リシャール・ミルの時計は、常に技術的な進歩をフィーチャーしているが、それはブランドに関する大きなストーリー、プライスの巨大さのために、ときとして認識しずらくなる。文字通り浮くほど軽量で、ラファエル・ナダルが腕につけても大丈夫なほど頑丈なトゥールビヨンウォッチは、そうそう存在しない。
新しいRM 35-03は、わずか4.3gの超軽量ムーブメントを搭載したオリジナルのRM 035シリーズのエクステンションだ。この時計には、ブルーのクォーツTPTベゼルとホワイトのクォーツTPTミドルケースの組み合わせと、ホワイトのクォーツTPTベゼルとカーボンTPTミドルケースの組み合わせの2種類がある。TPTとはThin Ply Technologyの略で、一方向性繊維で構成された極薄(リシャール・ミルの話をすると「超」という言葉が頻出する)の積層シートを作る製造技術のこと。炭素繊維はもちろん、高純度の石英棒(クォーツ)を高熱で軟化させてフィラメントを紡ぎ出した石英繊維も使用している。1本の繊維で800キロポンド/平方インチの引っ張り強度があるというから、信じられないほど強い。時計ケースにカーボンファイバーを使用することは一般的になってきたものの、製造コストが高額なため、クォーツTPTを時計ケースに使用している企業を他に知らない。
ケースは技術的にも材料学的にも非常に興味深いものだが(複合材も非常にクールで、異なる層のラミネートが非常に目を引く視覚効果をもたらしている)、最大のアップデートは可変慣性モーメントローターの改良だ。可変慣性モーメントローターとは、ローターに取り付けられた2つの翼のような部品の位置を変えることで、有効な慣性力を変化させることができるというもので、活動的なライフスタイルに合わせて時計の巻き上げ量を調整することが可能となる。
まさかと思うかもしれないが(私は思わなかったけれど)、映画や舞台の伝説的存在であるジョン・マルコヴィッチ氏がファンであることが判明した。「Five Minutes With ... ジョン・マルコヴィッチがリシャール・ミルについて語った5分間」でチェックしてみて欲しい。
このローターはリシャール・ミルが2016年にRM 35-02で導入したものだが、唯一の難点はユーザーが自分で調整できないことで、リシャールのサービスセンターに持ち込む必要があった。このRM 35-03では、7時位置のプッシャーで形状を調整することが可能なバタフライローターを搭載。プッシャーを押すとスポーツモードに移行し、「激しい運動」をしているあいだはローターの動きがブロックされるのだ。スポーツモードが作動しているかどうかは、6時位置のオンオフインジケーターで確認できる。プッシャーを押すと、2つの調整可能な羽がメインの巻き上げマスの反対側180ºの位置に移動。これによってローターの質量中心が中央に移動し、巻き上げが中和されるという。同時に機能インジケーターが "オフ "を表示し、マウンテンバイクをしているあいだや、テニスやゴルフを爽快にラウンドしているあいだ、あるいはウィングスーツ(今の私のお気に入りのスポーツだが、見聞きすることはあってもやることは絶対にない)で飛んでいるときなどは、巻き上げが一時的に中和されることを示す。
ケースサイズは43.15 x 49.95 x 13.15 mmで、価格はブルーとホワイトのTPTケースバージョンともに2750万円(税込)である。
価格の問題はさておき、リシャール・ミルの小売価格は日を追うごとに非凡さを失い、よくも悪くも通常の価格として認知されているが、彼の時計に似たものを他で見ることはできない。ひと目でわかるデザインがなければ、最近のキッズたちが言うところのフレックス(編注:格好つける、見せびらかすの意)としての役割を果たすことはできないだろうが、それは他の同じような高級時計のデザインにも言えることだ。
技術的な観点から見ると、リシャール・ミルの時計は今でもいくつもの最先端に位置している。ハイテクなケース素材、時計の機械的性質への賛美、洗練された仕上げ、そして同社の多くの時計に見られる驚異的な堅牢性と軽さの組み合わせは、独自の価値を提案している。20年前に初めてリシャール・ミルの時計を見たときは、それまでになかったものだと感激したが、その後、基本的なデザイン言語が古びるのか、どうなのかと疑問に思うようになった。これはある程度好みの問題だが、私は熟成していると感じているし、長年にわたって彼のデザイン言語を模倣しようとしてきた(たいていは実際にはほとんど成功していない)少なからぬ数のブランドも同様であるだろう。2000年代前半から半ばにかけて「スーパーウォッチの夜明け」に登場した他の多くの時計については、そのようなことは言えないのだ。私はこの時計を手にして、発売から20年経った今でも、リシャール・ミルの時計がいかに独創的であるかということを改めて実感している。
興味深いことに現代の時計は、時計の性能の基本的な要素にユーザーが直接影響を与えることができるものはほとんどない。考えれば考えるほど、これは奇妙なことだ。機械式時計の魅力に惹かれているのであれば、少なくとも高級時計ブランドはこの点についてもっと努力すべきだと考える人はいることだろう。そうではなく、高級時計は価値を妥協したデザインや、ユーザーを可能な限り排除した機械的な解決策に重点を置いてきたのだ。ほとんどの時計はその複雑さに関わらず、ムーブメントに直接影響を与えるという意味では、時計をセットすることしかできない。
結局のところ、機械式時計にとって最大の危険はその所有者(あるいはさらに悪いことに、無能な時計職人)にあるわけなのだ。しかし、巻き上げローターの性能のような基本的なものを調整できることは、満足のいく追加機能であり、厳密には必要ではないかもしれないが、時計から得るべきもの、つまり楽しむことを可能にしてくれるのだ。
All photos, Emiliano Granado.
リシャール・ミル RM 35-03 オートマティック ラファエル・ナダル:ケース、43.15 x 49.95 x 13.15 mm、ホワイトクォーツTPTベゼルとカーボンTPTケースのモデル、ブルークォーツTPTベゼルとホワイトクォーツTPTケースのモデルがラインナップ。50m防水、アンチグレアコーティングを施したサファイアガラスとケースバック、リューズはグレード5チタン製。
ムーブメント:パワーリザーブ55時間、地板とブリッジにグレード5チタンを採用。オン/オフ可能なスポーツモードを備えた、ユーザーが調整可能な逆回転防止機構付きバタフライローター。ツインバレル、テンプはグルシデュール社製の2万8800振動/時、38石。仕上げ:グレーのエレクトロプラズマ処理を施したウェットサンドブラスト仕上げのグレード5チタン製地板、手作業で研磨したグレード5チタン製ブリッジ、ウェットサンドブラスト仕上げ。スティールワーク:スクリュースロットとヘッダーに面取りとポリッシュ仕上げ、その他のスティールパーツにヘアライン仕上げ。
価格:2750万円(税込)
その他、詳細はリシャール・ミル公式サイトへ。