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WATCH OF THE WEEK アシンメトリーのよさを教えてくれた素晴らしきドイツ時計

非常に印象的なグリーンのグラスヒュッテ・オリジナル パノマティックルナは、いつもの私のスタイルではない。だからこそ試してみたいと思った。扱いにくいクラスプには犯罪衝動を覚えそうになったものの、この時計の独特な魅力を改めて理解することができた。

本稿は2022年8月に執筆された本国版の翻訳です。

Photos by James Stacey

私は普段、おもしろい時計にはあまり引かれない。時間を告げるというのは単純明快な機能であり、時計にとって最高の基本的役割で、そこに奇抜さや複雑さを加えることは的外れに感じられ、時計の長所を損ねてしまうように思えるからだ。時計は人々が現実世界で生きる手助けをし、待ち合わせの相手と約束した時間に現れることをサポートするという非常に重要な機能に長けている必要がある。

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 私がおもしろい時計を好きになることはあるかもしれないが、愛せるかどうかはわからない。

 この辛辣でユーモアのない宣言について、私はいつでも撤回できる権利を持っており(実際撤回することになると確信している)、それはアシンメトリーの時計も大いに含まれる。ヴァシュロン・コンスタンタンのヒストリーク・アメリカン 1921は好きではない。バケットハットを少し斜めにかぶったナンパ師を連想させ、背筋を伸ばして帽子を直すように怒鳴るか、あるいは帽子を捨ててしまえばいいとさえ思う。カルティエのクラッシュはませた13歳の子どもが考えた独創的な時計のようだ。とはいえ、もし私が大金持ちになることがあれば、その時計を猛烈に欲しがっている友人トムのためにためらうことなく何本か調達するだろう。彼の魂に神の慈悲があることを祈る。ハミルトンのベンチュラはほぼ許容範囲だが、なぜ普通のハミルトンにしないのか。そちらのほうがずっとよい。

 少し前のある日、HODINKEEの時計リストに目をとおしながら、お偉いさんを説得して試させてもらえそうなものを考えていたとき、私の欲にまみれた目が上記のカテゴリーに入る時計、つまりおもしろい時計に止まったので驚いた。確かに、フォレストグリーンの文字盤を持つグラスヒュッテ・オリジナルのパノマティックルナは、きわめて斬新と言えるものではないし、ウルベルクのような時計でもない。40mmのケース自体は落ち着きのある正しいラウンドで、12時位置は真北を指していたが、それを除けばこの時計は間違いなくカオスと戯れていた。

close up green watch

なぜすべてが横にずれているのだろう? 真ん中の何が悪いのか。

 時・分表示、いわば論旨の中心はオフセンターにあり、メインの時刻表示の下部にはスモールセコンドのインダイヤルが重なっている。特大サイズの日付窓は、この大混乱が起きていなければ4時があったであろう位置にある。ムーンフェイズに関しては比較的クラシックな三日月型の開口部で、通常は2時と3時があるはずの場所のあいだに位置している。

 グリーンは今、流行の文字盤のカラーであろう。“グリーンウォッチ”とGoogleで検索すれば、たくさんの素敵な時計がアピールしてくる。たとえば、ブライトリングのクールなピスタチオ(“マンザニータ”とするほうがより的確だと思うが、誰も私に相談してきていない)グリーンのプレミエ ヘリテージや、オレンジとハンターグリーンの組み合わせで、ウェス・アンダーソン(Wes Anderson)氏の映画や歴史の授業で目にしそうな雰囲気を持つシャイノラ ランウェル オートマティックなどである。このグラスヒュッテによく似たグリーンのIWCもあるが、もちろん私は実物を見たことがないので、このグラスヒュッテのグリーンが際立っていると感じるのは個人的見解だ。それでも言及しておきたい。

 これはホビットのような夢のグリーンであり、ウェールズで行われる春の洗礼式のグリーンであり、文句を言わずにホイール・オブ・フォーチュン(Wheel of Fortune)を見ていられるように、おばあちゃんがバニラアイスクリームにかけてくれたクリーム・デ・メント(ミント味)のグリーンである。

very close up green watch

雨上がりのニュージーランド上空を飛んでいるかのよう。

 この時計を入手した。発泡スチロールのセキュリティが何重にも施されて、この時計は届いた。そして宣伝どおり、とてつもなくグリーンだった。私は時計をつけてみた。いや、つけようとした。私は小柄な女性ではないが、手首は細い。この時計のストラップは手首が細い人向けにつくられていなかった。ストラップの両側のラグから1.5インチ(約3.8cm)はまるで死後硬直しているかのような硬さであった。また関係はないが、“実際に身につける”という点では、デプロワイヤントクラスプが満足にカチッとならず、まったく閉まらないのである。

 “私のせいか、それともお前か”という瞬間は多くの買い物で経験するものだが、私はその最中にいた。しかし高級品となると、いつも“この場に存在する低俗なやつは私ひとりだけだから、きっと私のせいだ”という気持ちが湧いてくるせいで、さらに気恥ずかしいものとなる。“この小さなピンは穴にはまるようになっているのですか?”と、この時計の販売店に問い合わせると、担当者はそうだと答えた。この厄介なクラスプを懸命に押し、埒があかないとき、私はどれも私のせいではないことに気づき、気にしすぎるのをやめた。つまり、もし本当にこの時計が欲しくて、とてもクールな時計に思えたのなら、きっと誰かがこれを解明できるはずだ。だが念のために言っておくと、デプロワイヤントクラスプはとてつもなくばかげたもので、誰であれ、これを発明した人はサディストである。普通の時計ストラップのどこが悪いのか、何でもかんでもより不便なものに変える必要があるのかと筆者は嘆いた。

 とはいえ1度装着してしまえば、大きく、硬く、重くはあるものの、この時計は多少なりとも私の手首になじんだ。ブラウンのストラップはこのグリーンカラーにぴったりで、木の葉と樹皮のごとく自然かつ間違いない組み合わせである。

 実際に見てみると、アシンメトリーとこのグリーンの色味だけがこの時計の派手な要素であることがわかり、うれしくなった。この時計はほかのすべてのディテールが控えめなものであるため、上品さを保っている。ケースのサテン仕上げのステンレススティール製サイドや、ポリッシュ仕上げでしっかりとしたラグ、そしてシンプルなスティックインデックスが生み出す落ち着いたコントラストが気に入った。これらの要素は、私にとって理想的で、魅力的に感じられた。

 針の先が尖っていて、ムーンフェイズと同じ色の白いエナメルが少しはめ込まれていることに気づくまで、使い始めてから1週間以上かかった。気づいてからは大いに気に入っている。

 40mmのこの時計は女性向けというよりは男性向けの時計かもしれないが、私が好きなタイプの男っぽさである。少し男性的で美しいスタイルが私の唯一の好みというわけではないが、私のなかで主流となっている美的感覚だ。たとえばチェルシーブーツ、シャネルのメンズコロン、ボデガグラスの冷えたバルベーラが好きだ。この時計はそれらすべてが私に合うのと同じように私にマッチした。

woman with large green watch

腕時計とプラスチックカップの白ワインを満喫する私...冷えたバルベーラではない。

 ロレックスの時計を持っている人は、自分の手首を見下ろし、その非常に象徴的なロレックスの文字を読むときの感覚はほかにないものだと言う。私にはそれを疑う理由はない。しかしグラスヒュッテの物語にどっぷり浸かったあとでは、グリーンのグラデーション文字盤に無造作なHが入った白い文字を見下ろし、このブランド独自の素晴らしい系譜を思い浮かべて胸が膨らむのは、非常にワクワクする感覚だったと言わざるを得ない。

 “グラスヒュッテへの道は長く、曲がりくねっていて、美しい”と、HODINKEEのニコラス・マヌーソスは、2015年のグラスヒュッテの歴史について深く掘り下げた記事で書いている。ここでは簡単に紹介しよう。1800年代半ばからドレスデン近郊のオア・バレーのような場所で時計や時計部品がつくられており、A.ランゲ&ゾーネのフェルディナント・アドルフ・ランゲ(Ferdinand Adolph Lange)がそのパイオニアだった。グラスヒュッテの時計は非常によくできていて人気があったためコピーされるようになり、それがグラスヒュッテ・オリジナルというブランド名につながったのである。第2次世界大戦後、グラスヒュッテ(町)は東ドイツ(GDR、ドイツ民主共和国)に編入され、4つの主要な時計会社がVEBグラスヒュッテ・ウーレンベトリーベ(GUB)に合併された。GUBは、非常に正確で非常に薄いムーブメントを作ることで定評があった。外界から隔絶された会社であったため、すべての部品を自社でつくらなければならなかったのだ。こだわりでそうしていたのではなく、そうせざるを得なかったのである。GDRが再びドイツとなったとき、グラスヒュッテ・オリジナルはGUBを継承し、その伝統は今も続いている。

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 さて、私はチュートン式ムーブメント(ドイツの高級時計ブランドによる堅牢で精度の高いムーブメント)がほかのものより優れている点について詳しく知っているわけではないが、自分が自社製のものに引かれることは認識している。私はケーキミックスでケーキをつくったり、マルガリータミックスを使ったりはしないし、もしアート作品を買うとしたら、コストコで買う前に10歳の子どもから買うだろう。ETAムーブメントには独自の存在意義があるとは思うが、私には少し“悲しいトロンボーン”のように見える。

 私はこの時計のスケルトンになっている、オフセンターのローターの存在に気づいた(ある記事でその存在を知った)。このローターは、オフセンターの文字盤と一致している。この緩急針は2羽の白鳥の首に似ていると言われている。正直に言うと、シンメトリーが取り入れられると、アシンメトリーがより魅力的に感じられる。確かに白鳥の首のようなものが見え、悲しいトロンボーンとは正反対の印象だ。

スワンネック緩急針。

 このパノマティックルナ(英名はPanoMaticLunar。編集者はきちんと表記チェックをしたのだろうか?)は2020年に発売されたもので、このモデルで新しくなっているのは色だけである。2003年に発表されて以来、時計の中身はほとんど変わっていない。パノシリーズの最初の時計は、2001年に発表されたパノレトログラフ(英名はPanoRetroGraph。同じコピーライターによる表記であるのは明らかだ)で、アラーム付きの30秒フライホイールを備えていた。私は(そしておそらく多くの人も)自分の人生全体を30分間隔で区切ることができると感じているので、このようなものは本当に便利だと感じる。それがあればこの時計はもっとクールになっていたはずだが、今のモデルがクールでないとは言っていない。

 私はムーンフェイズ付きの時計を所有したことがなかった。触ったことさえなかったかもしれない。この時計のムーンフェイズは、鉛筆のような柔らかいプッシャーで調整するもので、十分にシンプルに見えた。現在の月の満ち欠けの状態(欠けていく三日月)を調べるだけでよいと思い、23回も押さなければならなかった。おそらく現在の月の満ち欠け具合を正確に時計と合わせる方法があるはずで、のちほど試みる予定であるが、それはニックと昇給について話をしたあとにするつもりだ。

 この時計はとても分厚く感じた。あまりの分厚さに調べてみたところ、12.7mmあることがわかった。文字盤も巨大に見えた。しかしこの時計にはベゼルがほとんど存在しないため、その大きさの一部は目の錯覚であることに気づく。薄皮のピザが厚皮のものより大きく見えることがあるのと同じようなことだ。この時計はすべてにおいて非常に均整が取れている。ただしとても大きいため、これをつけたまま何杯もお酒を飲んで議論をしながらドアをとおり抜けようとするのはおすすめしない。ほぼ毎日そのようなことが起きていたにもかかわらず、この時計は我が家では無事であった。

 おそらく、この時計の最もマイナスな点は、ランゲ1に似すぎていると主張する不平家がいるかもしれないことだろう。しかしそれが欠点になるのは、そのような批判が問題になる場合だけである。私にとってはあまり問題ではなかった。少なくとも、私はそうは思わなかったのだ。

 その後、ジュネーブの店でランゲ1をいくつか見てみた。ランゲ1・ムーンフェイズは動揺するほど素晴らしい。しかし、ランゲの4万8400ドル(掲載当時の価格。現在はピンクゴールド製で税込748万円)という価格は、たとえるなら私の体から血を抜くだけに飽き足らず、引きずって四つ裂きにし、海に置き去りにしてサメの餌にするようなものだ。だから、アシンメトリーでありながらクラシカルで素敵な時計が欲しいなら、これに違いない。それもグリーンでなくてはならない。ランゲはグリーンのモデルをつくっていないからだ。もしランゲがグリーンをつくったとしたら、きっと素晴らしいものになるだろう。たとえネオンピンクで作ったとしても、グラスヒュッテ・オリジナルのパノマティックルナより素敵なものになるかもしれない。

 しかし価格が4倍するだけの価値があるだろうか? 私はそうは思わない。このグリーンのグラデーション文字盤はかなり魅力的だ。昼下がりのさまざまな色合いの松林を見渡した様子を思い起こさせる。サビンマツの長い針が日光を反射する部分では明るく輝くグリーンになり、杉が日光を吸収する場所ではほとんど黒に近い濃いグリーンに見える。心地よく、前向きで、自由な気分にさせてくれる色なのだ。