ロッキード・マーティン社にとってのスカンクワークスのように、パテック フィリップにとってのアドバンストリサーチ(ARP)は、「物事はこうあるべきだ」という常識を覆すような技術を生み出している(ときにはパラダイムを生み出すシンクタンクでもある)。アドバンストリサーチは、2005年に設立されたが、それ以来、彼らが行ってきたことのほとんどは、シリコン技術を高級時計製造に組み込むことだった。これには賛否両論がある。正直に言って、半導体産業から得られるものをより多く求めており、伝統的な高級時計製造や会社には目もくれていないのだ。
しかし、材料科学が機械式時計に何をもたらすかを知りたいのであれば、この分野は興味深いものとなるだろう。パテック フィリップ アドバンストリサーチが手掛けたこの新しいミニッツリピーターは、私の記憶が正しければ、シリコンを中心としないプロジェクトの2例目だ。Ref. 5750は、1989年のCal. R27(例えば、5178G-001に見られるような)をベースにした自動巻きマイクロローター・ミニッツリピーターであるが、ゴングの音波を時計の外に出し、外気に触れさせるための新しいシステムが追加されている。
ミニッツリピーターの基本的な問題点は、「音質」と「音量」の2点。これは、完全に切り離すことができないため、複雑だ。いい音だけど静かすぎて誰にも聞こえないリピーターになってしまうこともあるし、ヘヴィメタルバンド・アンスラックスのコンサートで聞こえるくらいの音量だが、ひどい音のリピーターができることもある。Ref. 5750は、多くのリピーターと同様に、よい音量と良い音質を両立させたいと考えているというわけだ。
Ref. 5750にはふたつのアイデアがあった。ひとつは、音量を改善したリピーターを作ること。もうひとつは、ケースの素材に関わらず同じ音を出すことだ。特にレッドゴールドは、音質と音量のバランスが最もよいとされている。一般的にプラチナは、その密度と結晶構造のために音がこもりやすく、チャイムの音に豊かさを与える二次音を消してしまうため、リピーターには不向きと考えられている。
パテックはこのふたつの問題を解決するために、Cal. R27の古典的な美しさとリピーターのプロポーションを維持しながら、新しい技術を考案することにした。両方の問題に対する答えは、増幅と伝達の両方に新しいシステムを作ることであった。ムーブメントのカセドラル・ゴングの付け根には、パテックが「サウンド・レバー」と呼ぶ非常に軽い部品が取りつけられている。これは音叉の形をした金属の刃で、ゴング側からムーブメントの中心に向かって伸びている。ムーブメントの中心の厚さはわずか0.08mm。本機では、0.2mm厚の人工サファイアのディスク、振動ウェーハーに取り付けられている。
通常、リピーターの場合、ゴングから出る音はふたつの経路を辿る。ゴングからムーブメントと文字盤を経由して、時計の上部を通って出ていく(ケースの側面からも出ていくため、みっつの経路と言ってもいいかもしれない)。もうひとつの経路はケースバックから。音は手首に向かって進んだのちに反射し、ケースと文字盤を通って上へ上へと出ていく(これは結果的にプラスアルファの効果をもたらす。多くの場合、リピーターは外しているときよりも手首の上での方が実際に大きく、よい音がするのだ)。
本機は音の通り道が異なる。サウンド・レバーはゴングの機械的な振動を拾い、振動ウェーハーに振動を伝え、ムーブメントの中心までそれが響く。多くの機械式共振器のように、端が何かに固定されているわけではなく、自由に振動する。そこから音は、チタン製のムーブメントリングの開口部を通り、ケースバックとケースバンドのあいだの狭い開口部(画像では見えないが)を通って、広い世界へと出ていくのだ。
パテックは、このシステムの利点として、音の大きさや質がケース素材に依存しないことを挙げている。これについて、私はほとんど同意するが、少し懐疑的でもある。この時計は、伝統的な観点から見て、チャイムを鳴らす時計としては最悪の素材であるプラチナでケースが作られているが、素晴らしい音がするかもしれない(いつ、どこで、どんな音がするかを聞くまでは判断を控えたい。最新のフェラーリがレーストラックで素晴らしいのかは、実際に乗ってみるまではわからないし、たとえそうであっても、実際の所有者が体験するものではなく、フェラーリが体験させたいものとは異なる場合があるのだ)。
パテック フィリップは公式な価格はリクエストに応じてという形にしている。50万スイスフランからお釣りが返ってこないなんていう事態は、ウォーターゲート事件やペンタゴン・ペーパーズ事件ではないのだから大丈夫だろう。最終的には為替レートを調整した金額となる。世界で15本のみの生産で、アプリケーションピース、つまり申込み制だ。
これは素晴らしい技術だと思うし、パテックは衝動的に(最近は少なくなっているが)技術的に面白いことができることを思い出させてくれる。この時計の素晴らしい点のひとつは、見ているだけでは共振システムがあることさえわからないことだ。ケースバックからは振動ウェーハーがまったく見えず、プラチナケースに収められたR27ムーブメントの自動巻きリピーターであることもわからないほどだが、その音はどうしようもないほどよいものだ。
それと同時に、デザインの観点から、ここにはちょっとした機会損失がなかったかどうかも気になるところだ。パテックのアドバンストリサーチ プロジェクトの時計は、通常のパテックではないことが目に見える形で示されている(例えば、2017年のアクアノート・トラベルタイム Ref.5650Gは、文字盤に大きな開口部があり、デュアルタイム・コンプリケーションの調整機構を見ることができた)。今回の新作は、技術の大前提にもう少し寄り添ったものになっていたらさらによかったのではないかと思う。この技術は意図的に目に見えないようにしているため、アドバンストリサーチの時計としてよりステルス性を高めた方が、複雑機構との整合性が取れたのではないかと思うのだ。
我々はパテックに多くを期待しているが、それは同社が技術革新だけでなく、伝統的な高級時計製造技術を代表することで何世紀にもわたって名声を得てきたからだ。高級時計ブランドのなかでは、パテックだけではなく、今後数年間、同社が信念を貫き、少なくとも高級時計においてかつてのような価値を提供してくれるのかどうかを見ていきたい。我々は注目しているのだ。
パテック フィリップ 《アドバンストリサーチ》フォルティッシモ Ref.5750P ミニッツリピーター: ケース、プラチナ製、直径40mm × 11.1mm。サファイアクリスタル製ケースバック。ラグ幅21mm。
ムーブメント、Cal. R27 PS、28mm x 6.05mm、プラチナ製マイクロローター、レーザーエッチング、39石、2万1600振動/時。自動巻きミニッツリピーター、特許取得済みの「フォルティッシモ《ƒƒ》システム」、吊り下げられたサウンド・レバー、サファイアガラス製の振動ウェーハー、複合材製の絶縁リング、チタン製リングに設けられた4つの開口部から構成されている、フリースプラングで調整可能な慣性ジャイロマックステンプ、スピロマックス(シリコン)製ヒゲゼンマイ。
世界限定15台、価格は要問い合わせ。
より詳細を知りたい方は、パテック フィリップ公式サイトへ。
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