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Photos by TanTan Wang
今年の初夏、私は日本・山形にある蛍光灯に照らされた会議室で、カシオのスタッフ数名とテーブルを囲んでいた。すると、目の前に重い箱がドンと置かれた。私はてっきり、山形カシオの工場を見学するだけだと思っていたが、まさかその場でとんでもないものを目にすることになるとは思ってもみなかった。そう、彼らが見せようとしていたのは、10月5日(月)に世界に向けて発表された時計だった。G-SHOCK史上初となる、サファイア製ケースを採用した市販モデルで、限定20本。まずは重要なところからいこう。新作MRG-D5000の価格は1100万円(税込)。これは、ここしばらくで見たなかで最もクレイジーな新しいG-SHOCKなのか? 間違いなく、そうだろう。しかし驚くべきことだろうか? そうでもないかもしれない。思い返せば、その兆候はずっと前から出ていたのだから。
すでにG-SHOCKの最高級モデルとして位置づけられているMR-Gシリーズにおいて、ブルーローズプロジェクトは、その素材選びと価格設定によって際立っている。価格は、通常のMR-Gシリーズで最も高価なモデルと比べても、なお桁違いに高い。MR-Gシリーズになじみがない人のために説明すると、これはいわばG-SHOCKのフラッグシップラインだ。おなじみのデジタルモジュールや、G-SHOCKに求められる高い耐久性はそのままに、より上質な素材と高度な仕上げ、そしてはるかに複雑な構造を組み合わせている。
私はMR-G(具体的にはMRGB5000R-1)を数年前から所有しているが、かなり気に入っている。確かに、オンラインでは格好のネタにされやすい時計ではある。だが実物を手に取ってみると、構造や随所に施された手作業による仕上げも含め、その作りにはかなりの迫力がある。いずれも日本・山形カシオの工場で製造されており、これらの時計をほかのG-SHOCKと分けるのは、全体の作り込みと仕上げのレベルだ。それでもまだ購入を迷っているなら、ぜひ一度実物を見てみて欲しい。実際に手に取ってみれば、印象が変わるかもしれない。私自身、初めてMR-Gを手にしたときがまさにそうだった。
MR-Gのなかでも、おそらく最も興味深いのが、日本の工芸技術を前面に打ち出したモデルだろう。たとえば“鎚起(ついき)”を施したMRGB5000や、“重力丸 -燦-”をテーマにしたMRGB2000JS では、ベゼルやブレスレットなどに手打ちや手彫りによる加工が施されており、日本を代表する金属工芸や装飾技法の職人たちが手掛けることも多い。もちろん、ここでは100万円前後、あるいはそれを超える価格のG-SHOCKの話をしている。それでも、こうしたモデルはブランドのなかでも特にコレクター人気の高い時計であり続けている。私が時計バイヤーとして働いていたころ(趣味ではなく仕事としてだが)、こうしたモデルが発売後にあっという間に売れていくのを目の当たりにするのは驚きだった。毎回、どれほどの勢いで売れるのか半信半疑で見ていたにもかかわらず、だ。ハイエンドG-SHOCKを専門に集めるコレクターは、確かに存在するのだ。
伊部菊雄氏の夢
こうした流れを受けて登場したのが、G-SHOCKの生みの親である伊部菊雄氏が率いるカシオのドリームプロジェクトだ。その名のとおり、このプロジェクトで製作されるのは、とにかく常識外れのアイデアを形にした時計ばかり。研究開発部門の奥深くにしまわれたスケッチのなかでしか、お目にかかれないような代物だ。その第1弾となったのが、2015年のバーゼルワールドで披露された、5000シリーズをベースにした18Kイエローゴールド(YG)製のコンセプトモデルだった。それから数年後の2018年、この“伊部スペシャル”はついに製品化される。18KYG製のG-SHOCK Dream Project G-D5000-9JRとして、日本限定35本で発売され、価格は770万円(税別)だった。
バーゼルワールド2018で発表された、初代G-SHOCKドリームプロジェクトウォッチ。Photo Credit: Jack Forster
そして2023年、G-SHOCKの40周年を記念して登場したドリームプロジェクト第二弾がG-D001だ。こちらもYGで製作された、世界に1本だけのユニークピースである。G-SHOCKのデザインチームと生成AIモデルの力を借りて形作られた、まさに夢のような時計で、2023年にフィリップスでチャリティオークションにかけられ、なんと40万50ドル(当時のレートで約5800万円)で落札された。そして実は、伊部氏はこの時期、製品化には至らなかったコンセプトウォッチも2本披露している。それはケースもブレスレットもすべてサファイア製のDW5600のプロトタイプだった。実現しなかったのには理由がある。G-SHOCKの名が意味するのは耐衝撃性だ。しかしサファイアは傷がつきにくい反面、きわめて脆い素材なのだ。
G-SHOCKドリームプロジェクト第二弾、フィリップスで落札。Photo Credit: Casio
2017年にニューヨークで開催された35周年記念イベントで、サファイアクリスタルを採用したG-SHOCKのコンセプトを発表した際の伊部氏。Photo Credit: Ryan Muir
伊部氏はその後、引退している。だが現在もブランドの広報担当者や支持者として、さまざまな場で積極的に活動している。伊部氏の引退は、ある意味でドリームプロジェクトの終わりを意味するが、今回のブルーローズプロジェクトは、最後まで実現しなかったあのアイデアの精神を受け継ぎ、シリーズをひとつの区切りへと導こうとする試みでもある。そのため、MRG-D5000 “ブルーサファイア”はドリームプロジェクト第三弾とは名付けられていない。しかし伊部氏へのオマージュとして、ケースバックには“Dream Project”の文字が刻まれている。
ついに、サファイア製のG-SHOCKが
そして、今回の発表へとつながる。登場したのは、G-SHOCKを象徴するスクエアシルエットを透明なブルーサファイア製ケースで仕立てた、きわめて贅沢なモデルだ。とはいえ、あくまでG-SHOCKであることに変わりはない。ソーラー充電や、時刻を自動修正するマルチバンド6の電波受信機能をはじめ、ストップウォッチ、カウントダウンタイマー、アラーム、ワールドタイムといった各種機能もそのまま備えている。そしてもちろんG-SHOCKとして製品化する以上、サファイア製であっても、すべてのG-SHOCKに備わる20気圧防水と耐衝撃構造を実現している。
この時計を特徴づけているのは、もちろんケース素材だ。光を受けるとダークでありながら透明感のある色合いが、より鮮やかなウルトラマリンへと明るく変化し、外装ケースの複雑な構造を際立たせる。透明素材を使ったG-SHOCK自体は決して珍しくないが、今回はその素材によって、MR-Gシリーズの構造が新たな表情で浮かび上がっている。残念ながら、新作MRG-D5000には、オリジナルのコンセプトモデルで見られたサファイアクリスタル製ブレスレットは採用されず、ラバーストラップが組み合わされている。
山形で初めてこの時計を見たとき、私が驚いたのは外装ケースの構造だった。先ほどMR-Gシリーズはケースの複雑さが際立っていると述べたが、5000シリーズのスクエアシルエットを持つMR-Gモデルでは、その外装ケースはひとつの塊から削り出されているわけではない。代わりに採用されているのがハイブリッド耐衝撃構造“マルチガードストラクチャー”だ。これは多数の小さなパーツを組み合わせた構造で、それぞれを山形で手作業によって仕上げ、組み立てている。これによって、メタルモデルでは各所の小さな面に異なる手仕上げを施すことができるだけでなく、衝撃を効果的に分散させることができる。
山形カシオ。
ネジはない。
今回のサファイア製のG-SHOCKでは、この構造を独自にアレンジし、ネジを使う必要をなくして、外装ケースそのものを組み木のように噛み合わせる構造としている。山形カシオの工場では、この20本の製造を監督するだけでなく、噛み合わせる構造を持つサファイア製ケースの一つひとつを自ら組み立てる、ベテランの技術者にも話を聞くことができた。当然ながら、カシオはその構造を実現する具体的な製法については依然として詳細を明らかにしていない。しかし彼は、最終的なケースを形作る大きなパーツ同士が組み合わさっていく様子を、簡単に実演してくれた。チームが着想源として挙げるのは、日本の木組みの技術だ。木材の梁を釘やネジ、接着剤を使わずに組み合わせ、家具から一軒の家まで形作る、あの伝統的な工法である。
だが、この構造にはひとつだけ妥協点がある。今回のMRG-D5000は、メタルモデルよりも全体的にかさばって感じられるのだが、その大きな理由が厚みの増加だ。チタン製のMRG-B5000R-1のケース厚は12.9mmなのに対し、新作のサファイアモデルは16.45mmと、かなり厚い。幅は変わらないものの、全長も49.4mmから51mmへと(わずかに)伸びている。さらに、新たなプッシャーチューブのデザインも本作を大きく感じさせる。プッシャーの操作性に影響はないが、従来のMR-Gに見られるケースと一体化したようなプッシャーに比べると、明らかにエレガントさには欠ける。とはいえこれは実質的に、落下に耐えられることをうたった唯一のサファイア製ケースウォッチとして成立させるためのトレードオフでもある。
正面には、初代G-SHOCKのディスプレイに見られたおなじみのレンガパターンが、サファイアクリスタルの下に施されたブルーPVDコーティングによって、ケースに合わせたブルーで浮かび上がる。さらに高級感を加えるため、ゴールドの文字やそのほかのフロント部分のディテールには24Kゴールドを採用している。ほとんど気づかれないようなディテールではあるが、店頭で販売されるG-SHOCKとして史上最高額となる本作には、確かにふさわしい。そもそもノベルティとして、そして「ただ、できるから」という発想のもとで作られた時計をあまり厳しく批評するのも野暮だろう。ただ、どうしても触れておきたい点がある。ネガティブ液晶のディスプレイだ。有名な文学作品の一節を借りるなら、ここでもあそこでも好きじゃない。どこだって好きになれない!(編集注: ドクター・スースの 『Green Eggs and Ham』の一節“I do not like them here or there. I do not like them anywhere!”)というところだ。私にとって、デジタルウォッチのネガティブ液晶は、基本的に購入を見送る理由になってしまう。主な理由は、視認性が著しく損なわれるからだ。暗い表示を選ぶ際に、見た目のほうが重要になることは理解している。それでもネガティブ液晶を採用した時計をレビューするときには、私は必ずこの点に触れることにしている。
時計を裏返すと、DLCコーティングが施されたグレード5チタン製のケースバックに、ブルーサファイアのインサートが配されている。そこにはおなじみのケースバックのディテールがすべて刻印され、さらに“Dream Project”の文字もオマージュとして刻まれる。チタン部分の外周には、20本のうち何番目の個体かを示すシリアルナンバーが刻印されている。G-SHOCKファンにとっては、ラバーストラップに採用された新しいレンガパターンもうれしいポイントだろう。ほかのラバーストラップ仕様のMR-Gと同様、パテック フィリップのアクアノートのようにサイズ調整可能なストラップを採用しているため、ストラップの余り部分が手首からはみ出す心配もない。
精巧に削り出された中留には、バネ棒外し用の工具さえあれば、細かな調整ができる複数の微調整穴が設けられている。そのため最初にストラップの長さを決める際は、クラスプの中央の穴に収まるように調整するのがおすすめだ。個人的には、そろそろカシオにも、こうしたクラスプに工具なしで微調整できる機構を実現して欲しかった。とはいえ、実際にこのストラップ仕様のMR-Gを所有している身としては、この構造は手首にとてもよくなじみ、時計が手首にぴったり沿うような装着感になる。MR-Gのデザインのなかでも、ひょっとすると私が最も好きな要素であり、着用したときに格段にラグジュアリーに感じられる大きな理由でもある。
手首に着けると、“楽しい”以外の言葉を見つけるのは難しい。私は18KY製のG-D5000-9JRを実際に手に取る機会がなかったが、着用したときには、きっと似たような気持ちになるのだろうと思う。通常のメタルケース仕様のMR-Gに施される仕上げについては語れない。今回のサファイアケースには、そもそもそうした仕上げを見せる部分がほとんどないからだ。しかし結局のところ、着用しているのはサファイア製ケースの時計である。実用性に徹した、地に足のついたツールウォッチの代表格を、ここまで大げさに仕立ててしまうところには、ある種のハイ&ローのユーモアがある。しかも見た目が、約2万から4万円ほどで買える多くのクリアブルーのG-SHOCKとよく似ているからなおさらだ。だが、こちらは触れてみても決して柔らかくない。そしてほとんどの人が街中で見かけたら樹脂製のケースだと思うであろうこの時計が、実はサファイアでできていると私だけが知っている。それがたまらなく楽しいのだ。
ブルーではなく、クリアだったらよかったのにと思うか? 答えはイエスだ。だがこれほど常識外れのモデルでありながら、今回の限定モデルはきっと好調なセールスを記録するだろうという気がしている。製造されるのはわずか20本で、将来的には続編が登場する可能性もあるからだ。主要市場ごとに数本しか出回らないことになるだろうし、カシオもすでに、筋金入りのG-SHOCKコレクターたちにしっかりとアプローチしているに違いない。
MRG-B5000SA-2JR。
GMW-B5000SB-1A2JF。
この3つのリリースは、ブルーローズプロジェクトを中心としたものだった。
とはいえG-SHOCKに1100万円(そもそもどんな時計にも)そこまでお金をかけるつもりがない人のために、カシオはこのブルーローズプロジェクトの発表を盛り上げるべく、より手の届きやすい価格帯で2本の関連モデルも用意している。ひとつは500本限定のMRG-B5000SA-2JR。いわゆる標準仕様のグレード5チタン製のMR-Gをベースに、ケースのラグガード部分に2カラットのブルーサファイアを2石埋め込み、随所にブルーのアクセントを加えている。価格は88万円(税込)とかなり高価だが、少量限定のMR-Gケースに大粒のサファイアを2石組み込んでいることを考えれば、まあ納得できる価格設定なのだろう。
もうひとつはGMW-B5000SB-1A2JFで、11万円(税込)でブルーサファイアの魅力を手軽に味わえるモデルだ。こちらのひねりはラグの角にある4つのベゼルのくぼみに、それぞれブルーサファイアがはめ込まれている点だ。これはかなり楽しい工夫で、SS製のケースを持つ5000シリーズを手に入れるきっかけを探している人には魅力的だろう。こちらは厳密には限定モデルではないが、G-SHOCKはこのようなモデルを期間限定でリリースする傾向にある。
そしてもちろんここで気になるのは、カシオの技術者たちがいつかサファイアケースのモデルをサファイア製ブレスレット仕様で実現できるのか、ということだ。課題は耐衝撃性だけではない。価格の問題もある(MRG-D5000が1100万円なのであれば、フルブレスレットモデルは一体いくらになるのか想像もつかない)。もし実現できるのなら、いつかはぜひ製品化して欲しい。ドリームプロジェクト第二弾のように、チャリティのためのユニークピースという形でもいい。何しろ、それを実現することは伊部氏の夢でもあるのだから。しかしそれまでのあいだに、カシオがとんでもなく突飛なアイデアを実際に形にし、G-SHOCKの創業者が10年以上前に始めた精神を受け継いでいるのを見るのは、実に楽しいことだ。
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