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Introducing 岡田 樂のユニークな卒業制作、腕時計型メトロノームのテンポ・ルバートとは

22歳の学生が浅岡 肇氏のもとで学ぶと、常識を覆す作品が生まれる。

一見すると、“テンポ・ルバート(Tempo Rubato)”は時計として本来備えているべきもの、つまり針が欠けているように見える。しかし、この22歳の岡田 樂(がく)氏による独創的な卒業制作は、そもそも時間を表示するためのものではない。その特徴的な大きな音で刻まれるチクタクという音こそが、この時計の本質であり世界初の純粋な腕時計型メトロノームなのだ。

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 岡田 樂氏は、東京のヒコ・みづのジュエリーカレッジに在籍する大学院生であり、時計製作とジャズドラムというふたつの情熱を融合させた革新的なデザインを生み出した。北海道出身の彼は、幼少期から時計学に強い関心を抱き、その道を究めるために、浅岡 肇氏が率いる東京時計精密株式会社で修業を積んだ。まだ22歳ながらも、音楽的なリズムと伝統的な時計製作の技術を独創的に融合させた作品を生み出し、その創造力はすでに際立っている。

 セイコーインスツルメンツ(日本の時計業界を代表する巨大企業の一部門)はかつて、メトロノーム機能を備えたクォーツウォッチを製造していた。しかし、“テンポ・ルバート”は機械式の革新性において独自の地位を確立している。この39.5mmの時計のようなデバイスは、世界初の純粋な機械式腕時計型メトロノームだ。ポリッシュとヘアライン仕上げが施されたスティール製ケースに、流麗なラグが組み合わされ、そして何よりも注目すべきは、リューズが存在しないところだ。8時位置のプッシャーでメトロノームをスタート/ストップできるが、リューズが見当たらない。この仕様はある疑問を呼び起こす...どのようにしてゼンマイを巻き、テンポを設定するのか?

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 テンポ・ルバートのベゼルは、ユリス・ナルダン フリークをほうふつとさせるふたつの機能を備えている。サファイアクリスタルの下には固定されたマットブラックのチャプターリングが配置され、繊細な白いブレゲ数字がビート・パー・ミニッツ(BPM)を示している。そしてこのギザギザのベゼルこそが動力源となり、テンポの調整機構を兼ねている。時計回りに回せば主ゼンマイを巻き上げると同時にBPMが上昇し、反時計回りに回せばリズムが減速する仕組みだ。

 この洗練されたシステムは、中央のSS製キャリッジによって作動する。キャリッジは平行に配置されたスティール製のロッドに沿って垂直に移動し、その動きはマットブラックの扇形の開口部から垣間見ることができる。この開口部を通じて岡田 樂氏独自のムーブメントの一部がのぞく仕掛けだ。キャリッジが上昇するとメトロノーム針の振れ幅が小さくなり、振動数が増加する。逆に下降すると振動数は低下する。特筆すべきは、この調整がメトロノームのビートを崩すことなく、シームレスに行える点である。実際の動作を見てみたい? ぜひ、同僚の和田氏とHODINKEE Japanによる素晴らしい動画をチェックしてみて欲しい。

 テンポ・ルバートの心臓部は、脱進機のガンギ車の歯形とアンクルのルビーが精密に再設計された特別な脱進機が搭載されており、アンクルの動きを完全に対称で制御することが可能となった。この高度な設計は、どんな時計職人にとっても驚異的なものだが、それが新卒の若者によるものだと考えるとなおさら驚かされる。彼の革新的なアプローチには、浅岡 肇氏と片山次朗氏(大塚ローテックで名高い)のもとで修業を積んだ経験が大きく影響している。特にミネベアミツミの極小ボールベアリングの活用はその代表例であり、これには直径1.5mmから3mmの計15個のベアリングが組み込まれている。この技術は今年1月にHODINKEEで取り上げた大塚ローテック 5号改にも採用されていたものと類似している。

 巻き上げ機構の歯車は、ベゼルを回転させることでメトロノームの中央針に直接力を伝え、内部を作動させる。この設計において、通常のウォッチメイキングで採用されるルビーの軸受けでは強度が不足するため、ボールベアリングが採用された。テンポ・ルバートを時計ではなく、腕に装着する楽器と考えればこの頑丈さを重視したエンジニアリングのアプローチが理にかなっていることがよくわかる。そしてこの視点こそが、本作の魅力をより一層際立たせているのだ。

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 テンポ・ルバートの設計は、岡田 樂氏が2024年2月にCAD上で着手したものであり、そのころょうど浅岡 肇氏の東京時計精密株式会社でのアルバイトを開始した時期でもあった。ムーブメントにはETA 7750の基本構造が一部採用されているが、使用されているのは香箱と2番車のみであり、脱進機は完全にオリジナル設計となっている。このプロジェクトの本質的な課題を考えれば、岡田氏がこれをエルゴノミクスを考慮したSSケースに収め、さらに耐衝撃性といった日常的な使用に配慮した設計を組み込んだことは特筆に値する。

 特徴的なフォルムとバランスの取れたオープンワークのレイアウトは、ヘアライン仕上げとサンドブラスト仕上げを組み合わせ、さらに埋め込み式の整然と配置されたネジや面取りが施されている。6時位置に配されたロゴは、将来的な自身のブランド設立を示唆しているかのようだ。全体を貫くのは、自由な発想と造形の新鮮さでありながら強いプロポーションの意識に支えられたデザインである。

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 我々は前例のない画期的なプロジェクトに取り組むうえでの課題について、岡田 樂氏に尋ねた。「今回最も難しかったのは、ムーブメントのおもしろい機構部分を見せつつ、ダイヤルをデザインすることでした。メトロノームを動かすこと自体、最初から困難でしたし、可動機構を損なわずに最終的なデザインをまとめ上げるのも非常に苦労しました」

 テンポ・ルバートの洗練されたプロポーションと革新的な機能を目の当たりにすると、岡田 樂氏の次なる挑戦が気になるところだ。「今は、このメトロノームの新バージョンに取り組んでいます。時・分・秒を表示する時計としての機能を加えたもので、少数ながら販売する予定です」と彼は語る。ウェアラブルなサイズにメトロノームと時計の両方を組み込むことは、若きクリエイターにとって新たな課題となるだろう。その実現がどのような形になるのか、想像が膨らむばかりだ。

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 ウォッチメイキングの未来、そして私のようなライターとしての生業も含め、この歯車の世界が存続していくためには若い世代を取り込むことが不可欠だ。マーケティングの力でZ世代の関心を引くことはできるかもしれないが、業界が直面するより差し迫った課題は別にある。それは時計職人の高齢化だ。特にヨーロッパや北米では、多くの職人が50歳を超え、引退を迎えようとしている。

 このような人口動態の変化により、岡田 樂氏のような若い才能を発掘し、育成することがますます重要になっている。そのためLVMHプライズ フォー ウォッチメイキング スチューデント(LVMH Prize for Watchmaking Students)のような取り組みが、業界においてきわめて重要な役割を果たす。岡田氏がこのようなコンペティションに参加するかは不明だが、彼が東京時計精密株式会社で浅岡 肇氏のもとで修業を積んだ経歴を考えれば、その将来はとても有望だ。同社はクロノトウキョウやタカノといったブランドを手がけるほか、片山次朗氏の大塚ローテックとも協力関係にある。こうした環境のなかで、岡田氏の才能はさらなる飛躍を遂げることだろう。

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 我々は彼に、自身の将来についてどのように考えているかを尋ねた。「卒業後は、自身のブランド“GAKU”を立ち上げる予定です。浅岡さんが率いる東京時計精密株式会社がブランドをサポートしてくれることになっています。私は、音楽や楽器からインスピレーションを得た作品をつくり、これまで存在しなかった独自の機械式ムーブメントを設計していきたいと考えています」。この謎めいた言葉を聞けば、浅岡氏の確かな指導のもとで、彼が次にどんな作品を生み出すのか目が離せないことは間違いない。岡田 樂氏のさらなる作品をチェックしたい方は、ぜひ彼のInstagramをフォローして欲しい。そこでは、この若き時計師が自身の創造的なアイデアを数多く発信している。