現するベースとなるコレクションである。そのため、現代の潮流からすると若干大きめの41mm径をメインとしたケースには、八角形のミドルケースと中空構造のラウンドケースを合わせた複雑な外装が与えられた。オーデマ ピゲは、10年以上にもわたって新たなスーパーソヌリの技術開発を続けているが、音の反響を効率化するために独自の外装開発を始めたのをきっかけとし、内部のコンプリケーションのみならずケースにもそれにふさわしい革新を追求してきたわけだ。それは、CODE 11.59で顕著である。前置きはこのあたりにして、ここ数年アップデートが進んでいるCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ フライング トゥールビヨン クロノグラフの、ユニークな進化を明らかにする。

 

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ フライング トゥールビヨン クロノグラフ Ref.26399NB.OO.D009KB.01 価格要問い合わせ 自動巻きCal.2952搭載。2万1600振動/時、パワーリザーブ約65時間。41mm径、18KWG×ブラックセラミックケース、13.8mm厚。3気圧防水

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新しいCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ フライング トゥールビヨン クロノグラフが目指したもの
あらかじめ確保されていたクロノグラフ積算計用のスペース
関口 優(以下、関口)

トゥールビヨンクロノグラフの新モデルを拝見しましたが、シンメトリーなデザインが特に印象的です。おさらいとなりますが、トゥールビヨンキャリッジは薄く、積算計もコンパクトなこのムーブメントをどのように実現されたのか教えていただけますか?

ルカス・ラッジ氏(以下、ルカス)

実は、トゥールビヨンを搭載したCal.2950を開発する段階で、将来的にクロノグラフを組み込むことを想定して設計していました。そのため、薄型のトゥールビヨンは初めから準備されていたと言えます。そこには、クロノグラフ機構を組み込むためのスペース、特に積算計用の余白をあらかじめ確保していたのです。それが、2020年に自動巻きトゥールビヨンのCal.2952として発表されたもので本機にも搭載されており、厚さは8.3mmに抑えています。

関口

元々クロノグラフ用のスペースが考慮されていたのですね。かつてのCal.2870を彷彿とさせる、薄型の自動巻きトゥールビヨンがベースにあることもオーデマ ピゲらしさを感じさせ、追加されたクロノグラフ機構がコンパクトなのも素晴らしいです。そのあたりは、どのように工夫されたのでしょうか?

ルカス

通常の積算計は3時と9時の位置にありますが、今回は少し上の位置に配置しています。既存のCal.4401やロイヤル オーク コンセプト ラップタイマーなど、ノウハウがあるために実現したのですが、トゥールビヨンと積算計のあいだに間隔(トゥールビヨンキャリッジ周辺のスペース)を残すことで見た目にも視認性よく、違和感をなくしました。こうした配置によって、全体的なスペースを縮小するとともによりコンパクトなレイアウトになったと思います。

関口

トゥールビヨンの視認性向上のため、針の形状も変更されているのは、視認性のために調整されたデザインの一環なのでしょうか?

ルカス

そうです。針のデザインもコレクションの進化とともにアップデートし、視認性向上のために改良しました。これにより、さらなる視認性が確保され、全体としての審美性も高まっています。

本作は視認性を考慮して、針のデザインが改められ、夜光までが塗布されている。黒く加工されたブリッジと金針とのコントラストで視認性がさらに際立つ。

2020年に発表された同名のモデル。コレクション発表当時のデザインコードが踏襲され、より細く青い針が採用され、わずかにクラシカルな印象を受ける。

シンメトリーデザインのために、トゥールビヨンキャリッジの同軸上にコラムホイールを配置
関口

このトゥールビヨンクロノグラフは、キャリッジと同軸にコラムホイールを配置しています。 これはあまり一般的でない設計だと考えられますが、メリットデメリットとともにその理由をまず教えていただけますか?

ルカス

まず、なぜコラムホイールをキャリッジの下、つまり同軸上に配置したかですが、なんと言ってもシンメトリーデザインに仕上げるためです。 シンメトリーというのは、人が違和感なく無意識に受け入れやすいレイアウト。つまり、人の顔がそうであるように、縦に見たときに左右対称であることが時計でも自然になじむわけです。一方で、水平(横方向)に見た場合、コラムホールと角穴車を水平に配置することで、スケルトン仕上げのオープンワークにおいても美しいバランスが取れるのです。

メリットとしては、オープンワークのデザインとしてバランスよく左右の対称性を作ることができます。スケルトン構造におけるデザインは、アーキテクチュアルな設計かどうかを重視しており、そのためににもコラムホイールをキャリッジ下に配置することが理想的だったと言えます。

反対にデメリットとしては、我々が大きなチャレンジをする必要があったということ。なぜなら、トゥールビヨンのキャリッジは回転する必要があります。しかも本作はフライング トゥールビヨンであり、キャリッジを上面でなく底面で抑えるしかありません。実際、本作ではキャリッジ同軸にあるコラムホイールの下で支える構造を取っていますが、これは業界としても例のない高度な試みでした。

関口

製造面での苦労も伺いたいのですが、ハイエンドモデルには非常に小さくて精密なパーツが多い。LIGA工法なども用いられると思いますが、今回のパーツの加工にはどのような技術が用いられているのでしょうか?

ルカス

本作では機械式時計で伝統的な製造方法を選択しました。それぞれのパーツのサイズや形状によって最適な製造法を使い分けています。

関口

伝統的な方法を選んだ理由について、何か特別な理由はありますか?

ルカス

このカテゴリーの時計で用いるパーツはそのすべてにおいて高度な技術が要求されるのですが、特に積算計の軸は非常に小さい上に回転する必要があります。加えて長さもあるこのような稼働パーツには、伝統的な方法が適しています。LIGAは歯車などフラットな形状のパーツに向いていますが、立体的に回転するものには不向きなのです。


時計業界になじみない開発スタイルを採用
2016年ごろから顕著になったダイヤルデザイン主導の開発スタンス
関口

本作では、視認性や審美性がかなり重要なテーマとされてプロジェクトが進行されている印象です。外観のアップデートは特に重要度を増しているのでしょうか?

ルカス

このモデルのプロジェクトの進行、という話からは少し外れますが、時計業界では通常、ムーブメントを開発してからダイヤル上の要素の位置などを決めてきました。それが近年、オーデマ ピゲはその逆で、まず見た目の視認性や審美性を高めることを目的にダイヤルをデザインしてから、ムーブメントの設計に入っています。以前から一部では存在したアプローチではありますが、特に2016年ごろから強化してきました。ユニヴェルセルの開発が、このスタイルが一層推進されたきっかけですね。

関口

既に、技術的にはコンプリケーションを豊富に作れるという理由もあると思いますが、なぜあえて審美面に注力しようというアプローチになったのですか?

ルカス

元々オーデマ ピゲの歴史の中で1番大事なことは革新性。常に新しいものを生み出して革新を続けるというのがモットーなんですね。 もちろん研究開発ディレクターとしても、チームとしてもチャレンジを常に続けていきたいと考えています。

なんと言っても、エンジニアが開発するために時計を作るのではなく、我々は顧客の方のために満足してもらえるものを作るわけです。そのためにもデザイン的に皆さんが気に入るもの、そしてあとは、フィット感を重要視しています。人間工学的なものも常に考えていて、着用感のよいものを作りたいのです。

関口

素晴らしいですね、このトゥールビヨンクロノグラフは確かに薄くて つけやすい。トゥールビヨンだけのモデルではさらに高いフィット感を感じました。また、スケルトン文字盤ながら本当にシンプルにまとまっていて、とても見やすいということを強く感じました。

ルカス

ありがとうございます。実際につけていただいた感想はうれしいですね。

高まるデザイナーとエンジニアの協力関係

写真は2020年に完成した「ミュゼ アトリエ オーデマ ピゲ」。開発部門とデザイン部門は近年、物理的にも非常に近い環境下のなか、チームワークによる開発がすすめられているという。

関口

時計業界で一般的ではない、デザイン先行の開発が主流になってきているとのことですが、例えばデザイナーの提案が野心的すぎて、形にするのは難しいなどと難航することはあるのでしょうか?

ルカス

毎日あります(笑)。デザイナーが決めたものに対して、設計者も少しでもマッチしたものになるようお互いに話をしながら進めるんですが、特に今回のトゥールビヨンクロノグラフは、 隣同士の席で膝を突き合わせて作り上げたものです。まずデザイナーが時計を発案し、エンジニアがデザイナーと密に連携しながら設計を考え始める。そういう意味では真の共同製作です。片方を先に作ってというのではなくて、本作はチームワークだったからよい結果になったのではないでしょうか。

関口

今後はそれがオーデマ ピゲのベーシックな製作スタイルになるのですね。

ルカス

そうですね。2016年から徐々に、特に2017年からはなるべくデザイナーとエンジニアは同時に進行するようなフローで開発を進めています。


オーデマ ピゲが他の追随をすることはない

 トゥールビヨンにまつわる今回のインタビューの最後に、現在ひとつの潮流にもなっているセンタートゥールビヨンについて、オーデマ ピゲではどう考えているのか話題を投げかけた。すると、“最近までオメガが所有する特許の効力があったため、ここ数年前までは他社が導入をすることはなかった。オーデマ ピゲでは現在のところ採用することはない。それは、我々が時計のグラフィックとして最も重要視する中心部分を占めてしまうから”と、あくまでもデザイン性と視認性の両方を叶える姿勢を、ルカス氏は強調した。

 現在オーデマ ピゲのトゥールビヨンモデルには、その機構が6時と9時位置に配置されたダイヤルデザインが存在している。これらは、その位置にこだわりがあるわけではなく、今後の開発において全体のデザインバランス上、他の位置の可能性が見いだせればそうなることもあると語り、常に柔軟性を持って開発に取り組むと話してくれた。正直、グランドコンプリケーションにおいて、オーデマ ピゲはデザインの革新性で頭一つ抜けていると感じる。それは、デザインと複雑機構の開発の融合にかなりの時間が割かれてきたことの証左だろう。ハイエンドメゾンでありながら、伝統的というより革新的で常に野心的な時計デザインを味わわせてくれるのが、オーデマ ピゲなのだ。

その他、詳細はオーデマ ピゲ公式サイトへ。