2024年、オーデマ ピゲはもっとも歴史的なムーブメントのひとつに別れを告げた。1978年に発表されたCal.2120/2800は世界最薄のパーペチュアルカレンダーで、このムーブメントはすべてのオーデマ ピゲ QPのベースとなり、46年間にわたり改良が重ねられた。そしてジョン・メイヤーのロイヤル オーク限定モデルに搭載されたCal.5134として(最後から2番目の)登場を果たした。しかしパーペチュアルカレンダーはオーデマ ピゲをもっとも象徴する複雑機構であり、新たなムーブメントが登場することに疑いの余地はなかった。そしてついに、その時が来たのだ。
本日発表されたロイヤル オークとCODE 11.59には、新しいパーペチュアルカレンダームーブメント、Cal.7138が搭載されており、オーデマ ピゲにおける大きな飛躍となった。新型ムーブメントのCal.7138にはブランドにとっていくつかの新たな成果があるが、もっとも大きな変化は、ムーブメント全体が完全にリューズ操作で調整可能になったことだ。もう謎めいたプッシャーも、無くしがちなスタイラス(先の尖った棒状の器具)も必要ない。
ロイヤル オークが誕生するはるか以前から始まり、AP、JLC、ヴァシュロンが共同開発したCal.2120の開発、そして1978年以降のクォンティエム・パーペチュアルとしての最終形態に至るまでAPのもっとも象徴的な複雑機構の歴史をジェームズ・ステイシーが掘り下げた記事。
先日ベンが書いたように、ほとんどのパーペチュアルカレンダーの最大の難点のひとつは(IWCやモーザーといった一部のブランドを除けば)、カレンダー機能を調整するのに通常、ミドルケースにあるひとつまたは複数の小さな修正“ボタン”を操作する必要があることだ。そう、これは一般論だ。しかし実際のところ煩わしいものだった。
小さなスタイラス、ピンプッシャー、ペンを探し出し、数分間座ってカチカチと調整し、ケースに傷をつけることなくすべてを正しく整えられるよう願う(とりわけ厄介なのがムーンフェイズで、満ち欠けのどちらに寄っているのか判断が難しい)。しかもその間ずっと、それぞれの小さなボタンがどの機能を担当しているのかを忘れずにいなければならない。
ベンの記事へのコメントで誰かが言っていたように、正しいボタンを正しい順番で押すことは、“スマートな機械式”腕時計に本来の機能を果たさせるために、コナミの隠しコマンド(上、上、下、下、左、右、左、右、B、A、スタート。念のため記載)を覚えようとするようなものだった。IWCのリューズ調整機能では、日付(さらに悪いケースでは“年”)を過ぎると後戻りできなかった。そのため時計を使わずに放置するか、IWCに送って調整してもらうしかなかった。APはこの問題を解決し、それ以上の改良も加えた。
APはCal.7138をふたつのメインコレクションで発表した。(当然ながら)ロイヤル オークには、41mm×9.4mmのスティールケースにブルーダイヤルを備えたモデルと、サンドゴールドケースに同系色のダイヤルを合わせたモデルの2種類がある。そしてCODE 11.59には、41mm×10.6mmのホワイトゴールドケースモデルが加わった。
私は今年の初めに、これらの時計を2日間にわたって着用し、触れ、じっくり共に過ごす機会を得た。では、最大の変更点から見ていこう。
ムーブメント面では、Cal.2120/2800ベースの前世代、Cal.5134と比較すると、変更点は明らかだ。新しいCal.7138は2022年にロイヤル オーク “ジャンボ” Ref.16202のアップデートに導入されたCal.7121をベースにしている。最大の特徴は、テンプとゼンマイ香箱を覆う22Kピンクゴールド製の2本のブリッジで、ロジウム仕上げのムーブメント部品と鮮やかなコントラストを成している。
パーペチュアルカレンダーのレイヤーはダイヤル側の下に隠されている。APは、そう遠くない将来にこのムーブメントのスケルトンバージョン(または“SQ”=スケルレット)を発表し、その技術的成果を披露するのではないかと推測せざるを得ない。
オリジナルのCal.2120/2800をベースにしたムーブメント、Cal.5134を搭載したオーデマ ピゲ ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー ジョン・メイヤー限定モデル。
Cal.7121を搭載したオーデマ ピゲ ロイヤル オーク Ref.16202XT。テンプの2本のブリッジとゼンマイ香箱を含む駆動輪列の全体的な類似性に注目。
少し技術的な話をしよう。29.6mm×厚さ4.1mmの新型ムーブメントCal.7138は、先代のCal.5134より幅は0.6mm広いが、厚さは0.4mm薄く、それでいて振動数は2万8800振動/時(Cal.5134は1万9800振動/時)、パワーリザーブは15時間増の約55時間となっている。
2024年、自身のHands-On記事によると、ヒット曲“Ravioli Shoes(ラビオリの靴)”の作曲者によって世に送り出された、APのCal.2120/2800ベースの最後から2番目のムーブメントは、公式なお別れモデルだった。
いくつかの改良は、APのロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー ウルトラシン RD#2のCal.5133から受け継がれている。このモデルもまた、すべてのパーペチュアルカレンダー機能がムーブメントの単一レイヤーに集約されており、月末送りカムが日付表示ホイールと一体化され、月カムが月表示ホイールと組み合わされている。リューズ調整機構は第2レイヤーに配置されており、これにより全体が薄型化されている。
1978年に登場したオリジナルのCal.2120/2800は、新型ムーブメントよりも0.15mm薄かった(ただし、直径は1.6mm小さい)。現行の“ジャンボ”に搭載されているCal.7121の厚さは3.2mmだ。RD#3用のトゥールビヨンムーブメントであるCal.2968は、直径こそ同じだが厚さは3.4mmで、37mmケースに収められている。数字を並べ立ててしまったが、私はここ数週間、ある理由でこれらの寸法について考え続けていた。のちほどまた触れるので、覚えておいて欲しい。
ダイヤル下から見たオーデマ ピゲ パーペチュアルカレンダー Ref.7138。Photo courtesy Audemars Piguet
APはパーペチュアルカレンダーのダイヤルレイアウトにも手を加えている。ムーンフェイズは6時位置のままだが、日付表示は12時位置の中央に配置されるようになった(このリリースまで、私はこの事実に気づかなかった)。9時位置に曜日、12時位置に日付、3時位置に月という、同ブランドが“ヨーロピアン”と呼ぶ日付表示にアレンジされている。
年の第1週は見返しリングの12時位置に、月初日と“月曜日”は同様にインダイヤルの12時位置に配置された。まず誰も気づかないような細かい調整は、数字の印字の幅を考慮してそれぞれ幅が異なる31個の特注歯が付いたデイトホイールのおかげで、日付表示は常に各数字の中央を針が指すようになっている。
また午後9時から午前3時のあいだには、赤く印刷された“修正禁止時間帯”のある24時間表示もある。しかしムーブメントの技術的改良により、この時間帯に日付を合わせようとしても、日付も変わらないが、日・月・うるう年のバランスが崩れることもない。この仕組み自体大きなメリットである。
オーデマ ピゲは、美しいアベンチュリンの夜空とNASA級のリアルな月の描写を備えた、これまででもっともお気に入りのムーンフェイズをつくりあげた。
スケルトン加工されたトゥールビヨンではなく、マッチしたサンドゴールドのグランドタペストリーダイヤル、スネイル仕上げのインダイヤル、そしてムーンフェイズによるわずかな色彩を添えた、より落ち着いた仕上がりで、この素材がもっともしっくりくるのはこの組み合わせではないだろうか。
Ref.26674SGの“S.G.”はサンドゴールドの頭文字である。
サンドゴールドは、光の加減で相変わらず巧妙な変化を見せる。オフィスで撮影しているとチームの何人かがとおりがかり、昨年の私と同じ反応を示した。“これってSS? いや、WGだ。いやちょっと待て…ローズ?”。手首につけるとゴールドの重厚感は明らかで、とくにSS製のものをつけた直後であれば、その違いが際立つ。ただし、これまでのゴールド製ロイヤル オーク QPと同じように快適に着用でき、前世代とまったく同じサイズ感を備えている。
オーデマ ピゲ CODE 11.59(正式名称)は、発売以来長い道のりを歩んできた。ある人は、この時計が正当に評価されなかったと言うかもしれない。一方で、現在の完成度に至るまでに多くの改良が必要だったと考える人もいるだろう。おそらくどちらの意見にも一理ある。しかし同コレクションの新しいダイヤルデザインは、初代モデルと比べて飛躍的に向上している。
昨年、APはCODE 11.59にいくつかの新たな変化をもたらした。アベンチュリンダイヤルとWGケースを備えたパーペチュアル カレンダーを発表するとともに、WGはクロノグラフよりも複雑な時計、たとえばトゥールビヨン、リピーター、パーペチュアルカレンダーにのみ使用する方針を打ち出した。そのため新しいCODE 11.59 パーペチュアルカレンダーがWG製であるのは当然であり、スモークブルーのPVDダイヤルとの相性も非常によい。
41mm×10.6mmは手首にフィットするが、APは厚みという点でもう少し追求できたと思うので、厚みが増したことは少し残念に思う。ただし、ダイヤルの質感やデザインに奥行きを持たせることでケースを薄くすることが不可能になった可能性もある(RD#2がプロトタイプにもともとあったタペストリーダイヤルがつくれなかったのと同じように)。
このCODE 11.59であろうとコレクションのほかのモデルであろうと、このラインに対するあなたの意見に影響を与えるようなことは私が言えることではないだろう。エントリーモデルの2次流通価格は、小売価格より20%ほど安く安定している。私たちは小売価格より高く取引される多くの時計に慣れてしまったが、人々はそれだけで時計を判断するのはやめなければならない。たとええばChrono24で5万5000ドル(日本円で約830万円)のCODE 11.59パーペチュアルカレンダー Ref.26394OR アベンチュリンダイヤルは、多くの指標から見て素晴らしい取引だと思う。
このグループには、実際6本のモデルがリリースされた。私が撮影した3本のスタンダードモデルに加え、インダイヤルにヴィンテージ調の“Audemars Piguet”サインが入った3本の限定“アニバーサリー”エディションがある。様式化された筆記体のサインは、歴史的な文書からインスピレーションを得たもので、賛否が分かれるかもしれないが、私のような(歴史好きでAPファンの)人間にはたまらないちょっとしたアクセントになっている。すべてのAPにこのサインを入れてほしいか? いいや、それは違う。ただしこの時計に入っているのはどうか? ロイヤル オークなら大歓迎だ。各モデル150本限定で、それぞれに“1 of 150 pieces”と刻印され、アニバーサリーを記念する“150”ロゴが入る。
Ref.26674STはもっとも汎用性の高いオプションであり、おそらく今後もっともバリエーションが展開されるモデルだろう。ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーは、SS製でほぼ完璧な時計だ。過去のブラックセラミックのQP、RGのブルーダイヤル、そしてチタン製“ジャパンエディション”のサーモンダイヤルは、すべて私のトップ5に入る。しかしSSは重量と装着感のバランスが絶妙であり、ロイヤル オークは多くの人にとってもっとも着用しやすいAPの“聖杯”となっている。
Photo courtesy Audemars Piguet.
Photo courtesy Audemars Piguet.
私は幸運なことに、長年にわたって多くのパーペチュアルカレンダーに触れてきたし、私の“聖杯”ウォッチリスト(そう、実在する)の大部分をパーペチュアルカレンダーが占めている。初めてパテックの5270Pを実際に見たとき、その日付がまったく合っていなかったことは忘れられない。オーナーは“気にしていない”と言っていた。
Cal.7138は驚くほど簡単にセットできる。リューズの位置は4段階。1段目(リューズを押し込んだ状態)では12時方向に向かってゼンマイを巻き上げる。2段目(1クリック分引き出す)では日付を12時方向に設定し、月とうるう年をその反対方向に調整できる。さらにリューズを引き出すと(3段目、もっとも外側)時刻を設定できる。もっとも興味深いのは、2段目が“秘密の4段目”でもあることだ。3段目まで完全に引き出してから1段階押し戻すと、曜日と週(12時方向)、ムーンフェイズ(リューズを6時方向に回す)を設定できる。説明書がなくても、数秒いじってみれば驚くほど直感的にカレンダーの仕組みが理解できる。
私はジャンボの系譜に連なる象徴的な“ブルー ニュイ ニュアージュ 50”ダイヤルのほうがずっと好きだが、このスモーキーなブルーグレーのダイヤルは素敵だ。この時計はすでに私の誕生日にセットされているので、誰かプレゼントしてくれる人がいるかもしれない。そう、週とムーンフェイズが間違っていても(写真撮影の便宜上あえてそうしている)。
Cal.7138の新作について、私は2点の批評を抱いており、一方はもう一方より深刻(あるいは興味深い)なものとなっている。1点目は、先に挙げたムーブメントの寸法に関するものだ。最初のCal.2120/2800ベースのロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー(Ref.25554)が1984年に発表されたとき、その厚さはわずか7.5mmだった。防水性を向上させるため、1987年に発表されたRef.25654ではケースが改良され、ソリッドケースバックを採用し、厚さは8.3mmとなった。これは現在のジャンボより0.2mm厚いだけであり、さらに現行のQPにある“週表示”も備えていなかった。さて、計算してみよう。
RD#3で採用されたムーブメントが直径37mmのケースに収められるのであれば、Cal.7138でも同じ幅が制限要因になるはずはない。Ref.25654のケース厚とムーブメント厚の比率は約2.1:1である。もし同じ比率が適用されるのであれば、そしてここ40年の製造技術と素材技術の向上をもってすれば、それは十分可能だろう。Cal.7138は理論上、ソリッドケースバックを採用した39mm×8.6mmのケースサイズに収められるかもしれないと。ジャンボサイズとまではいかないが、それにかなり近い。防水性能は50mで、サイズを小さくすれば30mまで落ちる可能性がある。また週表示を省くことで対応するという選択肢も考えられる。だがそれは受け入れられるトレードオフだ。
しかし、最大の批評は実はネガティブなものではない。ムーブメントの技術的な洗練度はきわめて高く、驚くほど直感的で操作もシンプルなため、実際には偉大な功績であると理解していても、そこまでの達成感を感じられないのだ。もちろん、うまく機能しない時計をリリースするのはビジネスとして論外だ。しかしその真逆、つまり使いやすくて完璧に機能する一方で、その驚異的なエンジニアリングの多くを隠している時計もまた、もっともセンセーショナルな存在とは言えない。それでもこうした時計こそが、時計をただ“素晴らしい存在”として楽しんでいた、あの黄金時代へと私たちを引き戻すのに必要なのではないだろうか。不条理な熱狂も、不必要なマーケティングもなく、ただ純粋なウォッチメイキングがあった時代へ。
オーデマ ピゲ ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー。Ref.26674ST.OO.1320ST.01(SS)、Ref.26674SG.OO.1320SG.01(サンドゴールド)。直径41mm、厚さ9.5mmのステンレススティールまたはサンドゴールド製ケース、50m防水。ブルーまたはサンドゴールドのグランドタペストリーダイヤルに同色のインダイヤルとインナーベゼル、18Kホワイトゴールド製インデックスと夜光塗料付きロイヤル オーク針、リューズ操作可能なパーペチュアルカレンダー(時・分表示、週・曜日・日付・天文月・月・うるう年表示)。自動巻きムーブメントCal.7138、41石、2万8800振動/時、パワーリザーブ約55時間。一体型のブレスレット。価格はスティールが 10万9300スイスフラン(日本円で約1800万円)、サンドゴールドが13万スイスフラン(日本円で約2200万円)※編注;日本円はすべて価格要問合せ
CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ パーペチュアルカレンダー。Ref.26494BC.OO.D350KB.01。直径41mm、厚さ10.6mmの18Kホワイトゴールドケース、30m防水。スモークブルーのCODE 11.59シグネチャーダイヤル、ブルーのインダイヤル、スネイル仕上げのインナーベゼル、18Kホワイトゴールド製インデックス、夜光塗料を塗布した18Kホワイトゴールド製針。時・分表示、曜日・日付・天文月・月・うるう年表示を備えたリューズ操作可能なパーペチュアルカレンダー。自動巻きムーブメントCal.7138、41石、2万8800振動/時、パワーリザーブ約55時間。カーフスキン製ライニング付きブルーテクスチャード・ラバーストラップ、18Kホワイトゴールド製フォールディングクラスプ。価格は 10万9300スイスフラン(日本円で約1800万円)※編注;日本円はすべて価格要問合せ