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※本記事は2013年5月に執筆された本国版の翻訳です。
ジュネーブからジュウ渓谷(Vallée de Joux)にあるル・ソリア(Le Solliat)という静かな村に向かう道には、オーデマ ピゲ、パテック フィリップ、ブランパン、ブレゲ、ジャガー・ルクルト、ヴァシュロン・コンスタンタンなどのブランドが軒を連ねている。この一本の道には、地球上で最も優れた機械式時計メーカーの大半が集まっている ‐ 我々が友人の腕、毎年開催される展示会、そしてオークションカタログの表紙に見られる時計のマイクロエンジニアリングの震源地である。しかし、先月、バーゼルワールド 2013に向かうためにこの道を車で走ったとき、私の輝く目に映ったのは、これらの巨大なマニュファクチュールではなかった。それは、小さな学校の校舎を改造して作られた小さな時計工房を訪れた時のことだ。この記事は伝説的な独立時計師であるフィリップ・デュフォー氏のアトリエを訪問し、共に過ごした素晴らしい朝の記録である。
フィリップ・デュフォー氏は、1930年代に作られた道具を用い、手作業で時計を製作している。 彼のアトリエに足を踏み入れると、まるでタイムスリップしたかのような気分になる(ただし、彼はデザインにはオートCADを愛用しているそうだ)。学校の校舎を改造したこの建物は、実際に彼の子供たちが教育を受けた校舎でもある。
デュフォー氏が時計の世界に入ったのは、機械が好きだったからではない。 学校の教師は彼の手先の器用さを認めつつ、数学の理解度を考慮すると時計職人になる以外はないと言われたそうだ。我々はこの教師に感謝しなければならない。
それ以来、彼が時計界の頂点に立つまでの道のりは、他のブランドのような急激なものではなかった ‐ フィリップ・デュフォーは知る人ぞ知るブランドである ‐ が、着実に築き上げてきたものだった。デュフォー氏は、多くの人から現代における最も偉大な時計師であると考えられているが、同じような称号をもつ他の時計師のように、ブランドを構築することには全く関心がないようだ。彼は、自分が信じる方法で時計を製作している。
デュフォー氏は、年間15~18本の時計を製作する。それだけだ。200本のシンプリシティを作るのに12年かかり、最後の1個は2012年11月になって納品された。もう2度と作ることはないだろう。彼は現在、全く新しい時計の開発に入っている。彼は詳細を語らないが、それはシンプリシティよりも複雑で、ソヌリほどは複雑でないものになるだろうと話してくれた...つまり、何でもありということだ。その時の彼の大きな微笑みが印象的だった。
フィリップ・デュフォーという人物は、信じられないほど謙虚で、礼儀正しく、正直である。 他の多くの人々とは異なり、彼は政治的な反論によって証明することも得ることはなく、広告やマーケティングに1ドルも使うことはない。
彼に質問をすると、誰を怒らせるかを考えずに答えてくれる。 例えば、私が彼に「最高の量産の腕時計は何だと思うかと尋ねたとき、彼は「見せてあげよう」と言った。すると、彼は金庫からランゲのダトグラフを取り出した。
これが彼のダトグラフだ。自腹で購入しただけあって、彼は臆することなくこの時計を絶賛している。この時計が特別なのは、ムーブメントの構造、仕上げ、デザインなどに大きな付加価値があるからだと彼は言う。ジュウ渓谷の偉大な申し子の一人である彼が、世界最高のクロノグラフはドイツ製だと言ったことは大きな意味をもつ。ランゲにとっても、この言葉は軽視できないものだ。数年前にランゲのマニュファクチュールを訪問した時、彼らの話の中にデュフォーの評価があった。セイコーの高級機、クレドールのミニッツリピーター工場を訪れたときもそうだった。そして、グローネ・フェルト兄弟に初めて会い、彼らの「ワンヘルツ」を見せてもらった時もそうだ。 フィリップ・デュフォー氏からの祝福は、時計製造における“天からの祝福”なのだ。
私はこれまでに、地球上で最も素晴らしい時計職人と機械を擁する十数社の時計メーカーを訪問してきた。オーデマ ピゲがどのようにして鍛造カーボンを製造しているかを見てきたし、ヴァシュロンがミニッツリピーターを仕上げる様子も見てきた。そして、ランゲがテンプ受けにエングレービングを彫るのも見た。しかし、フィリップ・デュフォー氏と過ごした朝ほどの感動や感銘、そして、ただただ楽しい瞬間は、時計ジャーナリストとして残されたキャリアの中でないだろう。
編集後記:デュフォー氏の工房を訪問した翌日に、彼の作業台の写真を誰のものかは明記せずにFacebookページのカバーとして掲載した。寄せられたコメントはというと、まぁ見てほしい。これで誰かの評価が変わるだろうか?
また、上の動画で紹介されているデュフォー作のデュアリティの美しい高解像度画像を提供してくださったピーター・チョン氏にこの場を借りて感謝したい。ピーター・チョン氏のサイトはこちらから。